表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
2.ダークエルフはほだ木さん
11/355

2-4 勇者。それは世界に認められた者達

 そこは、巨大な空間だった。

 整形された石で組まれた壁と床は滑らかで隙間無く、幾つもの大きな柱がドーム状の天井を支えている。

 明らかな人工建造物だ。

 しかし誰が、いつ、何のために作ったのか……それらの答えは無い。

 強いて言うなら誰でも無く目的も無い、が正しいのだろうか。

 高度な技術と膨大な時間と労力が必要と思われるこの空間は、突如この世界にもたらされた異質な『何か』だ。

 そんな不可解な空間で、戦う者達がいた。


『地を這う虫ごときが我に挑むなど笑止!』


 巨人が吼え、周囲の空気を震わせた。

 身の丈は十メートルほど。

 全身を煌く金属の鎧で固めたそれが輝く剣を振り下ろす。

 その剣筋は鋭く正確。

 仰ぐほどの天から落とされた破壊の意思は巨人に対峙し斧を構えた一人の男に向けられたものだ。

 体格差は圧倒的。

 しかし男は斧を頭上に掲げ、その輝く剣を刃で受けた。

 閃光、轟音、突風、粉塵……衝突があらゆる現象に変化して周囲に混乱をまき散らす。


「……きっつーっ」


 圧倒的な差にも関わらず、その男の斧は輝く剣を受け止めていた。

 しかし決して無傷ではない。

 男の鎧から血が滴り落ちて地に染みを作っていく。

 腕、胴、足……全ての部位から滴るそれは男が尋常ではない打撃を受けた事を意味していた。

 それでも潰れないのは男を包む慈愛の光と剣筋をなぞるように煌く砕けたマナの輝きがあるからだ。

 それは男の力ではない。剣を受けた男の二十メートルほど後ろに杖を構える二人の女性によるものだ。


「マオさん、まず防壁を。次に回復をかけます」

「戦士バカ、生きてるならそのまま抑えておきなさい」

「おう!」


 斧で剣を受け止めたマオはそのままの姿勢で答えた。


『ぬ……!』

「まあゆっくりしてけや。でかいの」


 離れた位置に溢れるマナの流れを感じたのだろう、巨人が視線をマオの背後に移した。

 しかしそこから先の巨人の動きは受け止められた剣によって封じられる。

 輝く剣に虚空から伸びた樹木が這い上がり、絡み付いていたのだ。

 マオの持つ聖斧グリンローエン・マーカスの特殊能力、世界樹の檻。

 それは世界樹の守りと同じように攻撃を受ける事で発動し、攻撃者を捕縛、拘束する。

 伸びた樹木は指に絡まり、腕を縛り、首を絞め、足を地に縫い付ける。

 しかしそれは一瞬。

 巨人はすぐに自らにかけられた拘束を破り、全てを粉々に砕いた。

 自由を得た巨人は剣を構え、マナの流れの集まる背後の二人へと輝く剣を伸ばしていく。

 それはずるいぞとマオが驚愕の表情で見上げる輝く剣の先、しかし二人の女性は一瞬の拘束で準備を整えていた。


「壁!」

「……劫火!」


 杖を構えた二人が叫び、魔法が発動した。

 巨人が伸ばした剣を何重もの樹木の壁が砕けながら受けていく。

 聖女ソフィアの壁の魔法、世界樹の守り。

 彼女が使える防御魔法の中では強いものではないが、彼女の持つ無骨な杖……戦槌に限りなく近いが……の素材の力により即時にいくらでも展開する事ができる。

 薄い紙も一枚では弱いが百枚になればそれなりに強い。ソフィアは強力な一枚の盾より無数でそれなりの盾を選択したのだ。

 皆を守る力を温存するために冷静に観察し、最低限の力で目的を達成する。

 それが回復者の役割だ。

 勢いを殺されながら最後まで貫いた剣の先は、一拍の間をおいて発動したもう一人の魔撃が受け止めた。

 王女システィの火の魔撃だ。

 突き出された長い杖から発した火の塊が剣を飲み込んでいく。

 劫火……全てを焼き尽くす火に剣が燃やされているのだ。


「伸ばした分薄いから、よく燃えるわね」


 システィは不敵に笑う。

 劫火と剣が争う先ではマオが巨人の足に聖斧で斬りつけている。

 ここに到達するまでに遭遇した全てを一撃で屠った聖斧も巨人の鎧を傷つける程度だ。

 あれは強い、ここの主ね。

 システィは魔撃を操りながら結論付ける。

 王女として他国の侵略は許さない。

 当然異界も許さない。

 虫食いのように生まれる異界、ダンジョンを放置しておく事は決して許されない。

 国土を食われる前に速やかに排除する。

 それが王女の、そして王国が育て世界が認めた勇者級冒険者の務めだ。

