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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-4 エルフを囲う国

 グランボース聖教国。


 およそ二千年前、聖樹教が興ってすぐに建国した七つある聖教国の一つだ。

 絶大な力を持つ世界樹の枝の奇蹟のもと、人間を脅かす全ての強者を排した初の人間による人間のための国家。

 それが聖教国だ。


 人間を脅かす強者とは異界、竜、怪物、そしてエルフ。

 今まで圧倒されていた全てが世界樹の枝を手にした事で逆転する。

 元々エルフの奴隷であった人間は世界樹の枝を手にして初めてエルフを圧倒し、排する事が出来るようになったのだ。


 エルフを排し、エルフを庇護する竜を討伐し、竜の遺骸を供物として世界樹に捧げてさらなる力を授けてもらう。

 神と崇める世界樹と人間との相互利益の関係だ。


 竜を食わせるたびに人間は枝葉を授かり、その加護のもと知識を蓄え発展する。

 しかしどれだけ発展しても、どうしても出来ない事があった。

 絶大な力を持つ枝は、なぜかエルフを殺さなかったのだ。


 まともに食べる事すらままならぬ呪いをかけておきながら、世界樹の加護を受けた武具ではエルフを殺せない。


 人間は悩み、やがて一つの結論に達した。

 これは神がエルフに科した罰なのだ、と。


 エルフは神が罰する咎人。

 だから安易な死など許されない。

 咎人は閉じ込めなければならない。

 そして罰しなければならない……神に祝福された我々が。


 物事に納得出来た時、人は行動に移る。

 すでに枝から多くの恩恵を得ていた聖教国の人間は、その力を使いエルフを閉じ込める囲いを築いた。


 使われた材料はミスリル。

 エルフの呪いをもってしても浸食されない強固な囲いだ。

 魔力刻印のもたらす魔法によって近付く事すら出来ない囲いは、よじ登る事も飛び越える事も出来ない絶対の防壁。


 エルフが閉じ込められるのは罰。

 エルフが育てた作物を食べられないのも罰。

 エルフが人の授ける食にひれ伏すのも罰。


 神から恩恵を受けた人間は神と共にエルフを罰し、奪った作物に潤い笑う。

 それが聖教国におけるエルフと人間のおよそ二千年に及ぶ関係だ。


 しかし……世界樹イグドラシルは去り、枝は力を失った。

 咎人であったエルフの呪いは祝福となり、人間は恩恵を失った。

 壁はいまだ強固であったが、人の誇りは失われつつある。


 暮らしは不便になり、圧倒していた存在は再び驚異となった。

 人々は時折空を駆ける竜に怯え、安全ではない家の寝床で震えおののく。

 本来の人間の立場に戻ったのだ。


 だが、人は失った栄華を忘れられぬもの。

 自らの力でなくとも、失えば理不尽と思うもの。

 人々は惑い、足掻き、囲いの中にその希望を見出した。


 エルフだ。


 聖教国には多くの囲いがあり、その中にはエルフがいる。

 かつては呪われた咎人であったが今は祝福された者。

 人々は考え、そして一つの結論に達する。


 彼らエルフは、罰を受け終えたのだと。

 だから祝福されているのだと。

 そして人の祝福はエルフに託されたのだ、と……


 物事に納得出来た時、人は行動に移る。

