10-5 芋煮ども、覚悟は良いか!
『ほぅ……まず芋煮をすり潰すか』
「まあ当然ね。誰だって入ったらいきなり爆発なんてゴメンだもの」
大門に輝く無数の瞳にバルナゥとシスティが呟く。
鼠、鳥、それに虫。
大量の小さな生き物が大門から注ぎ込まれてきたのだ。
水と土砂はやがては止まり、ダンジョンに食われるだろう。
しかし生物は違う。
その命が尽きぬ限りダンジョンを這い回るのだ。
数に対するにはやはり数。
そこに秩序はいらない。大義もいらない。
ただ飢えていればよいのだ。
「今度は鼠だーっ」
「「「うわぁー、かじられるーっ!」」」
かじられた芋煮が爆発し、襲い来る鼠達を吹き飛ばす。
しかし倒せるのは周囲の数匹だけ。
次々と大門から流れ込む鼠達は自らの腹を満たさんと芋煮達にかじりつく。
芋煮の爆発が大門から引き離されていく。
押されているのだ。
「へぇー、僕らも次はああしようか」
「あんな群れになる前に駆逐するわよ。餌代がかかるし周囲の農作物の被害もバカにならないもの」
感心するアレクにシスティが呆れる。
既に何万もの鼠が入り込んでいるのに、注ぎ込まれる鼠の勢いはまだ尽きない。
当然だがあれは敵の主戦力ではない。
けしかけられて逃げ込んできた哀れな生贄。
そして本命を隠す囮だ。
「バルナゥ、あなたはどう見る?」
『ふむ……本命はまだまだ先だろうな』
「でしょうね。次は猪か鹿あたりかしら。敵もなかなか大変ね」
『普通は我のような盾を差し向けるものだが来る様子も無し。あの陰湿者め、神同士で話を付けたか』
「なんて迷惑な……」
『神など元々迷惑なもの』
ガァーフゥーッ……バルナゥの口から破滅的なマナがあふれる。
この日のために腹に溜めたマナブレスがもれているのだ。
『だが、神がどうであろうが我らは世界で生きるのみ、運命だろうと抗うのみ』
「そうね。階層が増えたら作戦通りにお願いね」
『無論』
「「「増援でーすっ」」」
「少ない! カイ! 灰汁取りとかいらないから煮込みまくりなさい!」
コロコロと芋煮達がシスティらの脇を転がり、システィがカイに怒鳴る。
増えた芋煮の数、二千。
しかしこの程度ではすぐに削られるだろう。
鼠は今も流れ込み、鳥や虫達も芋煮に取り付き爆発させている。
ダンジョン入り口の大門という絶好の防御点から押しのけられてしまった今、カイが楽しんだオルトランデルの街並みは芋煮と鼠達の残骸であふれて傷つき、激しい爆発に木々は倒れ、豪華に育った建物も崩れてしまっていた。
しかし、想定の内だ。
「カイには悪いけれど、作戦通りね」
『カイが討伐されれば全ては異界に沈むが、生き残ればやがてマナで癒される。生き残れば問題はない』
「システィ、猪が来るよ!」
アレクが叫んだ。
ようやく数を減らし始めた鼠に混じり猪や鹿、狼が大門から駆け込んで来る。
「よけられるーっ」「速すぎるーっ」
鼠より格段に大きな獣達は芋煮には目もくれずに通りを疾走し、城の区画に迫る。
まるで主へと至る道を知っているかのような動きにシスティは空を睨み、瞳をマナに輝かせた。
「あの鳥ね」
システィは杖を上げ、雷の魔撃で鳥を撃ち落とす。
直後、大通りを疾走していた獣達が乱れて止まり、追い付いた芋煮達の爆発に絶命した。
世界も異界も根本は変わらない。
見た目と手続きが違うだけで全てはマナの振る舞いだ。
それが見えれば対処もたやすい。
……が、いかんせん数が多い。
一羽の鳥が導いているのは通りの一部の獣のみ。
