11-3 いい機会だからはっちゃけなさい
「あんた、また妙な特技を身に付けたのね……」
「俺が好きで身に付けた特技じゃねえよ」
ポルリッツ王国の森の中。
カイはシスティと語らっていた。
正確に言うと語らってる相手は連れて来たカイスリーだ。
カイが語った言葉をシスティの近くにいる戦利品カイが語り、システィが語った言葉を戦利品カイがアトランチスに存在する戦利品カイの分割体が集う地に伝え、そこで聞いたカイスリーがカイに話す。
カイ→戦利品カイ→システィ→戦利品カイ→アトランチス→カイスリー→カイ。
システィ考案の何ともややこしい伝言ネットワークである。
しかしそれにしても……
カイはシスティの言葉を伝えるカイスリーを見つめて言う。
「カイスリー、口調まで真似しなくてもいいんだぞ?」
女言葉を話す自分というのも何とも気色悪いものである。
カイネットワークで慣れているのだろう、声色まで似せたカイスリーのシスティ口調は絶妙だ。
システィが微妙なニュアンスが伝わらないとダメ出しを続けた結果らしい。
カイネットワークが始まった当初はそれほどでも無かったが月日と共に磨きがかかり、今では完全な男声のシスティ口調である。
さすがシスティ、容赦無い。
カイも戦利品カイもシスティにはこてんぱんだ。
「まあお前相手なら口調は普段通りで良いとは思ったんだが……」「何かあるのか?」「いや、お前をからかったら気晴らしになるかと思ってな」「気晴らしになるのかよ?」「お前の気分の悪さが俺に流れ込んでドツボだわ」「アホか」「何でも楽しんで生きろよカイ。俺ら戦利品のやけっぱち伝達を見習え」「アホか!」
戦利品カイの意識は本人の影響を受けるのだから当たり前である。
天に唾する行為であった。
「で、システィ……どうしようかこれ」
カイはカイスリーの口調をまるっとスルーして、会話を続ける事にした。
この手の相談はシスティ一択だ。
アレクはさすカイ、ソフィアはお気の毒、マオはまあ頑張れ、バルナゥは知らぬの一言で大抵会話が終わってしまう。
そしてエルフだとすぐご飯に脱線し、ミルトだと貴方がどうしたいかをまず考えなさいと説教が始まり、ルーキッドだと倍の小言が返ってくる。
泣きついて世話を焼いてくれるのはシスティしかいないのであった。
「そうねぇ……」
いい打開策を聞けるのならカイスリーの口調が気持ち悪いのも我慢する。
何とも女性っぽく腰をくねらせるのも我慢する。
腕を組んだ時に激しく主張する二つの胸の膨らみも……
「いやそれはいらんだろ!」「俺らのやけっぱち伝達をなめるな!」「普段からそうなのかよ!」「普段は衣装も化粧もバッチリだぜアッヒャヒャヒャヒャ!」
何やらせてんだシスティ……
いやそれよりもカイスリー、胸パッドなんていちいち用意してるのかよ。
カイスリーのイッちゃった笑いにカイは首を振り、見た目もまるっとスルーする。
気にしたら寝込んでしまいそうであった。
カイスリーもといシスティはしばらく考える素振りを見せ、やがてしれっとぶっちゃけた。
「まぁ、気にしても仕方ないんじゃない?」
「え? この気持ち悪いのに耐えてそんな回答なの?」
「何よ気持ち悪いって。私の仕草がそんなに気持ち悪いっての?」
「カイスリーがシスティの仕草で語ってるのが気持ち悪いんだよ!」
「でもそれが私の結論。神がやる事なんて私たちにはどうしようもないもの。どうしても嫌なら名乗らなければいいのよ」
「それは、そうなんだけどさぁ……」
あったかご飯の人。
カイがこの名を呟くと世界がぺっかーと輝き、照らされた者は土下座と懺悔を強制される。
先日カイの身に起こった厄介事だ。
主犯は世界主神ベルティアとその丁稚神エリザ。
カイがエルフと揉めた時に怒ってうっかり祝福してしまったらしい。
粛々と神をしていればすごいのに、はっちゃっけてこのザマだ。
まったく困った神々である。
そしてもっと困ったのはこの状態はしばらく続くという事だ。
今、カイには数億回のぺっかーパワーが蓄えられているらしい。
どんだけ輝けばいいんだよ……
と、途方にくれるカイである。
イグドラが祝福を抜く作業をしてくれているのだが、ベルティアやエリザはイグドラよりはるか格上の世界主神。
超絶ヘタクソハイパワーな祝福はさすがのイグドラも手間取るらしい。
だからイグドラには強制土下座懺悔を回避する手段を考えてもらっている。
飼い主がはっちゃけてしまった悲哀であった。
まあシスティの言う通り、輝かないのは簡単だ。
あったかご飯の人と名乗らなければ良い。
しかし、カイは名乗らない訳にはいかない。
この名乗りはエルフを導くパワーワード。
ふざけたイグドラが何年もかけてエルフに吹聴しまくったそれを一身上の都合で改名しましたと別の名を吹聴して回るのか?
