10-12 皆さん、ようこそ邪神殿えう!
あけましておめでとうございます。
『ようこそ邪竜様、そして暗黒勇者の皆様。歓迎いたしますぞ』
オルトランデル、異界への出口。
異界の門から現れた一行は、老オークとオーク達の熱烈な土下座歓迎を受けた。
『うむ』
「暗黒勇者って……」
「まあまあ、見えるものが違うんだから仕方ないよシスティ」
「異界だから仕方ない。賛辞と思っておけ姫さん」
「そうですよシスティ」
土下座を前にバルナゥは鷹揚に頷き、システィは暗黒勇者に眉をひそめる。
大竜バルナゥと勇者一行は今、異界の地に立っている。
ダンジョンに第四層が構築されてますます安泰となったので、システィが異界に行きたいと言い出したからだ。
エルトラネといい異界といい、どこにでも首を突っ込む元王女である。
当然、カイは難色を示した。
何しろ協力関係にあるとはいえ相手は異界。
敵である。
こんな事で勇者に何かあったら後で自分が面倒だ。
と、カイは引き止めにかかったがシスティは気にしない。
異界と戦う勇者からすれば協力関係にある異界に行くなど観光旅行と大差ない。
旅行先で起こった事は自己責任よとシスティは笑い飛ばし、アレク、マオ、ソフィアもその通りだとカイに笑った。
採集専門の青銅級冒険者と王国全土で異界と戦う勇者級冒険者の何とも切ない常識の違いである。この程度で怯んでいては勇者などやってられないのだ。
それでも渋るカイにバルナゥが同行しようと申し出て、それならと仕方なく了承したカイは俺を守ってくれよと呟きながら芋をしこたま煮込みはじめた。
当たり前だがカイは同行していない。
小心者げふんげふん、ダンジョンの主だからだ。
そしてミリーナ、ルー、メリッサら妻達も同行していない。
カイが心細そうな顔をしていたからだ。
妻達は守るえうまかせて安心おまかせ下さいと胸を張り、式から初めての家族水入らずだと芋煮達と喜び踊った。
そう。家族水入らず。
エヴァンジェリンは縄張りを広げ、今は芋煮と共に異界を元気に散歩中。
ルドワゥ、ビルヌュはその付き添いだ。
マリーナは家族だが長老にご飯をたかって来ますとエルネに帰省中。
芋煮達はすでに家族。カイと芋煮主ムーとカインの作る芋煮鍋にご満悦だ。
そして残る一人は勇者達に同行し、この異界に足を踏み入れていた。
「ミルトさん、大丈夫ですか?」
「あらあら、何という禍々しさでしょう」
聖樹教司祭ミルト・フランシス。
ランデルの司祭として赴任してから五十年余、カイのダンジョンで初めて実戦を経験した老齢の司祭は初めての異界に感動していた。
この禍々しさは、世界が違うマナがもたらすものだ。
根本が違ければ全てが違う。
目の前で土下座する老オーク達から見ればミルトも禍々しく見える事だろう。
それが異界というものなのだ……
「まあ異界だからな。見ろよこの門の禍々しい装飾」
『芋魔王イリーナ様を祀る邪神殿ですからそりゃもう禍々しく飾りました』
「お前らから見ても禍々しいんかい!」
……と、思っていたらそんな事も無かった。
老オークの言葉にツッコミを入れるマオである。
協力関係を始めてからダンジョンへと続く門はオーク達の手で装飾され、禍々しくも派手な門に姿を変えている。
それは周囲も同様だ。
門を囲む柵は石垣と回廊に変わり、門から世界を守る為に築いた砦は今や異界から門を守る砦として再構築され邪神殿にふさわしい禍々しさだ。
わずか数日でこれである。頼りにされまくりであった。
「皆さん、ようこそ邪神殿えう!」
「「「らっしゃーいえうー」」」
そして門の周囲は邪神殿の御神体、芋煮主えうのイリーナの芋畑だ。
畝には芋が整然と植えられて、元気に葉を茂らせている。
「異界って、畑が作れるんだ」
「はいえう」
システィの疑問にイリーナが答えた。
芋煮主であってもダンジョンの仮初の命であるイリーナはマナに願えない。
しかし、育てる芋は生命だ。
イリーナは自らの背で育てた種芋を異界の地にまき、種芋は自らが育つために異界の土を食らって実る。
その実りをイリーナは身体に取り込み、自らの力に変えるのだ。
芋を育てれば育てただけイリーナは強くなり、配下の芋煮も増えていく。
芋煮主は皆、強力な侵略者であり優秀な芋農家だ。
一旦増殖を始めれば異界の全てを芋畑に変え、強力な芋煮軍団を作り上げる。
まさに芋魔王であった。
「討伐されない程度にね」
「ここの長からも許可した場所だけにしてくだされとお願いされていますえう。お父さんが困らないように気を付けますえう」