他の通りの獣は惑う事なく疾走する。
圧倒的な速度で城壁の通りに達した獣は合流し、塊となって城門に殺到した。
「イガ栗煮、イガ煮、来るわよ!」
「「わかりましたーっ」」
鳥を撃ち落しながらシスティが城門を守る煮物に叫ぶ。
応えるのはカイが実験として煮込んだイガ栗煮、イガ煮だ。
彼らは自らに生えた棘を伸ばし、駆け抜けようとした獣を突き刺した。
キャウッ……
胸を貫かれた鹿が絶命に鳴く。
しかし彼らはもともと煮て食べるものではない。
だから手間のかけようがない。
煮ただけの棘は獣達の重みで根元からぽっきりと折れ、激しく踏まれて潰された。
「蘇生は無理です! 回復を!」「はい!」
ミルトとソフィアが回復魔法で癒すも獣の勢いは止まらない。次第に数を増やした獣は棘をついに圧倒し、城壁内部へと突撃する。
しかし獣たちは城門をくぐりぬけた直後、スパッと首を切り落とされた。
「さすがに獣には負けねぇよ」
「だよねぇ」
勇者アレク・フォーレとマオ・ラースだ。
二人はバルナゥの前に構え、襲い来る獣達をかわしながらするりと首筋に刃を流し、次々と獣を絶命させる。
二人の武器は王国から貸与された魔力を帯びた逸品だ。
ロクな守りを持たない獣にそれを防ぐ手立ては無い。
二人は素振りのような軽さで獣の首を易々と切り落とし、周囲に肉の山を作る。
「これで、ひと段落……っと」
「おう、コップ水飲んどけ」
アレクが狼の首を切り落とし、獣の攻撃が一端終わる。
後に続く獣はイガ栗煮達に食い止められて、内部に到達する気配は無い。
周囲に散らばる敵の遺体もやがてはマナに還り、ダンジョンに吸収されていくだろう。
願って魔石にでもしておこうか……
アレクがそんな事を考えながらコップ水に口をつけた瞬間、周囲の遺体が爆発した。
マオとアレクに骨と肉が殺到する。
至近距離の爆発に二人は動く暇も無い。
しかしまともに受ければ体が砕けるであろう獣の命を賭した攻撃も、全て魔法の壁に阻まれた。
「そう来ると思っていました」
杖を構え呟くのは、ソフィアだ。
「あはは、向こうも爆発だ」
「向こうも爆発、こっちも爆発。爆発祭りだなオイ」
「なりふり構ってられないのはお互い様だね」
「ああ。そしてこの戦い、俺らの勝ちだな」
マオが呟き見つめる画面の先、大門が歪みはじめた。
ダンジョンの階層が増えるのだ。
『本命を投じる前に時間切れだな。異界の者共よ』
それは異界とダンジョンを繋ぐ新たな入り口の創造。
そして異界とオルトランデル大門との断絶。
歪む大門から流れ込む獣は数を次第に減らし、やがてぷっつりと途絶えた。
「バルナゥ!」
『芋煮ども、覚悟は良いか!』
「「「「はい!」」」」
バルナゥは眼前で戦う芋煮に宣言し、溜め込んだマナブレスを吐き出した。
オルトランデルの街を破壊のマナが満たしていく。
カイとミリーナが出会った部屋も、実りに笑った木々も、息抜きに歩いた大通りも全てがマナブレスに覆われていく。
「皆さん、バルナゥの近くに!」
ソフィアの声に皆が駆け寄り、構築した魔法の壁が幾重にも彼らを守る。
主の間にはすでに壁を作ってある。
カイにブレスは届かない。
バルナゥは溜め込んだマナを全て吐き切ると、叫んだ。
『汝ら、カイの為に死ね!』
「「「「ぶぎょーっ!」」」」
バルナゥの瞳がマナに輝き、吐き出したブレスが一気に爆発した。
芋煮達も皆、ブレスに合わせて爆発する。
ダンジョンは閉鎖空間だ。