 聖教国の人間は、かくしてエルフを求めるのだ。






「やっぱ、無理かぁ」


 グランボース聖教国、どこかの壁の中。

 ハーの族、メリダの里のハイエルフの女性、アリーゼ・ルージュは壁を見上げて呟いた。


 壁は相変わらず高く、そしてマナに満ちている。

 近付けば弾かれる魔法を帯びた壁。

 それがエルフを囲う壁だ。


 森竜ドルドゥの囲い。

 里の皆はこう呼んでいる。


 かつて里を庇護していた森竜ドルドゥの遺骸の力で人間が築き上げたこの囲いの中、メリダの里のエルフは千年以上に渡り人間に搾取され続けてきた。


 しかし呪いが祝福に変わった今、この囲いは里を守る城壁。

 エルフが越えられない壁を人間が越えられる訳がない。

 だから囲いに数ヶ所ある門の前に植物を激しく生やしてしまえば大抵の人間は入って来れない。


 かつてはあったかご飯のために下草刈りまでしていた門の周囲も今や密林。わずかな人間がひーこら言いながら時折来るくらいである。


 そこまでして里に来て何をするかと言えば、求婚だ。

 かく言うアリーゼも先日初対面の男性に求婚されたばかりである。


 外の世界がどのようなものなのか、アリーゼは知らない。

 囲いの外に出た事が無いからだ。

 しかしいきなり現れ即求婚は無いだろう。さすがに常軌を逸していた。


 どんだけ切羽詰まっているのよ。外の人間達は……


 と、呆れ半端無いアリーゼだ。


 ハーの族のハイエルフである彼女は心が読める。

 だから人間達のいやらしい欲望も筒抜けだ。


 婚姻とは名ばかりで関係を結んで祝福を得ればすぐに離縁。

 まったく虫の良い話である。


 聞こえの良い言葉を並べていても彼らの中ではエルフは今も咎人。

 彼らが好きなのは彼女の祝福であって彼女ではないのだ。


 齢二百六十歳。

 結婚適齢期真っ只中のアリーゼからすればせめて私を見なさいよ。である。


 しかし、人間達は決して見ない。

 咎人と目を合わせると魅入られる。

 人間達は今もそう思っているらしい。


 先日来た男性も目を背けながら決まり文句の棒読み求婚。

 人間社会ではあれで求婚を受けてもらえるのだろうかと首を傾げるアリーゼだ。


 あの調子でアリーゼが求婚を受けたとして、初夜をどうするつもりなのか。

 ハーの族の彼女は寝ればピーだ。

 はっちゃけるったらはっちゃける。愛の無い初夜などメチャクチャだ。


 そんなピーなアリーゼ達であっても人間達は求婚三昧。

 男も女もひーこら言いながら木々をかき分けやって来る。


 手には必ずあったかご飯。

 しかし今やエルフも料理を作れる時代。ご飯で釣れる時代は終わったのだ。

 料理は美味しく頂くけれど過去ではなく未来を見やがれ人間共、である。


 そう、夢のあの方のように……


 アリーゼは頬を染める。

 彼女が思い浮かべるのは夢で見たお告げに出てくるあの方だ。

 エルフの呪いを祝福に変え、エルフを妻に迎え、子を授かった人間の男性。


 あったかご飯の人。


 近頃の夢の告げが正しいなら彼は今、このグランボース聖教国にいるらしい。

 聖教国から逃げたエルフに出会った彼はこの地に訪れ、多くの囲いからエルフを解放しているらしいのだ。


 その事を知ってから俄然やる気の出たアリーゼだ。

 この壁は、越えられる。

