10-7 芋煮道、それは土から始まる
「……よし、出来た」
「えう」「がんばった」「ですわ」
オルトランデル、主の間近くの一角。
カイと妻達は耕した畑を前ににんまりと頷いた。
城の区画にこんな畑を作る場所など無かったが、今なら願えばズバンと出来る。
さすがダンジョン。世界の混ざり合う不思議空間である。
カイ達は広げた空間の石ころをどけ、ミリーナ、ルー、メリッサがダンジョン外から土と肥料を運び込み、皆で耕しルーが水をまく。
「よし、育てるか」
「えう!」「む!」「ふんぬっ!」
皆が畝の前に立ち、エルフの祝福で芋を育てる。
芋煮道。それは土から始まる。
愛芋煮に確かな感触を得たカイは様々な愛芋煮を煮込み上げ、芋を育てるところから愛を注げばもっと良い芋煮になるのではと思うようになったのだ。
こだわりは強ければ強いほど源へと近づいていくもの。
カイのそれは今や調理から栽培へと広がっている。
普通に育てれば何ヶ月もかかる栽培もエルフの祝福なら半日もかからない。
ダンジョンを畳むまでに十分間に合うというものだ。
がんばれ、俺の芋煮達。
愛芋煮を煮込むまでは疑念があったが今やそんなものは無い。
そしてこれまでは美味しく食べる事を願っていた皆であったが今は違う。
大きくなりますように。健やかに育ちますように。
そして強い芋煮になりますように。
と、食べない事前提だ。
「妻達もしっかり願うえう!」「む。願う超願う」「素晴らしい芋をカイ様と一緒に煮込むのです」
カイはもちろんミリーナ、ルー、メリッサも今や芋煮愛バリバリだ。
先日尻を痛めて育てた芋煮に母さんと呼ばれたのが嬉しかったのだろう。
カイの子を産む時のためにと可愛がる気満々であった。
……いや、本当の子作りもがんばっているのだ。
今もダンジョンに住む勇者の面々に冷やかされるほどに。
しかし新婚でお盛んでも子供の気配は微塵も無い。
皆、くそぉベルティアめである。
素晴らしい子をと言って子供が生まれず、祝福をと言ってダンジョンで命の危機だ。
何でもかんでも全てが呪い。
そして苦情の窓口はイグドラであり本人はイグドラに伝言を頼むだけ。
何とも困った陰湿者であった。
「かわいい芋えう。美人芋えう」
「器量良しな芋カモーン」
「カイ様のようなステキな芋に育ってください」
ミリーナ、ルー、メリッサの想いに応え、芋が芽を出し葉を茂らせる。
どんな芋だよそれ?
と、思いながらもカイも強い芋を願い、やがて畑は芋で満たされた。
「よし、大事に収穫しよう」「えう」「ぬ」「はい」
農具も持たず、カイ達は手で畝を掘り始めた。
「僕も手伝うよ」「仕方ないわね、じゃあ私も」
傍で見ていたアレクとシスティの申し出をカイが手で制する。
「いや、これは俺達の『愛』だからな」
「愛えう」「大事に掘り出す。それも愛」「そうですわ、愛を込め慈しむように収穫する。回復魔法ありきではいけません」
「そ、そう……」「さすがだなぁカイは」
ドン引きのシスティにさすカイのアレクである。
「放っとけアレクに姫さん。それより俺の飯を食え」
『美味しいですよもっしゃもっしゃ』「おいしーわふんっ」
「じゃ、そうしようか」「そうね」
ソフィアとミルトは城門前で愛芋煮達と警戒中。
そしてバルナゥはルドワゥとビルヌュを連れて第二層を蹂躙中。
繋がった世界のせいか敵もそこまで強くない。
バルナゥは成長に良かろうと子らを連れて行ったのだ。
しかしマリーナはここでご飯を食べている。
成長するより美味しいご飯。
さすが元エルフ。食への執着半端無かった。
カイ達は丁寧に芋を掘り、鍋一つを煮込み始めた。
愛芋煮は手がかかる。一度に二つは作れない。
一つの鍋に心を込めて。
カイは芋を傷つけないよう丁寧にかき混ぜ続け、やがて芋煮が誕生した。
「「「「お父さんはじめまして」」」」
「俺の子供達、はじめまして」
ててしっ。
芋煮達が飛び降り土下座する。
もう最初から父さん子供達である。愛が二者を繋げていた。
「愛の芋による愛の芋煮。愛愛芋煮です」
「愛が二つもあるー」「愛愛ーっ」「「「愛愛ーっ!」」」
はしゃぎ転がる愛愛芋煮達にカイは嬉し泣きである。
よく元気に生まれてくれたと感動も半端無い。
土から始めた愛愛芋煮達はカイの期待に見事応え、力は愛芋煮とは桁違いだ。
さらに強い芋煮の誕生にうんうんとカイが喜んでいると、ご飯を作っていたミリーナ、ルー、メリッサがダンジョンの外から戻ってきた。