異界への出口はすでにこの階層には無く、助けがすぐに来る事は無い。
バルナゥのブレスで満たされた階層に炎が荒れ狂い、異界の者は逃げる場もなく巻き込まれていく。
阿鼻叫喚の叫びがオルトランデルに満ち、爆発と炎の中に消えていく。
炎は赤く、煙は黒く。
壊滅したオルトランデルでバルナゥは息を吐き、その有様に瞑目する。
オルトランデルの全ては炎と煙に消えた。
敵はいない。
芋煮もいない。
残るはバルナゥとソフィアの盾に守られた者達のみ。
バルナゥは首を伸ばし、ダンジョンの天に叫んだ。
『汝らの最期、しかと見届けたぞ!』
「そうか……」
芋煮の鍋を前に、システィらに顛末を聞いたカイは一言呟いた。
多くの芋煮が散っていった。
それが仮初の命と知っていても悲しいものだ。
芋煮達は皆、カイのために散っていったのだ。
そして彼らはオルトランデルを守った。
オルトランデルが通常のダンジョンであれば討伐されていたかもしれない。
しかし、オルトランデルはカイの力で構築されたものではない。
この世界の最高神であるベルティアがうっかり力を注ぎ込んだ、いわば『神のお墨付き』のダンジョンだ。
その規模は通常のダンジョンをはるかに上回る。
さらに勇者、そして竜という世界を守る最強の盾。
決して芋煮だけではない。
異界の者達はその規模を見誤ったのだ。
「泣いている場合じゃないわよ。芋煮達はいなくなったけど敵は外にわんさかいるんだからね」
「……ああ、わかってる。ミリーナ、ルー、メリッサ。芋を頼む」
「えう」「水はまかせて」「芋はがんがんお作りいたしますわ。外の者にも頼んでおきます」
システィの言葉にカイは涙を拭き、芋煮をひたすら煮込む。
やがて鍋は煮立ち、縁からひょっこりと芋煮が現れ手を振ってきた。
「「「「ぶぎょー」」」」
「……おう」
ててしっ……
鍋から飛び降りた芋煮達が土下座する。
もはや当たり前になった芋煮の土下座だ。
こいつらも、俺の為に死んでいくのか……
カイが何とも切ない気分になると、芋煮達がはしゃぎだす。
「あー、芋煮になったー」「お前、イガ煮だったもんな」「イモニガーッ」
「以前は一皮剥けていたのですが、今回はただの芋煮だー」
「レベルダウーン」「ひゃーっ!」
「……え?」
カイの回りをころころと転がりながら芋煮が騒ぐ。
皆、憶えている。
唖然とするカイにバルナゥが告げた。
『マナはめぐるもの。故に仮初の命もめぐるものよ」
「まぁ、一度形を持ったものを使い回した方がマナ的にも楽だからね」
あぁ、俺達と同じなんだな……
ベルティアから聞いた話を思い出し、カイは芋煮達を見下ろした。
カイ達の命がめぐるように、芋煮達の命もめぐるのだ。
だから、謝ることも出来る。
カイは転がる芋煮たちを前に土下座した。
「すまんなお前ら。俺のせいで本当にすまん……」
「ぶぎょー?」「ぶぎょー、泣いてるのぶぎょー?」
「ほらほら芋煮タワーですよぶぎょー」「芋煮ビリヤードー」「芋煮組体操ー」
「元気出してぶぎょー」「泣いちゃ嫌ですよぶぎょー」
「うん、うん……」
「もー、ぶぎょーはしょうがないなぁ」「でも、そんなぶぎょーがラブです」
「ありがとう。本当にありがとう……」
芋煮達に励まされるカイである。
その後カイはひたすら芋煮を作り、土下座で謝り、励まされ続けた。
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