10-8 大竜、異界を舞う
ダンジョンの出入り口は二つある。
一つはカイ達の世界に繋がる口。
そしてもう一つは侵攻した異界を貫いた口だ。
カイのダンジョンが異界に突き抜けてからすでに二週間。
さらに新たな第三層も構築されたダンジョンはますます安全。
異界は今も侵攻を続けているが第二層まで届いてもオルトランデルには届かない。
芋煮パワー恐るべしである。
神の悪戯でダンジョン主にされたカイも妻達もひと安心。
勇者達もバルナゥもとりあえず安心だ。
『行くぞ、アレクよ』
「うん」
バルナゥとアレクは最下層、第三層の異界へと続く門の前にいた。
ダンジョンはますます安全。
しかし侵攻を防ぐために外に討って出るほどの余裕は無い。
芋煮達の攻撃手段は主に自爆。
爆発すれば失われる。
カイの芋煮生産力に限界がある以上、継続的に異界を制圧するのは難しいのだ。
エルフ達に周囲の制圧をしてもらえば楽だったのだろうが、こんなアホな事で何かあったらたまらないとカイはとっとと帰してしまった。
カイのダンジョンは今、深刻な異界労働者不足。
戦利品カイでは数が足りない。分割すると強さが足りない。
勇者を足してもやっぱり足りないし万が一があったら困る。
しかし異界の地をもう少し広く見ておかなければ後手に回る事もあるだろう。
兆候を捉えておけば事前に対応もできるのだ。
そこでバルナゥである。
階層が少ない頃はカイを守る絶対防衛線であったバルナゥも、今や幼竜を引率するほど暇である。
そして異界の程度も知れた今は引率の必要もない。
これは幼竜と芋煮だけで十分だと判断したバルナゥはカイに許可を求め、むやみに戦わない事を条件に異界を飛ぶ事を許されたのだ。
暴れるなよ? 可能な限り友好的にな?
こんなアホな事で討伐されてはたまらないとひたすら念を押したカイである。
くそぉベルティアめ……であった。
『まったく、異界なぞに気をつかいおって……まあ、奴らしいがな』
「あはは。僕もカイの奴隷として誇らしいよ」
バルナゥはアレクを背に乗せ異界の門を潜り抜ける。
外は異界。
カイ達の世界とは違う別の世界だ。
空は黄色く、雲は紫。
青い太陽が世界をまだらに照らしている。
異質なマナで作られた世界の禍々しさにアレクは顔をしかめた。
「うわぁ……なんか気持ち悪い世界だね」
『我らにはそう見えるだけだ。奴らの目には我らの世界もそう見えるだろうよ』
バルナゥはアレクに答え、正面の砦を睨む。
異界に顕現して二週間。
カイのダンジョンは柵で囲まれ、頼りない砦が異界から世界を守らんと門を堅く閉ざしている。
その門の付近では怪物達がバルナゥの巨体に驚き、震えながらも武器を構える。
慌しくなった砦にバルナゥが叫んだ。
『聞けい!』
言葉はマナの振る舞いにより相手にも意思が伝わる。
バルナゥは相手が静まった頃を見計らい、言葉を続けた。
『我が主は無用の争いを好まぬ』
カイは主でも何でもないがハッタリぐらいは良いだろう。
後で聞いたら嫌な顔をするだろうがその方が箔が付くと、バルナゥは多少盛った言葉を彼らに投げかける。
『この顕現は当方の不手際。時が来れば我らは引き上げる故、外に討って出る事はせぬ』
間違いではない。
カイは収支がトントンになればダンジョンからトンズラするだろう。
エルフをアトランチスに導き世界樹の世話をさせるイグドラとの約束があるからだ。
十を超える里を送ってはいるがまだまだ数は足りない。
アトランチスはエルフ不足なのだ。
『だが、攻めて来た者には容赦せぬ。汝らが我が主を害しようとオルトランデルまで踏み入ったその時は……』
バルナゥは首を伸ばし、柵の一キロ程向こうに禍々しく渦巻く漆黒を見た。
この異界に突き抜けた別の異界だ。
これなら良いだろう。
バルナゥは構えてマナブレスを放つ。
狙い違わずブレスは漆黒に飲み込まれ、漆黒がゆらめき、やがて消えていく。
異界の主がマナブレスを受け討伐されたのだ。
ダンジョンは必ず主に通じる道がある。
故に強力な攻撃手段があれば入らずとも討伐出来る。
ブレスを放ち終えたバルナゥは再び首を砦に向け、あっけに取られた怪物達を見下ろし轟然と告げた。
『あのようになると思え!』
この位しておけば、下手な事はしないだろう。
バルナゥは翼を広げ、空へと身を踊らせた。
視点が上がる程に広がる異界はバルナゥ達の世界とあまり変わらない。
大地があり、空気があり、草木があり、営む生命がある。
異質なマナの振る舞いで違和感が半端無いだけなのだ。
バルナゥはしばらく空からダンジョン周囲を眺め、あまりの惨状に呻く。
『なんだこの世界は……穴だらけではないか』
