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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-9 アトランチスの秘境に謎(笑)のそっくりさんを追え(2)

「「あれぇ……?」」


 アトランチス。異界トンネル出口。

 目指せ新天地と意気揚々とトンネルに突入したアリーゼとノルンだったが、およそ十分後にアトランチスの地を踏む頃にはひたすら首を傾げて唸っていた。


「ねえノルン、あったかご飯の人と何回すれ違った?」「二十八回だね」

「何回追い越された?」「十六回だと思う……」

「何してるのかしらあの人」「そうだねお姉ちゃん……」


 そう、トンネルを歩く際にカイとおぼしき者を見たのだがその回数が尋常では無かったのだ。

 すれ違う事二十八回、追い越される事十六回。


 異界を経由したトンネルは複線だから、アリーゼの通るトンネルとは別のトンネルを使えば回数の違いは納得できる。


 しかしその往復回数は異常だ。

 いくら忙しいと言ってもアリーゼらがトンネルを通り抜ける十分かそこらの間に二十八回。一往復三十秒以下である。

 人間には明らかに無理だ。


 ということは、そっくりさん……?


 アリーゼが考えているとノルンがぼそりと呟く。


「そういえば初めて会った時もそっくりさんが一人いたような」「ああっ!」


 その言葉に叫ぶアリーゼだ。


「輝きに土下座懺悔が強烈過ぎて印象薄いけど、確かに魔道具ゴーレムがいた!」

「後ろでコソコソしてたけど、あれはそっくりさんだったよ」

「本当に不可解な人だなぁ……」


 二人が話しながら新たな里への道を歩いていると、向こうから歩く者が現れる。


「アリーゼ、そしてノルン。ようこそアトランチスへ」

「「……」」


 またもやあったかご飯の人である。

 もはや傾げる二人の首もスルー力も限界だ。

 アリーゼとノルンはにこやかにすれ違うカイの腕をがしっとつかんだ。


「「あったかご飯の人さん!」」「ぬおっ……」

「トンネルで何回もすれ違ったのになんでまた来るの?」

「あんたは魔道具そっくりさんよね? いったい何人いるの?」

「おかしいって。絶対おかしいって!」

「うんおかしい。絶対おかしい!」

「ぬおあああっ……!」


 ぶるんぶんぶんぶるんっ……


 ハイパワーなエルフ二人に振り回されるカイである。

 二人はひとしきりカイを振り回すと落ち着いたのか静かにカイを見上げて返事を待つ。

 やがてカイが呟いた。


「すげえ……初めてそこにツッコミ受けたわ俺」

「「ええーっ!」」


 これまでのエルフは皆スルーしてたんかい!


 と、驚愕半端ない二人である。

 周囲を見るとメリダの里の皆も何してるんだと首を傾げている。


 心を読んでみるとあったかご飯の人なんだからその位出来るだろうと皆スルー半端無い。

 皆の心の中ではあったかご飯の人は神にも等しい存在であり、世界の理を超越した存在。自分の常識など軽々超えていく人だという扱いなのである。


 あわよくばと憧れていたアリーゼとそれに付き合っていたノルンとはその点が決定的に違う。

 常識の枠外で見ているつもりの二人だったが、まだまだカイを手の届く存在として見ていたのだ。


 あれーっ? 私達、おかしい?


 冷や汗タラリなアリーゼだ。

 見下ろすとノルンがオロオロとアリーゼを見上げてうろたえている。


 これはとんでもなく失礼な事をしたのでは……


 と、恐る恐るカイを見ればうんうんと満足げに頷いている。

 どうやら失礼とは思っていないらしい。


「で、では私達はこれで」「さようなら」


 よし、今がとんずらのチャンス!

