9-16 緑彩る教会で(3)
「ビルヒルト領主、勇者アレク・フォーレ伯爵。その妻システィ・フォーレ!」
声が、懇談にざわめく広場を静寂に変えた。
皆の視線が広場の入り口へ、参道の始まる巨樹の門へと集まる。
やがて皆が注目する巨樹の門から、一組の男女が現れた。
ビルヒルト領主、勇者アレク・フォーレ伯爵。
そしてその妻、システィ・フォーレだ。
おぉ……人間の参列者が感嘆の声を漏らす。
システィは目にも鮮やかな赤いドレス。
色を合わせたアレクはきらびやかな装飾を付けつつも、落ち着いた赤い服だ。
王都で盛大に挙式した二人の今回の役割は、人間とエルフを引き合わせる事。
いわば「呼び水」。
王国のしかるべき地位の者、これからエルフと関わるだろう者達をシスティはこの場に招待している。
エルフが怪物ではなく神の祝福と竜の庇護を受けた隣人という事を示し、決して侮らないようにと釘を刺すためだ。
そのための客寄せパンダ。
それが二人の今回の挙式だ。
「まぁ、バルナゥがいるから必要無かったとは思うけれどね」
「そんな事無いよ。システィ綺麗だよ」
「ウフフありがと。アレクもステキよ」
システィとアレクは共に歩みながら笑う。
ある程度の身分の者を招くにはそれなりの身分が必要だ。
王国全土にその名を知られた王女システィと勇者アレクがいなければここまでは集まらなかっただろう。
バルナゥは建国竜アーテルベとは名乗らないからだ。
「聖樹教聖女ソフィア・ライナスティ。その夫大竜バルナゥ・ライナスティ!」
のっし……のっし……
おぉおお……またも人間の参列者がざわめく。
恐怖の混ざったざわめきは現れた巨体に向けられたものだ。
体長二十メートル超。
銀の鱗を木漏れ日に輝かせながら歩くそれは人には討てない存在に戻った竜だ。
今は失われた世界樹の武器でのみ討伐できる圧倒的存在が自分のすぐそばを歩いている……
これに恐怖しない人間は参列者の中にはいない。
バルナゥが王国の祖、建国竜アーテルベと知っていてもだ。
人々は大竜という名の通りの巨体に震え、その背に立つ花嫁に驚愕する。
聖樹教聖女ソフィア・ライナスティ。
聖樹教聖女の礼服をまとった彼女がルドワゥとビルヌュと共にバルナゥに乗り、参道を進んでいるのだ。
その姿は竜を従えた建国王ガガ・グリンローエンのごとく……
人々はソフィアに感嘆し、聖樹教の復活をその姿に見る。
聖樹が去り聖都ミズガルズを異界に食われた聖樹教の今の立場は危険だ。
人々は聖樹の絶対的な力に頭を垂れていたが横暴に腹を据えかねてもいた。
この婚礼は力を失った聖樹教への復讐に待ったをかけるものだ。
新たな庇護者を得た新たな聖樹教の存在を知らしめ、過度の断罪を戒める。
ソフィアもシスティと同じ呼び水なのだ。
「すみません。こんな茶番に」
『茶番はあるまい、我とソフィアの結婚式だぞ』
「そうですね。私とバルナゥの祝いの場、しっかりと楽しみましょう」
『うむ』
ガァーフゥーッ……
首筋を撫でるソフィアの指に鼻息荒いバルナゥである。
「……婿になっていたのかバルナゥ」
『私はマリーナ・ライナスティだったのですねぇ』
そして初めて知ったバルナゥと自分の姓に驚くカイと幼竜マリーナである。
ソフィアを背に乗せ歩くバルナゥは得意げだ。
きっと名前にソフィアと同じ部分がある事が嬉しいのだろう。
完全に尻に敷かれた竜であった。
「アーの族、エルネの里のミリーナ・ウェルス。
ダーの族、ボルクの里のルー・ウェルス。
ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ウェルス」
一拍の間。そして……
「その夫カイ・ウェルス!」
おぉおおおおおおめしめしめしめし……
広場に割れんばかりのエルフの歓声が響き渡り、人間達が驚愕する。
「な、なんだこの歓声は?」
人々は理由を求めて参道を睨み、現れた者達の姿に納得する。
現れた花嫁がエルフだったからだ。
そして納得すると同時に三人の美しさに心を奪われる。
飾り気も無い、身体の線にスッと流れて控えめに裾を広げただけの純白のウェディングドレス。
しかし目が離せないほど美しい。
そして歓声を上げたエルフ達も人間達と同じように三人に心を奪われる。
身だしなみは二の次だったエルフ達はこの場もいつもの服であり、特に化粧もしていない。
しかし現れた花嫁達の何と美しいことか……!
