9-15 緑彩る教会で(2)
「綺麗ですね」「……本当に」
オルトランデル教会、新婦控え室。
新婦のシスティ・フォーレとソフィア・ライナスティはため息をついた。
二人の視線の先には三人のエルフがいる。
ミリーナ、ルー、メリッサ。
皆、新郎の一人であるカイ・ウェルスの妻である。
三人が身にまとうのはシンプルな純白のドレスだ。
飾りも裾のふくらみも最小限の身体を包んだだけのドレス。
三人はオルトランデルに再設置した風呂で湯浴みして、ほんのり紅潮した肌に軽く化粧を乗せて髪に軽く櫛を通しただけ。
いつもとそんなに変わらない。
そんな三人なのにため息が出るほど美しい。
システィの横では職人が申し訳ありませんと深く頭を下げていた。
「衣装も化粧も彼女達の美しさの妨げとしか感じられず、このような簡素な装いとなってしまいました」
「……そうね。ありがとう」
「失礼いたします」
うん、いらない。
こいつらには化粧も着飾りも必要ないわ。
と、システィは再びため息をついた。
システィとソフィアが化粧して着飾ってもひと目でわかる美の違い。
これがエルフか。これが祝福の力かと何とも複雑な気分のシスティとソフィアである。
三人がご飯のために奇行に走る姿を見ていればなおさらだ。
鍋に土下座し、飴に土下座し、キノコを生やし、絶叫して踊る……これらの行為に慣れたシスティとソフィアに三人の今の姿はあまりにも衝撃的であった。
「二人とも綺麗えう!」「むむむ驚嘆。ミリーナもメリッサも綺麗」
「ルーもミリーナも綺麗ですわ。びっくりですわ!」
ミリーナ、ルー、メリッサも自らの変わり様に驚いている。
身だしなみよりもご飯。
それが世界樹に呪われたエルフ。
化粧も婚礼の際にわずかに行うだけ。
念入りに行う髪の手入れはご飯の都合。身体はさっと洗うだけ。
世界樹の守りで寒さに凍える事も無いため服も適当。家も適当。
それがこれまでのエルフ。
食への執着は半端無いが他は全て適当だ。
呪いはエルフから根こそぎ文化を奪い去り、ご飯の為だけに生きる存在に変えてしまっていたのだ。
しかし三人のこの反応……
システィは心の中でピンと来る。
エルフの受難の時代は終わった。
これからはご飯にそこまで執着する必要は無い。
身だしなみにも気を使うだろう。ご飯の味にもこだわるだろう。
これからはきっとそうなる。
世話になっているルーキッドはエルフ関連で常に頭を悩ませている。
少しは恩を返さなければと、システィは三人に声をかけた。
「綺麗よ三人とも。見違えちゃった」
「えぅ、そうえうか」「むむむ」「ありがとうございます」
頬を赤らめてはにかむミリーナ、ルー、メリッサ。
三人もまんざらでも無いようである。
これはいけるとシスティは思い、さらに一歩踏み込んだ。
「カイもきっと惚れ直すわよ。こんな綺麗な妻といつも一緒にいられたら夫として鼻が高いでしょうね。カイの心をわし掴みよ」
「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」
爆釣である。食い付き抜群である。
「カイの心をわし掴みえう」「ぬぐぅ、素晴らしい」「オシャレ、これからはオシャレがカイ様の心を掴むのですね……ふんぬぅ!」「オシャレと言えばメリッサえう」「むむむイグドラの言葉が嘘から真実に」「それですわ! 圧倒的ネームバリューを利用するのです!」
三人はえうぬぐふんぬと相談しながらしばらく唸り、やがてメリッサがシスティの前に一歩進み出た。
「私、やりますわ! エルフのオシャレの人と名を馳せた私がオシャレでカイ様を常に喜ばせる妻になってみせます!」
エルフのオシャレの人、爆誕。
髪形セットもお肌ケアも回復魔法ですべて解決。
回復魔法をオシャレに使う元祖がここに誕生したのである。
「がんばって、メリッサ」「はい!」
「えう……」「ぬぐぅ……」
システィはメリッサの肩を叩いて激励すると、少し不満げなミリーナとルーに次の餌を投げ込んだ。
「あとは美味しい食事で胃袋を掴めば完璧ね。私もアレクとのデートの為に美味しい店を探したものよ」
当時はアレクを連れ回していただけだが細かい事は気にしない。
後で恋仲となり結ばれればそれもデートなのである。
「やる!」
まさに入れ食い。今度はルーが食い付いた。
「食べる専門だけど料理の事ならエルフの食の伝道者におまかせ!」
「……それは、ぜひ作ってあげなさい」「むふん!」
