11-7 その淀みなきえう、ただ者ではないな
「異界?」
「はい」
グランボース聖教国、街道。
カイの馬車と平行して馬を走らせながら、隊長の騎士が頷いた。
聖教国の騎士兜が陽光にキラリ輝く。
彼らの装備は全てミスリル。
それも何かしらの魔力刻印が入っている強力な代物だ。
さすがは聖教国。
左右の壁をミスリルで作れる位だから、この程度の鎧くらい楽勝だ。
ミスリルはグリンローエン王国では超希少金属なのになぁ……
ミスリルを建材として使っていたアトランチスに唖然としたカイだが、聖教国ではさらに唖然だ。
王国はバルナゥがアーテルベと名乗っていた八百年前に王都に持ち込んだミスリルを今もちまちま使っているというのに、聖教国のミスリルのなんと潤沢な事か。
同じ人間国家なのに恐ろしいまでの差だ。
ミスリルは魔石のようにマナが強い地で生まれる金属だ。
これだけのミスリルを用意するにはそれだけ多量のマナが流れ込んでいなければならない。
バルナゥのように異界を貫くか、怪物や異界を討伐して願うか、竜を討伐するか。
カイの知る限りミスリルの調達手段はこの三つしかない。
イグドラが世界に堕ちた時、このあたりでも異界が顕現したのかもな……
三億年前に起こった異界の集中侵攻の話をカイは思い出す。
イグドラが世界に顕現して一掃した際に異界のマナはこの世界のマナに変わったはずだ。それがミスリルの鉱脈になっているのかもしれない。
ミスリル鉱脈なんてカイは聞いた事がないが金や銀の鉱脈はあるのだ。ミスリルがあってもおかしくはない。
まあ、どっかにはあるだろ……
カイは無責任に結論し、騎士の言葉に再び耳を傾ける。
「この近くの異界は左側の壁の中にあります。今は封じ込めておりますがいつ壁を突破するかわかりません。早急な討伐が必要なのです」
「聖教国の勇者は?」
「……聖樹様が天に還られた事はよくご存知のはずでしょう?」
「王国の勇者はそれでも頑張って討伐しているぞ」
「我々としても勇者での討伐を行っております。しかし異界の顕現はここだけではありません。勇者が圧倒的に足りないのです。ぜひともあったかご飯の人のお力をお貸し願いたい」
「……」
勇者が足りないのはお前らが異界で国を潤してたからだろ……
並走する騎士にカイは心の中で呟く。
全くもって自業自得だ。
しかし異界は世界を食らう敵。
今は壁の中だけで済んでいても、やがては壁を食らって怪物を世界にあふれさせるだろう。
対岸の火事とのんびりしている訳にもいかないのだ。
「で、左の壁のは顕現して何日だ?」
「一ヶ月半です」
「マナ的にはすでに赤字だな。他の異界はちゃんと討伐出来ているんだろうな?」
「……」
あー、こいつら今までイグドラの武器でゴリ押してただけか……
憮然とした表情で黙り込む騎士にカイは頭を抱えた。
王国ですら聖剣グリンローエン・リーナスのような圧倒的な武器を持っていたのだ。聖樹教の恩恵を受けまくった聖教国ならもっと強力な武器を持っていたはずだ。
討伐も王国より楽だったに違いない。
武器で楽に倒せるという事は人間はただの運搬役になるということだ。
楽に倒せれば倒せるほど人間の技量は不要になる。
同じ勇者と呼ばれていても、アレク達と聖教国のそれとは完全な別物なのだ。
イグドラが去り、いきなり武器がなまくらに変わった事に聖教国の勇者らはさぞ面食らった事だろう。異界の怪物から必死に逃げたに違いない。
イグドラが天に還って五年。
よく今まで討伐出来ていたものである。
この壁といい、壁に走る魔法といい、封じ込めたエルフと異界といい王国とはスケールが桁違い。
だからしっぺ返しも桁違いだ。
そこら中の壁の中で異界の侵攻を許し、幾多の異界を顕現させているのだ。
「我らも多大な労力と財を投じて討伐し続けているのです」
「元々は異界から獲得したものだろ? トントンじゃないか」
「手厳しいですな」
「自業自得だからな」
さすがのカイも擁護の言葉がない。
手に負えなくなったから尻拭いしてくれ。
露骨にこんな事を言われては手厳しくもなるというものだ。
それに言葉の裏の意図も露骨だ。
異界を排除できれば良し、カイが異界に倒されるもよし。
