3-1 冒険者、怪我エルフを拾う
「よし」
カイはグツグツ煮られた大鍋を前に頷いた。
青銅級冒険者、カイ・ウェルス。
勇者達の話題になっていた彼は現在エルネの里に拉致されている真っ最中だ。
月に一度エルネの者がやってきてカイを連れ去るのがエルネの里での決定事項である。
その日にランデルに居ると再び森に沈みかねないのでカイは注意して、多大な注意を払ってミリーナと日程確認と調整を行っていた。
大竜バルナゥが焼き開いた広場の外れには美形の残念集団が涎を垂らして見つめている。
『取って来い』を終えたエルフが集まり始めてからすでに五分が経過している事にカイは驚き、五分も『待て』が出来るようになったのかと感動し、マナに輝く瞳を見て命の危険を感じていた。
あの輝きは魔法の発動前兆だからだ。
鍋は白金貨一枚の大鍋で三十人前を一度に作る事ができる。
カイはランデルで大鍋をひとつ購入してエルネの里に渡していた。
桶はあっても鍋はない。
火を使えないエルフの里に火にかける鍋がある訳も無く、矢じりとか小刀しか作れなかったエルネの里の鍋はカイが用意せざるを得なかった。
目立つのは嫌だがエルネに暴走されても困るのだ。
カイが渡した大鍋はひとつ。
しかし今、カイは六つの大鍋を煮立てていた。
あったかご飯を渇望するエルフの底知れない執念の結果だ。
彼等は大鍋にあったかご飯が煮られる事を日々夢見て、同じものを作ればたくさん食べられると一丸となって努力したのだ。
その材質は聖銀、ミスリル。
粒の入った聖銀貨が白金貨百枚の価値を持つミスリルである。
どうもエルネは金属の精錬を大竜バルナゥに頼っているらしく、面白がった大竜バルナゥが竜峰ヴィラージュに転がっていたミスリルをマナブレスで精錬して渡したのだ。
魔力刻印などで使われるように魔力の保持に優れたミスリルは保温性、保冷性も抜群。
料理がすぐに冷めないようにとのバルナゥの心遣いだろう。
その心遣い、俺に先に示して欲しかったわ。これなら小さな鍋を渡せば事足りたよね?
と、カイが嘆くも後の祭りである。
白金貨一枚の大鍋は正直目立ち過ぎた。
担いで森に入る際に他の冒険者から何に使うんだと何度も聞かれ、そして手ぶらで戻って来た時も何に使ったんだと聞かれたものだ。
猪に追われて投げ捨てたと説明したら俺が見つけたら報酬金貨一枚くれと言われ、ギルドではクエスト掲示板に悪戯で晒される始末。
はっきり言って悪目立ちである。
ああもう、どうしたものか……鍋を回収して戻れば騒動も終わるな。どう考えてもミスリルの鍋の方が性能いいもんな。つーか鍋底の魔力刻印で熱伝導抜群とかどんだけ手間かけてるんだよこの鍋。エルフって暇なんだなぁ……
と、取りとめの無い事を考えながらカイは鍋をかき混ぜる。
飯の材料は全てエルフが用意した。
肉肉果物肉肉薬草肉果物野草、大体こんな感じである。
串焼き以降飼育ブームの竜牛肉をふんだんに使った鍋は超絶美味が確定している。
さらに美味くしようと麦や米や野菜は無いかと聞いたところ『エルトラネとは関わりたくない』と、ものすごい拒否反応だったので草系は少な目だ。
エルトラネはすごい嫌われようであった。
ルーは焼き菓子を手にボルクに里帰り中だ。
