10-2 俺の芋煮が大変な事に!
「ぶぎょー」
数多のつぶらな瞳がまたたく。
「カイぶぎょー」
薄皮一枚の手がヒラヒラ踊る。
芋達は対流に踊りながらカイに「いよぅ」と手を上げてくる。
浮き上がり、カイを見上げ、手をあげ笑い、沈み、また別の芋が浮き上がりカイを見上げて手をあげ笑う鍋の中の小宇宙。
まさにダンジョンの神秘!
あまりの出来事にカイは叫んだ。
「イモニガー!」
「えうっ?」「ぬぐぅ?」「ふんぬっ?」
なんだこれ?
食中毒の不思議表現?
ダンジョンてこんななのか?
当然だがこんな経験はカイの人生に一度も無い。
そして当たり前だが想定外。カイはこんなの願ってない。
カイは一度目をつぶり、目を開いて目を剥き、顔をそらして蓋をした。
「ああっ、ぶぎょー!」「現実逃避しないでーっ」
うるさい。お前らなんか見たくないわ。
カイは叫ぶ芋煮を無視してパタンと鍋に蓋をして、全ての鍋に蓋をする。
「カイ、芋煮がどうしたえう?」
「むむむ、私の芋煮に何か?」
「カイ様、一体何をお騒ぎに……」
しかし、カイはそれで良くても回りはそれでは納得しない。
ミリーナ、ルー、メリッサはカイが蓋した鍋を見て、蓋を取って覗き込む。
「おおっ、奥方様達だ」「ミリーナ様」「ルー様」「メリッサ様ぁ」
「「「……イモニガーッ!」」」
そしてやはりカイと同じように叫んで蓋を閉じた。
「カ、カイ何えうあれ何えう?」「俺が知るか」
「芋煮がよう! って、よう! って……」「やっぱルーも初めて見るのか」
「あぁカイ様さすがですわカイ様芋煮に命を与えるなんてぐぅーへぇへぇーっ」
「メリッサ戻ってこーいっ!」
芋煮が笑って手をあげる。
妻達もさすがにイモニガーだ。
「あのー、そろそろよろしいですか奉行?」
カイ達が慌てている間に鍋のふちまでよじ登ったのだろう。
芋煮がひょいと蓋を開け、カイに話しかけてきた。
蓋と鍋の間で芋煮達のつぶらな瞳がまたたく。
怖い。めっさ怖い。
しかし現実逃避も難しい。
カイは三人に囲まれたまま芋煮に問い返した。
「……なんだ?」
「ああ、やっと我らをお認め頂けたのですね」
いや、認めてなんていないけど。
カイがそう思いながら固まる中、芋煮が鍋からあふれ出す。
ててしてしてしててててしっ……
鍋の縁から吹きこぼれた芋煮が地面に華麗に着地する。
カイが煮込んだ全ての鍋からわらわら湧いた芋煮達はコロコロ転がりカイと妻達の前にずらり並ぶと、皮の足を曲げ土下座した。
「尊き我らの鍋奉行。そして愛しき奥方様。お初にお目にかかります」
この世界、土下座好きだな……イグドラとベルティアの趣味か?
カイはどうでも良い事を考えながら彼らをじっと見下ろした。
芋煮である。
見れば見るほど芋煮である。
湯気が何とも食欲そそる、煮られて食べ頃の芋煮である。
「……芋煮、だよな?」
「はい! 芋煮でございます」
彼らの態度を見るからに、どうやら敵ではないらしい。
そして、もう芋煮でもないらしい……
カイは天を仰いで途方にくれる。
今回の防衛戦において芋煮は超絶重要だからだ。
「「「「「我らの、芋煮がっ……!」」」」」
あああぁああああしめしめしめしめしめ……
そう、エルフ達のテンションだだ下がりである。
芋煮ブーストで盛り上げまくった士気は反動で失神寸前。
もうすぐ異界に突き抜けるというのにガクリと屈する有様に、指揮するソフィアはお手上げだ。
どうしてくれるんですか?