 国外に逃れたエルフが存在するのだ。


 どんな手を使ったかは知らないが越える手はあるのだろう。

 アリーゼは腕組み考え、壁に突撃して弾き返され、強化魔法で跳躍して叩き落とされを繰り返す。


「おねーちゃーん、ごはーん」


 失敗を続けるアリーゼは背後の森から駆けてくる幼いエルフに振り返る。

 人間から貰った鍋を持って、とたとたと駆けて来たのは妹のノルンだ。


「今日のご飯は奉行芋煮だよー。ぶぎょーって言ったから美味しいよー」

「ノルンは料理上手だねぇ」


 大きな鍋をよいしょと運ぶノルンにアリーゼは笑みを浮かべる。

 奉行芋煮。

 夢の告げに出て来たあの方の妻、エルフの食の伝道者ルーが示した芋煮だ。


 超常の者が行う夢の告げは、時折こういった奇妙な告げをする。

 先週はえうの人ミリーナがえうを語り、先々週はオシャレの人メリッサがワンポイントオシャレを伝授した。

 アリーゼは食べられないので無視したが、本当に良くわからない告げである。


「うん、すごく美味しい」

「わぁい」


 舌鼓を打つアリーゼにノルンは可愛くはしゃいで踊る。

 本当に可愛い妹だ。


 何を隠そう、里で一番求婚を受けているのはノルンだ。

 妹のノルンは今三十歳。

 幼い内に呪いが祝福に変わったためにピーになる事が無い。

 眠ってもアリーゼのようにはっちゃけないノルンは人間が求める最高のエルフなのだ。


 まあ、ノルンにとっては災難だが。


「で、逃げられそう?」

「まだ無理ね」

「求婚、減らせないね」

「奴らへなちょこになったから求婚も拒絶出来るけど、この壁を越えない限りずっとこんな調子でしょうね」

「面倒臭いね」

「まったく面倒臭いわ。ノルンは寝てもピーは助けてくれないんだから気をつけなきゃダメよ」

「はぁい」


 アリーゼがここから逃げる手段を模索するのは、ノルンがピーにならない事も理由の一つだ。


 寝ればピーになるアリーゼとは違いノルンは寝れば相手の思うがまま。

 壁の外に連れ去られてしまえば壁を越えられないアリーゼはどうする事も出来ないのだ。


 マナが切れれば壁もよじ登る事が出来るだろうが閉じ込めたエルフは今や人間達の最後の希望。必死にマナを集めて今も絶賛魔法発動中だ。

 その努力を自らに向ければエルフを頼らずとも幸せになれると思うアリーゼだ。

 世界樹の恩恵を受けた生活が今も恋しいのだろう、努力の方向を完全に間違えていた。


「また明日、がんばろう」


 芋煮を食べ終わり、アリーゼは壁を見上げて呟く。


 掘ってもダメ、よじ登ってもダメ、飛んでもダメ。


 とにかくもアリーゼはまだこの壁を越えられない。

 里に戻ってまたプランの練り直しだ。


 待ってなさいよ壁。

 いつか越えてやるんだから。


 と、アリーゼが踵を返そうとしたその時……




 ぺっかー……




 壁の向こうがまぶしく輝いた。


「何か輝いてるね」

「うん」


 なんだあれ?


 アリーゼの腰から下がムズムズする。

 妙に土下座したくなる輝きだ。


 これは……やばい?


 輝きからやっとの事で目をそらし、ノルンを見ると足をこすり合わせながらモジモジしている。


「お、お姉ちゃん……土下座したくなっちゃった」

「ノルンも?」


 なぜ輝きを見て土下座?


