10-9 ワンダリングワンダリングやっほっほー(1)
「わふんっ」
オルトランデルのダンジョン、第三層。
カイのいるオルトランデルの下層のさらに下層。
階で言うなら地下二階。
その石畳の道を爪の音も軽やかにエヴァンジェリンは歩いていた。
彼女は犬である。
だから散歩は日課の一つ。
新しい場所が出来たと聞いてやって来たのだ。
これまではバルナゥの引率で散歩していたのだが、バルナゥはもう引率は必要なかろうとヴィラージュに戻った。
異界を飛んだ事でしばらく異界の掃除をしていなかった事を思い出したらしい。
これは多少骨が折れるやもしれぬとぶつくさ呟き出て行った。
「ここはお姉ちゃんががんばらないとわふん!」
その時のカイの何とも情けない顔を思い出すと庇護欲が疼くエヴァである。
カイの情けなさは昔から変わらない。
餌をやるから悩みを聞いてくれと言わんばかりのしょぼくれた表情にしょうがないなぁと思った犬心は、祝福を受けた今も変わっていない。
まったく手のかかる弟わふん。
と、エヴァは縄張りを広げて散歩、散歩、散歩の毎日だ。
「わふんっ!」
時折現れる怪物はエヴァのひと吠えで大抵逃げていなくなる。
芋煮に警戒している怪物達ははるかに大きいエヴァにそれ以上の脅威を感じているらしく、近寄るたびに逃げていく。
おかげでエヴァは今まで全戦不戦勝。破竹の快進撃? なのであった。
『おい待てよエヴァ。離れると危ないぞー』
「遅いわふんっ」
『こっちは飛行メインなんだよ!』「飛べわふんっ」『まだ下手なんだよ!』
背後からかかる声にエヴァは振り向き尻尾を振る。
えっちらおっちらと駆けてくるのは幼竜二体。
ルドワゥとビルヌュだ。
大空を自由に舞う竜も幼い頃はそこまで自在に飛べはしない。
カイの願いでバルナゥも歩ける広々通路ではあるのだが、急な曲がり角に激突してから二体は飛ぶのに慎重だ。
ちなみにマリーナはスイスイと自由に飛び回る。
食への執着半端無いマリーナは食べるために技術をひたすら磨いているのである。
漠然と強くなりたいと思っている二体とマリーナの決定的な差がここにある。
目的が明確なほど、技術は身に付くものなのだ。
まあそれはそれとして、飛ばない竜などトカゲとさして変わらない。
翼を畳んだビルヌュとルドワゥは短い足をバタバタ動かしエヴァに追いつこうと必死だ。
「犬みたいに駆けろわふんっ」
『『首と尻尾がきついんだよ!』』
身体が上下する犬の走りは首と尻尾に負担がかかるらしい。
ちなみにマリーナは以下略。
そして必死に走る二体にまとわり付くのは芋煮である。
「何かあったらぶぎょーが悲しむのでー」「ぶぎょーのためだからー」
「背中らくちんー」「俺もー」「わたしもー」
『お前ら……』『俺らを荷車みたいに使ってやがるな』
「「「当たりー」」」
『『このやろう』』
芋煮達は転がったりルドワゥとビルヌュの背に乗ったりとやりたい放題。
おかげで背中はひしめき合った芋煮で甲羅のようなありさまだ。
「亀みたいわふんっ」
『『……』』
ようやく追いついた二体にエヴァの素直な言葉は辛辣だ。
飛ばない竜などトカゲとさして変わらない。
それに甲羅があれば亀とさして変わらない。
竜は強いからこそ竜。
そうでなければトカゲや亀と変わらない。何とも情けないありさまであった。
初めて引率なしで降りた第三層。
息を整えたルドワゥとビルヌュは周囲を見渡し、これはと壁に近づいていく。
『これは、魔石か?』
『間違いない。魔石だ』
「魔石ー?」
魔石だ。
普通は怪物を討伐して願うものだが、マナがあふれる地なら自然にできる。
第三層はマナのめぐりが良いのだろう。
第二層では見られなかった小粒な魔石が壁からいくつか生えていた。
ルドワゥとビルヌュは生えたそれをパクリと食べるとクルルと鳴く。
『む、やはり魔石はいいな』
『家の魔石の方がずっといいんだが、かーちゃんがなぁ』
ヴィラージュの魔石はそこら辺の魔石なんぞ比較にならないマナ密度を持つ。
人間の世界では超高級品。ひとつでルーキッドの領館くらいは軽く建つ。
家主であるバルナゥは食料として扱っていたが、人間の感覚を持つソフィアは「なんてもったいない。他のものを食べなさい」となるのである。
『まあ、かーちゃんも千年生きれば感覚変わるだろ』
『俺ら長生きだもんなぁ』
そのうち気にしなくなるだろう。
竜は人間とは違うのだから。
と、二体は気長に待つ事にして、今はカイのおこぼれにあずかる事にした。
口にするのは魔石、宝石、そしてミスリル。
マナ密度の高い場所から産出されるそれらは異界から流れ込んだマナが形を変えたものだ。
ビルヌュもルドワゥもこれは良いとかぶりつく。
バルナゥのダンジョンでは敵が強くてなかなかありつけないがここならそこまで強くない。
しかも……
「何かくるわふんっ!」
『芋煮!』「ぶぎょーっ!」
耳をピクリと震わせ叫ぶエヴァ。
背から射出される芋煮。
そして爆発。
『しとめたな』『ああ 』
しかも警戒はエヴァ任せ、討伐は芋煮一発である。
至れり尽くせりのエスコートで食べ歩き同然だ。
時折現れる相手を芋煮一発でしとめ、二体とエヴァは道を進む。
現れる敵はどいつもこいつも戸惑っていて、戦うそぶりを見せもしない。
何とも拍子抜けな相手ばかりの状況に、討伐した怪物に魔石を願いながらルドワゥとビルヌュは首を傾げた。
『『敵が、ヤワになったな』』
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