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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
10.ダンジョンの中心で、鍋を煮込む。
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10-6 カイは芋煮の道を得る

「火加減には気を付けろ。煮立たないようにじっくりと、だ」

「わかった」


 オルトランデル、かまどの並ぶ主の間。

 カイはマオの指導のもと、芋煮を煮込んでいた。


 カイの瞳は真剣そのもの。

 先日の階層防衛戦から芋煮と真摯に向き合うようになったからである。


 手をかければ芋煮はそれだけ強くなる。

 カイは新たに出来た第二層にしこたま芋煮を送り込んで防備を固めた後、マオに頭を下げて料理の指南を頼んだのだ。


 二人の前でクツクツと芋煮が煮込まれていく。 

 味見はしない。というより出来ない。

 何が起こるかわからないからだ。


 煮物が謎生物に変わる鍋の味見などカイもマオもさすがに出来ない。

 腹の中でぶぎょーなんて騒がれたらたまらないのである。


 これで良いはず。

 たぶん……


 味見しない事を経験でカバーした鍋は煮込まれ、やがて芋煮がつぶらな瞳でよう! と手を振ってきた。


「ぶぎょー」「ぶぎょーっ!」

「よう」

「あー、外で指導したいわマジホント。味見させてぇ」


 にこやかに挨拶を返すカイである。

 そして何とも中途半端で曖昧な指導に頭をかくマオである。


 しかし、カイはまだダンジョンの外に出られない。

 ダンジョンが異界に顕現してからまだ日が浅いからである。


 いま外に出ればせっかく出来た階層が失われ、再びオルトランデルが戦火に晒されるだろう。

 防衛できれば異界のマナで修復されるとは言え、できれば避けたいカイである。


 想い出を壊されて哀しげな妻達の顔を見たくない。

 システィから開発費がと小言を言われたくもない。

 芋煮達に背水の陣を強いたくもない。


 そして何より修復にマナを使われたくはない。

 壊された分だけ収支トントンが遠ざかるのである。

 先日派手にオルトランデルを壊したせいでシスティに「一ヶ月じゃムリね」と言われたばかりのカイは、これ以上いらん事でマナを使いたくないのであった。


「お前達は何芋煮だ?」

「一皮剥けたことこと煮込んだ芋煮です」

「強いんだか弱いんだか分からん」

「一皮剥けた芋煮よりかなり強いです。三割増し位です」


 カイは思わず呟いた。


「手間をかけた割にはいまいちだな」

「そんなーっ!」「ぶぎょー冷たいーっ」「いや、これはぶぎょーの愛に違いない」「散った我らに涙を流したぶぎょーだから!」「くうっ、愛とはさすがぶぎょー!」「一生ラブですぶきょー!」


 ててしてしてしててしてし……


 鍋から飛び降り土下座する芋煮達はさすがエルトラネ産。

 カイの言葉にもポジティブだ。


 しかし、カイが今求めているのはポジティブさではなく強さ。

 この芋煮達は火加減その他に気を使わなければならない手間の割には、強さはさほど変わらない。

 カイは転がる芋煮達を第二層に送ると、腕を組んで呟く。


「芋煮の道は険しいな」

「……」


 そんなカイを何とも微妙な顔で見つめるマオである。

 そして少し離れた場所でカイを哀しげに見つめるミリーナ、ルー、メリッサである。


「えうっ、カイの中で芋煮の意味が変わっていくえう」

「むぅ、しかし仕方ない」

「そうですわ。今のカイ様に必要なのは食べる芋煮ではなく戦う芋煮なのです……私も何を言っているのかさっぱりですが」

「妻達でカイの芋煮を受け継ぐえう」「修行あるのみ」「あの味を守るのです」

「さっそくご飯を作るえう!」「「おーっ!」」


 カイのあったかご飯は妻が守る!

