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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
11.不本意に輝く男、世界を駆ける
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11-2 旅先でぺっかー

「ではお義母さん、留守をお願いします」

「はいはい。いってらっしゃい」


 エルネの里、カイ宅。

 カイ達は旅支度を整え、玄関に立っていた。


『家の間取りは持ったかい? 迷ったら恥ずかしがらずに助けを呼ぶのですよ』

「お婆様、もう私もお婆ちゃんなんですから」

『あらあら、そうだったねぇ』

「カイスリーを置いていきますから大丈夫ですよ。任せたぞカイスリー」

「おう。エルネで何か起こったらそっちのカイスリーが騒ぐから対処してくれ。そっちのカイスリーもちゃんとやれよ?」

「まかせとけ」

「イリーナ、ムー、カイン。戻ったらお婆ちゃんと遊びましょうね」

「「「ぶぎょーっ」」」


 マリーナがカイ宅でよく迷子になる孫を心配する。

 行くのはカイ、ミリーナ、ルー、メリッサ、マリーナ、そして子供達にカイスリー分割体。

 送るのはミリーナの母、そしてカイスリー分割体だ。


 同一存在の分割であるカイスリー同士が対話するのも妙なものだが、これをしないと他の者には全く意味が分からない。

 以心伝心も時と場所によるのだ。


 カイ達が目指すのは隣国の国境付近。

 イグドラによればグリンローエン王国の東の隣国ポルリッツ王国のさらに東、グランボース聖教国から越境して来たエルフの一団がいるとの事。


 このグランボース聖教国の東に存在したのが、消滅した聖樹教聖都ミズガルズ。

 数年前まで人間社会は聖都ミズガルズを頂点としたピラミッド状の階級構造を持つ社会であった。

 聖都から近ければ格が高く、遠ければ低い。

 ミズガルズと密接に関わる国家であるほど世界樹の恩恵を多く受け、栄える。


 まあ、今となっては全てが儚き夢だ。

 イグドラが世界から去った際にそれらは全て灰となり、力を失った。


 聖都ミズガルズが異界に呑まれ、消滅してからおよそ五年。

 最も近い位置にあった聖教国はどの国も停滞している。

 世界樹の力に頼り切った結果だ。


 カイはこのあたりの国々の事を良く知らない。

 正直に言ってしまえばグリンローエン王国の事も良く知らない。

 カイが知るのはランデルとせいぜい隣のビルヒルト、ルージェまでだ。


 エルフを導くようになってから様々な国に行ったが、歩いた場所は森ばかり。

 町には滅多に入らない。

 町中にエルフがいる事はまれであり、エルフである妻達は町に入れないからだ。


 ランデルやビルヒルトは数少ない例外都市。

 エルフは人間に大きな利益をもたらすが、扱いそこねれば災厄となる。

 人間中心に組み立てられた世界は、エルフをどのように社会に組み込むかを模索しているのが現状であった。


「じゃ、行くか」

「えう」「む」「はい」「「「ぶぎょーっ」」」『あらあら』


 そんな現状だがカイ一家はのんびりだ。


 国が違っても森は大して変わらない。

 人は違ってもエルフは大して変わらない。

 ほとんど町に寄らないカイ達には王国も異国もあまり変わりはないのである。


