10-17 芋煮都市オルトランデル
廃都市オルトランデルがダンジョンに飲み込まれて三年。
巻き込まれた人々が戻り、領主とエルフが関所を作り、エルフが周囲に芋畑を造り……
当初は人々の話題に何かとのぼった廃都市の奇妙な出来事も勇者と竜が去ってからはしだいに忘れられ、やがて日常に埋没していった。
エルフと領主の厳重な管理がなければ、ランデルの冒険者ギルドは今頃一攫千金の冒険者でごった返していただろう。
しかし竜とマブダチな領主とエルフに隠れて盗掘など出来る訳もない。
そしてランデルを散歩する犬がダンジョン主だと知る由もない。
一攫千金を夢見る冒険者は集まりはしたがすぐに諦め、そして散っていった。
人々はすぐに忘れていく。
日々発展するランデルは刺激的だ。
聖樹教が細々ながらも活動を再開し、エルフが訪れるようになり、大商人が我先にと店を構え、強大な竜がやたらと領主に駄々をこねる。
こんなランデルで誰も行けないダンジョンに話題が集まるはずもない。
人々は日々に追われ、誰もそれを気にしなくなっていく。
だから廃都市がひっそりと世界に戻った事に、すぐに気付きはしなかった。
神に呼ばれたただ一人の人間を除いては。
「三年か……」
早朝。
カイは久しぶりのオルトランデル大門を見上げ、呟いた。
大門は堅牢で美麗。
最盛期の頃を彷彿とさせる姿は異界のマナを食らうダンジョンだからこそ。
森と都市の調和は美しく、都市をめぐる水堀に緑が鮮やかに映える。
まるで時を取り戻したようだ。
……いや、本当に取り戻したのだろう。
百余年前に森に沈んだオルトランデルはダンジョンに沈み、かつての姿に戻ったのだ。
カイはしばらく大門を見上げ、主が現れるのを静かに待つ。
オルトランデルの主はすぐにやってきた。
ごぉん……
大門が重々しい音を立てて開いていく。
何かの動力があるのだろう、門は誰の力も借りずにゆっくり開き、カイの前に尻尾を振る犬が現れる。
オルトランデルの主、エヴァンジェリン。
しょぼくれたカイの泣き事をなだめる頼れる姉だ。
門が完全に開くとエヴァはわふんとカイに吠え、尻尾をぶんぶん振りながらカイの所に走ってくる。
カイはしゃがんで三年振りの姉を迎えた。
「久しぶりわふんっ」
「何が久しぶりだよエヴァ姉」
エヴァはカイの頬を舐め、カイはエヴァの頭を撫でる。
「俺らだけ完全に締め出しやがって」
「ちょくちょく戻ったら仕事にならないわふん」
そう。
締め出されていたのはカイ達だけだ。
バルナゥ、アレク、システィ、ソフィア、マオ、ミルト、ルーキッド。
ベルガらエルフの皆、そしてマリーナ。
他の者達は時折ここを訪れ、エヴァに迎え入れられていたのだ。
今まで締め出されていたのはカイとミリーナ、ルー、メリッサだけ。
何とも不公平であるが、結果的にはそれで良かったと今ではカイも思っている。
エヴァの言う通り何度も戻っていたに違いないからだ。
「それで仕事はどうわふん?」
「いや、まだまだ道半ばだな」
カイはエヴァを撫でながら空を見上げた。
すでにアトランチスに送り出したエルフの里は百を超える。
そして王国はもちろん隣国や辺境もめぐるカイの旅は今も続いている。
呪いが祝福に変わり四年。
すでに国家はエルフを取り込むように動き始め、世界はゆっくりと変わりはじめている。
一歩先んじた王国のエルフの懐柔に焦ったせいか、周辺国のエルフ政策は強引。
忌避しながらも搾取していたこれまでと違い、露骨な囲い込みと搾取がすでに始まっている。
エルフの受難は形を変えて今も続いている。
カイの旅はまだまだ続くのだ……
しかし、数日位は家族の為に使っても良いだろう。
今日は家族の記念すべき日なのだから。
