10-1 カイ、ダンジョンの主となる
ダンジョン。
二つの世界が繋がった際に起こる異常現象だ。
濃密なマナに世界が歪んで別の世界のマナの希薄な部分を突き破り、混ざって奇妙な空間を作る。
奪った異世界のマナがダンジョン主の願いに応え、その姿を変えるのだ。
侵略するダンジョン主の願いがダンジョンの空間と構造を作り、侵略される世界の願いがダンジョン主を討伐できる道筋を作る。
ゆえにダンジョンは互いの世界のどこにも存在せず、そして必ず討伐できるようになっている。
願いが生んだ新たな世界、それがダンジョンなのだ。
「アレク様、システィ様、装備をお持ちしました」
「ありがとうガスパー」
「バルナゥ、この後はどうなるの?」
執事のガスパーが用意した装備を手早く身に付けながら、システィがバルナゥに問う。
アレクとシスティは勇者級冒険者として数多のダンジョンを討伐しているエキスパートだが、ダンジョンの住人側になった事は無い。
人間では世界が沈むほどのマナ密度にならないからだ。
世界を歪ませるにはそれだけのマナが必要であり、異界に突き抜けるにはそれ以上のマナが必要だ。
異界を招き入れる事は出来ても異界を突き抜ける事は人間にはほぼ不可能。
人間から見たダンジョンは常に奪う者の侵略なのだ。
しかし竜ともなれば違う。
新郎の大竜バルナゥは竜峰ヴィラージュのダンジョンの主。
世界を守る盾として生を受けた竜は世界を歪めるほどに強大だ。
システィの問いにバルナゥは瞳をマナに輝かせながら答えた。
『異界の顕現と間逆な事が起こる。それだけの事』
異界の顕現。
世界が歪んで漆黒の闇が現れ、あふれた怪物達が周囲を蹂躙しマナを略奪する。
勇者や軍が突入して戦い、主を討てれば異界との繋がりを断ち切る事が出来る。
討てなければダンジョンはマナを食らって成長し、やがては数万階層を持つバルナゥのダンジョンのようなおそろしく広大なダンジョンが作り上げられる。
つまり……
「最初が肝心、という事ね」
『そうだ。我らは階層が増えるほど楽になり、相手は増えるほど苦しくなる』
ビルヒルト討伐戦においてシスティがすぐに動いたのもこれが理由だ。
新たに層が増えるまでおよそ一週間。
層が増えるほど討伐の難度は上がる。
攻める側も守る側も最初が最も肝心なのだ。
しかしバルナゥはカイを愉快そうに眺め、しれっと解決策を提示した。
『まあ、食われ損でも良いならカイ共々この地から逃げれば良い。主が逃げれば世界を歪める重しが消えて、層が減ってやがては消えて無くなるからな』
「それ「ダメよ!」だ!」
食いついたカイにシスティが怒鳴った。
「あんたねぇ、このオルトランデルにビルヒルトがどれだけ投資したと思っているのよ? あんたが逃げたら全部パーよ」
「いや、命あっての物種だろ」
「ダンジョンを顕現させた罪は王国では死罪よ」
「……それ、今回の場合でも適用されるのか?」
「されないけど、これまで投資した六十五億エンは返してちょうだいね」
「……」「聖銀貨なら六百五十枚ね」「……」
助かっても借金で首が回らないじゃないか……
マナの価値は分からなくとも金の価値は良く分かるカイである。
これが人間というものだ。貨幣経済にどっぷりであった。
「それにあんたが重くて突き抜けてるんだったら、逃げてもどこかで突き抜けるだけじゃない。国土を奪われて泣き寝入りなんてゴメンだわ」
「それは、そうだな……」
ここで逃げてもカイが世界にとって重い事は変わらない。
そこら中で異界に突き抜けまくり、突き抜けた分を食われまくり。
さすがに王国もシスティもカイを見逃してはくれないだろう。
『すまぬカイよ。汝の重しを取り除くにはしばらくかかるゆえ、ここでしばらく踏ん張ってくれい』
「そういう訳よ。最低でも一ヶ月は頑張ってちょうだい」
「くそぅ、このバカ神どもめ……」
『なんで余が!』
神の理不尽さに頭を抱えるカイである。
へなちょこなカイからすれば、死地に一ヶ月居座れというシスティの言葉は死んでくれと言われたようなものだ。
ビルヒルト攻略戦で戦った怪物並なら、カイは一撃で死ぬ確信がある。
あの頃よりは強くなっているだろうがまず間違いなく一撃だ。
コップ水を飲む間も無くカイはベルティアに文句を言いに逝く事になるだろう。
「ま、人生などそんなもんだぞカイ」