「ご飯できたえう」「む。今日も良い出来」「カイ様にだいぶ近づきましたわ」
ほかほかの芋煮鍋を持つ妻達に愛愛芋煮達が転がっていく。
「ミリーナ母さん」「ルー母さん」「メリッサ母さん」
「産まれたえう」「かわいい」「さすが私達とカイ様の愛の結晶ですわ」
わあああっ……歓声を上げて転がる愛愛芋煮にほっこりのミリーナ達である。
傍で見ているシスティがどん引きなのも気にならない。
カイはあふれる家族愛に頷き、ご飯にしようとテーブルについた。
「うん。うまい」
「当然えう」「ん」「愛の力ですわ」
三人が作ったご飯は相変わらずのカイ芋煮。
しかし自炊よりも美味しく感じてしまうのはやはり愛の力なのだろう。
カイ達は愛愛芋煮達を愛でながら「家族っていいなぁ」と芋煮を噛みしめる。
そして愛愛芋煮達はカイ達が何を食べているのか気になるだろう、跳ねてカイ達の椀を覗きこみ、着地してコロリと芋を傾げた。
「「「「芋煮?」」」」
「芋煮えう」「ん。芋煮」「カイ様の愛の芋煮ですわ」
「「「「愛愛芋煮は、食べないの?」」」」
「それはできないえう」
「愛しいあなた達を食べるなんて論外」
「そうですわ、あなた達はこれから世界に羽ばたく芋煮なのです」
「「「「……」」」」
芋煮達は黙り込み、そして転がりながら駄々をコネはじめた。
「「「「芋煮差別だーっ!」」」」
「ミリーナ母さんが食べてくれないー」
「メリッサ母さん僕も食べてー」
「ルーお母さん私もー」
「お父さん、僕はなんで食べてもらえないの?」
「いや、なんで食べる方向に行くんだよお前ら」
芋煮達はピタリと止まり、カイ達に訴える。
「「「「だって、芋煮は食べるものだもの!」」」」
「ううっ……」
「せ、正論えう!」「賢い」「子供に教えられてしまいましたわ」
芋煮とは食べるもの。
戦わせるものでもなければ爆発させるものでもない。
ダンジョンの非常識に染まりすぎて芋煮に常識を説かれてしまうカイ達である。
非常識が常識を説く非常識。
ダンジョンとは非常に非常識な世界なのだ。
「食べてくれないお母さんなんてきらーい」「僕もー」「わたしもー」
「えうっ」「これは悲しい」「あうっ……心にグサリときますわ」
可愛い芋煮達のいきなりの反抗期に涙目のミリーナ達。
しかしそんな親達に救いの手が差し伸べられた。
「おいおい、父さん母さんに甘えすぎだぜお前ら」
「「「「愛芋煮兄さん!」」」」
傷ついた身体を鍋で癒す愛芋煮である。
煮汁に浮かぶ姿は、戦いの傷も逞しい歴戦の勇者の貫禄。
当然その言葉も重い。
愛芋煮は鍋の中、転がり集まる愛愛芋煮達に言う。
「俺達はこのダンジョンで父さん母さんと共に戦い、傷つき、食べられないままやがて腐って散っていく」
「「「「そんなーっ!」」」」
「しかし俺達はめぐるのさ。めぐって父さん母さんとの芋煮愛を深めていく」
「「「「愛?」」」」
「そう、愛だ。想いを感じる心だ」
愛芋煮はカイ達の椀を見つめ、愛愛芋煮達に言った。
「父さん母さんが食べている芋煮を見ろ。俺達と違い何も言わずにただ食べられているだろう。そこに心のふれあいは無い。めぐってもそれが深まる事もない。あれは俺達とは違うただの芋煮なのさ」
「「「「なるほど!」」」」
愛芋煮はすっかり兄の貫禄。美しき兄弟愛。
そしてますます意味がこじれた芋煮という言葉である。
カイ達が食べているのも芋煮。愛芋煮も愛愛芋煮も芋煮。
ややこしい事半端無かった。
「俺達は愛を深めていく芋煮なのさ。そこらの芋煮のようにすぐ食べられたいなんて思っちゃいけないぜ。その愛を極めた先に、俺達と父さん母さんの交わる形がきっとある。俺はそう思っている」
「「「「お、おにーちゃーん!」」」」
ピョンピョンと愛愛芋煮達が跳ねて鍋に飛び込んでいく。
「一緒にお鍋ーっ」「ぐつぐつーっ」「ことことーっ」
「あっはっは、俺より強いくせにまだまだ子供だなぁ」
それを温かく迎える愛芋煮。
兄と弟妹はひとつの鍋でぐるぐる踊る。
美しき兄弟愛であった。
「えうっ、いい子えう」「私達の子も仲良しがいい」
「はい。あんな息子が、あんな娘が欲しいですわ……」
「そうだな」
三人は芋煮を食べながら泣き笑い、そして呟くのである。
くそぉベルティアめ……と。
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