 一行は鼻歌まじりに森を歩き、ご飯を食べ、食材をそろえ、キャンプを行い、たまに飛ぶ。


 水と食料を現地調達出来る身軽なエルフは鬱蒼とした森もへっちゃらだ。

 街道は進まない。

 マリーナが歩くと馬や牛などが狂乱するためだ。


『食べませんのに……あの馬の肉付きはおいしそうですねじゅるり』

「いや、食うなよ?」


 ひひーんっ……


 マリーナはいつもこんな感じなのでカイは極力森を行く。

 エルフと竜のパワーで森をねじ伏せショートカットの一直線。

 国境の町付近の森にたどり着いた。


「ここからは国外だ」

「手続きえうね」「む。人間ややこしい」「仕方ありませんわ。エルフだって他所者が里に入って来たら困りますもの」

「あー、エルトラネは邪険にされてたもんな」

「えうっ」「ぬぐぅ」「ですわ」


 森ばかり歩いているカイ達だが出入国の手続きはちゃんと行う事にしている。

 このあたりはグラハム王の要望だ。

 出国や入国を気にせずバルナゥでエルフの元まで飛んでいたら外交問題に発展してしまったからである。


 相手国からすればたまったものではないだろう。

 対抗出来る手段を失ったぶっちぎり最強生物が自国にガンガン飛来するのだ。

 恐ろしいなんてものじゃない。


 さらにバルナゥは背に人を乗せ飛んでいる。

 あきらかに人為的な竜の動きに我が国を滅ぼすつもりかと王国に外交使節がやってきててんやわんやの大騒ぎ。


 聖樹教は長い間、竜を狩っていた。

 そして聖都ミズガルズに近い国家ほど世界樹の恩恵を受け、見返りとして竜を贄として捧げている。

 グリンローエン王国より聖都に近い国家に、竜などもはや存在しないのだ。


 味方にできる竜が存在しない以上、グリンローエン王国の一人勝ち。


 しかしそこはグラハム王も切ない所。

 ルーキッドがいなければバルナゥに名前すら憶えてもらえなかったのに他国に威張る訳にもいかない。バルナゥを怒らせたら滅びるのは彼も王国も一緒なのだ。


 安泰なのはランデルとビルヒルト位だろう。

 グラハムはルーキッドに羨望を抱きながら侵略の意思など毛頭無い事を説明し、バルナゥをはじめとした竜を政治利用しない条約を各国と結ぶ事になる。


 先月発効したバルナゥ不可侵条約だ。

 バルナゥからすれば知ったこっちゃないが人間達にはとても重要。

 各国はグラハムの譲歩に感謝し、こぞって条約に署名した。


 この条約で頭を抱える事になったのはマブダチのルーキッドだ。

 バルナゥに下手な事を言えば条約違反。

 不用意な一言で何処にすっ飛んで行くかわかったものではない。真面目にコツコツやっているのにどんどんドツボにはまっていく切ない役回りであった。


 そんなルーキッドが懇願をするのはやはりカイ。

 厄介事はぐるり回って発端へと戻っていくのであった。


 しかしそんな厄介事も、食べ物の前には小さい事。

 エルフは食への執着半端無いのだ。


「ここの名物を買い込んできたぞ」

「この串焼きうまいえう」「む、クッキー絶品超満足」「具材入りのパンが美味しいですわ」『んー、いいですねぇ』「「「ぶぎょー」」」「でもやっぱりカイの芋煮が一番えう」「む。それは同意」「そうですわ。今日も私が丹精込めて芋を作ります」「水とペネレイはルーにおまかせ」「薪! 薪はミリーナえう!」『あらあら』「「「ぶぎょーっ」」」