どうしろって言うんですか……
責めるソフィアの視線にカイは視線で返事して、再び芋煮を見やる。
「ぶぎょー」「ぶぎょーっ」「俺達のぶぎょーっ」
芋煮達は空気を読まず、無邪気にぶぎょーと喜び地面を転がりまわっていた。
膝を屈したエルフがカイに言う。
「……カイ殿」
「なんだ?」
「もう一度カイ殿の芋煮を腹一杯食べたかった!」
「我ら異界に倒れても芋煮の味は忘れませぬ。そう、決して!」
「死してカイ殿を困らせるバカ神に文句を言ってやりますぞ!」
あぁあああああしめしめしめしめ……
エルフのあまりの落胆ぶりにカイが叫ぶ。
「ダンジョンから出られれば普通に食べられるから! また収穫祭やるから!」
「「「「本当ですか!?」」」」
「当然だ!」
おぉおおおおおめしめしめしめし……
芋煮一つでとんでもなく悲壮な覚悟を見せるエルフを未来の餌で釣りなおす。
おのれベルティア。
何がしたいんだよあの神。
カイが異界に顕現するからと皆を鼓舞すれば芋煮を封じるこの仕打ち。
まったく迷惑千万であった。
『いつまでも芋煮と遊んでいる場合ではないぞカイ。そろそろ突き抜ける』
ガァーフゥーッ……
そんな流れをぶった切るようにバルナゥがマナを吐く。
カイはバルナゥに聞いた。
「イグドラに異界を顕現させた時のように、まず俺だけが突き抜けるのか?」
『そうならぬよう、我のブレスで一気に世界を広げるつもりだ』
「ありがとう」
カイがイグドラに異界を顕現させた時は、最初は主だけが突き抜けていた。
あれと同じ事が起こったら、異界に現れるのはカイが最初だ。
薬草採集ばかりでロクに戦った事の無いカイが敵中孤立無援。
内心どうしようと思っていたカイも一安心だ。
バルナゥはそんなカイを鼻で笑い、しかし……と続けた。
『これは神の助けによる侵攻ゆえにあの程度にはならぬだろう。このオルトランデルが一気に異界に顕現するくらい、起こっても不思議ではない』
「それは、助かる」
『来るぞ!』
バルナゥの叫びの直後、誰にでもわかる程のマナの奔流が広場を襲った。
世界を突き抜け流れ込んだ、異界のマナの津波だ。
それがカイの、そして皆の願いに触れて世界を変えていく。
広場を囲む木々が輝き、石畳が美しく磨き上げられかまどが据え付けられていく。
異界のマナが世界のマナに変わる時、マナは意思の力で姿を変えるのだ。
その様にシスティが感嘆して叫ぶ。
「すごいわ。これがダンジョンの顕現……!」
世界が異界を食らい、自らの糧にしていく様はまさに壮観。
そしてマナを食らうのは世界だけではない。
人もエルフも同様だ。
「芋煮が!」「おお、芋煮だ!」「芋煮が我らに降臨したぞ!」
「体が軽い!」「病気が治った!」「膝が動く!」
エルフの前にはほかほかの芋煮が現れ、人間達は起きた奇蹟に涙を流す。
願望に異界のマナが応えた結果だ。
味を占めなきゃいいんだがな……
皆の歓声を聞きながらカイは心で呟く。
はじめは激しかったマナの流れは次第にゆるやかになり、やがて一定の流れへと落ち着いていく。
突き抜けた世界が広がりを止めた頃、バルナゥが周囲を見つめて言った。
『やはり、オルトランデルが丸ごと顕現したか』
バルナゥの巨体が動き出す。
敵を迎え撃つためだ。
広範囲に顕現したのならダンジョンの中心で敵を待ちうけるのは悪手だろう。
流れ弾がカイに当たればそれで終わりだ。
「守るのは初めてだけど、まあ異界討伐と変わらないよね」
「願えば地形すら変えられるんだぞ。こっちの土俵な分いつもより楽だわ」
「いつもさんざんですからねぇ。エルフ部隊も前進してください」
アレク、マオ、ソフィアがエルフ部隊と共に進軍を開始する。
ダンジョンは通常敵地であり敵の都合が反映される。
それが逆になれば相当楽になるだろう。
常に死地で戦う勇者達の足取りは軽い。
「カイ、あんたはそこで震えてる人間達を盾にして生き残るのよ」
「えーっ……ひどい事言うなぁ」
「あんたが死んだらみんな終わりなんだから気にせずガンガンやりなさい。後で蘇生してごめんなさいすればいいのよ」
システィは震える人間達を前にずけずけとカイに告げ、アレク達の後に続く。
『私達も行きましょうか』
『まあ、竜だしな』
『とーちゃんのダンジョンより楽ならいいなぁ』
「わふんっ」
マリーナ、ルドワゥ、ビルヌュにエヴァンジェリンも歩き出す。
「では、カイ殿ご武運を」「収穫祭を楽しみにしております!」
「すまない。頼む」