 首を傾げる二人である。


 しかし土下座したい超土下座したい。

 膝はカクカク震えて歩くのも一苦労。何かとんでもない事が壁の外で起こっているというのに走る事すらままならない。


「歩けそうにないし、土下座で帰ろう」

「うん」


 走るより遅いが土下座したいから仕方無い。二人は膝を地につけた。

 長年の呪いによりエルフは土下座のプロフェッショナル。

 土下座で移動するなど朝飯前。

 バックもジャンプも自由自在だ。


 しかし土下座した二人はその場から動く事は出来なかった。

 流れるように土下座へと移行した直後、懺悔の念が心の底から湧き上がってきたのだ。


「奉行芋煮に三回失敗しましたごめんなさい」


 気が付けばアリーゼは地に伏せ、懺悔を始めていた。


「幼なじみのフリードに全部食べてもらいましたごめんなさい。口では美味しいと言ってたけれど表情は微妙でした申し訳ありません……」


 次々と湧き上がる懺悔に心が痛めつけられる。

 エルフは食への執着半端無い。 

 だから後悔や懺悔も大抵は食べ物絡みのものになる。食以外は大抵ビバ・ポジティーブで終わってしまうのだ。


「奉行芋様ごめんなさい! あ、ついでにフリードもごめんね」


 だから詫びる相手もフリードより奉行芋だ。

 美味しい芋煮に仕上げてあげられなかった事を悔いているのだ。


「美味しい奉行芋煮をたくさん食べました。おなかポンポンですごめんなさい。次は家族で仲良く食べますごめんなさい」


 さんざん懺悔するアリーゼの隣ではノルンが地に伏せ懺悔する。

 こちらは奉行芋煮を失敗しなかったらしい。つまみ食いを悔いていた。


 すみませんごめんなさい申し訳ありません。

 二人の懺悔は延々と続く。


 昨日の夕食、一週間前の朝食、一ヶ月前の夕食……


 どこまでもどこまでも食事の懺悔は続く。


「三ヶ月前のフリードが作った芋煮が超美味しかったので張り合ったらまずい芋煮が出来てしまいましたごめんなさい」


 どこまで懺悔したらいいのよこれ?


 と、アリーゼが懺悔しつつ首を傾げた頃、壁の方から歩いてくる人影があった。

 何とも派手な服を着た若い男だ……


「人間!」


 アリーゼが叫ぶ。

 そう、人間だ。

 壁の外から人間が入って来たのだ。


 男は壁近くをさまよっていたが二人に気付き、まっすぐこちらに駆けてくる。

 対する二人は謎の土下座懺悔中。

 よく分からないが超ピンチだ。


「逃げるのよノルン!」

「で、でも懺悔が、土下座懺悔が……」

「そんな事してる場合じゃないでしょ!」


 叫ぶアリーゼも懺悔で体が動かない。

 懺悔しながら二人が足掻く間に男はますます近付いて、二人がひれ伏す前に立つ。

 男は息を整え、呟いた。


「ノルンさん……」

「ひっ」


 ノルンか! やはりノルンか!

 この幼女趣味どもめ!


 男は小さなノルンをひょいと持ち上げ駆けていく。


「お、お姉ちゃん!」

「ノルン!」


 こんな時になんで懺悔してるのよ私!


 根性で懺悔をねじ伏せ土下座旋回。そして土下座ダッシュだ。

 ハーの族の土下座移動は回復魔法の応用だ。

 接地している肌を回復魔法で移動させ、身体を肌の上で滑らせる。

 アリーゼの膝の下で肌がぐるぐる回って地面を掴み、上半身を押し出していく。


 しかしこの方法はすこぶる非効率。

 本当は強化魔法で手足の指を使い土下座指走りしたい。

 しかし懺悔姿勢を強制された今は指を動かすのも一苦労。強化できても体が懺悔を強制されている以上、土下座指走りは無理だろう。


「うわああああああんっ……!」

「ノルン!」


 回復魔法で肌を必死に回転させても駆ける男との距離は開く一方。


 まずい、このままじゃ門の外に連れ去られる……

 あれ?


 焦るアリーゼだがふと気付く。

 男が駆けて行く方向が門とは逆、里の方向へと駆けていくのだ。

 土下座懺悔するノルンを抱える腕も優しく手荒に扱う様子は無い。

 アリーゼが追いつけないまま男は森を縫うように駆け、やがてメリダの里に到達する。


「申し訳ありませんでした!」


 里に着いても男は手荒な事はしない。

 男は里でノルンを下ろし、地に頭をこすりつけて土下座した。


「なんだ?」「アリーゼにノルン、何があった?」

「ん? なんじゃいこの男は」「求婚か、また求婚なのか?」


 メリダの里の者もアリーゼらと同じく輝きにやられたのだろう、皆が土下座懺悔の姿勢のまま集まってくる。

 聞くも土下座、語るも土下座。


 何? この奇妙な対話……?