厄介な二つを争わせて力を削いだ後に漁夫の利を狙うといったところだろう……
心を読まずとも理解できる構図にカイはため息をつく。
ぺっかーな輝きを利用できる内に利用しておこうと決めたのだろう。
相手は協力して当たり前だと思っている。
気位の高い人間にありがちな身勝手な理屈であった。
「で、俺が協力するとでも?」
「このままでは我ら聖教国はエルフを異界にぶつけるしかありません。今は隔離しておりますが手に負えないとなれば門を開くしかない、と」
「おまえら……」
カイが騎士を睨む。
壁の中のエルフは人質。騎士はそう言ったのだ。
エルフは確かに人間より強靱で魔法に長けた存在だ。
しかし敵は異界。
繋がった世界によってはエルフも一方的に蹂躙される。
ただでさえ力の差があるエルフに聖教国は武具など与えはしないだろう。
聖教国にとってエルフは国を富ませる生命線。
武具を与えて圧倒的優位に立たれれば閉じ込めておく事すら出来ないのだ。
「我らとて必死なのです」
「だから自業自得だろ」
「我らに改めるだけの時間を頂きたい。聖樹様が天に還られ力が失われて五年、我らは新たな道を模索している最中なのです」
「……自分で地道に地面を耕せよ」
「そんな事、いきなり出来る訳がないではありませんか」
カイの言葉に騎士が毒づいた。
農家の出であるカイもその点はその通りだと思う。
畑は人が手を入れ富ませていくものだ。土を耕して柔らかくし、栄養となる堆肥を混ぜ、水をまき、種を植えて育て、風雨から守り、不要な草と虫を摘む。
これらの手間を延々と繰り返して育てたものが畑だ。
しかし聖教国にとっての畑はエルフと異界を封じ込めた壁だ。
地のマナを奪い作物を生やし、マナが枯渇すれば異界から補充する。
このようなサイクルに浸りきった者達がいきなり土いじりなどできる訳もない。
ここに来るまでに見たのは壁、町、野原、そして道。
それがほとんど。
人が耕した畑もあるにはあったが量は微々たるものであり、誰かが額に汗して作業している様子も無い。
おそらく戦利品の魔道具か何かを使って育てているのだろう。
それでも実りは得られるだろうが効率は恐ろしく悪い。
先細りするばかりだ。
まったく、とんでもない国だな……
常識が違いすぎて呆れるしか無いカイだ。
「ならエルフを解放して土下座して頼め」
「……我らが土下座したとして、エルフが受け入れてくれるとお思いで?」
「ハーの族なら心が読めるから、利用する気しかないお前らじゃ無理だな」
ハーの族のハイエルフは回復強化魔法を得意とするエルフだ。
だから心を読むのも造作も無い。
まあ、常に搾取していた聖教国の人間の心など読むまでもないだろうが。
聖教国の望みは結局、これまでの生活を続けたいというだけの事。
しかし世界が変わったのに同じ生活が出来ると思う事がおかしい。
対応しなければ生きていけないなら自らが変わるしかない。
それを嫌と言われてもカイは呆れる他ないのだ。
馬車は走り、騎士の馬も走る。
しばらく無言の併走の後、騎士は重い口を開いた。
「貴方は……」
「ん?」
「貴方は、エルフが恐ろしくはないのですか?」
「んー、まあ、怖いと思う事はあるな」「えうっ」「ぬぐっ」「ふんぬっ」
「そんな事を考える貴方になぜ、エルフは付き従うのですか?」
「心が常に赤裸々になるとな。選択で相手を評価するようになるんだよ」
壁の門へと続く道へと曲がりながら、カイは騎士に言った。
これはメリッサから教わった事だ。
生きている以上あらゆる選択肢が脳裏をよぎるもの。
そして人は我が身が可愛いもの。
他者の選択肢に自分にとって不都合なものがあるのは当たり前の事であり、それが無い方がおかしいのだ。
しかし思考がいくらあっても行動は一つだけ。
他の思考は候補に挙がっただけで選ばれなかった、いわば無価値なものになる。
だから心を読める者はその中からどれを選択したかで相手の価値を決めるのだ。
それが悪い事より良い事を考えるという事だ。ビバ、ポジティーブだ。
「だから妻達は俺が駄犬と思っていても付いてくるし、妻達が俺を頼りないへなちょこだと思っていても俺は妻達と共に生きる」