 決意を新たにした三人は鍋を手にダンジョンの外へと駆け出していく。


 主ではない妻達のダンジョンの出入りは自由。

 カイはいいなぁと思いながらそれを見送り、再び鍋に水を注いだ。


「芋煮の道はまだ始まったばかりだ。マオ、まだまだ頼むぞ」

「……」


 そして、マオは何とも面倒な事に巻き込まれたなとため息をつくのである。

 しかしエルネの髭じじいとも渡り合ってきたマオはこの程度では投げはしない。

 二人は芋煮を極めるためにひたすら鍋と格闘し、そして……


「「さっぱりわからん!」」


 そして、敗れ去った。


「スライス芋煮です」「飾り切り芋煮です」「炒め芋煮です」「肉巻き芋煮です」「肉詰め芋煮です」……


 二人の回りには様々な芋煮ズが転がっている。

 カイはマオの指導のもと、たくさんの芋煮を作った。作りまくった。

 炒めた後で煮たりもした。


 しかし手間ほどの差は出ない。

 この手間をかける位なら芋煮で芋海戦術の方がマシな程度の差しか生まれなかったのだ。


「……俺は飯を作ってくるわ。これ以上お前に付き合うと料理人人生が終わる」


 いや、あんた勇者級冒険者だろ。


 カイは心でツッコミを入れながら去っていくマオを見送って、芋煮ズを第二層に送り込んで床にゴロリと寝転んだ。


 徒労は非常に疲れる。

 彼らは強い事は強い。

 しかし手間を考えればやらない方がずっと良い。ツーマンセル芋煮の方が強い程度では作らない方が良い。


 だが、それでは行き詰まる。


 敵は芋煮達の攻略を始めている。

 今は数の応酬だがやがて効率的な手法を確立するだろう。

 芋煮の強化は急務なのだ。


 しかしどうやって……


 カイが悩んでいると、ミリーナ、ルー、メリッサが外から戻ってきた。


「芋煮出来たえう!」「む、今日の芋煮はなかなかの出来」「また一歩カイ様の芋煮に近づきましたわ」


 なぜ、手間暇かけて俺の煮込み過ぎご飯を……

 自慢げにミリーナが差し出す椀を受け取って、匙で芋をすくい食う。


「……うまい」


 これ、本当に俺の芋煮に近付いたのか?


 ほっかほかの芋が口内で崩れ、煮汁の味がじわっと広がり熱旨い。

 カイの味を追求して作られた芋煮はカイの心をじんわり優しく包んでいく。

 驚いて妻達を見ると、妻達はカイの芋煮に近づいたと喜び芋煮を平らげていた。


「近づいた? 俺のよりずっとうまいだろ」


 カイが言うと妻達は胸を張る。


「それは愛情の味えう」「む。妻の芋煮は愛情たくさん」

「カイ様を身も心も満たそうと思う私達の愛が込められているのです。当然ですわ」


 三人の言葉にピンと来るカイ。


「そうか……愛、愛か!」

「「「?」」」


 手間ではなかった。

 愛だ。想いだ。

 彼らに心をどれだけ注ぐかなのだ。


 妻の言葉で見えた新たな芋煮道。

 カイは愛妻芋煮を平らげるとさっそく鍋に水を注ぐ。


 ミリーナ、ルー、メリッサがカイを想う心。

 そしてカイが妻達を想う心。

 それを芋煮に注ぎ込む。


 匙で優しくかき混ぜながら芋煮達の無事を願い、俺は常にお前の味方と芋煮を心で包み込む。


 何やってんだ俺……いかんいかん! 愛だ愛!


 と、時折素に戻っては邪念を断ち切り追い出して、灰汁の泡立つ鍋に揺られる芋煮の健やかな誕生と栄光をカイは願い続け、そして……


「よぅ!」


 てしっ……主の間で転がる芋煮達の前に、生まれたての芋煮が華麗に地に降り立った。


「俺の名は愛芋煮。ぶぎょーの愛が注ぎ込まれた愛の芋煮さ」

「ぶぎょーの愛の芋煮、つまり息子!」「ステキ!」「抱いて!」

「いやー種芋はもうムリだなぁ。俺、芋煮だから」

「「「「芋煮だもんねー」」」」


 わっはっは……


 笑う愛芋煮に転がる芋煮達である。


 見た目の違いはまるで無い。

 しかしマナを見ればわかる。

 その力は桁違いだ。


 がんばれ愛してると心を込めて煮込んだカイの愛がその身に宿り、桁違いの芋煮力を獲得したのだ。


「がんばれ愛芋煮。俺の息子よ」

「ぶぎょー……父さん、行ってきます」

「「「?」」」


 カイと愛芋煮の愛に首を傾げる妻達である。


 カイが煮込んだ愛芋煮。

 その成果はすぐに現れた。

 普通の芋煮とナメた怪物が愛芋煮に撃破されるようになったのである。


 見た目が変わらないのは意外と厄介。

 異界の攻略はしばらく停滞する事だろう。

 まさに愛の勝利である。


 そしてカイは今日も愛に満ちた芋を煮る。


「うちの芋煮可愛い超可愛い」

「カイが、カイが芋煮に浮気してるえう!」

「ぬぐぅ。まさか芋に煮取られるとは」

「カイ様の心は芋に行ってしまわれたのですね……尻から芋を生やさねば!」

「えう!」「むふん!」


 切実なカイの奇行を前に、妻達はまた妙な方向に突っ走るのであった。

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