11-6 あったかご飯の人とお見受けいたします
街道を、馬車が走っていた。
「楽えう」「でも遅い」
「そうですわね。カイ様と荷物を担いで走った方が速いですわね」
『私が引きましょうか?』「「「ぶぎょー」」」
「ははは」
ひひーん、ぶるるっ……
幌のついた馬車の上、手綱を手にカイが笑う。
ガラガラと車輪が石畳を叩く。
馬車は輝きに洗脳げふんげふん改心した領主が、カイに譲ってくれたものだ。
領主は通行手形や地図、食料や貨幣など聖教国の人間社会で必要な色々なものを気前よく用意してくれた。
お人好しすぎる様にしっかりアフターサポートしようとベルガに頼んだカイである。
これまで積み上げた人生をぺっかーでねじ曲げてしまった以上、その位はしないと小心者のカイとしては心苦しいのだ。
あったかご飯の人だ。
この輝きがもたらす効果は絶大。
全てがひれ伏す神の力。
カイには過ぎた巨大な力だ。
しかし使いたくないと思いながらも使わなければ立ち行かない。
聖教国の人々は、まだエルフを囲えばこれまで同様繁栄を享受できると思っているからだ。
だからどこの壁も門を固く閉ざし、マナを走らせエルフを外には逃がさない。
しかしエルフの呪いが祝福に変わりイグドラが去った今となっては、人間がエルフに何かを強制できる訳が無い。
実際、カイは妻達の誰よりも弱い。
一番身体の小さいミリーナですらカイと荷物を担いで夜通し森を疾走出来る。
これをカイがやったらものの五分でギブアップだ。
祝福を貰った今でもこの有様なのに、聖教国の人々は理解しない。
その凝り固まった頭をほぐすにはやはりあの言葉が必要なのだ。
導いたエルフに助けを求めれば、使わずとも何とかなるかもしれない。
しかし人間とエルフの間に決定的な亀裂を作るわけにもいかない。
種族間の争いの引き金を引くなどカイはまっぴらご免だ。
小心者だから。
それなら輝いた方がマシだ。
人間から恨まれたらアトランチスにでもとんずらしてひっそり暮らそう。
あそこ人間いないからな……
と、そんな事を考えながらカイは手綱をしっかと握る。
手綱からカイの動きが伝わったのだろう、馬がいななき首を振った。
「あぁ驚かせたか。すまん」
ひひーん、ぶるるっ……
馬車を引くのはこれまた領主が提供してくれた馬。
フランソワーズにベアトリーチェだ。
よく訓練された二頭は竜の併走にも暴れない。
はじめは警戒していたが、心が読めるカイ達のかゆい所に手の届くサービスの良さに今ではすっかりメロメロだ。
世話をするたびに甘え、こちらの指示にしっかり従う馬の賢さと可愛さにカイ達もメロメロである。
ちなみこれもベルティアの呪いだろうか、またもや二頭とも雌であった。
「ジョセフィーヌとクリスティーナみたいえう」「む。あの二頭は本当に頑張る可愛い仲間」「あの苦難の日々を共に戦い抜いた私達の友は今、どうしているでしょうか……久しぶりにアトランチスに行きたくなりましたわ」
「そうだな。一段落したらアトランチスにも顔を出してみようか」
「えう」「む」「はい」
今や母となったアトランチスの仲間をカイは思い出す。
彼女らはアトランチスの空の下、巡礼のエルフ達に崇められながらぷぎーぶもーと頑張っている事だろう。
王国から持ち込んではいるがまだまだアトランチスは動物不足。
数も種類もまるで足りない。
故にアトランチスでの狩りは禁止。
肉食は今、王国からの持ち込みに限られている。
やがて彼女らが育てた子らはエルフが富ませた森を駆けて森の一部となり、エルフの糧となるだろう。
長い時をかけてアトランチスは蘇るのだ。
「それにしても、壁が多いえうね」「む。右も左も壁ばっか」「まるで小さくなって町中を進んでいる気分ですわ」
「まったくだな……」
三人の言葉にカイも街道の左右を眺め、呆れて呟く。
街道の右側には壁。
そして左側にも壁だ。
メリダの里を囲っていた壁と同様のものが街道から少し離れた場所にそびえ、街道と平行して延々と続いているのだ。
この壁の向こうにエルフの里と森がまるっと入っている。
そして壁はミスリル製で今も魔力刻印にマナを流しエルフの脱走を防いでいる。
デタラメな国力だよホント。
と、呆れ半端無いカイである。
メリッサの言う通り小さくなって町中を進んでいる気分だ。
一度マリーナに乗せてもらって上から眺めたところ、内部に仕切りの無い一区画の囲いと田の字のように四区画に分割された囲いがあるようだ。
今、カイが左右に見る壁はどちらも田の字区画。
森が四つまるっと入った超巨大な囲いだ。
田の字区画はおそらく異界の顕現を前提とした区画分けだろう。
まずダーの族のエルフに土を耕させ、入れ替えた後にアーの族とハーの族のエルフに樹木や作物を作らせる。