「駄犬じゃないえう。忠犬えうよ」「む。今は愛犬」「愛犬ですわ愛犬」
「そもそも犬じゃねぇ。夫婦だ」「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」
「……」
「神と人は道が違うんだよ。自分の立場を神の立場と同じにするから間違える」
「……今からでも、改められるでしょうか?」
「百年は無理だな」「無理えう」「無理」「ですわね」
「……」
「だから地道に地を耕せ」「えう」「む」「ですわ」
「「「ぶぎょーっ」」」『あらあら』
にべもないカイ一家の言葉である。
千数百年の搾取を覆せるほどカイの言葉は絶対ではない。
そしてカイにその気もない。
とにかく、今は異界だ。
門の前に到達したカイは馬車を止めた。
「でかいな」
メリダの里を囲っていた壁の門よりもずっと大きな門を見上げ、カイは呟いた。
首が痛くなるほどに高いミスリルの壁と比べればちんまりとしたものだが馬車が四台並んで通れる位の幅があり、高さも十分なものである。
ここからエルフが育てた作物や戦利品を運び出し、聖教国を潤していたのだ。
「あなた方が通る間だけ門を開き、後に閉じます」
「言っておくが俺らには空を飛ぶマリーナがいる。封じ込めはできないぞ」
「わかっております。壁の中ではご自由に振る舞って頂いて結構です」
『壁を食べてもよろしいのですか?』
「そ、それはご遠慮下さい」
マリーナの問いに騎士は青ざめ首を振り、門を開く指示を出す。
今、カイははた迷惑なベルティアの祝福により無双状態。
ぺっかーと輝けば土下座懺悔不可避。
それが異界に効けばよし。
効かなければ戦利品カイ経由でバルナゥに泣きつけばよしだ。
カイは手綱を握り直し、二頭に進めと指示を出す。
フランソワーズとベアトリーチェは門の先の禍々しいマナを感じたのか嫌がる素振りを見せたが、カイに従い馬車を引いて走り出した。
とにかくも壁の中のエルフを異界の手から守らなければならない。
まずそれが第一だ。
その為なら聖教国の思惑にも多少は乗ってやろうと、カイは決意を固めて進む。
が、しかし……
開いた門から響いて来た聞き覚えのある声は、その決意を粉みじんに砕いて余りあるものだった。
『『『『えうーっ!』』』』
「……」
わかっていました。わかっていましたとも。ええ……
脱力感半端ない異界の雄叫びにカイは大きなため息をつく。
今のベルティアがこんなわかりやすい世界の穴を放置する訳がない。
全部、ぜーんぶ丁稚神に埋めさせている事だろう。
門を潜り抜けてみればカイの予想通り、オークの群れ。
どこかで見たオークの群れがえうえう言いながら世界を蹂躙しているのだ。
こんなオークが居る世界など、カイはひとつしか知らない。
まあいいや、楽ならいい事じゃんか……
門を抜けたカイは馬車を止め、ミリーナに呟いた。
「……ミリーナ」「えう」「まかせた」「えう!」
ミリーナがカイの前に立つ。
目には目を。歯には歯を。
そしてえうにはえうを、だ。
「えうーっ!」
『『『『えうーっ?』』』』
ミリーナの叫ぶえうにオーク達がえうと叫んで振り向いた。
オーク達の視線はミリーナに釘付けだ。
二メートルの筋肉みなぎるオーク達の注目を一身に集めたミリーナは自信満々。にこやかにオークに叫ぶ。
「えう!」
『『『『……』』』』
小柄なミリーナにオーク達はざわめき、顔を見合わせる。
やがて一回り大きな巨漢のオークがミリーナの前に進み出た。
『貴様、なかなかのえうだな』「えう」『そうだ。我らの尊き神の言葉、それがえう』「えう?」『お前のえうは心に響く良いえうだな』「えう!」『なんと素晴らしい……我ら神の世界に一歩近付いたやもしれぬ』「えうー」『ぐぬ……どうやら我のえうでは貴様に及ばぬようだ。えう勇者にお越しを願うとしよう』
えうえう言いながら巨漢のオークが退いていく。
「俺にはさっぱりわからん」「同感」「私もですわ」『私も何度か注意したのですが、あの口癖はちっとも直りませんねぇ』
馬をなだめながら、首を傾げるカイ一家である。
はたから聞いていてもさっぱりわからないが、これでも会話は成立している。
声という異界のマナが耳に届いて世界のマナに変わる際、意味を知りたいと思う願いに応えて理解できる言葉に変わる。