ナシである。
妻達の結婚改姓とは訳が違う。
カイの信用がだだ下がりだ。
しかし名乗ればぺっかーと輝き強制土下座で懺悔大会。
カイから発する後光は精神に強烈に干渉するものらしく、妻達はおろか幼竜のマリーナですらその影響から逃れる事が出来なかった。
おそらくバルナゥでも無理だろう。
世界の誰もが土下座懺悔の強烈発光なのである。
くそぉベルティアにエリザめ。
なんでこんなアホな事で悩まねばならんのだ……
と、カイが頭を抱えているとカイスリーがシスティの言葉を伝えてきた。
「この際、あんたもはっちゃけたら?」
「……俺に土下座懺悔を強制しろと?」
「あんたはそういうの嫌かもしれないけど、あんたが導いたエルフが越境したグランボース聖教国、どうもエルフを囲ってるようなのよね」
「囲ってる? どういう意味だ?」
「言葉の通りよ」
カイスリーが組んだ足を艶めかしく組みかえる。
うへぇ……
と、カイが呻く。
システィは構わず続けた。
「ものすごく強固で高い壁で囲ってエルフを閉じ込めているそうよ」
「そんな事できるのか?」
「理屈では可能でしょ? アトランチスのように木々の浸食を受け付けない壁で囲めばいいんだから。聖教国は聖樹教の恩恵をしこたま受けてたんだからオルトランデルのように考えたらダメよ。グリンローエンのような僻地とは違うんだから」
そうだったとカイは思い出す。
アトランチスは数十万のエルフの呪いでも植物の浸食を許さなかった都市だ。
あの都市の建材はミスリル、そしてオリハルコン。
オリハルコンは無理としてもミスリルは調達出来るだろう。聖樹教の恩恵を千数百年も受けまくったのだからそのくらい出来ても不思議ではない。
エルフの里を囲い、中のエルフを管理する。
「まるで牧場だな」
「そうね。そんなのが何十もあるんだって」
カイの言葉をシスティが肯定する。
聖教国は、エルフを飼っているのだ。
「ま、聖樹教があのザマだから壊れたら二度と直せないでしょうね。越境したエルフ達も壊れた隙間から出て来たんじゃないかしら?」
「搾取に耐えられず逃げて来たってことか?」
「私達の常識ならそうなるけれど……」
「イグドラ!」
システィの言葉を遮り、カイは天に向かい叫ぶ。
イグドラがこの事を知らないはずがない。そのようなエルフがいるなら他よりも先にアトランチスに導かなければならないだろう。
が、しかし……呼ばれたイグドラは静かに答えた。
『カイよ、汝は飼われている事が不幸だと思っておらぬか?』
「不幸じゃないのか?」
『出られはせぬが狩られてはおらぬ。実りを奪われてはおるが見返りもある。これを不幸と言えるかの?』
「それは……言わないかも、しれない」
出られないだけなら逆に守られているとも言える。
囲われている内側に十分な土地があり、人間がやたらと干渉してこないのなら住み分けが出来ているとも言えるのだ。
カイの周囲にいたエルフは皆、人間との縄張り争いに苦悩していた。
それに比べれば確かに幸福かもしれない。
『汝ら人間とて社会という牧場で草を食んでいるようなもの。聖教国とやらは呪われたエルフを咎人と呼び囲う事で隔離し、管理してしたたかに活用してきたのじゃよ。事実、他の国のエルフ共よりよほど幸福であったわ』
「なら、なぜ彼らは逃げてきた?」
『……余が人間を捨てたせいじゃな』
イグドラはしばしの沈黙の後、ぼそりと呟く。
『余は神の座に還る際、授けた枝葉の全てを灰とした。それまで当たり前であった恩恵を取りあげたのじゃ』
カイがイグドラを天に還した時の事だ。
聖樹教が自らの権力を維持する為に世界中に授けていた世界樹に関わるもの全てがその力を失い、あらゆる品がゴミとなった。