 と、思うアリーゼもこれまた土下座である。

 立っている者など誰もいなかった。


「私はこの地を治める領主の孫。我らがこの地を治め千八百余年、メリダの里に行った搾取には懺悔の言葉もございません」


 男は地にこすりつけた頭を上げ、土下座するメリダの里の皆に告げる。


「我らは囲いを開く事を決断いたしました!」

「ええっ?」


 なんでよ?


 男の宣言に首を傾げるアリーゼだ。


「あの方の輝きに心洗われた我らはこれまでの行いを悔い、そして改めるのです。既に壁の魔法は消え、囲いにある門は全て開かれました。メリダの里の皆様を閉じ込める者はもうおりません」


 なんだこれ?


 急展開すぎて理解が全く追い付かない。

 土下座しながら首を傾げるアリーゼをよそに男はノルンに向き直り、再び頭を地にこすり付けた。


「私は懇願いたします。願わくばこのまま私達と共にこの地で暮らして頂けませんでしょうか。そしてノルンさん。私の求婚をお受け頂けませんでしょうか」


 ノルンはアリーゼの陰に隠れて男を見つめ、ぽつりと呟いた。


「……お断りします」

「ですよねー」


 振られた土下座男があははと笑う。

 あっさり引き下がる男にアリーゼは愕然だ。


 いやいや何よこの冗談みたいな話。

 壁の向こうが輝いてから全てがおかしい。

 というか輝きに心洗われるって何よそれ?

 変なものでも食べたんじゃないの?


「わかっていましたが仕方ありません。あぁ、あの方がいらっしゃいました」


 男がにこやかに立ち上がり、今は鬱蒼とした森と化した門から里へと続く道を見る。

 その視線の先、木々を縫い歩く一団が現れた。 

 先頭に立つ老人はこの地の領主。

 その後に続くのは一人の男、三人のエルフの女性、一体の魔道具ゴーレム、そして三人の赤子とそれをあやす幼竜だ。

 その姿にアリーゼは息を呑む。


 あの方だ。

 あの方がついにこの里に、三人の妻達と共にいらっしゃったのだ。


「アーの族、エルネの里のミリーナ・ウェルス」

「ダーの族、ボルクの里のルー・ウェルス」

「ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ウェルス」


 夢の中で何度も聞いた妻達の名乗り。

 そして妻達の夫、エルフを救うあのお方が口を開く。


「あったかご飯の人だ」




 ぺっかー……




 カイの背後がまぶしく輝く。


「ぬおうっ!」 


 あんたか!

 あんたが輝いてるのかーっ!


 皆、たまらず土下座。

 輝きに土下座しながら心で叫ぶアリーゼだ。


 夢の告げでは格好良いのに実物はまぶしい。まぶしすぎて辛い。

 ほのかな憧れも根こそぎ消し飛ばす驚異の輝きだ。

 ノルンも同じ心境なのだろう。

 アリーゼの隣で土下座しながら呟く。


「はた迷惑な人だね。お姉ちゃん」

「そうね」


 輝いて土下座強要、懺悔強要。

 何とも迷惑な人である。


 まあ、助かった。

 そして解放された。


 しかし何とも理不尽だ。

 輝きに土下座し、懺悔し、懺悔され、越えられない囲いは勝手に開かれる。

 その過程の全てがまったく理解できない不思議展開。


 いいのか?

 これでいいのかあったかご飯の人?


