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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
10.ダンジョンの中心で、鍋を煮込む。
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10-3 うちの嫁可哀想超可哀想

 カイがオルトランデルごと異界に突き抜けて二日。


 異界と世界の混ざり合いは初期段階の混乱を終えて安定し、ダンジョンの方向性がある程度確定したため世界に戻る事が可能となっていた。


 だから今、主の間にカイ以外の人間はいない。


「持病が治った!」「腰が!」「胃痛が!」「来てよかった!」「まったくだ!」「ありがとう! 本当にありがとう!」「なんと素晴らしい結婚式だ!」

「「「ひゃっほい!」」」


 彼らは異界のマナで様々な願いを獲得し、小躍りしてダンジョンを後にした。

 結婚式の引き出物みたいな扱いである。


 グラハム王とルーキッドは領土を頼むとカイに頭を下げ、公務へ戻っていった。


 異界へ突き抜けるために消費したマナを回収するのにおよそ一ヶ月。

 それまでに討伐されればマナが奪われ、使い道のない荒地だけが残される。


 何としても耐えてくれ……!


 深く頭を下げたルーキッドにこんな事を言われてはカイも逃げる訳にはいかない。収支がプラスになったら逃げますよと腹をくくったカイである。


 アレクとシスティの執事ガスパーは生活用具を取りに戻りますと一度去り、すぐに戻って部下達と共に勇者達の野営地を主の間に設営して去って行った。

 仕事の早い執事である。


「ガスパー、領主との連絡はどうするんだ?」

「ビルヒルトには戦利品カイがおりますので問題はありません」

「……」


 戦利品カイ、カイワンの知らない所で色々こき使われている。

 戦利品も本人もこき使われるカイである。


 ミルトはもう少し様子を見てあげますと、今はソフィアと共に城の区画に陣取っている。

 転がりすぎて痛んだ芋煮の回復を受け持っているらしい。


「痛んだ食材には回復魔法が効くんですよね」


 と、笑うミルトはこんな願いがかなう地でも清貧人生まっしぐらだ。

 芋煮鍋をずらり並べる姿は炊き出しをしているようであった。


 そしてエルフ達も帰してしまった。

 人手は芋煮で足りるからだ。

 カイの鍋で作り放題な芋煮達は今やオルトランデルの住人として大通りを転がり、怪物を討伐している。


 もう大丈夫だとカイが芋の補充だけを頼んで帰したら次の日には芋が山盛り注ぎ込まれ、今もじゃかじゃか増えている。

 律儀なエルフ達であった。


 結婚式に招いた者は全て帰った。

 そしてバルナゥ達は城壁前に陣取っている。

 ミリーナ、ルー、メリッサはご飯を作るとダンジョン外に行っている。

 だから主の間はカイ一人。

 今は静かだ……



「ぶぎょー!」



 ……主の間は今は静かだ。

 静かったら静かなんだ。


 と、カイは自らに言い聞かせて鍋を煮込んでいた。

 今のところまともな芋煮は出来ていない。

 だからご飯も作れない。


 カイのご飯が大好きなミリーナ、ルー、メリッサは涙目半端無い。

 うちの嫁可哀想超可哀想。

 しかしすぐに気を持ちなおし、今こそご飯を作る時と今は料理に悪戦苦闘。

 うちの嫁可愛い超可愛い。


 初の愛妻料理に心躍らせながら芋を煮るカイである。


 妻達も頑張っている。

 俺も頑張って普通の芋煮を作らねば……!