 国境の町でもカイ達はのんびりだ。

 マリーナに子供と荷物を背負わせて、国境の門へと歩いていく。

 ここばかりは街道を歩かない訳にはいかない。

 王国から特別に発行された身分証を手に役人に頼み、カイ一家は優先的に国境を通過させてもらう。


「グリンローエン王国特別外交使節、カイ・ウェルス殿」

「はい」


 カイ達は建前上、外交使節扱い。

 商人や旅人とは違い、さまざまな特権を与えられている。

 しかし、それでも相手国の役人から入国の際にはいくつかの禁止事項を言い渡される事になる。


「町に入れるのはカイ・ウェルス殿のみ。よろしいですな?」

「はい」


 まず町に入れるのは人間のみと告げられる。

 竜はもちろんエルフの能力も人間にとって脅威である事に変わりはないからだ。


 町中で無の息吹を使われれば火を使う職業は商売あがったり。

 そして植物でも生やされようものなら聖樹教がゴリ押した収穫祭の二の舞だ。

 芋煮肉肉焼き菓子芋煮とカイの周囲で騒ぐエルフ達だが、その気になれば単身で町を滅ぼせるだけの祝福をその身に宿しているのだ。


「同行されている竜の乱暴は、自衛以外ではお控え下さい」

『食べる獣を狩るのは、よろしいですよね?』

「狩り過ぎないように、お願いいたします」


 次にバルナゥ不可侵条約により自衛以外の目的で竜を攻撃に使用してはならない事を告げられる。

 告げる者はカイに要求しているがこれは懇願。

 持たざる者は相手が何もしないように願うしかないのである。


 まあ、カイもそのあたりの事を破るつもりはない。

 下手な事で王国の立場を悪くするとシスティが色々うるさいからだ。


 相変わらずのカイの天敵である彼女は先日次男カイトを出産してアレクとラブラブ絶好調。

 そんなシスティを怒らせると後が怖い。

 イグドラ同様、とんでもない恥をかかされてはたまらないのである。


 なお、エルフに関してはバルナゥ不可侵条約により出入国自由となっている。

 エルフは竜の庇護を受けているため人間社会の制限を受けると竜が怒る。

 と、グラハム王は竜をちゃっかり政治利用して、各国のエルフ政策を妨害しているのであった。


「食べ物も色々買い込んだし、行くか」

「森えうね?」「む。レッツ森林」「やっぱり森が落ち着きますわ」


 国境を通過したカイは町で名物や食べ物をしこたま買い込む。

 カイもエルフの祝福を持っているのだが、知らん振りしてしれっとスルー。

 まあカイが駄目ならカイスリーに行かせればいいし、それが駄目でも行く先々の町にシスティが戦利品カイを潜ませているだろう。

 カイは町に入れなくても全く問題ない。


 ちなみにバルナゥ不可侵条約、聖教国と名乗る国家は署名していない。

 いまだ古い聖樹教の権利構造から抜け出せない彼らはグリンローエン王国のような格下国家が主導する条約などに我らが従う必要無しと突っぱね、さらにバルナゥ聖教国譲渡条約という出来もしない事を主張し周辺国から呆れられていた。