『おお、この邪神殿に相応しい芋魔王の禍々しさよ! 呪われしえうの響きよ!』
「……なんかエルネのじじいに似てるなお前」
『はぁ? 誰ですかなそれは』
「すまん。お前は知らなくても良い事だった」
老オークは叫び、マオは何とも困った既視感に額をおさえる。
ともあれ何とものんびりとした侵略風景。
しかし門を囲む壁の向こうは殺伐とした異世界だ。
聞けば異界の顕現は今も増加の一途をたどり、今や毎日数万もの異界が顕現するらしい。
呆れるほどの数である。
ここまで数が増えると最も倒しやすい顕現直後を狙うのも限界がある。
芋煮達は毎日この門に集まった集落のオーク達と共に戦い、異界に突撃爆発して主を討伐しているとの事。
あまりの頻度に階層主となったムーとカインも芋煮増産にてんてこ舞いだ。
自らの芋を削って育てる芋煮主達の消耗も激しく、イリーナは畑の拡大を現在長と交渉中。
ダンジョンの主の間はもちろん空き地は一面芋畑だ。
まさに『イモニガーのオルトランデル』であった。
「ひどい世界ねぇ……」
システィからすれば「どんだけ薄っぺらなんだこの世界」である。
討伐して収支はプラスなのに顕現が頻発するなど常識ではあり得ない。
顕現した異界をその日の内に討伐すれば間違いなくマナは増える。カイのダンジョンに貢物を捧げたとしても収支をプラスにできるだろう。
なんでこんなに貧乏なのこの世界?
と、唸るシスティに神を良く思っていないバルナゥが呟いた。
『神の不甲斐なさに他の神々が味を占めたのであろうよ』
『そんな! 我らが神エリザ様が他の神々から攻められるなど!』
……そのエリザとやらがうちの神を派手に攻めたのが原因だよ。
と、皆は思ったが口にはしない。
カイが神の祝福に困っているように、神々の都合などどうしようもないからだ。
「とにかく、ここに顕現している間は討伐してあげるわよ。うちの主も困るしね」
『おおっ、なんと頼もしい暗黒勇者の御言葉』
「その暗黒勇者ってのやめなさい。システィでいいわよ」
『では淫蕩恐妻システィ様「人聞きの悪い事言うなーっ!」……あぁ恐ろしや!』
「ああもう暗黒勇者でいいわよ暗黒勇者で!」
どうあっても禍々しい名で呼ぼうとする老オークにシスティはため息をつき、自らの杖の調子を確かめる。
システィは異界を見たいだけでここまで来た訳ではない。
異界というものを体験し、ついでに異界の大掃除をする為だ。
バルナゥが一度掃除した事でマナを順調に吸い上げていたカイのダンジョンだが、最近またマナの流量が下がってきている。
周囲の異界がじわじわと増え始めているからだ。
イリーナと芋煮達は現地のオークと力を合わせて異界を討伐しているが、その成果はバルナゥに遠く及ばない。
近場の異界に芋煮達を削られて遠くの異界にまで手が回らないのだ。
足りない芋手は人手で解決するしかない。
吸い上げるマナの減少から問題を認識したシスティは第四層の構築を待ち、問題を解決しようと皆を連れてきたのである。
「じゃ、案内頼むわね。バルナゥは遠くの異界の討伐を始めてちょうだい」
『心得た』
『かしこまりました暗黒勇者様。こちらへ』
「いってらっしゃいませえう」
システィの言葉に老オークは邪神殿の門を開かせ、先頭を歩き出す。
芋煮鍋をかき混ぜながら手を振るイリーナに一行は手を振り返し、禍々しい門をくぐって外に出た。
「うわぁ、家だらけだ」
『我ら、この邪神殿に寄り添って生き永らえております』
びっしりと並ぶ家々にアレクが感嘆の声を上げる。
その規模は少なくともランデルの数倍。
もはや都市と呼ぶに相応しい規模だ。
家々がひしめき合う合間を道や水路が走り、木の柵が急ごしらえの城壁を作り上げている。
皆、異界の怪物から逃げてきたのだ。
この城壁の中でオーク達は生きている。
アレクやシスティ達の世界と同じようにご飯を食べ、働き、眠り、笑い、泣き、そして生まれ死んでいく。
世界が違うだけなのだ。
しかし……システィは首を振る。
これは今だけの事だ。
世界に顕現すれば異界はやはり世界を食らい、人々に害をなす。
ミルトが良く言う言葉の通り、たまたま道が交わっただけの事なのだ。
「アレク」
「わかってるよ。システィ」「当然だ」「はい」「ええ」
言外にシスティは皆に伝え、皆はシスティの意思に頷く。
そう。今はたまたま道が交わっただけの事。
オーク達の喧騒を抜けた一行は外縁の柵を抜け、平原へと進み出た。
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