 円満な別れよ。何よりも円満で後腐れのない別れこそが重要なのよ。


 と、どこぞの青銅級冒険者が考えていたような事を考えながら二人が会釈すると、今度はカイががしっとアリーゼの肩を掴んできた。


「えひゃい!」


 とんずら失敗に奇声あふれるアリーゼだ。

 力任せに振り切って逃げようかとも考えたが相手はあったかご飯の人。

 異界とナシを付けるエルフもびっくりの超常の存在である。


 逃げられない……


 今後の生活とメリダの里の命運にアリーゼが逃亡を諦め、カイを見ればまだカイはにこやかなまま。

 こんな扱いをされていながらにこやかな笑みを浮かべるカイに戦慄半端無いアリーゼだ。


 なに? なにされるの私……


 と、ビクビクしながら反応を待っているとカイはアリーゼの肩を掴んだまま語りかけてきた。


「君ら、ちょっとうちで働かないか?」

「やだ」「いやです」


 二人は即答だ。


「まあまあそんな邪険にしないで。ただ俺の言う言葉を聞いているだけの簡単な仕事だから、そこにいるだけでいいから」

「やだ」「いやです」


 これ以上常識から足を踏み外した人に付き合いたくはない。

 首を激しく振る二人にカイは少し思案し、ああそうだったと思い出したように呟き対価を提示する。


「日当白金貨一枚出すよ」「「?」」「……百ハラヘリね」

「一日百食!」「わあぁ!」

「ついでにマオに頼んで一日貸し切り食べ放題も付けてあげよう」

「やる!」「うん!」


 あっさり掌返しの二人である。

 一日彼の言葉を聞いているだけで心のエルフ店で百回ご飯が食べられる。

 食への執着半端無いエルフでこれに乗らない者はいない。


 それも申し出たのはあったかご飯の人カイ・ウェルスである。

 報酬の百ハラヘリも心のエルフ店貸し切り食べ放題も確約と考えて間違い無いだろう。


「またあの美味しいご飯が食べられる!」「それも貸し切り食べ放題!」

「その為なら何でも聞いてやろうじゃないの。王様の耳はロバの耳とばかりにスルーしまくってやるわ!」

「うん!」


 アリーゼとノルンは拳を握り、ふんぬと鼻息荒く頷いた。

 二人の親は里はもうすぐなのにと複雑な顔をしていたが、あったかご飯の人の頼みである。

 救ってもらったお礼くらいはしないとねと快く二人を送り出した。


 カイは二人を連れて異界に続くトンネルに入り、重厚な鎧を装着したエルフの衛兵に守られた扉を開き、二人を中に招き入れた。


 異界へと貫くダンジョンには必ず存在する構造、主の間だ。

 主の存在の重みで世界は異界へと突き抜けダンジョンが構築され、討伐されればダンジョンは消滅する。

 このトンネルを維持する為の最重要区画をのんびりと歩きながらカイは二人に語りかけた。


「今までは別の場所を拠点にしてたけど、トンネルが出来てから立地の良いここに移ったんだ。ダンジョンなら他も色々便利だからね」

「「はあ……」」


 珍しさに周囲を見回しながらカイに生返事を返す二人。

 オルトランデルにもアトランチスにもすぐに行ける一等地。


 しかし、ここは主の間だ。

 アリーゼもノルンも壁の中で異界を顕現させた事はあってもダンジョンに入った事はない。


 主の間は本来、異界に突き抜ける程に強烈な存在が座す場所だ。

 アリーゼやノルンのような普通のエルフが入れるような場所ではない。

 世界を守る剛の者が生死を賭けて挑む死地なのだ……普通は。


 しかしここはオルトランデルにあった役場の如く。

 棚がずらりとならびラベルの付いた資料箱がドカドカと棚の隙間を埋めている。


 主の間を区切るパーテーションには一課や二課などの部署名が並び、その奥では忙しそうなカイ達の声が響いてくる。


 そして謎の衣装棚と化粧台、なぜか女装と化粧をしているカイ・ウェルス達。

 すこぶる奇妙な空間である。


 その間を縫うように歩いたカイは部屋の端にある一つの扉に二人を導く。


 『バカ神対策本部』


 そう殴り書きされた大扉をカイはガコンと開くと、中にいる者に呼びかけた。


「いい人材を見つけてきたぞ」

「「「「「んー?」」」」」

「「ひっ……」」


 狭い部屋の中、数十人のカイが一斉に振り向く様に顔の引きつるアリーゼとノルンだ。


 右を見てもカイカイカイ、左を見てもカイカイカイ……

 どこを見てもカイだらけ。

 これまでも奇妙であったが、ここの奇妙密度は明らかに群を抜いている。


「あったかご飯の人が……」「たくさん……」

「さぁ、どうぞ中へ」