「がんばれー」「がんばってー」「いってらっしゃーい」
「「「カイ殿の芋煮……食べたかったなぁ……」」」
願いで得た芋煮を食べたエルフ部隊の皆もそれぞれカイに頭を下げ、転がり手を振る芋煮達に涙ぐみながら広場を後にする。
最後にカイに挨拶するのは芋煮達である。
「ではぶぎょー、我らも行きます」
「そうか」
「ぶぎょー渾身の芋煮を奴らに食らわせてやります!」
「……そうか。がんばれよ」
「「「「はい!」」」」
それなら普通の芋煮として、エルフ達に食われてやれよ。
もう食べる事の無いだろう芋煮達にカイは適当に頷いて、芋煮達を送り出す。
「我ら芋煮の力をぶぎょーに見せるのだ!」
「ヒャッハー、イモニガーッ!」
「「「イモニガーッ!」」」
芋煮達は雄叫びを上げて広場を転がり出て行った。
後に残るは戦えぬ人間達とエルフの子供達とカイとミリーナ、ルー、メリッサ。
とりあえず、芋を煮込むか……
する事のないカイが鍋に向かうとバルナゥの声が響く。
『カイよ』
「バルナゥか?」
『そうだ。ダンジョンとは異界のマナを願いが食らう世界。故にこのように声を飛ばす事も出来る。願うのだカイよ。汝は主、願えば全てを見通せる。汝が皆を導くのだ』
「わかった」
バルナゥの言う通りにカイは願う。
すると異界のマナが願いにより世界のマナに変わり、カイが願った外の風景が空間に映し出された。
「オルトランデルの大門か」
あれがダンジョンの境界面。入り口なのだろう。
大門から異形の怪物が町の区画になだれ込んでくるのが見えた。
本当に、うちの神がバカですみません……
続々と侵入する彼らに、カイはわずかに頭を下げる。
彼らからすれば突然の災難だろう。
しかし、だからと言って容赦する気は無い。
自分の世界の者達の方が大事だからだ。
世界を奪われる訳にはいかない。
侵略するつもりはないが、侵入する者達に殺される気もなかった。
「バルナゥは……城門か」
空間に映し出された映像を見て、カイが呟く。
オルトランデルは町の区画の中心に城の区画があり、ふたつの区画を城壁がぐるりと隔てている。
カイ達が挙式した樹の教会は城の区画の中心。
もっとも守られた場所にある。
バルナゥとアレク達は城の区画の城門で迎え撃つつもりらしい。
元々防衛用に築かれた場所である。通り道が制限された場所でブレスを放つ作戦のようだ。
頼むぞバルナゥ。アレク、システィ、マオ、ソフィアさん。
そしてエルフの皆……
カイは意識をまた敵に戻し、そして気付く。
「ん?」
地面をコロコロと転がる何かがある。
「なんだあれ?」
「芋煮えう」「む。芋煮」「カイ様がさきほど煮込んだ芋煮ですわ」
カイが視界を近づけてみれば芋煮。
さきほど煮込んだ芋煮である。
芋煮達がコロコロ転がりながら敵に突進しているのである。
『『『イモニガーッ!』』』
あいつらどうするつもりだ?
と、カイが見守る先で芋が跳ね、怪物達の口に自らをねじ込んだ。
「食われたぞオイ!」
「食べられに行ったえう!」「むむむ至れり尽くせり」「自ら食べられるとはさすがカイ様の芋煮ですわ!」
見れば他の芋煮も次々と跳ね、自らを怪物の口にねじ込んでいく。
それならエルフ達に素直に食われてやれよ……
と、映像を見ながら呆れるカイ。
しかしここはダンジョン。
生きる芋煮が普通の芋煮のわけがない。
カイの見つめるその先で、バスンッ……と、異界の者が爆散した。
「爆発したぞ!」
「えうっ!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
芋煮達は入り込んだ異界の者達の口に飛び込んで、爆発して怪物を屠っていく。
怪物達は阿鼻叫喚だ。
芋煮が奴らに何に見えているかは知らないが、口に入って爆発されてはたまったものではないだろう。
『『『イモニガーッ!』』』
芋煮達は雄叫びを上げながら怪物達を倒していく。
強い。めっさ強い。
少なくともカイより強い。
爆発する芋煮は侵入した怪物達をあっという間に大門まで押し返し、やがて完全に駆逐した。
城門ではカイと同じように見ていたのだろう、皆があんぐりと口を開けている。
バルナゥがカイに聞いてきた。
『カイよ……あれは本当に、芋煮か?』
「……俺に聞くな」
あれは食えん。
絶対に食えん。
俺の芋煮が大変な事になったと、カイは頭を抱えるのであった。
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