火と無縁だったエルネと違い焼き菓子での交流を持っていたボルクはエルネより飯の欲求が薄いのだろう、未だ拉致された事は無い。
その内に訪問する機会もあるだろう、とカイは気楽に考えてミリーナに合図を送った。
「えう!」
ミリーナの叫びと共にエルフが空を飛んできた。
ああその為の魔法前兆か。乱れ飛ぶ土下座姿勢にカイはマナの輝きを理解する。
エルネ伝統のジャンピングスライディング土下座だ。
プロフェッショナルは高速低弾道で飛ぶ事で最速の土下座を実現するえう、と説明を受けたがカイにとってはどうでも良い。
強いて言うなら土下座のプロフェッショナルとは何ですか? だ。
きんこんかんこんこんかんきんきんかんこんきんこんかぁーん……
鍋が倒れない絶妙な力加減で頭をぶつけるエルフにミスリルの大鍋が心地よい響きを奏でた。
さすがミスリル、頭突きも良い音だ。
高価だから音が良いんだなと適当な事を考えながらカイは木の椀に煮込みをよそっていく。
ちょっと大きめな木の椀も新品。今日のために新調したものだ。
カイは大鍋に頭を当てた順に頭を出してくるエルフに木の椀を当てる。
エルフは頭上の椀をしっかり受け取ると後ろに下がって食事を始めた。
「うほぉおおおおうめぇええ」
「あふぅうううっ肉、肉肉肉汁ぅっ」
焼き払った後の灰と炭ばかりの地に何とも異様な声が響き渡る。
美男美女なのに本当に残念集団だとカイは飯をよそいながらため息をついた。
頭に飯を当てる度に増えていく歓喜のよがり声(飯です)は魅惑的で官能的だ。
気を抜けば前かがみになりそうなのをカイは諦観を装う事で耐えていた。
美女美男美女美女美男美少女美少年美男ミリーナ美婆美爺。
美しいってなんだっけ……嬌声の中、カイが穏やかな心を維持して椀に飯をよそい続けるとようやく最後尾の長老が現れた。
「カイ殿、本日は招きに応じていただき感謝にたえません。我が最後でございます」
いや、招かれたというか拉致なんだが。
という言葉を飲み込んでカイは椀に飯をよそう。
列の最後尾なのは長老の威厳なのだろう。怪しき事は一番先に、喜ばしき事は最後に……
「くうっ! あと三百歳若ければエルネ最速伝説とまで言われた我のジャンピングスライディング土下座で真っ先に鍋を鳴らしたものを!」
なんて事はなかった。
飯への執着半端無い、さすがはエルフである。
長老は椀を頭に受けるとカイと共に座れる場所へと移動した。
「んほっ飯、やはり飯うまい飯飯」
豊かな髭を汁まみれにしながら飯をかきこむ長老は威厳もへったくれも無い。
飯の前には全てが無意味なのだろう。
カイは自分用に軽くよそった飯を食べながら、長老に話しかけた。
「そうだ長老、俺が持ってきた鍋は持って帰るから」
「飯飯うまい飯ごちそうさまでした! ……ん? カイ殿いかがなされた?」
「……俺が持ってきた鍋がランデルで話題になっててな。持って帰る事にした」
「そのようなボロ鍋などではなくこちらのミスリルの鍋をお持ち帰りください」
「いらねえよ」
「ではせめて、せめてこのミスリルの椀を!」
「だからいらねえよ!」
「ぬぅおうおおおおお! 我等エルネが何かしらの落ち度を! この腹掻っ捌いてお詫び……」
「や・め・ろ」
そもそも世界樹の守りを突破できないだろ!