 あんぐり口を開けて呆けるアリーゼとノルンをカイは部屋に招き入れるとガコンと扉を閉じ、何ともすまなそうに皆で頭を下げた。


「「「「「すみません。とんだご足労を」」」」」

「「……はぁ」」

「俺らは討伐された異界の主に願う事で生まれた戦利品カイ」

「「……はぁ」」

「カイ・ウェルズと呼んでくれ」「カイズでもいいぞ?」

「「……はぁ」」


 これまで案内してきたカイもカイズの一人。

 すまなそうに語るカイズに間の抜けた返事しかできない二人である。


 しかしこれで納得だ。

 誰かの願いに応じてマナが姿を変える戦利品ならそっくりなのも納得。

 人格コピーも納得だ。


 しかし異界の主を討伐してこんなのを願うとは、いったいどこのアホなのか……


 と、アリーゼが首を傾げているとカイズはその意を察したのか、答えをくれた。


「いや、アレクの奴が願ってな……」

「ああ……」


 あのカイカイとやかましい勇者領主か……


 納得半端無いアリーゼだ。


「そしたらこれは便利だとシスティの奴が連絡と諜報に使うようになってな……」

「あぁ……」


 夫婦そろってロクでもないなビルヒルト……


 これまた納得半端無いアリーゼだ。

 ビルヒルト領主の妻システィは侮れないとホルツの里の長老ベルガも語っている。夫アレクのカイ好きを上手に使って独自の情報網を構築しているのだ。


 自己紹介を終えたカイズは他のカイズに二人を紹介する。


「今回、こちらの二人に俺らの計画の協力者となって頂く事になった」

「アリーゼさんよろしく」「ノルンちゃんもよろしくねー」

「「?」」


 カイズがにこやかに二人に頭を下げる。

 自己紹介などしていないのに皆二人を知っている。

 アリーゼとノルンが首を傾げるとカイズの一人が教えてくれた。


「ああ、俺らカイの人格と記憶を常に更新してるからね。カイが会った事があれば俺らも会った事になるんだよ」

「逆は無いんだけどな」「そこが面倒臭いよなぁ」「アレクの奴相互情報交換を願ってくれれば楽だったのに」

「いやそれ魔道具による洗脳ですよね」

「「「「「あぁ、そりゃそうだな」」」」」


 あっはっはっは。

 アリーゼのツッコミにこりゃしまったとカイズが笑う。

 何ともハーの族に通じるやけっぱち感半端無いカイ達である。


 やけっぱちポジティブ。

 危ういポジティブ感にカイの悲哀を感じるアリーゼだ。

 そして同時にご飯に釣られた事を後悔するアリーゼだ。


 これはロクでも無い。きっとロクでも無い事が起こる……

 今からでも逃げられないかなぁ……


 と、アリーゼは閉じた扉を確認し、無理だなとため息をつく。


 ええい、私もハーの族。ビバ、ポジティーブ!


 アリーゼは自らに活を入れるとノルンを庇い、カイズに問いかける。


「私達はただ、聞いていればいいんですよね?」

「うん。まあ正確にはちょっと違うけど」

「ちょっと?」


 訝しげに聞き返すアリーゼに、カイズが声を張り上げる。


「イグドラ!」

『おぉ、生贄げふんげふん協力者を調達したか』

「「生贄!」」

『気にするな言葉のあやじゃ。余はイグドラシル・ドライアド・マンドラゴラ。かつて汝らエルフを呪い、今は祝福しておる神じゃ』


 むふん。

 生贄と叫ぶ二人をスルーして鷹揚にのたまうイグドラだ。


 存在は知っている。夢の告げをした神だ。

 しかし直接声を聞くのはアリーゼもノルンも初めてだ。


 自分達エルフをかつては呪い、今は祝福する超常の神。

 どれだけ足掻いても逃れる事が叶わなかった呪いの神の声が今、この部屋に響いているのだ。


「いやぁ俺ら戦利品だからイグドラの声の入りがいまいちでさ。やっぱ直接祝福されたエルフだと入りが違うわー」


 私達は依り代ですか。


 そう思い、いやいやとアリーゼは首を振る。

 それだけならそこらのエルフで十分だ。アリーゼやノルンである必要はない。


 きっともっとロクでもない事を頼んでくるに違いない……


 アリーゼが警戒する中、カイズとイグドラの会話が続く。


「いやぁイグドラ、色々と手伝ってもらって悪いな」

『元々はベルティアといじめっ子がやらかした事じゃからのぅ。余も何か手伝わねばと思っていたのじゃ』

「本当だよあのバカ神ども何とかしてくれイグドラ」

『本当にすまんのじゃ』


 神を相手にカイズは気さくである。

 そして答える神イグドラも気さくである。

 それどころか会話の流れではカイがイグドラをこき使っている感じである。


 この人、神様までこき使うのか!


