11-1 うちの子転がる超転がる
ぷぎょー……ぷぎょー……
エルネの里、カイ宅。
陽光差し込む部屋の中で、三人の赤子が健やかな寝息を立てていた
カイとミリーナの子、エルフの長女イリーナ。
カイとルーの子、ダークエルフの次女ムー。
カイとメリッサの子、ハイエルフの長男カイン。
一時間違いで生まれてきた子らの関係は芋煮の頃から変わらない。
姉イリーナ。妹ムー。末っ子カイン。
前世が芋煮だったせいか、寝息はこれまた独特だ。
ころん、ころん……
芋煮の頃の夢でも見ているのだろうか、三人は転がってはぶつかり、転がってはぶつかりを繰り返している。
世界樹の守りが無ければ今頃すり傷だらけだろう。
呪いが祝福に変わった今となってはイグドラも生まれてすぐに全力祝福。
傷ひとつ許さぬ鉄壁ガードだ。
「よく転がるえう」
「ころころ可愛い超可愛い」
「まったくですわ」
「あぁ」
それを見つめるミリーナ、ルー、メリッサもほっこりだ。
そしてカイもほっこりだ。
生まれてまだ三ヶ月だと言うのに子らは本当によく転がる。
はじめは壁に当たって「ぶぎょーっ!」と泣いていた子らも旋回できるようになってからは自由自在。
起きれば障害物をぐいんと避けて所狭しと追いかけっこだ。
「こいつら、ちゃんと立って歩くかなぁ……」
可愛いと思いながらも今から将来が不安なカイである。
今でもカイが普通に歩くよりも速いのだ。
成長しても転がった方が速いだろう。
先月までは平面移動しか出来ないのだから立って歩くようになるだろうと思っていたが、旋回を鍛えた際に謎のグリップ力が身に付いたのか、今や壁を転がり登るほどに成長している。
天井はまだ無理だが来月には転がっているに違いない。
再来月には段差もジャンプで克服するに違いない。
末恐ろしい子らである。
「きっと大丈夫えうよ」「む。だいじょぶ」「そうですわ。カイ様と私達の子ですもの。立派なエルフになるに決まっています」
「そうか……そうだな」
しかし慣れればそれも可愛い超可愛い。
高い天井からぶぎょーと落ちてくる子らをやさしくキャッチして、早く出来るようになれよと応援してしまう親馬鹿四人と幼竜マリーナだ。
『皆さん、ご飯ができましたよ』
「「「ぷぎょっ……」」」
ぱちっ……幼竜マリーナの言葉に子らのつぶらな瞳が開く。
猛レースの始まりだ。
ぎゅりりりんっ!
子らの絶大な回転力に謎グリップ力が悲鳴を上げる。
「ナイススタートですわカイン!」
「イリーナは空転多過ぎえうよ。グリップ力を活かすえう」
「ムー行けそれ行けどんと行け、今日こそ五日振りの一番を」
「イリーナ、ムー、カイン。みんな頑張れ!」
『あらあらあらあら、相変わらず背中が大好きねぇ』
ころころころ……
イリーナ、ムー、カインはマリーナ目指して転がり駆ける。
そして親馬鹿達は歓声を送る。
謎グリップ力があげる悲鳴など皆は全く気にしない。
「ぶぎょっ!」「ぶぎょーっ!」「ぶぎょー!」
転がる子らはマリーナの背後に回ると尻尾を転がり登っていく。
先月まではてっぺんしか使えなかった尻尾も壁転がりが出来るようになってからは追い付け追い越せの最後の直線。子らはトップを奪い合いながらマリーナの背中へところころ登り、やがて背中のてっぺんに転がり着いた。
『今日のトップはカインですね』
「やりましたわカイ様! カインが一着でございます!」「ぶぎょー!」
「ムーは二着……コース選択が響いた」「ぶぎょ……」
「イリーナは力任せ過ぎえう。加減えう。加減えうよ」「ぶぎょー」
ミリーナ、ルー、メリッサがマリーナの背で転がる子らを抱き上げあやす。
勝利したカインは自慢げに、二位のムーは悔しげに、空転多過ぎなイリーナは楽しげに母の胸に抱かれている。
幸せ一家の一幕だ。
『さぁ、ご飯にしましょう』
マリーナがゆっくり歩き出す。
新築のカイ宅はマオに頼んで建ててもらった幼竜も住める広々設計。
バルナゥはさすがに無理だがルドワゥやビルヌュくらいなら十分住める。
マオは相変わらずの多芸さで設計と施工を行い、見事なカイ宅を建築した。
立地はエルネの里のど真ん中。広場にある食料蔵の隣。
カイ宅はエルネの皆に守られた、エルフを求めて世界を駆け回るカイ達が心底安らげる我が家なのだ。
まあ、問題もある。
「あらあら、台所はどこだったかしら?」
「お母さん、また迷っているえうか」
留守ばかりのカイ一家のために家を手入れしているミリーナの母である。
「ごめんなさいね。心のエルフ店と全然違うものだから」
「いい加減慣れるえう」
何とも困った事である。
エルネの里の家は皆、ランデルにある心のエルフ店を真似たもの。
それ以外の間取りの家は存在しない。
だから、さして広くもないのによく迷うのだ。
心のエルフ店と間取りが違うのに住めるのか?