 システィは膨大な魔撃を制御し自らの望む戦況を作り上げる。そして相手の手を丹念に潰して選択肢を減らしていくのがこのパーティでの役割。

 そして選択肢をもぎ取った後のとどめは彼の仕事だ。

 システィはようやく背後に現れた、本当の勇者に声をかけた。


「手間取ったわね、アレク!」

「すまない、吸い尽くすのに時間がかかってね。一匹残らず仕留めてきた」

「外に逃げられると面倒だし仕方ないわ。主の始末はまかせたわよ」

「仰せのままに、システィ」


 下がる三人と入れ替わり、剣も抜かずにのんびりと勇者アレク・フォーレは歩き出す。

 激しい戦いの中に身を投じる姿ではない。

 その気の抜けた姿に何を感じたのか、巨人は劫火に食われた剣を捨て拳を構えた。


『場にそぐわぬ者よ、死ね!』

「死?」


 巨人が拳を振り下ろす。

 静かに、アレクは鞘から剣を解き放った。


「そんなものはもう、慣れた」


 解き放たれた剣の周囲が、漆黒の闇に染まる。

 聖剣グリンローエン・リーナス。刀身がマナを吸収し続ける王家の宝物の一つだ。

 アレクは解き放ったそれを構え、拳を迎撃する。

 はるかな頭上から振り下ろされる巨人の拳が刀身に触れ、そして消失した。

 マナとして刀身に吸収されたのだ。

 全ての物はマナであり、物質も力も光もマナが変換された姿である。

 故にこの聖剣で斬れないものは無い。触れた部分をマナとして吸収してしまうからだ。


『ぬぐああぁああ!』


 鎧を食われ、指を食われ、腕を食われ、肘まで食われた巨人が叫ぶ。


「この聖剣は厄介だから、すぐに終わりにするよ」


 聖剣に吸い込まれる空気の流れの中、アレクが静かに告げた。

 全てをマナにして吸収する聖剣は触れた空気もマナに変える。

 能力を抑制する鞘に納めない限り全てを呑み込み続けるのだ。

 アレクが静かに前に出る。

 その動きに巨人がおののき、大きく退いた。

 もはや退くしかない。聖剣の刃に触れるだけで何もかもがマナにされて吸い込まれるからだ。

 どれだけ強い攻撃もマナに変わった時点でただのマナだ。意思や意味が剥ぎとられ、存在するだけの存在に成り下がるのだ。

 アレクは静かに、巨人を追い詰めた。


「マナに、還れ」

『ぐ……!』


 跳躍、そして一閃。

 聖剣が巨人を走り、剣筋をマナに変える。

 巨体が崩れていく。

 勇者の勝利だ。アレクは注意深く聖剣を鞘に封じた。


「よし!」

「やりました」

「アレクは離れて!」

「えーっ」


 マオ、ソフィア、システィがアレクを押しのけ、倒した巨人の前に立つ。

 そして輝き始めた巨体を前に祈り始めた。


「すげえ武器くれすげえ武器!」

「この世界に安寧と祝福を」

「王国の繁栄を」


 口々に呟き、一心不乱に祈り続ける。

 異界のマナがこの世界のマナに変わる過程で願うとそのようにマナが変換される。

 討伐の戦利品だ。

 変換される異界のマナが多いほど、強力な怪物ほど強い何かを残す。

 特にダンジョンの主の残す物品は強力であり、冒険の助けとなる事が多い。

 だから三人は一心不乱に願っていた。

 マナが輝き、願いに姿を変えていく。

 その後に残るのは小さな赤い宝石の煌く美しい指輪だ。


「武器、じゃないな」

「あ、何か文字が書いてありますよ? えーと……二人はいつまでも共に。システィ・グリンローエンへの愛を込めて。アレク・フォーレ」

「ギャーッ!」

「おい姫さん、願望だだ漏れだぞ」

「ああ、恥ずかしい。こんな恥ずかしい物が宝物庫で代々晒されるなんて……」

「本当に貰った指輪『ではない』ところが痛いところですね」

「言わないで! ま、まあきっとすごい能力が秘められているはずよ。うん」

「いや呪いだろこれ」

「黙れ」


 戦利品を前に三人が騒ぐ。

 それをやや遠くから眺めていたアレクは、穏やかに声をかけた。


「ねぇ、たまには僕にも願わせてよ」

「「「だめ」」」


 三人がぴしゃりと拒否した。


「お前何人カイとやらを作るつもりだ」

「宝物庫の小間使いはもういらないわよ」

「さすがにもうカイさんは……ねぇ」


 青銅級冒険者カイ・ウェルス。

 本人の知らない所で有名人になっていた。


「本人にはなかなか会えないのに……そろそろ帰還の時だね、また後で」

「ちゃんと逃げるのよアレク!」


 三人の体に集まるマナが燐光を発し始めるのを背に、アレクが走り出した。

 これはダンジョン崩壊の前兆現象だ。

 主を排除した事でダンジョンという異界のマナが世界に吸収される際、元の世界に存在した入り口まで戻される。