 と、驚愕半端ないアリーゼとノルンだ。

 輝き、異界にナシを付け、神と語らい文句を言い、公然とバカ神と称しても神は罰を与えもしなければ呪いもしない。

 これは常識を大きく超越した者の振る舞いだ。

 メリダの里の皆は正しかった。


 ……しかし、後悔先に立たずだ。


「今回二人に来て頂いたのはカイの輝くアレの解消にご協力頂く為です」

「「……」」


 あれ、解消できるの?

 首を傾げる二人に構わずカイズは続けた。


「体験した二人は知っていると思いますがカイ本人があの言葉を言えばカイは輝き、周囲は土下座懺悔を強要されます」

「あー、あれですか」「すごかった」

「あれはカイ本人が何億回も言わないと解消されません」

「……言わなきゃよいのでは?」「うん」

「「「「「それじゃ俺の子供が喜ばんだろうが!」」」」」


 アリーゼの素朴な疑問に叫ぶカイズである。


「子供のためですか!」「えーっ」

「お前ら、俺の子は可愛いんだぞ」「いや違う。超可愛い」「超絶可愛いだろ」「そしてイリーナもムーもカインもあの言葉を聞くと超絶喜ぶんだよ」「可愛い盛りなのにそれを気軽に見られないなんて……ぐぉおっ!」「耐えられんわ俺ら」


 数百人のカイズが涙を流してアリーゼににじり寄る。

 怖い。めっさ怖い。

 そして増えている。扉はしっかり閉まっているのにカイズが一桁増えている。


 もう何なのこの人……


 常識の枠から外れ過ぎたカイズに涙があふれるアリーゼだ。

 逃げたい。めっさ逃げたい。

 でも逃げたら呪われそうだ。


『まあ、神がしでかした不始末じゃ。こやつらと相談して準備は済ませておる故、すまぬが協力してはくれぬかの?』

「……わかりました」「……はい」


 神に懇願されては頷くしかない。

 カイは超常。イグドラは神。

 逆らったら何をされるかわからない。またエルフが呪われるような事になったら二人はおろかメリダの里は滅亡確定だ。


 力の差がありすぎると断る言葉すら出せなくなる。

 アリーゼとノルンはとんでもない事になったと増えるカイズを見つめていた。


『すまぬのぅ。汝らには何かしら見返りを渡すからの』

「で、どうやって何億回も言わないと無くならない力を解消するんですか?」

「そう。一人で何億回も言うのはさすがに無理がある。別に力を抜く方法を色々と考えていたんだよ」『のじゃ』

「という訳で、今まではカイ本人だけに授けられていた輝きをイグドラに頼んで俺らカイズにも流れるようにしてもらった」


 いつの間にか部屋にはカイズがひしめいている。

 もはや数千の単位だ。


 まさか……


 アリーゼとノルンの顔がこわばる。

 さらに増えた数万のカイズがアリーゼとノルンに頷いた。


「「「「「そう、俺ら全員であの言葉を連呼する」」」」」

「「やっぱりーっ!」」


 大合唱だ。ぺっかーと輝くあの言葉の大合唱が始まるのだ。


「一人なら何億も言わねばならないあの言葉も俺らカイズなら分割した分だけ回数を減らせる訳だ」

「いやそれ私らである必要無いですよね?」「他の人でもいいよね? ね?」

「いや、ここはカイ・ウェルスに幻想を抱かない君らが適任なんだよ。ランデルのエルフに頼むと喜んで土下座しちゃうから」

「地元のエルフといったい何してたんですか!」


 喜んで土下座。

 どれだけの偉業を成し遂げたんだあったかご飯の人である。


「ご飯をあげたら付きまとわれました」「ミリーナは全く待てが出来なかったなぁ」「肉肉えうだし」「拉致られました」「ミリーナえう」「あの髭長老には本当に苦労させられたよ」「それは今もだろ」「ボルクのキノコ苗床ストーキングもな」「いやいや、何と言ってもピーだろ。ピー」「「「あれはひどかった」」」