長老を止めながらカイは心の中で叫ぶ。エルフをいびり続ける世界樹がエルフに自害を認めるはずなどないのだ。
しかしそれでも止めてしまうのがカイである。優しい小心者であった。
拉致はいつものようにつつがなく進み、カイは三食ほど飯を作り皆に振舞った所で疲れたとギブアップを宣言。そこでようやく解放され森の浅い場所に運ばれたのだった。
「ルーはもう待ち合わせ場所に来てるえう?」
「ボルクの里で厄介事に巻き込まれていなければな」
エルネの拉致祭りの帰り。
大鍋を抱えて先行するミリーナからの問いに、距離を取りながらカイが答えた。
距離を取っているのは携帯食料の傷みを抑えるためだ。ミリーナがいる限り森の恵みは取り放題だが用心に越した事は無い。
エルフ抜きで生活できなくなったら困ると危機感を感じているわけではない……断じて。
もうすぐ日没の暗い森の中でミリーナの足は軽く、カイの足はやや重い。
カイの足が重いのは疲れている訳ではない。
荷物の中に押し付けられたミスリルのコップという怖い代物が入っているからだ。
聖銀貨が含むミスリルの粒何個分に相当するか見当もつかないそれは世界樹の葉と同様超絶高価な危険アイテムである。
さらに魔力刻印で回復、解毒、解呪、祝福、美味と諸々の効果付きだ。
結局押し付けられてしまったな、どうしよう……
と、今さらながらカイは後悔していた。
大竜バルナゥから頂いた宝をお納め下さいと長老以下エルネの里全員に土下座で懇願されては小心者のカイとしては受けざるを得なかったのだ。
しかしカイには使い道がまるでない。
いや、使い道は色々あるのだが使った後がとても怖い。
知られたら間違いなく襲われる。
カイは超高級品に疎いがおそらく国宝級。なにそれ怖いである。
怖くてたまらないので布で包んで包んで包んで包んで紐で縛って、なおかつバックパックの底が抜けたら困るので絶対落ちないように裁縫道具で縫い付けた。
捨てるわけにもいかず、使う訳にもいかない。
ルーに頼んでボルクの里で預かってもらおうか。うん、それが良い。
と、カイが結論を出したところで森の中の待ち合わせ場所に二人は到着した。
「キノコいかが」
予想通り、ルーは先に来て待っていた。
キノコの山に擬態した姿は一目見ただけではダークエルフとは解らない。火を使わない横着冒険者はこれまでもすれ違ってきたんだろうなと思わずにはいられない自然との馴染みっぷりである。
最近は焼き菓子が手に入るようになったせいか森での活動も活発化しており、あの森のキノコは取りやすいから初心者には狙い目だとギルドの係員が紹介するまでに至っていた。
焼き菓子の為なら人への配慮を忘れない。当然無の息吹で怯えさせない配慮も欠かさない人に優しいダークエルフ達である。
彷徨うだけのエルネとはえらい違いである。
カイはやや離れた位置に荷物を置くと、とりあえず袋を取り出してルーから生えたペネレイを摘み取った。
全部で四袋。金貨二枚分。
濡れ手に粟、今やありふれた薬草以上のカイの収入源だ。
あぁ、そろそろ薬師ギルドから技術を買わないと堕落してしまうな。これでは俺の方が駄犬だわエヴァンジェリンに顔向けできんと思いながらも楽な生活を続けていたいと思ってしまうのは人の性だろう。
普段使いの鍋が少し軽い材質になり、明かりは火とランタンと魔光石から白金貨一枚の明るい魔光灯と屑魔石に変化した。
何とも贅沢になったものである。
しかしそろそろ地に足を付けねばならない。カイはランデルに戻ったら薬草かペネレイの新しい技術を仕入れる事に決め、かまどを作り始めた。
「カイ」
「なんだ?」
「長老からお礼。手、出して」
なんだ?
と思いながら出した手の上に乗せられたのは世界樹の葉である。
だから何故こんな超高級品を俺に渡すんだ?