「ミリーナ、ルー、メリッサは?」
「昨日から教会で待ってるわふん」
「ありがとうなエヴァ姉」
「これでダンジョン主はおしまいわふんっ。またランデルで会うわふんっ」
「ああ」
立ち上がったカイは門へと歩き出し、エヴァはランデルへと歩き出す。
もうダンジョンではないオルトランデルの大門を抜けると、カイが主だった頃よりも美しい街並みがカイの前に広がっていく。
ここを芋煮達が転がり、戦い、爆発した。
カイは当時を思い出しながらゆっくりと大通りを歩く。
街は堅牢で整然としている。
そして一度裏に回れば都市を支える様々な裏方設備が巡っている。
四人のオーク勇者達はそこに隠れて隙をうかがい、カイ達に挑み敗れた。
ピー達は半殺しで四人を異界に放り出したから、今も元気に勇者をしている事だろう……
カイはそうであって欲しいと思いながら誰もいない大通りを抜け、城門を潜る。
ここで勇者と竜、ミルトとエヴァが防衛線を張り、異界の者を食い止めた。
彼らがいなければカイは討伐されていただろう。
カイの命があるのは彼らと芋煮達のおかげだ。
綺麗な石畳を歩くとやがて見えるのは樹の教会だ。
世界の神イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラが木々を操り創り上げた教会は彼女からカイへの祝福。
イグドラとは今も憎まれ口を叩く仲。
何かと困った神ではあるが友としては頼もしい。
カイはその入り口に立ち、横に立つ石碑の言葉に目を細める。
『あったかご飯の人、三人の妻と結婚式を挙げるの地』
三年前、カイはここでミリーナ、ルー、メリッサと式を挙げた。
その妻達とは今もラブラブ絶好調。
うちの嫁可愛い超可愛いとカイの惚気も絶好調だ。
妻達は今、ここでカイを待っている。
カイは教会の門を見上げ、しかし中には入らない。
まだ行くべき場所があるからだ。
カイは教会の木々の脇をゆっくりと歩き、願いにより生まれた一角へと足を踏み入れた。
『む、カイか』『久しいな』
「ああ、お前らも……でかくなったなぁ」
『当然だ』『マリーナも驚いてたなぁ』
幼竜ルドワゥ、幼竜ビルヌュ。
三年前は二メートルに満たなかった体長は今や五メートルを超えている。
その大きさは三年前から大して変わらない二メートル半のマリーナの倍。
同じ時間を過ごしたのにダンジョンとはすごいものだなとカイは見上げて感心し、張り合ってご飯をしこたま食べないでくれよと一家の暴食竜に願う。
カイは今も昔も相変わらずのへなちょこ貧乏冒険者なのである。
「いいか?」
『当然だ。皆をちゃんと迎えてやれ』
『我らも久々に家に帰るとしよう』
幼竜達は翼を広げ、ヴィラージュの空を飛んでいく。
その表情はやり遂げた自信と誇りに満ちている。
彼らは父バルナゥと母ソフィアに胸を張って報告する事だろう。
カイは空を舞う二体を見送り、先へと進む。
さくり……
土の感触がカイの足を包み込む。
そこに広がるのは一面の芋畑。
そして戦い抜いた無数の芋煮達の、朽ちた姿だ。
カイは芋煮を潰さないように横に移しながら畝を歩き、中心の大きな芋煮の前に立つ。
身長およそ三メートルの人型をした芋煮達。
芋煮主、えうのイリーナ。
芋煮主、芋煮上手のムー。
芋煮主、心眼のカイン。
……いや。
カイは静かに首を振る。
今はもう、ただの芋煮だ。
カイは今や乾き果てた、ザラリとした芋肌を撫でる。
「お前達、よく頑張ったな」
芋煮達は戦った。
異界が新たな盾を得るまで戦って戦い抜いて、そして勝利を勝ち取った。
だからカイは今、ここに立つ。
彼らにありがとうと言う為に。
そして彼らを迎える為に。
「俺の子供達! 迎えに来たぞ!」
カイは叫ぶ。
