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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
10.ダンジョンの中心で、鍋を煮込む。
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10-15 トンズラをかけた戦い

「「ぶぎょー」」


 オルトランデル、主の間。

 芋煮達が周囲をコロコロと転がるなか、カイは芋煮を煮込んでいた。


 ミリーナ、ルー、メリッサは外でご飯を煮込み中。

 日に日に上手になる妻達の料理が嬉しく待ち遠しいカイである……


 が、今はそんな気分にはとてもなれない。

 カイは淡々と水を張った鍋にエルトラネのエルフに作ってもらった芋をぶっこみ、かまどの火を点け、適当に味付けしてひたすら煮込む。


 しばらく煮込めば芋煮達の誕生だ。


 周囲にはグツグツと煮込まれた芋煮の鍋がこれでもかと並んでいる。

 イリーナ、ムー、カインに「お父さん手伝って」と泣きつかれたからだ。


 今、異界は強烈な芋煮不足。

 ものすごい数の異界が顕現し、芋煮達も苦戦しているらしい。


 自爆攻撃主体の芋煮達は爆発すれば失われる。

 そうではない愛芋煮や愛愛芋煮達も戦えば傷つき、痛んでいく。


 すまないな。俺の子供達……


 カイは自分のために戦う芋煮達に心で謝り、芋煮をやさしくかき混ぜる。


「なぁ、イグドラ」

『なんじゃ?』

「世界ってのは、そんなにポンポン異界が顕現するものなのか?」

『んー、普通は無いのぅ』


 イグドラは少し考えた後、カイに答えた。


『当たり前じゃが殴れば殴り返される。この世界がそうであるように神々の世界も同じなのじゃ。じゃから普通はポンポン異界が顕現する事はない』

「つまり、普通じゃないって事か……お前の時のように誰かが煽ったのか?」

『いや、これは自業自得じゃな』


 イグドラはさらっとぶった切る。


『たとえるなら、強奪が許される世界であぶく銭を持った者が身も守らずウロウロしておるようなものじゃ。汝ならどうする?』

「俺なら近づかない」『なぜじゃ?』

「そんな奴には危ない奴らが群がるからな」


 なるほど。


 カイは鍋をかき混ぜる。

 繋がった異界の神、エリザとやらは神々にたかられているという訳だ。


 侵攻した方が儲かるから奪い放題、殴り放題。

 カイ達と共闘して討伐している今でも顕現が増加しているという事は、よほどたかり甲斐のある神らしい。


 俺の回りの神はこんなのばっかだな……


 カイはため息をつく。


 世界を助ける為に顕現し、世界を食い散らかしたイグドラ。

 祝福と言いながら命のやり取りを強要したベルティア。

 そして今度はたかられまくりのエリザだ。

 どれもこれも困った神ばかりである。


『お? 汝、情けをかけるつもりか?』

「エルフを導く俺にその余裕は無いだろ。結婚式の上にダンジョン主だからな」

『余がエルフに言いふらしたからのぅ。あったかご飯の人が汝らを救う、と』


 そしてカイに手助けする余裕などない。

 世界には困窮しているエルフ達がまだまだ多い。

 期待を持たせたまま放置するのは将来の禍根になるだろう。あったかご飯の人への信頼と期待が高いうちにエルフをアトランチスへと導かなければならないのだ。


「お前のせいで俺への期待が半端無い」

『言うてしまった事は仕方ない。期待を裏切るでないぞ』

「わかってる」


 結婚式の挙式を後悔はしていない。

 ダンジョンの主にされた事はカイにはどうしようもない。


 しかし、異界を助ける筋合はカイには全くない。

 いつ終わるとも知れない事に付き合う訳にはいかない。

 カイとエルフの時間は有限なのだ。


「「「ぶぎょーっ!」」」

「おう。悪いがすぐイリーナの所へ行ってくれ。すげぇ困ってるから」

「「「しってるー。全然足りない助けてえうってイリーナが言ってたー!」」」

「そうか」


 鍋からとび出た芋煮達にカイは片手を上げて笑い、芋煮達に指示を出す。


「「「いってきまーすっ!」」」

「「「いってらっしゃーい!」」」


 生まれたばかりの芋煮達はすぐ転がり出て行った。

 ダンジョンをめぐる芋煮は情報の伝達もこなしてくれる。

 どうやらまだまだ足りないらしい。


「俺の事はいいから、お前達も行ってやれ」

「「「えーっ?」」」


 カイは仕方ないなと苦笑し、いってらっしゃいと転がる護衛の芋煮にも行ってやれと指示を出す。

 護衛をしていた芋煮達はカイを見上げて芋を傾げた。


「「「ぶぎょー、行っちゃってもだいじょうぶ?」」」

「他の鍋で煮込んでる奴らがもうすぐ生まれる。大丈夫だ」

「「「わかったー。がんばってくるねー」」」


 芋煮達が主の間を転がり出る。


 うちの芋煮可愛い超可愛い。

 まったく素直で可愛い子供達である。


 だが……


「イグドラ、俺がトンズラしたら芋煮達はどうなるんだ?」

『……気になるか?』

「可愛い俺の子供達だからな」

『……』


 ぐつぐつと煮立つ鍋を眺めてカイは聞く。


