10-14 このダンジョンの存続を要求する!
ミルトが異界でやっちゃったその頃……
オルトランデルの一角で、何者かが呟いた。
『……長からの言葉が来た』
『『『……アーサー』』』
ずるり……
何者かがうごめく。
オークだ。
ずるり、ずるり、ずるり……
建物の隙間から、下水道の闇の中から、狭い部屋の戸棚の奥からオークはうごめき動き出す。
現れたオークは四人。
皆、満身創痍だ。
『レイン、ビルタ、オロ……ブラッドは?』
『昨日、死んだ』
『遺体は?』
『細切れにして、吸い上げられるマナの流れに少しずつ流した』
『……そうか』
四人は、ずっとオルトランデルに潜んでいた。
鉄砲水と獣に隠れて複雑な市街地にまぎれ込み、混乱のなか自らの存在を魔法で隠蔽し続けていたのだ。
バルナゥと芋煮達の爆発を瀕死で何とか踏みとどまり、隠蔽の魔法を使って世界から吸い上げられるマナと同化する事で転がりまわる芋煮とカイ・ウェルス達から隠れながら、わずかな回復魔法を頼りにここまで生き延びてきたのだ……
ブラッドは生き延びられなかったが。
アーサーと呼ばれたオークは仲間と共にブラッドの死を悼み、皆に告げた。
『ダンジョン主、カイ・ウェルスは素人だ』
三人が頷く。
カイ・ウェルスはダンジョンの主だ。
望めばあらゆる物を手に出来る。
四人が隠蔽の魔法を使い、世界から吸い上げられるマナに同化し隠れていなければ見つかっていただろう。
ダンジョンとは二つの世界が混じりあう不思議な世界だ。
カイはダンジョンの主であるが、吸い上げられる世界のマナは主をも惑わす。
それも食われていく世界のせめてもの抵抗。
流れる異界のマナの中で静かに潜めばマナによる捜索は誤魔化せるのだ。
それすら見抜くダンジョンの主がいない訳ではない。
しかし、主となったばかりの者に見抜けるようなものでもない。
ロクに戦った事のない者ならなおさらだ。
カイ・ウェルスは四人を見落としたのだ。
『そして、おそらくこのダンジョンで一番の弱者だ』
三人はまたも頷く。
四人は潜みながら、オルトランデルを調べていた。
転がる芋煮達を観察し、暗黒勇者を監視し、邪竜バルナゥからひたすら隠れ、幼竜や犬、ミルトの散歩を見続けた。
そして町に現れるカイ・ウェルスと妻達の存在に首を傾げ、他の者や芋煮との関係や会話、廃墟から立ち直るオルトランデルの振る舞いからカイ・ウェルスがオルトランデルの主だと確信した。
『そして今、長の振る舞いにより我らの脅威はこの階層にはいない』
邪竜バルナゥ、そして暗黒勇者達。
オルトランデルの奥に住み、常にカイ・ウェルスを守護していた者達だ。
脅威となる者達は今、アーサー達の世界にいる。
階層が増え、芋煮主という階層主が配置されたからだろう。
彼らはオルトランデル全てを巻き込んだ爆発の後、主であるカイ・ウェルスを指導して何度も探索を行っている。
今の今まで探索を潜り抜け、オルトランデルに潜み続けた者がいると思ってはいないのだ。
『討伐するの?』
『……いや』
仲間の紅一点、魔法使いであるレインの問いにアーサーは首を振る。
『そこまで届かぬ我の代わりにすがれ、と……』
『あー……情けねぇなぁ、俺達』
『仕方無い。我らの世界は滅びの道を歩んでいるのだから』
アーサーの言葉に戦士のビルタ、隠密僧侶のオロが頭をかいた。
四人がオルトランデルに潜伏する前から、世界は蹂躙されていた。
守りの盾であった竜は四年ほど前に異界に去り、そして戻ってこなかった。
四人の世界は今、竜に代わる新たな盾を必要としているのだ。
『世界は異界で埋め尽くされ、残る勇者は我らのみ』
それが何者だろうと構わない。
世界を助けてくれるのならば。
『我らの世界を救うため、主であるカイ・ウェルスにひれ伏し助力を乞う』
『『『……』』』
レイン、ビルタ、オロの三人は顔を見合わせ、何とも微妙な顔で頷く。
アーサーは彼らに戒めた。
『忘れるな。我らは助けを求めに行くのだ。このダンジョンの主、カイ・ウェルスに我らの惨状を語り、その情けにすがるのだ』
どんなに情けなくても構わない。
世界を救ってくれるのならば。
『長が作った千載一遇の好機、無駄にするなよ』
『ねぇ……』
レインが不安そうに聞いてくる。
『聞き入れてもらえなかったら……どうするの?』
『奴の大切な者を……奪い去る』
邪竜も暗黒勇者も今はいない。
芋煮達も今は手薄。
アーサー達の世界のあまりの惨状のためである。
長は彼らにひれ伏して、無様に引きとめてくれている。
動く時は、今をおいてほかにない。
アーサーは皆の覚悟に頷き、ひそかに静かに宣言した。
『我らエリザ・アン・ブリューの民は……このダンジョンの存続を要求する!』
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