そして静かに耳をすます。
ぶぎょー……
どこからか聞こえる声にカイは畑を見渡して、ひとつの芋煮を見出した。
その芋煮は弱弱しく、しかし必死にカイの方へと転がってくる。
カイは芋煮を風の魔法で手に招き、芋煮に優しく微笑んだ。
「よく頑張ったな」
「ぶぎょー……ぶぎょーだぁ……」
カイの掌で見上げる芋煮のつぶらな瞳がまたたく。
彼らは皆、戦った。
カイのため、妻達のため、何より己のために鍋をめぐり真なる命を勝ちとった。
「僕達、がんばったー、よ」「ああ」
「いっしょうけんめい、たたかったー、よ」「ああ」
「オーク達も、まもり通したーよ」「ああ」
ころり、ころり、ころり……
芋煮が転がり、カイに笑う。
全てカイは知っている。
異界での壮絶な戦いを。
芋煮と異界と神々の共闘を。
異界を守る新たな盾の誕生を。
だからカイはここに来たのだ。
家族を皆で迎えるために。
「みんな、みんーな、うごかなくなったー、よ」
「ああ」
「でも、ひとりでもがんばーる、よ」
「バカ。お前も早く来い」
「えー?」
「皆がお前を待ってるぞ」
カイの掌で転がる芋煮が最後の芋煮。
芋煮はカイの言葉に安心したのか、ゆっくりと瞳を閉じる。
「そっかぁー……みんな、やったんだー、ね」
「ああ。お前も良くやった」
「ぶぎょー……またー、ねー」
「とーちゃんだ」
「とー、ちゃーん……」
ころ、り……芋煮が転がる。
もう芋煮の目は開かない。
語りかけてくる事も無い。
カイの掌の上で、芋煮はただの芋煮となったのだ。
「ありがとう」
カイは芋煮を胸に抱き、畝に置いて土をかける。
ここは、彼らの朽ちた墓。
そして新たな門出の地。
彼らはこれから新たな命に変わるのだ。
カイは立ち、妻達の待つ教会へと歩き出す。
彼らを迎えるその為に。
遅いですえう。
むぅ、待ちくたびれた。
本当、君は頑張り過ぎだよ。
ほんとーまったくーがんばったーとーちゃんかーちゃんまっててねー……
カイの知らない世界のどこかで、芋煮達が騒いで踊る。
彼らはイグドラとベルティアの手で三つの命に紡がれて、カイ達のもとに舞い降りる。
「カイは本当にすごいえう」
「お腹満足。満足お腹」
「ふふ、好きなだけ転がるのですよ」
その夜。
ミリーナ、ルー、メリッサは新たな命を授かった。
オルトランデル。
かつては廃都市オルトランデルと呼ばれていた廃墟は緑あふれる都市となり、エルフと人が活発に行き交う商業都市へと姿を変えた。
自然との見事な調和から森のオルトランデルと呼ばれたその都市は、やがて別の名でも呼ばれるようになる。
芋煮都市オルトランデル。
この都市を訪れた者達が広めた名だ。
オルトランデルは何と言っても芋煮が絶品。
街には芋煮屋がずらりと並び、エルフの料理人が今日も芋煮を競い合う。
煮込んだ鍋がぶぎょーと響けばそれは美味しさの証。
響けば店は長蛇の列。売り上げトップ間違い無し。
オルトランデル周辺で収穫されるその芋は多くの人を喜ばせ、その響きから奉行芋と呼ばれ親しまれる事になる。
始まりとされる芋畑は、竜に守られたエルフの聖地。
その芋畑にはひとつの石碑が立っている。
エルフ聖地の石碑だ。
オルトランデル市街の一室から始まる聖地を巡礼したエルフは最後にここへとたどり着き、その石碑に自らと子孫の幸福を願うのだ。
その石碑にはこう刻まれている。
『あったかご飯の子供達、命を育むの芋畑』
と。
これにてダンジョン芋煮編は終わりです。
ありがとうございました。
書籍化作業のため更新は今後しばらく週一程度になります。
すいません。
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