と、建築当初はアホな驚愕をされまくったカイ宅だが、まさか実害が出るとは思ってもみなかった。
まあ、ミリーナの言う通りその内に慣れるだろう。
今は金銭の理解も進み、銅貨や金貨も少しは使う。
単位は相変わらずの銀貨一枚一ハラヘリだが服や家具など食品以外の物品をランデルで買い求めるエルフ達も本当に少しずつだが増えてきた。
まだ根強い空腹と金銭の密接な関係も緩やかに解消していく事だろう。
皆、変わっていくのだ。
『今日は長老の絶品芋煮を伝授してもらいました』
「相変わらず食への執着半端無いですね」
『自分で美味しいご飯が作れれば最高ですもの』
相変わらずのマリーナにカイは苦笑し、芋煮と聞いて身構える。
芋煮ならばあの言葉。
そう、あの言葉の出番である。
食卓に並ぶのは食器にパン。
そして……芋煮鍋だ。
「「「ぶぎょーっ!」」」
子らが叫んで母の胸から転がり降りる。
イリーナ、ムー、カインは芋煮が大好きだ。
そして芋煮鍋も大好きだ。
熱々に煮込まれた芋煮鍋を見ると嬉々として転がり浸かろうとするのだ。
熱々に煮込まれていても飛び込めば無の息吹であったか適温。
沈んでも世界樹の守りで溺れるなんて事も無い。
子らが初めて生を受けた芋煮鍋は母の胎内のようなもの。
そう、芋煮鍋は子らの始まりの海なのだ。
「ついに食卓のオーバハングを突破したえう!」「成長した!」「さすがカイ様と私達の子。転がりスキルが半端ありませんわ!」
『あらあら、ついに天井走りが出来るようになったのですね』
「三人ともすごいぞ」
こんな子らにカイ一家も慣れたもの。
いつもの事だからだ。
食卓の足を登ってオーバハング部分を落ちずに転がった子らは食卓の上に到達し、食器を巧みに避けながら芋煮鍋に接近する。
「カイ、そろそろ頼むえう」「む」「あのお言葉の出番です」
「わかった」
しかし実際に鍋に浸からせるのは色々困る。
カイはコホンと咳払い。
そして鍋を転がり登り始めた子らににこやかに語りかけた。
「あったかご飯の人だ」
「「「ぶぎょっ!」」」
ぐるんっ。
子らが逆回転を開始する。
ころころと鍋を転がり下った子らは来た道を綺麗に逆に辿り、カイの足下に転がり集まる。
その顔に浮かぶのは満面の笑み。
子らはカイのこの言葉が大好きなのだ。
「ぶぎょー」「ぶぎょぶぎょー」「ぶぎょー」
子らが喜びカイの周りを転がり回る。
あぁ、可愛い。
超絶可愛い。
目尻の下がるカイである。
赤面パワーワードも今となっては子らが喜ぶほっこりワード。
転がり大好き、芋煮大好き、芋煮鍋大好き、そしてカイのあったかご飯の人という言葉が大好きな芋煮達の生まれ変わり。
イグドラが言うにはこの行動は成長と共に消えていくらしい。
子らは芋煮以外の生をまだ知らない。
だから生まれたての子らは芋煮のように振る舞い転がる。
そして成長と共に忘れ、消えていくのだ。
だから、こんな子らを見られるのもあと数年だ。
何とも切ない。
だが、仕方が無い事なのだ。
今は芋煮ではなくエルフなのだから。
「あったかご飯の人だ」
「「「ぶぎょーっ!」」」
カイはダンジョンの芋煮達を懐かしみながら、転がる子らを可愛がる。
あったかご飯の人、カイ・ウェルス。
この時はまだ、光輝く事になろうとは思ってもいなかった。
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