10-10 ワンダリングワンダリングやっほっほー(2)
『『敵が、ヤワになったな』』
「わふんっ?」
ルドワゥとビルヌュが首を傾げる姿に、エヴァが首を傾げた。
そう。敵がヤワになった。
最初の頃の「どんな手段を使っても潰す」という意思が感じられないのだ。
芋煮エスコートに加えて、貢物のような敵。
通常こんな事はあり得ない。
世界にとって侵攻してきた異界は敵。
排除せねば食い尽くされる暴食なのだ。
二人は長い首をねじって考え、よからぬ事と判断した。
『これは何か企んでいるに違いない』
『ああ。とーちゃんがいない今、カイがピンチだ』
「ソフィアに知らせればいいわふんっ?」
『そりゃそうなんだが……まずは芋煮偵察だな』
「わふん」
『とりあえず、企みを知っておかないとな』
「「「「ぶぎょーのためにがんばるー!」」」」
背中の芋煮の賛同を得たルドワゥとビルヌュはゆっくりと歩き出した。
向かう先はダンジョンの異界側の出口。
バルナゥの掃除でマナの流れが多くなった異界と世界を繋ぐ裂け目だ。
その先で何を企んでいるかは知らないが、とりあえず見るくらいはしておかなければなるまい。
「二人だけじゃ心配わふん」
『『ありがとな』』
ちゃっかちゃっか……
二体の後にエヴァが続く。
大竜バルナゥの祝福を受けたエヴァは犬の姿をした竜。
戦力としてもカイの癒やしとなれる姉犬だ。
ルドワゥとビルヌュはさまようだけの怪物を倒し、願って魔石を食い、出口の前に立った。
『芋煮、頼むぞ』
「「「はーい」」」
ルドワゥの背中からいくつかの芋煮が跳ね落ち転がっていく。
二体の幼竜はマナブレスを放たんと地に構えた。
バルナゥには遠く及ばないが、それでもルドワゥとビルヌュの最強攻撃手段だ。
これで倒せれば良し。
倒せなければエヴァと共にトンズラしなければならない。
悪いが背中の芋煮にはその時の時間稼ぎをしてもらおう。
と、腹にブレスを溜めていく。
しばらくして芋煮が戻ってきた。
「ただいまー」「とても歓迎されましたー」「ひゃっほい」
『……なんだそりゃ』
『待て、誰か来るぞ!』
コロコロ転がる芋煮達の言葉に首を傾げ、芋煮達に続く何者かに身構える。
続いて門を抜けて来た者達は禍々しいマナを放つ異界の怪物だ。
二メートルの巨体にみなぎる筋肉、猪を思わせる風貌、下顎から突き出た牙。
『……オークか』
ルドワゥが呻く。
今の二体の実力なら余裕で勝てる相手。
しかし油断すれば追い詰められてしまう、侮れない相手でもある。
同じ世界であればオークも人間かエルフのように見えたであろう。
このオークという人型怪物は文明を持ち人間並に賢く、狩りも滅法得意だった。
そのオークが手にするのは荒々しい刃が光る巨大な剣。
人間には大きすぎる剣は、幼竜をしとめるには十分過ぎる。
生まれて一年の幼竜であるルドワゥとビルヌュの身体はまだまだ小さく、空を飛ばなければ動きはトカゲと変わらない。
ここは狭いダンジョンの通路。
飛べない二体には侮れない相手だった。
『やるぞ!』『おう!』
先手必勝。
ルドワゥとビルヌュは距離を詰められる前にブレスを放とうと姿勢をさらに低くして……
「待つわふんっ!」
エヴァの声に止められた。
「バルナゥを見送ったカイみたいな情けない顔してるわふん。精も根も尽き果てた肩の落とし方してるわふん。撫でさせてあげないと路頭に迷うしょぼくれた姿勢をしてるわふん」
『『お前の中のカイはどんだけだよ?』』
いやいやさすがに言いすぎだ。
そう思うルドワゥとビルヌュだが、悩みを聞きまくったエヴァの印象などこんなもの。どこまで行っても頼りない弟なのである。
そしてエヴァの言葉の通り、相手が攻撃してくる様子は無い。
それどころか剣を捨てて門の両脇に退き、異界へどうぞと手招きする仕草までする始末。
異界の者としてそれはどうなんだと顔を見合わせるルドワゥとビルヌュだが、芋煮達の転がりっぷりを見るに外もこんな感じらしい。
うさんくさい。
超絶うさんくさい。
『……どうする?』
『帰ろう』
「わふんっ」
数十年も待ってようやく幼竜となれた二体である。
怪しい仕草で手招きする怪物など危険極まりない。
長い竜生は始まったばかりなのだ。こんな所で焦る事もない。
ルドワゥとビルヌュはエヴァを背に、ブレスの構えを取りつつジリジリと後退を始めた。
すると……
「オーク達が土下座始めたわふんっ!」
『『えーっ!』』
手招きしていたオーク達は流れるように土下座へと移行していた。
『あの流れるような土下座。こいつらエルフか!』
『違うだろ』
ルドワゥの驚愕に冷静にツッコミを入れるビルヌュである。
エルフの土下座は世界樹の呪いにより身に付いたエルフの宿命だ。