ミリーナのえうもオーク達にはちゃんとした言葉として聞こえていた事だろう。
あれで会話は成立していたのだ……たぶん。
「えう無敵えう最強えう」
「いやーほんと」「まったく」「ですわ」『はいはい』
ひひーん、ぶるるっ。
胸を張るミリーナに棒返事を返すカイ一家の皆である。
何ともアホらしい展開に芋煮でも煮るかと皆で準備を進めると、先程ミリーナと対していた巨漢のオークが別のオークを連れてふたたび現れた。
『えう勇者様この者です。この者のえう、ただ者ではありません』
『む……先程から聞こえた淀みなきえうの声。ここからか……』
「あれ? お前、あの時の勇者か」
カイは新たに現れたオークに声を掛けた。
確か名はアーサー。
エリザの世界の勇者だ。
メリッサとエルトラネのピーにボコボコにされたオークの勇者達だが異界との戦いを生き抜いたらしい。
うちの子すごい超すごいとほっこりなカイである。
そのアーサーはカイの姿に驚愕し、流れるように土下座した。
『カイ・ウェルス様!』
異界にはまともに名を呼ばれるカイである。
『アーサー様?』
『頭が高いぞバカ者! このお方こそ我らが世界を救いし芋煮三神の父、カイ・ウェルス様にあらせられるぞ!』
昔は芋魔王と呼ばれていたが今は芋煮神らしい。
うちの子すごい超すごいとホロリなカイである。
『するとこの見事なえうの方は……』
『イリーナ様の御母堂、ミリーナ様だ!』「えう」『そしてこのお方がムー様の御母堂ルー様!』「むふん」『カイン様の御母堂メリッサ様!』「ですわ」
アーサーはカイの妻達をオーク達に示した後、叫ぶ。
『我ら、ついに神の世界に到達せり!』
おおぉおおおおおえうえうえうえうえうえう……
アーサーの叫びにオーク達がえうえう土下座していく。
『ミリーナ様、我らにえうを、始まりのえうのお言葉を!』
「えう!」
『素晴らしい、何とすばらしいえうの響き……これが始まりのえう……』
『我のえうが遠く及ばぬ訳だ。我らが神イリーナ様にえうを授けた伝説の母君なら我らのえうなど鎧袖一触。我のえうなど塵芥の如く……』
『我ら、まだえうが足りぬな』『明日からまたえう修行のやり直しだ』『えう!』『えうーっ!』
「……」
お前ら、何でもかんでもえうを付ければいいってもんじゃないぞ?
ミリーナをけしかけたカイだがここまで来るとエリザ世界が心配になってくる。
世界がえう過ぎる様に恐怖を感じるカイである。
『そ、それでカイ様、御母堂の皆様方……我らの神は、我らが世界を救いし芋煮神のお三方はいずこに……』
「ひいばあちゃん!」
『はいはい』
よっこらしょ。
マリーナが馬車の荷台に首を突っ込みしばらく、ぶぎょーと笑ってころころ転がる三人が現れる。
『あ、あの赤子が……』
「そうだ。イリーナ、ムー、カインだ」
アーサーの震える声にカイが頷く。
マリーナの背を転がり降りた子供達はミリーナ、ルー、メリッサをころころ登り、その腕の中にすとんと収まった。
「イリーナえうよ」「この子がムー」「カインですわ」
「「「ぶぎょ?」」」
おおぉおおおおおえうえうえうえうえうえう……
オーク達が歓喜に叫ぶ。
『ああ! 我らの救いの神よ、芋煮三神よ! 我ら世界は日々案じておりました。無事にたどり着けただろうか、そして幸せであろうか、と……』
「「「ぶぎょー」」」
『そうですか。そうですか! 幸せでございますか。我ら一同皆安堵いたしました。この世界を訪れた甲斐があったというものです』
「「「ぶぎょーっ!」」」
『そんな……なんともったいないお言葉!』
カイの子達もこれで会話が成立。
異界相手の会話であればマナ翻訳で意思が相手に伝わるのだ。
何とも便利なものである。
そしてオーク達もいい奴らである。
世界を守り戦ったカイの子らが望む生を得られたかどうか、向こうの世界で心配してくれていたのだ。
オーク達はひたすら涙を流して子らの新たな門出を喜んでくれている。
食い、食われる関係であるはずの異界に生まれた友好の姿だ。
アーサーはしばらく頭を地にこすり付けて子達の幸せを喜んだ後、顔を上げて叫んだ。
『ここに神殿を建てるものとする!』