「本当だ。そこら中、異界だらけだ」
周囲一キロ程度を見ただけでも二つ、さらに広い範囲を見れば十個は見える漆黒の渦。
異界の顕現だ。
芋達の視点では見通せなかったが平原のそこら中に穴が開き、そこからあふれた怪物がこの世界の怪物と戦っている。
ある場所では異界同士が近すぎて、互いのダンジョンに侵攻し合っている。
少し飛んだだけでこのありさま。
何ともひどい世界であった。
『あの陰湿者め。とんでもない貧乏世界と繋げたものだな』
「そうなの?」
『我のような盾はおらぬのかこの世界は……』
あまりの酷さにバルナゥの呆れも半端無い。
しかしこの世界の盾、実はイグドラを神の世界に還す際にアトランチスに顕現してバルナゥが討伐している。
だからこの世界の神が聞いていたら貴方に討伐されたんですと言うだろうが、そんな事はバルナゥの預かり知らぬ事である。
攻めて来た異界の者を倒さない選択肢は世界の盾たるバルナゥには存在しない。
異界は全て敵なのだ。
『ぬ……』
「うわぁ……」
しばらく飛んでいると集落が異界の怪物に襲撃されている。
どうやら集落の近くに異界が顕現したらしい。
柵は壊され、集落の中心まで怪物が入り込んでいる。
あのままでは全滅だろう……
と、アレクが見下ろしているとバルナゥが身体を傾げ、降下を始めた。
『……このあたりから潰すとしようか』
「バルナゥ優しいね」
『バカを言え』
バルナゥは鼻で笑う。
『周囲の掃除というものは必須なのだ。ダンジョンというのは吸い上げ口。周囲に他の口が開いていればその分吸い上げるマナは減る』
「マナの奪い合いになるんだね」
『そうだ。我もたまに異界に抜けて掃除をしておるわ。詰まると後で困る故』
彼が主である五万六千階層のダンジョンも小まめな手入れの結果らしい。
バルナゥは軽くブレスを吐いて異界から続く怪物の流れを一掃すると、集落を背に着地した。
「カイの為になるなら僕も手伝うよ」
『好きにするが良い』
バルナゥは異界を前に構え、ブレスをそこに注ぎ込む。
背から降りたアレクは怪物を切り倒しながら集落へと突入する。
攻めるも怪物、守るも怪物。
アレクからすればどちらも怪物だがマナの感じは明らかに違う。
ここまで切り倒した怪物から感じるマナを敵として次々と怪物を討伐し、願って得た魔石を手にさわやかに名乗りを上げた。
「オルトランデルの奴隷アレク・フォーレ、主の都合で助太刀します!」
現地の怪物に満面の笑みで奴隷宣言するアレクである。
普段はカイやシスティに止められる奴隷宣言もここなら誰にも止められない。
オルトランデルを宣伝するついでに奴隷奴隷と言いたい放題。
気分良く名乗りを上げたアレクはするりと動き、剣を敵に叩き込む。
『なんだ貴様は!』
「オルトランデルの奴隷、アレクさ」
怪物の断末魔の叫びもアレクの歩みを止める事は無い。
襲い来る怪物を流れるように斬っていく様はまさに勇者。
道を歩くように敵の攻撃を紙一重で避けながら致命的な一撃を叩き込む様は突き抜けた男の余裕である。
『ギャアアアッ……こ、こいつ強いぞ!』
『オルトランデルの奴隷、アレク!』
『あの邪竜はとにかく奴隷ですらここまで強いのか! 侮り難しオルトランデル』
「そう! 僕は奴隷のアレク・フォーレさ!」
襲う怪物の叫びと襲われていた怪物の喝采に奴隷アピールのアレクである。
その表情は限りなく爽やか。
そして剣筋は限りなく鋭く怪物を仕留めていく。
アレクは奴隷奴隷と連呼しながら爽やかに怪物を仕留め続け、数十の魔石を手に再びバルナゥに飛び乗った。
「あはははっ、止める人が居ないって本当にいいなぁ! 奴隷のアレク。オルトランデルの奴隷アレク・フォーレです!」
『……アレクよ、次に行くぞ』
バルナゥは再び空に舞い、ご近所の異界を見つけては潰して回る。
アレクとバルナゥはそんな調子で近くの異界を全て潰し、吸い込み口の掃除完了と意気揚々とダンジョンへと戻っていく。
異界のマナの吸い込みは快調。
これでカイのトンズラも予定通り行なわれる事だろう。
唖然と見送る砦の怪物に瞳で念押ししたバルナゥは異界の門を潜りぬけ、オルトランデルへと凱旋した。
そしてカイは、異界を見たアレクの心を読んで呻くのだ。
「……所々に入る奴隷宣言は一体何なんだ?」
「やだなぁ、アピールだよアピール」
「お前、異界だからって妙な既成事実作ってるんじゃねーよ」
「この際だから事実に「やかましい」えーっ」
勇者アレク・フォーレ。
彼の奴隷願望は相変わらずであった。
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