エルフの生態では決して無い。
彼らは彼らでエルフのような辛い経験をしているのだろう。
そして独自に土下座を発展させたのだ……たぶん。
まあそれはそれとして、前世でも経験した事の無い展開に唖然の二体である。
そして芋煮はやりたい放題だ。
「何もしなーいよ」「したらどかーんよ」「イモニガーッ」
オークの頭に乗り、肩に乗り、背中を転がりキャッキャと笑う。
あの自爆芋煮達をまとわりつかせて何の抵抗もしないのであれば外に出るくらいはしてみようか……二体は顔を見合わせて、背に乗る芋煮をまず異界に出す。
何か起こせば爆発解決。
芋煮に護衛される竜などみっとも無い事半端無いが二体はまだまだ幼竜だ。
このくらいがちょうど良い。
芋煮達もぶぎょーの為だからとコロコロ転がり二体とエヴァをエスコート。
やがて一行はオーク達が土下座で導く門の先、異界へその身をねじ込んだ。
『ぐるあーほっ!』
『『『ほっは、ははっほ!』』』
いきなり囲まれる一行である。
そして不思議な踊りを見せられる一行である。
叫びは何かの掛け声らしく、言葉に意味は無いらしい。
つまり、まったく意味が分からない。
『……おいビルヌュ。お前、奴らの考えわからんか?』
『なんで俺が』
『お前エルトラネのマブダチだろ』
『なるほど……うーん、歓迎?』
『いやいや回復魔法使えるだろお前。ジェスチャー読まずに心読め』
『あー、すまん』
当然のツッコミである。
ビルヌュの瞳がマナに輝いた。
『なになに……こいつらに異界の掃除をしてもらおう。あのダンジョンにけしかけてやれ……?』
『『『『いきなり心を読まないで下さいーっ!』』』』
ビルヌュの言葉に踊っていたオークが即座に土下座した。
精一杯の歓迎も回復魔法使いの前ではただの本音暴露大会だ。
『まったく……これだから回復魔法の使い手は困るぜ』
『命を捨てて歓迎してたのになぁ』
『ホントだよ。心読まずに空気読んでくれよ……』
オーク達は文句をブツブツ言いながら土下座した頭を上げる。
おそらく長なのだろう。頭を上げた中央の老オークが一行に語りかけてきた。
『お願いします邪竜様。我らをお救い下さい』
『邪竜て……』
『まあ、奴らの立場から見れば俺らは邪竜だろ』
ルドワゥとビルヌュの呟きに構わず、老オークは話し続ける。
『我らは今、度重なる異界の侵攻に窮しておるのです。世界から大いなる奈落と神々の封印が消えたと思えば日に異界が数十と顕現する始末。我らの力では討伐すら叶わぬ異界も多く、我らは食われていくのみなのでございます……」
そう言うと、老オークは再び土下座し懇願した。
『偉大な邪竜様! どうか異界を討伐し、我らをお救いくだされ!』
『……なぜ、俺らが討伐せんといかんのだ』
『お前らの世界にも強い奴がいるだろ。竜とかさ』
『我らの世界に竜はおりませぬ』
ルドワゥとビルヌュの言葉に老オークは哀しげに首を振った。
『我らの竜は異界へと旅立ち戻りませんでした。食われてしまったのでしょう』
『ん?』
『どこかで聞いたような話だな……』
ルドワゥとビルヌュが顔を見合わせる。
老オークはさらに続けた。
『土下座せねば飯が食えぬ謎の奇病が治まったと思えばこの仕打ち。あぁ我らが神エリザよ、貴方は我らを見捨てたもうたか!』
『『あー……エリザの世界か。ここ』』
「わふん?」
オークが叫んだ神の名に納得のルドワゥとビルヌュだ。
エリザ・アン・ブリュー。
三億年前、ベルティアの世界を攻めた神々の首謀神。
そして今はこてんぱんにされて土下座の似合うベルティアの丁稚神だ。
うっかりカイをダンジョン主にしてしまったベルティアの苦肉の策だろう。
カイの安全を自らの丁稚にぶん投げたのだ。
先ほど老オークが言った大いなる奈落とはイグドラが異界に貫いたダンジョン。
神々の封印はイグドラのダンジョンにマナを吸われないために結託した神々のマナ循環ダンジョンだ。
そしてこのオーク達もエルフと同じイグドラの根。
祖先がエルフを手篭めにしたか大いなる奈落に呪われたかは知らないが、はるか昔から続くクソ大木の贄。
神の都合をぶん投げられた哀れな被害者なのだ。
と、考えれば同情出来ない事もない。
しかし……
『断る』
『俺らは防衛だけで手一杯だ。お前らだけで頑張れ。な』
だからと言って彼らを助ける義理は無い。
ルドワゥとビルヌュは帰る事に決め踵を返す。
やってられるかと門に進む二体だが、その行動は老オークの高笑いに止められた。
『はははははっ……すでに遅い、遅いのですよ邪竜様!』
『遅い?』『何がだ?』
老オークはルドワゥとビルヌュの瞳を眺め、やけっぱちに叫んだ。
『我らはすでに集落をこの周囲に移しております』
ゴガンッ!