そしてマナが枯れ怪物が染み出せば人間が討伐して戦利品を獲得し、やがて顕現する異界を討伐して異界のマナで地を富ませる。
ダー、アー、ハー、そして異界。
この四つをくるくる回して国を富ませていたのだ。
「聖教国の畑なのかこれ。スケールでかいな……」
エルフ異界農法とでも言うべきか……
馬車に揺られながらカイは呟く。
さすがは世界樹の恩恵を受けまくった聖教国。
グリンローエン王国など比較にならない超ゴリ押しハイパワーだ。
「ランデルでも出来るえうね」「エルネ、ボルク、エルトラネ、そしてバルナゥ」「そうですわ! いつも頭を抱えるルーキッド様もお喜びになりますわ」
「これ以上ルーキッド様が頭を抱える事柄を増やさないでやってくれ」
「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」
領主の小言を思い出し、カイは妻達をやんわり止める。
カイ以上に地道で堅実なルーキッドが身近で顕現する異界を喜ぶ訳がない。
そしてカイも身近な人間をわざわざ危険に晒したくはない。
そんなのは何十年後かに芽吹くイグドラの子らでたくさんだ。
イグドラが去った今となっては異界を使うなど論外。
アレクも「聖剣リーナスは楽だったなぁ」とぼやく程に圧倒的な力の喪失は異界討伐に深刻な影響を与えている。
戦う兵の数は何とかなる。
足りないのは異界の主を討つ勇者。
かつては異界討伐ごとに投入される勇者は数名だったのに、今は二十名以上の勇者が必要らしい。
竜の祝福を受けたソフィアがいるアレク達はとにかく、他の勇者達は戦力不足。
異界の主を討伐できずに撤退する勇者も多く、アレク達とバルナゥは後始末に駆けずり回っているそうだ。
そんな有様にベルガは有志を募り、エルフによる異界討伐勇者の編成と訓練を始めている。
マナを貪り異界を食らうイグドラの子らを育てる上で必要になるであろう、戦力確保の前倒しだ。
このように、地のマナを搾取するとロクな事がない。
もう異界はイグドラの子らだけで勘弁してほしいよ……
カイがそう思いながら馬車を走らせていると、前から誰かが駆けて来た。
「誰か来るえう」「む、同じ鎧を着た人たくさん」「人間の兵隊ですわね」
『ブレスぶちかましますか?』
「いきなりそれはやめてください……」
ルーの言う通り、馬に乗り鎧を着た一団だ。
装備が統一されている所を見ると国か領の兵だろう。
十数騎の騎士の後ろには魔法使いとおぼしき杖を持った数名が続いている。
「皆、幌に隠れてマナの動きに注意しておいてくれ」
「えう」「む」「はい」
身バレしていないと思いたいが……無理だな。
カイは脇を歩くマリーナを見てため息をつく。
エルフはとにかく幼竜を隠すのは難しい。
すでに先方にはバレているだろう。
カイは馬車を街道の脇に寄せて止め、マリーナが馬車を守るように馬達の前に歩み出て構える。
やはり騎士達はカイ達に用があったらしい。脇に寄せたカイの側に自らも寄せて駆けて来た。
『止まりなさい』
マリーナが口元からマナをあふれさせ、告げる。
幼竜のブレスであっても一発で騎士達を瓦解させる位の威力はある。
そして騎士に退かない意思と覚悟があっても馬に同様のものを要求するのは酷というもの。マリーナの圧倒的なマナを感じた馬は恐怖にいななき、跳ね、バランスを崩した騎士と魔法使いが馬の背を滑り落ちていく。
「ミリーナ!」「えう!」
あぁもぅやりすぎだ……
落馬した騎士達と魔法使いをミリーナが風魔法でソフトランディングさせる。
風魔法はやはりミリーナ。
一拍遅れてカイ達の風魔法が落下する他の騎士達の身体を支え、ゆっくりと街道の石畳に下ろす。
落馬は骨折当たり前、死も珍しい事ではない。
回復や蘇生があるから良いというものではない。痛みや恐怖は魂に刻み込まれてその後の人生を縛るのだ。
アレクやシスティ達の如く狂気の覚悟を皆に期待するのは間違いというもの。
カイはジト目でマリーナを見つめ、マリーナは長い首をカイに向けて頭を下げる。
『やりすぎましたね。すみません』
「すみません。じゃないですよ」
あぁ、マリーナも狂気といえば狂気か……ご飯方向全振りだけど。
ひひーん、ぶるるっ。
フランソワーズとベアトリーチェはそんなマリーナにいななく。
二頭は多少慌てはしたが慣れと世話の成果だろう、すぐに平静を取り戻す。
騎士らは狂乱する馬を落ち着かせた後馬車に駆け寄り、マリーナの前にひれ伏した。
「あったかご飯の人とお見受けいたします」
「……」
せめてカイと呼んでくれ。
人間にまで圧倒的ネームバリューとなってしまった事に頭を抱えるカイである。
輝き過ぎたしっぺ返しであった。
誤字報告、感想、評価、ブックマークなど頂ければ幸いです。