カイの肩をばしばし叩いてマオががははと笑う。
マオはすでに装備を整え臨戦態勢。
数え切れない程の死地を越えて来た王国の勇者はこんな場でもあまり変わらない。
「そうよカイ。それをいかに切り抜けるかが人生ってもんよ」
「カイなら絶対大丈夫だよ。だってカイだから」
すぐにアレクとシスティがそれに並ぶ。
「そうですね。大勢のエルフに勇者に竜。こんな布陣は望んで得られるものではありません」
ソフィアはエルフ達の部隊編成を整えて魔法による防壁の構築を始めている。
『そうだな。逃げてもどうせ突き抜けるのなら、ここで踏ん張るべきだろう』
「ほっほっほ。カイ殿の受難ならばエルネは全力で戦いますぞ」
「ボルクも同じく」
「エルトラネもカイ様のためならどんな狂気も受け入れましょう」
「「「すぺっきゃほーっ!」」」
「ホルツも同様だ。カイ」
竜とエルフも準備万端。
バルナゥはソフィアの指揮するエルフ部隊の中央に陣取り、マナブレスをぶちかます構えを取る。
周囲を固めるエルフの皆も異界のマナを睨み、瞳をマナに輝かせていた。
皆、この運命を受け入れ全力を尽くして戦おうとしているのだ。
「カイはご飯を作るえう。ご飯だけ作っていればいいえう」
「む、カイはへなちょこだからご飯ご飯」
「そうですわ。出来る事と出来ない事はきっちり切り分け出来ない事は出来る者にぶん投げる。それがカイ様の素晴らしい所「「長い」」あうっ……」
そしてカイを囲むミリーナ、ルー、メリッサも自分に出来る事を精一杯頑張っている。
ほかの誰のためでもない。
皆、カイのために戦おうとしている。
「そうだな。人生なんてそんなもの……か」
なら、俺も自分に出来る事をしないとな。
「お前達、そこらへんの石を組んでかまどを作ってくれないか?」
「「「あったかご飯?」」」
「そうだ」
「「「わぁい!」」」
カイは戦いに参加しないエルフの子供達に頼んで崩れた教会の石でかまどを作ってもらい、いつもの鍋をドンと据え付けた。
「ルー、水」
「むふん。カイはそうでなくては」
ルーが微笑み水を注ぐ。
水を満たした鍋にカイは芋や肉をいつものようにぶっこみ火を点ける。
「ありがとう。どんどん煮込むから、かまどをもっと作ってくれ」
「「「わぁい!」」」
カイはエルフの子供達にかまどをもっと作ってくれと頼むと、カイ達を守るエルフに叫ぶ。
「皆、すまない! その代わり芋煮はまかせろ!」
おおぉおおおめしめしめしめし……
エルフの皆が歓喜に叫ぶ。
食への執着半端無いブースト。
エルフの皆は芋煮欲しさに力を振るい、必ず生きて芋煮にありつくだろう。
カイに出来るのはこのくらいだ。
芋を煮込め。煮込んで煮込んで煮込みまくれ……
カイはエルフの子供達が準備したかまどに鍋を据え、芋と肉をぶっこみ火を点ける。
そして火の番をしながら背後で恐れ震える人間達をちらり見た。
王国の貴族や商人、システィが各地から招いた多くの料理人と使用人。
彼らに出来る事は動かない事。戦う皆に大人しく守られる事だ。
「建国竜アーテルベ様がいらっしゃるのだ。なにも心配する事はない」
優秀な魔法使いの家系の長であるグラハム王は魔法の杖を構えてはいたが、前線に立つ事は無い。
ありがたい事である。
こんなアホな事で国王に何かあったら土下座ではすまない。
ダンジョンが安定し、世界に戻れるようになり次第無事に戻って頂かなければならないのだ。
安全な場所で己の身だけをしっかり守って下さい。
カイはそう願いながら鍋を煮込む。
……ぶぎょー……
「バルナゥ、招待した皆が世界に戻れるようになるまでどのくらいかかる?」
『繋がりが安定するには丸一日はかかる。しかし汝は逃げられぬぞカイ』
「それは仕方無い。しばらくは守ってくれよ?」
『無論』
グツグツと鍋が音を立て、灰汁が泡となって鍋からあふれる。
カイは煮込む。ひたすら煮込む。
「ぶぎょー」
「?」
先ほどから何か妙な音がするな……
カイは首を傾げて鍋の中を覗き込み、叫んだ。
「……うわっ!」
「ぶぎょー!」「ぶぎょー!」「カイぶぎょー!」
カイが目を剥く視線の先で……
鍋で煮られた芋達が、よう! と手をあげ笑っていた。
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