 聞いてはいるがカイにも大体の見当は付いている。

 あれはダンジョンという特殊環境が生んだ仮初の命だ。

 主であるカイがここでだけ行使できる神の力だ。


 このダンジョンが無くなれば、芋煮達はただの芋煮になるだろう。

 イリーナ、ムー、カイン。

 そして多くの芋煮達。

 皆との別れはもうすぐだ。


『のぅ、カイよ。その事なんじゃが……』


 カイがしばらく黙り込み、イグドラが意を決して話しかけたその時……




 かまどの火が、全て消えた。




「!」


 カイは慌てて身構える。

 風が吹いた訳でもないのに、いきなり全ての火が消えたのだ。


 その様はまるでエルフの無の息吹。

 しかしエルフがそんな事をするはずがない。

 おそらく、これは魔法だ。


 だが誰が? 何のために……


 カイは静かに周囲を見渡して、入り口にその答えを見出した。


 主の間の入り口に立つ、一組のオークの男女。

 一人は黒光りする鎧で全身を包み、大剣を構えた男オーク。

 もう一人は禍々しいローブをまとい杖を構え、瞳をマナに輝かせた女オーク。


 カイの怯えた視線の先で、二人は静かに歩き出す。


 ギュゥイッ……

 黒光りした鎧が軋み、耳障りな音を立てる。


 カイはこの音の感触に聞き憶えがある。

 アトランチスで妻達がゴブリンを求めて暴走した時に聞いたゴブリンの叫び。

 異界のマナが耳朶を打って世界の音に変わった際、音に残る禍々しさだ。

 つまり、この二人のオークは……


 妻達がこの場にいなくて良かった。

 そして、やっぱり俺は戦いには向いてないな……


 カイは何の役にも立たないだろうおたまを構え、苦笑する。


 討伐に来た異界の者を前にして、おたま。

 なんてアホな選択。


 カイはおたまをおろし、瞳をマナに輝かせる。

 オーク達はカイから二十メートル程の距離で止まり、カイに問いかけてきた。


『ダンジョンの主、カイ・ウェルス様とお見受けする』

「……そうだ」


 違和感のある耳障りな声。

 やっぱり異界の者かとカイは長く息を吐き、相手の問いに頷いた。

 すでに調べられている。嘘を付いても仕方ない。


『私はアーサー』

『私はレイン』


 相手はカイが素直に認めた事にわずかに驚き、しかしすぐに表情を引き締め名乗りを上げる。

 そして二人は流れるように、カイの前で土下座した。


『『我らエリザ・アン・ブリューの民は貴方に、ダンジョンの存続を願います』』

「……」


 こうする事はわかっていた。

 いや、心を読んでいた。


 そしてどうするつもりなのかもわかっている。

 カイは下手だが回復魔法使いだ。

 心の動きは大体わかる。

 主の間のどこかにあと二人、潜んでいる事もわかってる。


 外には料理している妻達のほかにエルトラネの芋作りエルフがいる。

 今ごろは連絡役のカイスリーが状況を説明している事だろう。


 妻達を頼むぞ、カイスリー。


 カイは一拍の間を置き、ゆっくりと答えた。


「それは……できない」

『なぜです!?』

「俺の助けを待っている人達が、俺の世界にいるからだ」


 カイは続けた。


「異界で時間を無駄にする訳にはいかない」

『無駄……だと?』


 アーサーが声を震わせる。


『我らの世界を救う事を、無駄と言うのか!』

「違う世界の事だからな」


 そう、違う世界の事なのだ。

 元々は交わらないはずの二つの世界。

 それがベルティアのうっかりで繋がってしまっただけの事だ。


「俺ではなく、お前達の神エリザにすがれ」

『神? 神は救ってはくださらぬ! 竜は去り、世界が異界に染まっても神は何もしてはくださらぬ! 故に私は今、カイ様の前にひれ伏しているのです!』

『お願いですカイ様! マナはいくら吸い上げても構いません。我らの世界をお救いください!』


 世界とは、かくも不公平なものなのか……


 ひれ伏すアーサーとレインを前に、カイは身体を震わせた。

 彼らが直面している異界の侵攻は、カイ達の世界にも起こった事。


 イグドラだから世界が守れた。

 ベルティアだから世界を保てた。


 しかし……エリザは世界を守れない。

 イグドラのように身を捨てる事もせず、ベルティアのように抗う術も持たない。

 ただ、奪われていくだけの傍観神。


 だから二人はカイにひれ伏しているのだ。

 世界をどれだけ食べても構わないと、全てを差し出し助けを求めているのだ。


 しかし……マナはしょせん、マナだ。


 カイの大切な妻達と仲間達に比べれば、塵ほどの価値もない。


「マナよりも、妻達や仲間達の方が大切だ」

『『……』』


 ひれ伏す二人が押し黙る。


 カイは瞳をマナに輝かせ、残る二人のマナを探す。

 しかし、魔法で隠蔽された者を見つけられる程の腕はカイにはない。

 カイは焦り、ひれ伏す二人は怒りに震える。


 そんな緊迫した主の間に、のんびりとした妻達の声が響いた。


「カイ、ご飯が出来たえう」

「今日は力作。超力作」

「本当に会心の出来ですわ。大満足間違い無しで「「長い」」あうっ……」

「ミリーナ、ルー、メリッサ、来るな!」


 止めろよカイスリー!