 口々に呟くカイズである。


 何だろう、この一人苦労自慢合戦。


 どこにツッコミを入れたら良いやら悩むアリーゼだ。


「「「「「まぁ、今となってはいい思い出だな」」」」」


 あっはっはっは。

 そしてカイズは爽やかに笑うとアリーゼとノルンに告げる。


「輝きメーターとして頑張ってくれ!」

「なんですかそれは!」

「土下座懺悔しないように努力してくれればいい。二人とも頑張って」

「うわぁん!」


 叫ぶアリーゼに悲鳴を上げるノルン。

 そしてカイズは呟いた。


「「「「「あったかご飯の人だ」」」」」




 ぺっかー……




 言葉に数万のカイズが輝き、アリーゼとノルンが土下座する。

 カイ本人に比べれば輝きは弱い。

 しかし数万も重なればその威力は絶大だ。二人は抗う事も出来ずに土下座し懺悔を始めた。


「すみません三日前のご飯を大盛りにしたのは私ですごめんなさい」「上手に出来た奉行芋煮をまた一人で食べましたごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」……


 土下座謝罪を続けるアリーゼとノルン。


「輝いた」「確かに輝いたな」『当然じゃ』「で、力はどのくらい消費した?」『今の輝き全てで一万回分くらいは減少したのぉ』「微妙だな」「まあ俺ら戦利品だから仕方ない」「ならば数をこなせば良いだけの事」「カイ一家幸せ家族計画のために頑張ろう!」「子供達待ってろよーっ!」

「よし、とりあえず今日のノルマは千回。いくぞ!」

「「「「「おお!」」」」」


 数万のカイズは成果に頷き、合唱を開始した。


「「「「「あったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だー……」」」」」


 ぺっかぺっかぺっかぺっかぺっかぺっか……


「お父さんの芋煮をつまみ食いしましたごめんなさい」「上手に焼けた肉を自分のご飯にしましたごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」……


 ぐぅおおおおおっ!

 土下座が、懺悔がああぁあああ!


 口で謝罪しながら心で吠えるアリーゼだ。

 輝きの直撃はあまりに強烈。土下座も懺悔もどうする事も出来ない。


「お姉ちゃん! お姉ちゃーん!」

「ご飯よ! マオさんの美味しいご飯を考えて耐えるのよ!」

『すまぬのぉ、本当にすまぬのぉ』

「「「「「あったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だーあったかご飯の人だー……」」」」」


 ぺっかぺっかぺっかぺっかぺっかぺっか……


「ぷるるっぱぷー」「ああっ、お姉ちゃんが現実逃避したーっ!」

「ぷるるんーっ」「私はピーになれないのに、なれないのにーっ!」

『すまぬのぉ、本当にすまぬのぉ』


 ノルンが叫び、アリーゼが励ました末に現実逃避し、イグドラが謝罪し、カイズがひたすら呟き続ける。


 狂気! まさに狂気!


 主の間は十日の間ひたすら輝き続け、イグドラの干渉により言った時に土下座していれば影響を受けない程度にまで効果を抑える事に成功したのである……


「ありがとう! 本当にありがとうアリーゼ、そしてノルン!」

『すまぬのぉ、本当にすまぬのぉ』

「「……」」


 ええいうるさい。

 二度と私とノルンに関わるな。


 土下座疲れに床に突っ伏し心で叫ぶアリーゼであった。






「へい、お待ち」


 ゴトリ。

 心のエルフ店のカウンターにマオがカツ丼を二つ置いた。


「……ありがとう、マオさん」「うん」


 カウンターに突っ伏したアリーゼとノルンはノロノロと起き上がり、箸を取る。


 十日。

 十日である。


 あったかご飯の人連呼を十日間聞き続けた二人は精も根も尽き果てて、一日貸し切り食べ放題なマオのご飯を前にしてこの有様である。


 イグドラのがっつり回復で心身共に絶好調のはずなのに箸を持つ手は重い。

 生き返る事と死を乗り越える事は別であるように、心身が回復しても経験は心にがっつり残るのだ。


 何なの? あの人……


 ゆっくりとカツを口に運んで噛みしめる。

 その直後、二人は叫んだ。


「「うっま!」」


 二人は驚愕に丼を見つめ、肉に再びかぶりつく。


「なにこれ!」「美味しい!」「美味しいなんてもんじゃないわよ超絶美味しいわよ」「本当すごーく美味しい!」「信じられないわ。世の中にこんな美味しい肉があるなんて信じられないわ」「うん。お姉ちゃんとても美味しいよお姉ちゃん」

「マオさん、この肉何なの?」「すっごく美味しい!」


 元気を取り戻した二人にマオが笑う。


「竜牛カツ丼だ」

「竜牛!」「竜牛ってこんなに美味しいの?」


 唖然とする二人にマオは余計な事を言う。


「カイのおごりだ」

「……いや、この位おごって当然」「まったく」「「ねーっ」」


 おかげでテンションが下がる二人である。

 あの苦行で日当百ハラヘリでは割に合わなさすぎる。

 イグドラが見返りを約束してくれもしたがそれでもあの苦行は二度とご免な二人である。


 それにしてもあの領主、こんな美味しい肉を知ってたのに出さなかったのね……

 改心しても私らに食わせる竜牛は無いってかコノヤローッ!