ご飯、ずっとあんたが作ってたのね……
鼻息荒いルーを激励しながらカイを哀れむシスティである。
しかしこれではっきりした。
余裕が出来ればエルフも色々な事にこだわれる。
こだわりが生まれれば文化が生まれ、様々な文化を持つ人間への興味が生まれるだろう。
相手への興味は交易の第一歩。
システィはその一歩を二人に踏み出させたのだ。
「むふん!」「ふんぬぅ!」
「えうっ、えううっ……」
こうなると肩身が狭いのはミリーナだ。
メリッサはエルフのオシャレの人。
ルーはエルフの食の伝道者。
イグドラがいたずらで言いふらした名をここで利用させてもらおうと三人で決めた事だがミリーナの呼び名は「えうの人」。
いつもえうえう言っているが、その言葉に意味は無い。
ミリーナがシスティに叫ぶ。
「えうは? えうではカイの心を掴めないえうか?」
「……えうって何よ?」「えうーっ!」
あぁ、えうの人の哀れさよ。
ミリーナの受難の始まりだ。彼女はこれから「えう」という訳の分からない口癖に意味を見出さなければならないのだ。
「がんばる」「やりますわ!」「えうぅ……」
決意と希望に満ちたルーとメリッサ、そして路頭に迷うミリーナ。
システィも何とかしてあげたいが「えう」はさすがにどうしようもない。
こんなのどうすればいいのよ……
と、システィが途方に暮れていると、そこに新郎二人が現れた。
「さすがシスティ、綺麗だよ」
「ありがとう。アレクも素敵よ」
「さぁ、行こう」「ええ」
カイ、まかせた。
言われるまでもない。
ツーカーなシスティとカイは瞳と態度で語り合う。
きらめく正装に身を包んだカイはゆっくりと三人の前に立ち、心に響くドレスの眩しさに目を細めた。
「……皆、綺麗だ」
「むふん。カイもかっこいい」「素晴らしいですわカイ様!」
「アレクのお下がりだけどな」
恥ずかしげにカイが笑う。
カイの正装はアレクの一度目の婚礼衣装を仕立て直したものだ。
手の届かない額の仕立てが嫌だったカイの苦肉の策である。
システィから費用は出すと言われていたが、せめて自分の分ぐらいはと断り自分で払える範囲に収めたのだ。
だから今、カイの財布はすっからかんだ。
また稼がなければならないなとカイは心で笑い、暗くうつむくミリーナの頭を撫でる。
「えぅ……」
「ミリーナ、今日は晴れの日だから胸を張れ」
「でもえうが、えうが……」
「なんだ。そんな事を気にしてるのか」
「えう?」
見上げるミリーナにカイが笑う。
「お前のえうは神を天に還した無敵のえうだ。人とエルフの垣根をぶち壊した最強のえうだ。物語に潰されそうになった俺を救った救済のえうだ。だからしっかり胸を張れ」
「えう……カイは、救われたえう?」
「ああ、何度も救われたよ」
初めて出会ったのがミリーナでなければ今は無かっただろう。
このオルトランデルでルーと出会っていたらカイは見事に篭絡され、メリッサだったら逃げ出す事しかできなかった。
ミリーナと共にいたからこそカイはルーの誘惑から逃れ、メリッサにも冷静に対処し救うことが出来たのだ。
「お前が最初でなければ俺は何も出来ずに人生を終えていた。エルフもバルナゥもイグドラも救われずに世界も終わっていたかもしれない。皆、お前のえうに救われたんだ」
「なんか照れるえう」
「そしてこれからも俺はえうに救われ続ける。違うか?」
「違わないえう。ミリーナはずっとカイのそばにいるえうよ。ルーとメリッサと一緒にカイのそばにいるえうよ」
「そうだ。そして今日はそれを皆に示す日だ」
「えう」
「だから胸を張って世界にえうを響かせろ」
「えう!」
「よし。いこう」「えう」「ん」「はい」
カイはすっかり元気になったミリーナの手を取った。
カイにとってミリーナは最初のエルフ。
全ての始まりのえうの人だ。
ミリーナから始まった縁は今もカイと共にある。
そしてこれからも縁は広がり、カイと共にあり続ける事だろう。
カイは面倒臭いと頭を抱えながら、ミリーナ達はえうぬぐふんぬと騒ぎながら世界に縁を広げていくのだ。
「幸せにしてくれよ?」
「当然えう!」「ご飯がんばる」「オシャレならお任せ下さい! カイ様に決して恥はかかせませ「「長い」」あうっ……」
新郎のカイは笑い、新婦のミリーナ、ルー、メリッサも笑う。
そして皆の待つ、木漏れ日あふれる参道に一歩を踏み出した。
誤字報告、感想、評価、ブックマークなど頂ければ幸いです。