近くで轟音が響いた。
『そして世界を食う怪物達は我らを求めて群がってくる』
ぎゃああああっ……ひぃいいいいっ……
轟音に続くはオーク達の悲鳴だ。
おそらく異界の攻撃に晒されているのだろう。
しかし老オークも周囲のオークも悲鳴に動じる事は無い。
敵であろうが協力を得られねばここで死ぬ。
彼らはすでに覚悟を決めているのだ。
『我らが死ねば次は貴方がたの番でございます。言わば貴方がたと我らは一蓮托生! さぁ邪竜様! 過日のように我らが敵をお討ちくだされ。そしてあの偉大な邪竜様のように我らをお救い下され!』
とーちゃーん!
異界で何してるんだよーっ!
と、心で叫ぶルドワゥとビルヌュである。
ハッタリを通り越して救世主扱い。
頼りにされまくりであった。
『お、おいどうするよビルヌュ』
『……やるしかないだろ』
バルナゥは今、帰宅中だ。
帰りを待っても良いがカイにどこまで迷惑がかかるか分からない。
そうなれば母ソフィアはバルナゥに説教するだろう。
バルナゥが毎日楽しみにしている撫で撫でごろーんも当然おあずけ。
明るく楽しいライナスティ家の未来は二体の双肩にかかっているのだ。
『エヴァ、お前は戻って芋煮しこたま連れてこい!』
「わふんっ」
『俺らは敵を撃退するぞ。芋煮!』
「「「「はーい」」」」
芋煮を乗せた二体は翼を広げて空を舞う。
そしてダンジョンを囲む柵を飛び越え漆黒の異界から湧き出す怪物達の頭上に達すると、芋煮に叫ぶ。
『『芋煮! 一斉降下!』』
「「「「ぶぎょーっ!」」」」
背に乗る芋煮を地に落とし、その周囲をマナブレスで満たす。
そして、爆発。
二体が行なったのはオルトランデルでバルナゥが行なった爆発の真似だ。
幼竜故に爆発はかなり小規模。
しかし襲撃を潰えさせるには十分だ。
爆発とブレスにより弱った怪物をオークの戦士達が次々にぶちのめし、討伐した怪物を着地したビルヌュとルドワゥの前に積んでいく。
『ありがとうございます邪竜様!』『どうぞ!』
貢物のつもりなのだろう。
ルドワゥとビルヌュはマナに願い、生まれた魔石をぱくりと食べる。
怪物は討伐した。
しかし異界は消えてはいない。
「芋煮運んできたわふんっ」
『あの黒いのに注ぎ込め! ビルヌュ、俺らも芋煮運びだ!』
『エヴァもすぐに戻って芋煮を運べ! 急がないと面倒臭いぞ!』
「わふんっ!」
敵が反撃に転じる前に、徹底的に叩き潰す。
エヴァンジェリン、ルドワゥ、ビルヌュはカイのダンジョンから芋煮をしこたま調達してオーク達に渡し、オーク達は芋煮をどんどん漆黒に注ぎ込む。
漆黒はしばらくその姿を維持していたがやがて揺らぎ、そして消えていった。
主が討伐されたのだ……芋煮に。
『いやー、邪竜様本当にありがとうございました』
結果にほくほくの老オークである。
『『てめえ……』』
そして忌々しげなルドワゥとビルヌュである。
こいつらも芋煮の餌食にしてやろうかと思った二体だが、この協力体制が楽である事もわかっている。
現地で出来る事は現地のオークがやってくれるのでこちらの芋煮は消耗しない。
そしてオークが手に負えない敵だけを芋煮で叩けば良い。
全てを敵として扱うよりはだいぶ楽。
対価はダンジョンの護衛、生贄、マナと情報提供等々。
深刻な異界労働者不足は現地雇用で解決だ。
「ひゃっほい!」
「カイが異界を餌付けたえう!」「むむむさすがカイ!」「さすがですわ。カイ様のあったかご飯は向かうところ敵なしですわ!」
ダンジョン内の戦火が減ると知ったカイは当然大賛成。
ひゃっほいと小躍りしながらオーク達の提案を受け入れた。
かくして異界とカイのダンジョンとの奇妙な共生が始まったのである……
そして老オークに振り回されたルドワゥとビルヌュは呟くのだ。
『『俺らは美味しい所だけ頂いて、後はとーちゃんとカイにぶん投げよう』』
と。
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