「それはやめてくれ」
カイは即座にツッコミを入れた。
『な、なぜです?』
「いや、俺達たまたまここに来ただけだから。すぐに別の所に行くから」
『では我らはどこに神殿を建てれば、どこで神に拝謁すれば良いのですか!』
「素直に帰れよ」
『そんなカイ様ご無体な!』
あぁあああああうえうえうえうえ……
オークの絶望の叫びが響き渡る。
あーこいつらエルフだわ。エリザ世界のエルフだわ。
うちの子への執着半端無いわ。
と、心で呟くカイである。
「あぁもうわかったわかった。場所は後で指定するから待ってろ。な?」
『待ちませぬ! カイ様は冷たいお方。我らの世界を見捨てる言葉の数々、死ぬまで忘れる事は無いでしょう』
「……根に持っていやがるな?」
『当然でございます。あの時の計り知れぬ絶望はカイ様にはわかりますまい』
「まあ確かにわからんが」
『そうでございましょう。ですから我ら神殿の地に導かれるまで意地でもここを動きませんぞ!』
『『『『えうーっ!』』』』
「……」
この、駄犬どもめ。
いや、オークだから駄豚か……
カイはどうでも良い事を考えながら思案する。
まあちょうど良い。アトランチスに渡るのにバルナゥにいちいち頼むのも悪いとカイも思っていたところだ。
ここらで通路を作っておくのも悪い事ではないだろう。
カイは事を運ぶべくイグドラを呼ぶ。
「イグドラ、聞いてただろ?」
『もちろんじゃ。収支がトントンになるよう相互に世界を繋げればよいのじゃな』
「出来るか?」
『当然じゃ。これでカトンボを頼らずに済むのぉ』
イグドラが笑う。
異界を通じてアトランチスとオルトランデルを繋ぐ。
そうすれば海で隔てられた二つの地は歩いて渡れる地に変わる。
エリザ世界はイリーナ、ムー、カインに拝謁するために世界を渡り、カイの導くエルフ達は自由に行き来が可能となる。
遠い未来、繋がった二つの世界がどのように変わるかはわからない。
が……それは子らに任せよう。
と、カイは未来の子達に異界との関係をまるっとぶん投げ事を進める。
「そういえばお前ら、他の場所にも顕現しているよな?」
『この顕現の近くでは二十五箇所で異界を貫いておりますが、貫いた先がこの世界かどうかは我らにはわかりませぬ』
「イグドラ?」
『全部この世界につながっておるぞ』
予想通り丁稚神の仕事だ。
カイは頷くとアーサーに言った。
「よしアーサー、神殿の場所は確保してやるから俺の願いも聞いてくれ」
『ありがとうございます。ありがとうございます!』
異界は幾多の壁の中に顕現しているのだ。これを利用しない手は無い。
輝かずにエルフを導けるのであればそれが一番楽なのだ。
「壁の中に顕現していた異界が、全て消滅した」
グランボース聖教国、聖教都ラジュベルの宮殿の深奥。
聖なる円卓に着いた一人が呟いた。
「それは良い事ではないか」
「異界が自ら退くとは、珍しい事もあるものだな」
「これで我ら聖教国の国土も安泰」
皆は胸をなで下ろす。
大小こそあれ聖教国は異界の問題に頭を悩ませていたのである。
しかし報告はそれで終わりではない。
「……それら全ての壁からエルフが一人残らず消え失せたそうだ」
「バカな!」「一体、どうやって?」
「あったかご飯の人が異界を渡らせ導いた……らしい」
一同、唖然。
それはそうだろう。異界は世界を食らう敵なのだ。
食うか食われるか。
そんな相手と協力など彼らの思考には欠片もない。
「その時、あったかご飯の人は一度も輝かなかったそうだ」
「な、なんという……あったかご飯の人、そこまで……」
「輝き無しで異界と対等に渡り合う。それだけの事をしてのけるのか!」
「あったかご飯の人、何という恐ろしい男だ……」
あったかご飯の人と呟く度に皆は顔をしかめる。
もはやその名は聖教国を滅ぼす忌まわしき名となっていた。
「それどころか奴の妻の一人が「えう」と言っただけで全てが解決したそうだ」
「「「えうって何だよ?」」」
そしてもう一つ。
あったかご飯の人に続く謎のパワーワードに円卓の皆は頭を抱えるのである。
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