そう思いながら葉をポケットに入れて、カイはバックパックに縫い付けたミスリルコップを取り出した。
「ルー、これをボルクの里で預かれ「えうっ! こ、この腹掻っ捌いてお詫びを、エルネの身の証えうえぅぅぅぅ」……ああ何でもない。じゃあ俺が町に戻る間はミリーナが預かってくれよ。こんなの持ってたら危ないから」
「カイ・ウェルスに手を出した時、ランデルは再び森に沈む事を覚悟せよとエルネの里から警告を出してもらうえう。カイに手を出す者はアーの族、エルネの里の敵!」
「む。それはダーの族、ボルクの里の敵です」
「討伐対象になってしまいます勘弁してください」
「えぅ、カイはエルネの感謝を何だと思っているのですか」
「すげえ迷惑だと思ってます」
「えうっ!」「ぬぐぅ!」
感謝だろうが何だろうが迷惑な事に変わりは無い。
カイからすれば薬草を対価に飯を食べて満足してくれれば良いのである。世界樹の葉やミスリルのコップなど青銅級冒険者カイ・ウェルスの薬草採集人生には不要なのだ。
エルネもボルクも未来永劫続くと思われた禁あったかご飯の抜け道であるカイにのめり込み過ぎている。
嫌な感じの担ぎ上げられ方に身の危険をひしひし感じるカイだがもはやどうしようも無い。
カイは堂々巡りの思考を一時棚上げする事に決めた。
作り上げたかまどに鍋を置き、ルーに頼んで水を満たす。
今日も相変わらずの携帯食料とペネレイと薬草と野草の煮込みである。
携帯食料は日が経っているので薬草は心持ち多めで安全性を確保して、カイはいつものように二人に取ってくる物品を指定して二人を送り出した。
しばらくして魔炎石にマナを込める……不発だ。
まだ距離が十分ではなかったか?
と、カイは煙がたなびく魔炎石を捨てもう少し待ってから魔炎石にマナを込める。
やはり不発。
「?」
カイは首をかしげ、いやいやと首を振った。
ミリーナとルーの距離感の調教は完璧だ。
二人はカイから百メートル以上離れないとカイが飯を作れない事を知っており、取ってこいが飯の対価である事も知っている。飯作りボイコットは無敵なのだ。
よく見れば魔炎石からたなびく煙は二人の去った方向からはズレている。
つまり近くに別のエルフがいる。
カイは身をかがめ、周囲に視線を走らせる。
無意味なので剣は手にしない。
手にすべきはエルフに絶対的な威力を誇る人間の叡智の結晶、最強の矛であり盾である焼き菓子だ。
カイはゆっくりと荷物まで歩いてバックパックのポケットから一つ銅貨五枚五百エンのすこし高級な焼き菓子を取り出し封を切る。
甘く香ばしい香りが周囲に満ちていく。
小麦粉に砂糖、卵、バター、蜂蜜……携帯食料とペネレイと薬草と野草と肉で生きているカイにはあまり縁の無い材料がふんだんに利用された贅沢品だ。
餌付けはしたくないが呪われるよりはマシだった。
ルーのように擬態しているのか?
カイは胸ポケットから屑魔石を取り出した。
魔光石や魔炎石よりも小粒なそれはマナを多量に含む石であり、冒険者を引退した魔法使いが生業として作っているものでダンジョンや怪物からも取れる。
一粒銀貨三枚の贅沢品だがもったいないとも言っていられない。
カイは金遣い荒くなったなぁと思いながら屑魔石を魔光灯の上にある穴から入れると魔光灯がさらに明るく輝いた。
魔光石など比較にならない光が周囲を照らす。
いないか? いや、いる。
不自然な空気の流れとピリピリとした緊張感にカイは感覚を総動員してエルフの姿を捜す。
姿は見えない。
だが所詮エルフ、飯には逆らえない。
あったかご飯に慣れたミリーナやルーすら土下座突撃な状況に耐えられるずが無い。
飯の呪いは全エルフ共通。来い、カモーン未確認エルフ!