 まあ、今は聖教国より越境してきたエルフ達である。


「イグドラ、案内頼むぞ」

『まかせるのじゃ』


 ポルリッツ王国の街道を少し歩き、カイ達は森に入った。

 グリンローエン王国もポルリッツ王国も人の事情は変わらない。

 竜が街道を歩くと道行く人に迷惑だ。


 カイ達は森を歩き、食べ、寝て、時にエルフの集落でここでの暮らし振りを聞き、料理を振るまい先へと進む。


 呪いが祝福に変わったところで桶はあっても鍋はない。

 だから食の幅は極めて狭い。

 特に肉は食中毒と寄生虫のおかげで壊滅的だ。


「肉!」「美味い!」「すごい!」「神!」


 おおぉおおおおおおめしめしめしめし……


 カイ達は町で鍋を買っては鍋を授け、肉料理を振る舞い食生活を変えていく。

 しこたま振る舞った後でアトランチスの話をすれば大抵の里はカイに同意し、ビルヒルト領への移住を決める事になる。

 他国でエルフをぶっこ抜きだ。


 度重なる人間とのトラブルに疲れたエルフにとって、人間の存在しないアトランチスはまさに夢の新天地。

 そしてあったかご飯文化が盛んなビルヒルトやランデルは夢の入り口だ。


 ポルリッツ王国に悪いとカイは思わなくもないが、エルフが里を移すのは彼らとの関係が悪いという事でもある。


 そしてカイも相手に悪いなんて言ってられる立場ではない。

 世界樹を育てるというイグドラとの約束を果たす為には、より多くのエルフの協力が不可欠なのだ。


 里を追われたエルフを迎え、今も里を構えるエルフも迎え……彼らをアトランチスに迎えて世界樹を育てなければ祝福は再び呪いに変わる。

 今はカイと仲の良いイグドラだがやはりそこは神と人。

 神と人は進む道が違うのだから。


『ここらでええじゃろ。余は奴らに道を示してこよう』

「わかった」


 しかし今はまだ同じ目的に向かい歩む友。

 イグドラとカイは打ち合わせの後、行動を開始する。


「芋煮えうね。かまど作るえう薪入れるえう火を点けるえう」

「む。水とペネレイはルーにおまかせ」

「芋、芋ですねカイ様。ふんぬぅーっ」

『ほらほら子供達、入っちゃ駄目ですよ』

「「「ぶぎょー」」」


 皆でいくつもかまどを作り、鍋を据える。

 ルーが鍋に水を注ぎ、カイがルーの背からペネレイを採取し、メリッサミリーナカイスリーが森の地面から芋を掘る。

 水魔法で乾燥させた薪が音を立てて燃える中、鍋がクツクツ歌い出す。

 皆、その歌にほっこりだ。


「幸せの歌えう」「むふん。いつ聞いても良い」「あぁ、出来上がりを思うと涎が出てしまいますわじゅるり」「むむむ。わかる」「まったく同意えぅ」


 口元に涎が輝く妻達は、相変わらずカイの芋煮が大好きだ。

 そして子らは別の意味でカイの芋煮が大好きだ。

 芋煮鍋に突撃しようとマリーナの背をギュリンと転がり、マリーナの魔法で背中にひょいと戻される。

 世界樹の守りが発動する程の謎グリップ力も竜の鱗はへっちゃらだ。


『ほらほら暴れちゃだめですよ。めっ』

「ぶぎょ」「ぶぎょぶぎょ」「ぶぎょーっ」


 戒めるも無垢な子らは知ったこっちゃない。

 ひたすら転がり、飛び跳ねてマリーナのブロックを突破しようと足掻きに足掻く。

 そんな子らに妻達もカイもほっこりだ。


「さすがカイとミリーナ達の子えう」「む。諦めないのが素晴らしい」「後で芋煮に浸からせてあげましょう」

「もっと大きな鍋に変えた方がいいかな」

「持ち運びが面倒えうよ」「むむ。かさばるのは大問題」「可変鍋ならエルトラネにお任せ下さい!」「「「その手があったか!」」」


 親馬鹿である。

 もはや鍋がミスリル製な事など気にしない。

 マリーナの背で転がる子らの為にエルトラネで鍋を作ってもらおうと皆で決め、のんびり芋煮をかき回す。