アレクが使っていた聖剣が良い例だ。
何でもマナにして吸い込む竜すら殺す漆黒の剣はただのミスリルのなまくら剣になってしまった。
カイ達が皆で世界樹を見送ったあの夜、世界の形は激変したのだ。
『じゃが、世界が変わっても人は自らの生活を簡単には変えられぬ。彼らは生活を維持する為に蓄えを使い足掻き続けた。何年も……まぁ、戻る訳もないがのぅ』
確かに戻る訳がない。
元々自分の力では無いのだから足掻いて戻せる訳もない。
イグドラが戻さなければ決して戻りはしないのだ。
『無理をすれば余裕も蓄えも尽きるもの。しかし囲いの中を見ればどうじゃ、咎人と蔑み頭を飯で汚し続けてきたエルフ共が豊かな生活を営み始めておる。羨むに決まっておる』
「……聖教国の人間は、どうしたんだ?」
カイにも大体見当はつく。
しかし聞かない訳にはいかない。
イグドラは、ゆっくり言葉を吐き出した。
『人間達は、エルフの祝福を求めたのじゃ……』
「祝福、か……」
「「「ぶぎょー」」」
イグドラとシスティとの会話の後、カイは子らをあやしていた。
イリーナ、ムー、カインは相変わらずのぶぎょーぶぎょー。
カイの体をコロコロ転がりながらキャッキャと笑っている。
「ぶぎょ?」「ぶぎょ」「ぶぎょーっ」
子らはあの言葉を待っている。
子らは無垢だ。
懺悔するような事など何もない。
だから土下座も懺悔もしない。言葉にただ喜び転がるだけである。
しかし天幕の中で輝いても光は漏れる。
外でご飯を作っている妻達は土下座懺悔だろう。
火を使っている今、土下座懺悔は危ない。
「……ごめんな」
「「「ぶぎょっ」」」
カイは子らに頭を下げ、イグドラが言った事を思い出す。
グランボース聖教国の人間は、エルフの祝福を求めた。
それはつまり、体の関係を求めたという事だ。
しかし、カイが先日導いたエルフはハーの族。
心が読める彼らはすぐに看破しただろう。
今も蔑まれている事を。
欲しいのは自分ではなく祝福だという事を。
そして祝福は与えられないだろう事も。
祝福だけが欲しい相手を身内に迎えたいと思う訳がない。
呪われていた頃とは違い、祝福を与えるのは自らの意思だ。
かつてはヤれば呪われたが今はヤっても祝福されるとは限らないのだ。
そして祝福されなければ人間がどう出るかも彼らには判っていただろう。
そりゃ逃げる。
逃げるに決まっている。
カイはかつての自分を思い出す。
聖樹教のケレス・ボース枢機卿に処刑道具『贄の首輪』を付けられた時の事だ。
あの時カイは呪いを受ける事で死から逃れる事を考えていた。
死にたくない一心だったが思い返せばひどい事を考えたものである。
これではただの逃げ道えう。
あの時ミリーナが叫んだ言葉は、今でもカイの心に残っている。
そう。聖教国の人々が選択した事こそまさしく逃げ道だ。
自力で立つのが嫌な彼らはエルフに逃げ道を求めている。
カイのように生き続ける為ではなく、便利な生活を維持したいが為に、だ。
「カイ、ご飯出来た」
「ああ」
ルーの声にカイは子らを寝床に戻し、妻達の待つテーブルに向かう。
テーブルに並ぶのはいつもの芋煮を食べる椀……ではない。
カイの分だけやたら大きな椀にこんもりと芋煮が盛られていた。
「なに、これ?」
「今日からそれがカイのご飯お椀えう」「ん」「はい」
「なんで?」
カイがその事を妻達に問うと、にこやかに理由を告げてきた。
「私達、こっそりをやめましたの」「ん」「えう」
「カイが納得なら懺悔必要無い。カイが悩む必要もない」「えう」「そうですわ。私達はそもそも皆回復魔法使い。心を読むなど朝飯前なのですから開き直ればよいので「「長い」」あうっ……」