檻の中の猛獣を見るが如く妙な安心感を覚えつつ、カイは焼き菓子を虚空に差し出す。
しばらくして、いきなり手に持っていた焼き菓子が腐り落ちた。
やはり姿は見えないがおそらく不可視。エルフの魔法だろう。
だがカイにとっては予想範囲内。
瞬時に銅貨五枚が腐り落ちる様に何とも切ない気持ちになったが慌てず騒がずそれを捨てる。そして二つ目を取り出し封を切り、差し出しながら静かに告げた。
「頭に当ててやる。姿を現せ」
『……にょへーっ!』
「……」
『ののかりはな、めろりもそもそひーやらぷーぺぺそまきょーっ!』
「意味がわからん!」
虚空に響く甲高い叫びにカイは思わず叫び返した。
言葉は交わせたが意味が全く通じない。
困ったもんだとカイが悩んでいる内に銅貨五枚の焼き菓子がまた腐り、悲しい気分になりながら三度焼き菓子を取り出して封を切る。
ルーがいたら発狂モノの展開にこの場にいなくて良かったと安堵しつつ菓子を差し出そうとして、いつの間にか眼前に毅然と立つエルフの女性に驚いた。
「よ、よぉ」
「すぺっきゃほーっ!」
だから何だよその絶叫は。
カイがそのエルフを見た最初の感想は、人形? であった。
やや釣り目な澄んだ蒼い瞳がマナに輝いている。耳の尖り具合は他の二人よりやや長く、全体的に整った顔立ちは二人同様、とても美しかった。
しかしエルフである以上美しさととがった耳は当たり前であり、飯を前にした涎まみれの残念美形達を見慣れたカイにはもはや気になる所ではない。
まず気になったのは髪型と服装だ。
美しく豊かな金髪をクルクルと巻いた派手な髪はミリーナとルーとはまるで違う。
二人は切りそろえてはいるが自然に伸ばした髪でありオシャレをしている訳ではない。素でも美しいエルフが何とも高貴な姿である。
そして服もミリーナのような貫頭衣とかルーのような薄布のきわどい服とは違う。
何ともヒラヒラとした飾りがふんだんにあしらわれた飾り気満載のブラウスとスカートという、人の世界ではそれなりの店や場に行く類の服だった。
「お、おい……大丈夫か?」
「ひゅっぱーっ!」
しかし、何よりカイの目を引いたのは彼女の右腹。
服は激しく切り裂かれ、そこから覗く素肌には禍々しく輝く深い傷が背中まで抜けていた。
尋常では無い傷である。
その輝きは呪いか?
と、カイがじっと見つめると彼女は身をよじりながらぐらりと傾き、ぱったりと倒れた。
慌ててカイが抱き止める。
毅然としていたのは気を張って痛みを我慢していたためだろう。
しかし腹の半分を切り裂かれる傷など明らかな致命傷であり気を張る程度でどうにかなる痛みではない。我慢できなくなった今の彼女は瞳をきつく閉じて痛みに呻き、汗をダラダラ流していた。
腕の中で呻く彼女にどうしたものかとカイは悩み、ああ、良いものがあったなと胸ポケットから世界樹の葉を取り出した。
彼女の口に入れ、顎を動かして無理やり噛ませる。
さすがは伝説級の回復薬である。腹の禍々しい光は清浄なマナの輝きにあっという間に駆逐され、傷一つ無い美しい素肌が姿を見せる。
あり余る回復の余波は服の繊維にまで及び、切れた繊維が再び合わさり服が元通りになっていく。
血や泥の汚れもすっきり消えうせた。
さすが世界樹の葉、すさまじい威力だ。
そしてカイのランデル生活における懸念が一つ無くなった。エルフもカイも幸せで非常に良い事である。
カイの腕の中で呻いていた女性はカイを見つめて礼を言おうとして……いきなり奇行を始めた。
「ありが……すっぽぺぺんぱぷーっ!」
「ぬおっ!」
踊る、踊る。くるくる踊る。
何このエルフ?
眼前で奇妙に踊る彼女にカイは唖然だ。
少しだけマトモだったのに今はもう見る影も無い。
あまりに異様な展開に力が抜けていくようだ……
と、カイがとんずらのタイミングを計っていると、急に周囲がやかましくなった。
「い、今焼き菓子の匂いがえう!」
「抜け駆け許さない」
「「だから焼き菓子ください」」
「……はいよ」
片や飛びながら、片や滑りながらやってきた駄犬がカイの眼前で土下座した。
すげえぞ銅貨五枚の焼き菓子。エルフまっしぐらである。
仕方ないなとカイはさらに二つ出して頭に当てると二人は頭を地から上げ、嬉しそうに封を切って中身に食い付こうとして……
そして奇声を発しながら踊り続けるエルフを見てあんぐりと口を開き、やがて叫んだ。
「「エルトラネ!」」
と。