 やがてカイのマナを見る目が、接近するエルフの姿を森に捉えた。


「来たな」「えう」「む」「はい」


 芋煮の香りは風に乗り、彼らをこの場に誘い込む。

 カイの見つめる森の中、エルフとおぼしきマナの流れはしだいに数を増していく。

 総数、二百六十二。

 それなりの規模の放浪エルフにカイは表情を引き締める。


 彼らはカイ達の思った通りの道を辿り、やがて木々の間から怖々と顔を覗かせてくる。

 すかさず妻達がカイの前に立ち、名乗りを上げた。


「アーの族、エルネの里のミリーナ・ウェルス」

「「「エルフのえうの人!」」」

「ダーの族、ボルクの里のルー・ウェルス」

「「「エルフの食の伝道者!」」」

「ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ウェルス」

「「「エルフのおしゃれの人!」」」


 妻達の名乗りにエルフ達が口々に叫ぶ。

 昔なら赤面の通り名であったが今は実を伴っている。


 ルーは奉行芋を芋煮させたら右に出る者のいないエルフ料理人の頂点。

 メリッサはカイと共に各地をめぐる事でエルフの風習に新たな風を入れるファッションリーダーだ。

 そしてミリーナはえうで何でもかんでも押し通す名実ともにえうの人。

 確信をもって放たれるえうの一言は全てを貫く魔法の言葉。

 よくわからないがとにかくすごいのである……いやホント。


 昔は旧姓を名乗らなければ首を傾げられたものだが今はウェルス姓もばっちりオーケー。

 カイを異界に沈めてダンジョン主にしてしまったベルティアの詫びである。

 実際に詫びたのはイグドラであるがベルティアが詫びを入れたら何が起こるかわからない。困った飼い主を持つイグドラは何かと苦労するのである。


「夢の通りだ!」「ご結婚おめでとうございます!」「そして俺たちもとうとう救われる」「エルフの伝説の使者が今、我らの前にいるのだ」「あの方、あの方はいずこに!?」


 木の陰に隠れていたエルフ達が芋煮鍋をかき混ぜるカイに注目する。

 カイももう恥ずかしがってはいない。

 赤面パワーワードも子供達が聞いているなら子らの喜ぶほっこりワードだ。


「あったかご飯の人だ」

「「「ぶぎょーっ!」」」


 おおおおおおおぉぉおめしめしめしめし……


 子供達が喜び転がり、エルフ達が歓声を上げる。

 木々の陰からエルフが転がり土下座する。

 伸ばした手に持つのは素朴な木の椀だ。


「我らにあったかご飯を」「あったかご飯をくださいませ」「私のこの椀に、あったかご飯を」「ああっ、このかぐわしき芋煮の匂い……すんばらしぃ」


 しかし、全てのエルフがこのように感動する訳でもない。


「けっ……」「たかが料理ひとつで偉そうにしやがって。人間ごときが」


 人間とのトラブルによってひねくれてしまったエルフも多いのだ。

 人よりはるかに長い生を持つエルフはそれだけ人の妬みを買いやすく、子々孫々にわたるまで延々とエルフを嫌う人間も多くいる。


 呪いを恐れ、力に憧れ、長い命に嫉妬する。

 それが行動で示された時、エルフと人間の間に深い亀裂が出来るのだ。


「あったかご飯の人?」

「何だよそのふざけた名は?」


 どうやらこのエルフ達もなかなかに辛い人生を歩んできたらしい。数人のエルフの青年が嫌悪感を露わにカイに詰め寄ってきた。


 うわぁ、ひねた奴らが来たなぁ……


 カイはこう思いながら表情には全く出さない。

 慣れているからだ。


「誰がひねた奴らだよ!」「あ、ハーの族の者だったか」「悪いか!」「いや、ちっとも悪くないが心をむやみに読むと人間や他の族から嫌われるぞ?」「よけいなお世話だ!」「もう嫌われまくったよ!」「それは大変だったな」「うるさい!」