「「ぶぎょーっ!」」

「……」


 カイは黙って鍋に蓋をする。

 また芋に謎の生命が宿ってしまった。失敗である。

 煮込んでも煮込んでも我が芋煮食す事叶わず。


 いらんのだ。

 戦う芋煮はいらんのだ。


 と、念じても生まれて来るのはカイが主であるからだろう。


 食で頭を殴られるかつてのエルフを思い出し、駄犬なんて思ってすまなかったとカイは心の中で土下座した。


 己の身に降りかかって初めてわかるこのひどさ。

 これでもまだカイの方がマシなのだから当時のエルフの切実さは本当に半端無い。イモニガーと叫ぶのも当然のひどさであった。


「やだなぁぶぎょー、無視しないで下さいよぉ」

「うるさい。もう芋手は足りてるんだよ」


 てしっ。


 芋煮鍋から降り立つ芋煮達にカイはぶっきらぼうに答え、大門の映像を見せた。


「見ろ! もう奴ら入ってすらこれないぞ!」

「あらー」


 画面に映るのは砂利のように大門にしきつめられた芋煮である。


 あれを踏むと爆発だ。

 口に入れば爆散だ。

 だから異界の者達は今、手をこまねいている状況だ。


 この惨状に異界の者が付けた名が『イモニガーのオルトランデル』。


 異界の文字や言葉は映像や音として目や耳に届いた際、理解したいという願いに応えて理解できる形に変わる。

 異界のマナが光や音として目や耳に届き世界のマナに変わる際に起こる便利現象だ。


 芋煮達が叫びながら突撃、自爆するためにそのような名が付いたらしい。外に攻める気の無いカイのダンジョンは入り口からオーバーキル半端無いのであった。


「ですが我らは芋煮です。痛みますし腐りますからがんがん作りましょう」

「それもミルト婆さんが何とかしてくれる」

「芋はそこに山積みではありませんか。回復魔法なんて使わず使い潰せば良いのですよぶぎょー」

「芋がもったいないだろ」


 こいつらはどうでも良いが芋はもったいないと思うカイである。

 ミリーナ、ルー、メリッサが芋煮達を見るたび涙目なのはカイの芋煮という理由だけでは決して無い。

 食への執着半端無いエルフは食べ物を粗末にするのを嫌うのだ。


「さすが我らの尊きぶぎょー。この身腐り果てるまで戦いますぞ!」

「そう思うなら食べられる芋煮になってくれよ」

「わかりました! 我ら一同ぶぎょーの血肉となってぶぎょーと共に!」


 芋煮達が椀に転がり入る。


「さあぶぎょー! がぶりと、がぶりと我らを食べて下さい!」


 ちらっ……ちらちらっ……


 椀の中でカイを見上げる芋煮達にカイは呆れ半端無い。


「……ムリ」

「爆発しませんから! 努力しますから!」

「努力しないと爆発するんかい!」


 爆発する芋煮などマリーナでも食べないだろう。

 腹の中で爆発されれば竜とて痛い。

 そして人間やエルフならば死ぬ。

 カイは大きくため息をつくと椀を傾けて芋煮達を転がした。


「んもー、わがままだなぁぶぎょーは」「でもそんなぶぎょーが超大好き」「ラブですわぶぎょー」「がんばって食われます!」「よし行くぞてめえら、イモニガー!」「「「「イモニガー!」」」」


 芋煮達のカイの持ち上げっぷり半端無い。

 この芋煮達はすべてエルトラネ産。ポジティブ思考半端無かった。


「……芋煮が、作れねぇ!」


 芋煮、ぶぎょー、イモニガー、芋煮、ぶぎょー、イモニガー……


 カイは何度も芋煮を作っては失敗して送り出すを繰り返し、大門の芋煮面積が二倍になった頃に文字通り匙を投げた。


 ダメだこれ。絶対に作れん。


 他の者には作れてもカイには絶対作れない。

 祝福とは名ばかりのひどい呪いである。


 カイが芋の山を見上げ、空中に映る砂利のような芋煮達の映像を見上げてため息をつく。


 収支をチャラにして戻ったらただの芋に戻ってくれよと未来に不安を感じた頃、ミリーナ達がダンジョンの外から戻ってきた。


「ご飯出来たえう!」「作った。がっつり作った愛妻芋煮」「この私が丹精込めて育てた芋で作った芋煮、冷めないうちに頂きましょう」


 ミリーナ、ルー、メリッサが鍋をどどんとカイの前に置く。


 カイが蓋を開けば湯気があふれる普通でまともな芋煮である。

 あまりに当たり前の芋煮鍋にカイはポロリと涙を流した。


「あぁ……」


 これが初めて会った時のミリーナの気持ちか……


 と、カイは芋煮に土下座する。


「カイ、何してるえう?」「む。土下座しなくても大丈夫」「そうですわ。頭突きも必要ありませんわ」

「俺は今、過去の自分に説教してるんだ……」

「えう?」「む?」「はい?」


 当たり前の事が出来る日常に改めて感謝するカイである。


 ルーがよそった芋煮をカイは受け取り、湯気もたわわな芋に匙を入れる。

 ふっくら食べごろの芋は匙をすんなり受け入れ椀の中で砕けていく。

 カイは食べごろサイズとなった芋の一つを匙ですくい、口に入れて噛みしめる。


「うん。うまい」


 普通に美味い。

 というかカイがいつも作っている芋煮よりずっとうまい。

 誰かに聞きながら作ったのだろう、しっかりとした芋煮に仕上がっていた。


「うまいよ、本当にうまいよ」


 カイはバクバク食べながら、初の愛妻料理に舌鼓を打つ。

 が、しかし……


 ミリーナ、ルー、メリッサは椀の芋を一口食べるなり首を傾げた。


「カイの芋煮はもっとこう、味付けも適当だったえう」

「同感。もっと乱雑なぶっこみ感が足りない」

「そうですわね。カイ様の芋煮にはほど遠い味ですわ。精進が足りませんわね」

「いや、そこは真似しなくていい」


 料理の道を逆走しそうな妻達に釘を刺すカイ。

 しかし妻達は首を振る。


「ミリーナはカイの芋煮が大好きえう」「ルーも、ルーも」「カイ様の芋煮をこれからしばらく食べられないと思うと気が狂いそうでござ「「長い」」あうっ……」

「いやいや、そこにこだわる必要ないから」

「嫌えう!」「最重要!」「カイ様の芋煮を目指すのです!」


 カイの制止もスルーである。

 妻達は延々とダメ出しをして、この芋煮は失敗作と断じてぺろりと平らげた。


 うちの嫁可哀想超可哀想……!


 あの時もっとまともな料理を作っておけばと改めて後悔するカイであった。

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