 と、アリーゼが首を傾げるとそれに気付いたのだろう。

 カイがアリーゼに笑う。


 その何とも疲れた情けない顔、全てを投げ捨てたかのような笑み、精も根も尽き果てたしょぼくれた肩の落とし方。


 心を読むまでもない。

 あれはどうしようもない理不尽に疲れた笑みだ。

 輝き過ぎて心をすり減らした結果到達した、やけっぱちの境地だ。

 笑っているが彼はきっと泣いている。

 やりたくてやっている訳ではないのだ。


「あったかご飯の人も苦労してるんだね。お姉ちゃん」

「……そうね」


 アリーゼとノルンが呟き、首を傾げる。

 首を傾げるのは二人だけではない。

 里の皆も、エルフを囲った人間達も、ぺっかーと輝いたあったかご飯の人一行ですら首を傾げる不思議終幕。


 全てが謎。

 全てが理不尽。

 メリダの里は、当事者全員が首を傾げる超絶謎展開で解放されたのである。


 そんなアホな。であった。






「あったかご飯の人が、また囲いを空にした」


 グランボース聖教国、聖教都ラジュベルの宮殿の深奥。

 聖なる円卓に着いた一人が呟いた。


 皆は無言だ。


 もはやその名に笑う者はいない。

 なぜなら目の前に輝きに晒された者がいるからだ。


「心洗われる輝きであった。あれこそまさに神の御業ありがたやありがたや……」


 もはや知らぬ地での笑い話ではない。

 輝きにひれ伏した者の唖然とする程の豹変を目の当たりにしているのだから。


「この会議が終わり次第領に戻り盛大な宴を開き、孫と共にエルフの皆様をお見送りするのですほっほっほ」

「エルフが去るのを見過ごすのですか?」

「どこに行くのもエルフの皆様が決める事。別れの宴では大勢の料理人を招いてあったかご飯をたくさん作るつもりです。しかし、せっかくの宴に竜牛が手に入らなかった事は残念でなりません。お持ちでしたらお譲りいただけませんか?」

「な、なんという……」

「あの冷徹なお方がこのような腑抜けに……」

「ほっとけ。もうそいつは政の出来ぬただのお人好しだ」


 政治はお人好しには出来ない。

 税や普請で力を皆から集め、選択した事柄に再配分するのが政治だ。

 与えられる者がいる一方で奪われる者もいる。

 全ての者に良い顔は決して出来ないのだ。


 皆は腑抜けとなった者を見て頭を抱える。

 もはや笑い話ではない。

 対岸の火事でも無い。


 あったかご飯の人が近付き輝けばこの腑抜けのようになってしまうのだ。

 あの輝きは驚異だ。

 グランボース聖教国のあり方を根底から崩す悪魔の輝きだ。


「……あったかご飯の人を止めるしかない」

「しかしどうやって? 奴にぺっかーと輝かれたら終わりなのだぞ!」


 輝きを浴びればそこで終わりだ。

 土下座懺悔をした挙げ句、ただのお人好しになってしまう。

 そこで笑う腑抜けは大層幸せそうだが彼らには彼らの築き上げた社会がある。

 謎の輝きでそれらを捨てる訳にはいかないのだ。


「超常には超常をぶつけるしかない。ここに奴を誘い込む」


 止めるしかないと発言した者が円卓に広げられた地図の一点を指し示す。


「その囲いは先日異界が顕現し、我らの兵が防備を固める地ではないか」

「そうだ」


 囲いの中は搾取に搾取を重ねた咎人の地。

 搾取すればマナは枯渇し、やがて異界が顕現する。


 世界樹の恩恵を受けていた頃はマナを取り戻す良い機会であったが今は違う。

 異界は人間を脅かす脅威に戻ったのだ。


「ここに奴を誘い込み、異界と奴を戦わせる。そして弱った勝者を我らが全力をもって討伐する」

「異界を利用するというのか」


 提案した者が頷く。


「異界は我らとは違う世界。輝きが通用しない可能性は十分にある」

「異界が輝きにひれ伏し去るもよし、あったかご飯の人が討たれるもよし、異界が討たれて地が息を吹き返すもよし、か」

「そう。我らに損は無い。存分にぺっかーと輝いてもらおうではないか」

「な、なんと狡猾な……」


 聖なる円卓で、議論はめぐる。


 彼らは知らない。

 あったかご飯の人は、異界にも顔が利く事を。


なんだろこの話?

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世界樹エルフ
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>>なんだろこの話? 自分で言わないでくだされ。 なんか切なくなったんじゃよ・・・
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