 異常な空間が正常な世界に変わる際、元々正常なものは先に世界に戻されるのだ。

 だが、これはアレクには適用されない。

 聖剣の能力のせいだ。全てをマナにしてしまうこの剣は崩壊の際の排除の力も吸い込んでしまう。鞘に納めていても能力が完全に抑えられる訳ではないのだ。

 逃げ遅れると石の中に埋め込まれたり、空を飛んでいたりする。

 強力無比の聖剣は戦い以外ではすこぶる厄介なのであった。


「うわぁ……」


 アレクは崩壊していくダンジョンを駆け、跳び、聖剣で血路を開き、逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 入り口を抜け外に駆け出る。もう慣れたものだ。

 しばらくするとダンジョンがその姿を歪め、そして消えていった。

 ダンジョンを構成していた異界のマナがこの世界のマナとなり、地が正常化されたのだ。


「これでこの地はしばらく安泰だな」


 巨大な聖斧を肩にかけ、マオが言った。

 世界は通常、万物を流れるマナによって世界を支えている。

 マナとは物質であり、力であり、光でもある。

 空間にマナが満ちる事で世界は空間を維持し、世界を存在させているのだ。

 ダンジョンとはマナを失った地が異界の圧力に負け侵食を許す異常現象だ。法則の違う世界同士の混ざり合いにより理屈に合わない空間が形成され、そこから異形の怪物が湧き出し世界を食っていく。

 例えるなら世界に突き刺された管のようなものだろう。排除しなければいつかは世界が吸い尽くされてしまうのだ。

 それを防ぐことこそが特殊階級冒険者、勇者級冒険者の務めだ。

 最強の武器を手に、世界の安寧を託された者達。

 彼等の持つ全ての武具はグリンローエン王家からの貸与品だ。本来なら宝物庫に厳重に保管される武具は勇者に託され、世界を危機から守る。

 聖剣や聖斧の頭にグリンローエンと冠されているのはそれを所有している証であった。


「しかしなぜこのような場所にダンジョンが……ただの農村でしたのに」

「エルフだろ」


 ソフィアの疑問にマオが答えた。


「農産物の生産量がありえない程増加していた。正当な取引の何十倍もの量が裏取引で流通していたらしい。誰かがエルフを利用しやがったのさ」

「また面倒な事を」

「欲望には限りがありませんから。困った事です」


 エルフ。

 全てを食らう暴食と呼ばれる種族。

 その力は一夜にして都市を森に沈めるほど強烈である。

 樹齢百年は下らないであろう樹木がたった一日で乱立する……そのような事は通常あり得ない。年月を短縮した分、空間を維持するマナが消費されているのだ。


「でもエルフが住む森には怪物が現れる程度で、ダンジョンはほとんど無いよね」

「エルフは持ち出さないからな。ま、調査は王国の役人に任せて俺らは英気を養おう!」


 マオがバンザイと手を上げて自由の日々に思いを馳せる。

 王国承認の冒険者である勇者級冒険者は王国の指示に従い冒険を行う王国組織の一部署という扱いとなっている。調査、補給、護衛、交渉など補助的な活動の一切はその部署に属する役人の仕事だ。

 つまり次の指示が決まるまでは待機、休暇という事になる。

 アレクら勇者一行はしばらくこの付近に滞在し、問題解決までの武力を担当する予定だ。


「このあたりだとランデルですか」

「しょぼい町よね」

「まー酒が飲めればいいや。しょぼい町でも」

「僕の出身地をそんな風に言わないでくれよ」

「そういえば里帰りでしたね」

「まあね」


 ここはビルヒルト伯領の外れであるため、隣のランデルの方が領都ビルヒルトより近い。

 アレクらは役人が用意した馬車に乗り、出発した。

 ここまでは馬に回復と強化魔法をかけまくった強行軍だったがここからはのんびりだ。

 走り出した馬車は淡々と道を行く。

 畑を抜け、草原を抜け、山を越え……やがて見晴らしの良い場所から見える木と土の塀に囲まれた小さな町に、アレクは微笑んだ。


「久しぶりに会いにきたよ。カイ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
[一言] 駄犬集団だけじゃなくアレクもか…。 人たらしですね(笑) カイって人との距離感を絶妙なレベルで取れてそうですね。
[良い点] 面白い!もっと早く出会いたかった! [気になる点] 勇者の重たい感情はいったい? [一言] なるほど、エルフを利用しすぎると世界がやばくなるから要討伐対象にしてる面もあるのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