呪いで衰退させられたエルフが新たな世界に一歩踏み出した瞬間である。
三人を見た彼らは自分の姿を見て、回りの同胞を見て、再び三人に視線を戻す。
その頬に浮かぶ紅潮はわずかな羞恥と大いなる興奮だ。
自分もあんな風になりたい。
いや、なれるのだ。あの三人のような凛として美しいエルフに。
エルフ達は羨望と決意を胸に三人を見つめ、後に続くであろう者を歓声を上げて待つ。
人間達はエルフの歓声を同族に向けたものと思っていたが、実際はその後に続く者に向けられたものだ。
彼らを導くあったかご飯の人に向けられた感謝と崇拝の叫びの中、彼らが求めるその者が現れた。
おぉおおおおおめしめしめしめし……!
広場を震わせるほどの歓声が響く。
「カイ殿!」「カイ様!」「我らのあったかご飯の人!」「るるぴっぱぽー!」
カイ・ウェルス。
ビルヒルトに導かれたエルフの誰もが、はじめは首を傾げた名だ。
しかし彼らはもう首を傾げない。
里を追われたエルフ達をこの地へと、そしてアトランチスへと導くあったかご飯の人と知っているから。
「なんか知らない男が出てきたな」
そして、人間達は首を傾げる。
彼らはカイ・ウェルスという名など知らない。
誰だと周囲に聞き冒険者と知ると何とも複雑な顔でカイを見つめ、そしてまた首を傾げる。
「あれ? なんか見たことあるぞ?」
「うちの領にあんな商人がいたような」「うちにもあんな下級役人が」「ギルドの受付が」「宿屋の従業員が」「馬屋番が」「門番が」……
皆はひそひそと呟き、もう一度カイを見てまあいいかと息を吐く。
「「「「ありふれた顔の男だからなぁ」」」」
皆、これで納得である。
確かにカイはどこにでもいる普通の冒険者だった。
しかしカイには良く分かる。
これはアレだ。奴の仕業だ。
シ・ス・ティーッ。
カイが瞳に力を込める。
先ほどから聞こえる見たことある顔の男はおそらく戦利品カイ達だ。
カイもすでに数えるのをやめた戦利品カイ達をシスティがいいように扱っているのである。
まあ多少の変装はしているだろう。そうでなかったら今頃大騒ぎだ。
人間の参列者達の話が聞こえていたのだろう。
カイが睨む視線の先、バルナゥの向こうにちらり見えるシスティが目力でカイに言う。
あんな便利な奴らを使わない為政者がいたらバカよ。ブァカよ!
ごもっともですよ全くその通りですよ!
どうやらそこら中で諜報活動をしているらしい。
ランデルとビルヒルト領の外に出るときは、人間の街に気を付けよう。
そう心に決めるカイである。
「カイ、エルネの皆が祝福してるえう」
「ボルクの皆も祝福してる」
「すみません、ピーの歓声がすみません。興奮のあまり失神したみたいで……」
「ははは」
カイは笑い、参道を歩く。
歓声を上げるエルフは皆、カイと関わった者達だ。
エルネ、ボルク、エルトラネ、ホルツ、カイが導いた放浪エルフの者達……
アトランチスに渡った者達も今回の式には皆、出席してくれている。
そして祝ってくれている。
アトランチスは今、誰もいないが何かあればイグドラが騒ぐだろう。
そのイグドラも神の世界で祝ってくれているだろう。
『当然じゃ』
ありがとう、みんな。
本当にありがとう。
これがカイがミリーナ達と出会い、織り成したカイの物語だ。
人種を超え、世界すら超えたカイの縁だ。
カイ達は皆の歓声の中、参道をゆっくりと進む。
皆が進む先は巨樹の洞。
かつてのオルトランデル教会に生を受けた緑の信徒がイグドラの力を借り、石の枷を突き崩した樹の聖堂だ。
その中にはカイ達の家族が、そして世話になった者達が今や遅しと待っている。
カイ達は誓いを。
広場の皆には豊かな食を。
カイ達は静かに口を開く洞を潜り、誓いの場へと進む。
おぉおおおおめしめしめしめしめしめし……
背後では料理が運び込まれてきたのだろう、エルフがやたらと騒いでいた。
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