 そして心を読まれても気にしない。

 読まれまくっているからだ。

 カイは仕方ないなと笑い、名乗る名前を改める。


「じゃあカイ・ウェルスと名乗ればいいのか?」

「誰だよ?」「知らん」「どちらにせよ人間など信じられん」


 彼らの苛立ちが増していく。


 少し荒事になるかもしれない。


 カイは芋煮鍋の盾となるべく立ち上がる。

 煮込む芋煮鍋はエルフの希望の象徴だ。

 この鍋がエルフ同士の争いの種になってはならない。

 土下座するエルフ達の希望をカイは守らなければならないのだ。


「まあ、落ち着いて芋煮でも食えよ。な」

「う、うるさい! そこの妻達を駄犬扱いしてたくせに!」

「いやー、若気の至りだ。恥ずかしい」

「見事に駄犬だったえう」「頑張って忠犬になった」「今や皆愛犬ですわ」

「いや、夫婦だろ」「えうっ」「むふんっ」「ふんぬっ」


 あっはっはっは……

 朗らかにカイ達は笑う。


 心を読まれても怯まない姿にエルフの青年が怯む。

 カイはこの程度では怯まない。

 怯むようではカイの妻達、ミリーナ、ルー、メリッサ、そしてピーと一緒に過ごす事などまず出来ない。

 全てを晒してそれでも一緒にいたいから、今も共に歩んでいるのだ。


「まあ落ち着いて芋煮を食べよう。食べればきっと落ち着くさ」

「近付くな!」

「っ……」


 どんっ。

 芋煮の椀を手に近付くカイをエルフの青年が突き飛ばす。

 数歩よろけたカイだが一滴たりとも芋煮をこぼす事は無い。

 こぼれ落ちる芋煮汁は妻達の涙と同じ。

 呪いが祝福に変わっても食への執着半端無いのだ。


「何なんだお前は!」

「だからさっきも言っただろ」


 カイはもう一度椀を差し出し、静かに答えた。


「あったかご飯の人だ」

「「「ぶぎょーっ」」」




 その時、世界が眩く輝いた。




 ぺっかー……




「「「「お……おぉ……」」」」

「え、えうぅ……」「ぬ、ぐぅ……」「ふ、んぬぅっ……」

『あらあら……』


 カイを中心に世界が輝き、森を白く染め上げる。

 その輝きは森に太陽が降りてきたが如く。

 しかし熱くはない。

 ただひたすらに神々しい、心に染み入る輝きだ。


 なに、これ?


 唖然とするカイをよそに、エルフ達が次々と土下座していく。

 当然妻達もその中に入っている。

 ミリーナ、ルー、メリッサ。ついでにマリーナ。

 皆が次々とカイに向かい土下座して、ブツブツと喋り始めた。


「三日前のお菓子をつまみ食いしたのはミリーナえう……」

「ミリーナ?」


 知ってるよ。


「焼き菓子をいつも余計に食べてるごめんなさい」

「ルー?」

「四日前に自分の椀に芋煮を一つ余計によそったのは私です申し訳ありません」

「メリッサ?」

『二日前猪を独り占めして食べました。美味しかったですすみません』


 全部、知ってるよ。


 カイは心で呟く。

 それを見て見ぬ振りをするのも夫の甲斐性だとカイは常々思っている。

 妻につまみ食いすらさせられないなど甲斐性無しも甚だしいのだ。


 そしてマリーナに関してはカイはあーやっぱりと思うだけだ。

 カイの食事だけで足りる訳が無いからだ。

 謝罪されるとは思わなかったが。


「味見と称して毎食芋煮を一つ余計に食べるえうごめんなさいえう」

「肉も余計に食べてるごめんなさい」

「一週間前カイ様の椀から芋煮を一つちょろまかしました申し訳ありません」

「それルーもやった」「ミリーナもえう」

「あぁ! 私達は何と罪深き事を」「えう!」「ぬぐぅ!」

『今後は皆に供し共に食する事にします』

「……」


 だから知ってるよ!

 カイは心で絶叫する。

 しかし輝きに伏した周囲に妻達の懺悔の言葉が波のように広がっていく。


「お、おお……あったかご飯の人、なんとすさまじい」

「これだけの芋煮を持ちながら、つまみ食いすら断罪とは……恐ろしいお方」

「苛烈、いや苛烈過ぎる」

「こ、こいつには勝てねえ……眩しすぎる、ぜ」

「あったかご飯の人、数々の無礼お許し下さいませ」

「疑った俺が愚かでした。どうか貴方様の手で罰して下さいませ」

「ああ、我らの救いの神あったかご飯の人!」

「我ら一同悔い改め、あったかご飯を土下座で迎え感涙と共に食します」

「どうか我らをお導き下さい!」


 おおぉおおおおおおめしめしめしめし……


 感動、驚愕、謝罪、懺悔、絶叫。

 放浪エルフは後光眩しいカイに賛美一色。


 だがしかし、甲斐性が無いと言われているようなものである。

 芋煮ひとつ、つまみ食いひとつで妻に土下座謝罪させる夫。

 カイはきっと、そんな風に見えている事だろう。


 この原因はわかってる。

 やりやがった。

 あいつ、またやりやがった。


 カイは天に向かい叫ぶ。


「またかよあのバカ神は!」


 こぉんのぉう! ベルティアめぇぇえ!

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世界樹エルフ
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