 心で叫ぶアリーゼだ。

 実際は希少過ぎて手に入らなかっただけだがそんな事アリーゼの知った事ではない。また一つ株が下がる領主である。


 まあ良い。

 とにかく美味い。美味すぎる竜牛の肉に舌鼓を打つ二人である。

 瞬く間に完食した二人はおかわりを要求した。


「この肉もっと食べたい!」「メニューにないけど、いくらなのこれ?」

「その丼に乗ってるので千五百ハラヘリだ」

「「……」」


 桁が違う。違いすぎる。

 日当百ハラヘリを十日でも手が届かないカツ丼に唖然の二人である。


「これはカイのおごりだから気にするな。そしてカイはエルネに土下座すれば竜牛が手に入るから気にするな。どんどん食えどんどん」


 マオがニヤリと笑いどどんと料理を前に置く。

 今度は竜牛ステーキだ。


「あ、あの……」「いいん、ですか?」

「食べなければ冷めるぞ。そして料理がまずくなる。美味しく食べてやれ」

「「はい!」」


 マオの言葉にかぶりつくアリーゼとノルン。


「「うっま!」」


 ああなんて美味しいの竜牛。この美味しさ生き返るようだわ幸せーっ!


 二人は食べ、泣き、笑い、そして叫ぶ。


「この肉を世界に満たせばみんな幸せ!」

「この味を世界に満たせばみんな幸せ!」


 未来のアトランチスのカウガールエルフ、メリダの里のアリーゼ・ルージュ。

 そして未来の心のエルフ店アトランチス支店店主、ノルン・ルージュの誕生の瞬間であった。






「お姉ちゃん、遅刻するよー」

「ああ待ってノルン」


 アトランチスの大地をアリーゼとノルンが走っていた。

 二人が向かうはオルトランデルに続くトンネル。

 そしてその先にある心のエルフ店だ。


 ノルンはそこで料理を学び、アリーゼはその近くでエルネの里の者から竜牛の飼育を学んでいる。


 あったかご飯の人、カイ・ウェルス。

 常識をはるかに超越したとんでも人間であったがアフターケアはちゃんとする。

 事実を知った彼はマオとエルネに頼み、二人の望む未来への道を用意してくれたのだ。


 まあ、あの苦しみは二度と忘れないけどね。


 アリーゼは心で呟く。


 あったかご飯の人だ。

 この言葉は二度と、そう二度と聞きたくない。 


 そう心に決めて二人はトンネルに駆け込んだ。

 二人が入るのはカイズのいない異界のトンネルだ。

 あの主の間には近付きたくない。

 ただ、それだけの思いである。

 こちらは何かと禍々しくて嫌な気分なのだが、ぺっかーよりはマシである。


「それにしても何とも禍々しい」「だよねぇ」

「でも、ぺっかーよりはずっと……あれ?」


 トンネルの一角に新たにできた何かに、アリーゼは首を傾げた。

 武装したオーク達が守る主の間の大きな扉。

 そこに仰々しい門がどどんと立っているのだ。


「昨日までは、あんなのじゃなかったよね?」

「うん。あんなのじゃなかった」


 首を傾げるアリーゼとノルンだ。

 扉はあった。それを守るオークもいた。

 しかしあんな仰々しい門はない。絶対にない。


「お姉ちゃん……」「大丈夫よ。普通に通り過ぎれば何もされないから」


 そう、二人はただの通行人なのだ。

 主の間に乱入して主を討伐する勇者ではない。


 歩くだけ。

 そう、歩いて通り過ぎるだけ……


 しかしエルフの耳は良い。

 大きい耳は小さな音すらくっきりはっきり聞き取れる。

 近付いた二人に扉から漏れる謎の読経が響くのだ。


『『『『『えうえうえうえううえうえうえうえうえうえうえうえう……』』』』』

「「……」」


 こっちも同じかい!


 アリーゼとノルンは心で叫び、トンネルをダッシュで駆け抜けたのであった。

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