「お前ら……」
「これからは堂々とカイの椀から料理を食べるえう」「つまみ食いも堂々と」「買い食い盗み食いも堂々ですわ」
「ミリーナもイリーナみたいに懺悔しないよう頑張るえう」「ルーも我が子に学ぶ」「これまでも赤裸々でしたがこれからはもっと赤裸々に生きますわ」
カイ一家は皆、心が読める赤裸々一家だ。
隠し事など出来ようはずもない。
しかし黙っていても分かるとカイに伝えなかった事は心にしっかり刻まれる。
それが懺悔につながった。
妻達は今、カイに懺悔した事を懺悔し改めようとしているのだ。
カイは深く息を吐き、嬉しさに笑う。
「……あぁ、俺は良い妻を得た」
「芋をもらうえう」「私は肉」「私はこのペネレイを頂きますわ」
カイの椀からミリーナ、ルー、メリッサが次々に料理をかっぱらっていく。
食え。どんどん食え。
瞬く間に減っていく自分の椀をにんまり眺め、鍋から芋煮をごっそりよそう。
カイは鍋から芋煮をよそい、妻達はカイの椀から芋煮をもらう。
カイの椀は妻達の取り皿だ。
「今度は肉えう」「私はペネレイ」「では今度は芋を頂きますわ」「カイも食べないと無くなるえうよ」「む。皆で食べる。それが幸せ」「その通りです。カイ様には芋煮と笑顔がよく似合います」
「ちくしょう。俺もお前らの椀から芋をもらうぞ」
「どんと来いえう」「ルーも、ルーも」「メリッサの椀からもお好きにどうぞ……ああっ、その大きな芋だけはお許しを!」「なんだそりゃ」
あははははははは。
芋煮を食べて皆で笑う。
妻達の心遣いに、湯気あふれる芋のように心ほっこりのカイである。
言葉は自らを表す行為。
心を読ませれば良いというものでは無い。
相手まかせではなく自分の意思で表現する事こそが重要なのだ。
カイは芋煮にホクホクしながら思う。
はっちゃけよう。
システィが言うように聖教国ではっちゃけよう。
囲われたエルフ達が自ら道を選べるように。
聖教国と共に歩むもよし。カイと共に行くもよし。どこかに去るもよし。
自らの意思でそれを選び、足掻くのが生きるという事だ。
目指すはグランボース聖教国。
エルフを囲うかつては祝福された国。
そこでカイは叫び、輝くのだ。
あったかご飯の人だ。
と……
グランボース聖教国、聖教都ラジュベルの宮殿の深奥。
聖教国の全てを司る聖なる円卓に着いた一人が驚くべき報告をもたらした。
「我らの咎人を奪う者が現れた」
他の者達がざわめく。
「その者は光輝いて罪を問い、人々は土下座し己の罪を懺悔し正すという。すでに三つの囲いがその者によって空となった」
「なんだ、それは……」「我らの囲いを破り咎人を逃がしたのか」「あれだけの囲いを破るとは」「まるで神の奇蹟ではないか」「聖樹様でもそこまでの力はお示しにはならなかったぞ」「その者は何者なのだ?」
皆の視線が報告した者に集まる。
注目を受けたその者は、何とも恥ずかしそうに頬を染めてこう言った。
「あったかご飯の人。だそうだ」
「「「「「……」」」」」
場を沈黙が支配する。
そして……
ぷっ。
誰かが耐えきれずに吹き出した直後、皆が笑った。
「あっはっはっは」「さ、さすがにその名はない」「恥ずかしくないのか?」「そやつ、アホか?」「その名を聞くと土下座懺悔か。何の冗談なのだそれは」「堅物だと思っていた卿がこのような冗談を話されるとは。いや見直したぞ」
「我こそはあったかご飯の人……ぷっ」
わははははははは……
宮殿の深奥、聖なる円卓が笑いに満たされる。
彼らはまだ、あったかご飯の人の輝きを知らない。
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