 カイは叫び、心の中で分身をなじる。

 相手の狙いはカイの大事な身内。

 それはまさしくミリーナ、ルー、メリッサの事だ。

 可愛い超可愛いうちの嫁だ。


「えう?」「む?」「はい?」

『……もらった!』


 カイの叫びにきょとんとする三人の背後でマナが揺らぎ、大きな腕が現れた。

 三人目のオーク、戦士のビルタだ。


 腕がミリーナの身体に巻き付いていく。

 絞め落とすつもりかとカイが慌てるその先で、ミリーナの身体を枝葉が包む。

 あらゆる害からエルフを守るイグドラの祝福。

 世界樹の守りだ。


『ぬうっ……!』

「え、うーっ!」


 世界樹の守りが腕を止めたのは一瞬。

 しかしその一瞬でじゅうぶんだ。


 そのままするりと腕から抜けたミリーナは鍋を大きく振りかぶり、ミスリル鍋でオークの戦士ビルタをぶん殴った。


 ごぅんっ……!


 強烈に重い音が響き、大柄のビルタが宙を舞う。

 強化魔法か!

 カイが唖然と見つめる先で、妻達がぐっと拳を握る。


「よっしゃえう!」

「む。ミリーナ、ナイススィング」

「見事なクリーンヒットです。煮物もこぼさず完璧ですわ!」


 エルトラネのエルフが主の間に乱入するなか、妻達はカイに胸を張る。


「夫のピンチは妻が助けるえう」

「カイはへなちょこ超へなちょこ。だからここは妻の出番」

「その通りです。カイ様の危機は妻が華麗に解決ですわ」

「「「カイ様を襲う不届き者はこいつらっすかー?」」」

「気を付けろ! あと一人い、る……っ」

「え、う……」「む……」「ふん、ぬっ……」

「「「おおーっ、ね、むーいっ」」」


 叫ぶカイの瞼が閉じていく。

 そして皆の瞼も閉じていく。

 最後のオーク、オロが仕掛けた眠りの魔法だ。


 しまった……


 カイは後悔するも全ては遅い。

 世界樹の守りを突破する程の強力な眠りの魔法は皆の身体にすんなり入り、深い眠りを強要する。

 このままカイは眠るだろう。

 そして妻達もエルフの皆も眠るだろう。


 だが……まあ、いいか。

 あとは……まかせた……


 カイは意識を手放した。





『よし、眠った!』


 皆が眠りに倒れた事を確認した隠密僧侶オロは、強固な隠蔽魔法を解いた。

 彼の視線に入る全ての敵は眠りに落ちた。

 後はこの中からカイの大事な者を奪い去るだけだ。


『やったわね』『ああ』

『これで我らの世界は救われる……』


 アーサー、レイン、ビルタが静かに動き、眠ったカイの妻達に近づいていく。

 カイの妻を世界のどこかに隠してしまえばカイはもう逃げられない。

 四人の世界のために異界と戦ってくれるだろう。

 世界は、救われたのだ。

 が、しかし……


「「「ぷるっぷるー……」」」


 眠ったはずのエルフが、なぜかゆらりと立ち上がる。

 エルトラネのエルフの眠り……

 それは、ピーの覚醒だ。


『オロ!』

『深く、眠れ!』


 オロは再び杖を構え、さらに強い眠りをかける。

 しかしピーは踊る。

 そして笑う。


「「「るっぴーぴぷぅー?」」」

『なぜだ? なぜ眠らない!?』


 眠る訳がない。

 メリッサもエルトラネの皆もすでに熟睡しているのだから。

 ピー達は踊りながら四人に接近する。


『なんだこの動きは!』

『う、動きが読めない!』

『わああっ!』


 あまりにデタラメな動きにオーク達は焦り、倒そうと武器を振り下ろす。

 しかし攻撃は当たらない。

 デタラメなのに紙一重で武器を踊りかわしたピー達は、これまたデタラメな動きで四人をぶちのめす。


「るるっぷぱ!」『ぐはっ!』

「ぺるぱん!」『ぎゃっ!』

「ぷるるっぷぱ!」『ぐおっ!』

「「「ぷー!」」」『ぎゃぁああっ!』


 皆、一撃だ。


「るるっぱ?」「へぽ」「ほひほひ」「ぷるん」「ぱーっ!」


 ピー達は倒れた四人をむんずと掴み、叫びながら異界へと突っ走る。

 そして老オークを蹴り飛ばしまくった後、勝利の雄叫びを上げたのである。


「「「すぺっきゃほーっ!」」」

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世界樹エルフ
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