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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
9.そのエルフさんは世界樹に祝われています
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9-14 緑彩る教会で(1)

 廃都市オルトランデル。


 百余年前、収穫祭の芋煮を求めたエルフの暴走により森に沈んだ都市である。

 王都に匹敵するほどの規模を誇った大都市も鬱蒼とした森に沈み、かつての名残を残すのみ……


 いや、それも少し前までの話だ。


「まさに森のオルトランデルだな……」


 結婚式当日。

 オルトランデルの地に降り立ったルーキッドは天を仰ぎ、感嘆して呟いた。


 森のオルトランデル。

 かつての廃都市は、今はこう呼ばれている。


 鬱蒼とした森に沈んでいた過去の姿はもはや無い。

 無秩序に乱立していた木々は道に整然と並び、石造りの建物と調和の取れた街並みを築いていた。


 広い大通りの中央にそびえ立ち、通りを二分する大樹の並木は数階建ての建物のさらに上にまで伸びて開き、枝葉が自然の傘を作っている。


 こんな大樹が並木となり、整然と枝葉の傘を連ねる姿は人間には作れない。

 都市の整備に参加したエルフの祝福のなせる技だ。


 将来的にはエルフと人間の交易の場となるオルトランデルはビルヒルト領主のアレクとシスティの結婚式の為に多額の資金が投入され、人間とエルフが協力して街を整備した。

 都市は人間、樹木はエルフ。

 これまで関わりを持たなかった二者の、初めての共同事業の成果だ。


「さすがは樹木に強いエルフだな」


 ルーキッドは樹木と都市の見事な調和に感心し、大通りをゆっくりと進む。


 エルフ、エルフ、人間、ダークエルフ、ハイエルフ……

 行き交う者はほとんどがエルフ。

 人間は招待された者と貴族、随伴した役人や商人ばかりだ。


 エルフ達は結婚式への祝福一色。

 対する人間達はエルフとの商機を虎視眈々と狙い、役人の目を盗んでエルフに嵩張らない高価な品を見せては食べられないと邪険にされている。


 エルフと人間との関係は今のところ良好。

 人間の中には「あいつらちょろいな」と言う者もいるがエルフは総じて地獄耳だ。能力に勝るエルフ達は侮った者達にご飯をたかり、ご飯をたかり、ご飯をたかって土下座謝罪させていた。


 このようにエルフが強気に出られるのも食料問題が解決したからだ。

 これまでは飴ひとつで土下座懇願だったエルフも今では作り放題食べ放題。

 マオやカイ達から習った火を使う料理も少しずつ彼らの生活の一部となり、彼らの中では食事が貨幣で取引されている……


「銀貨が、足りんな……」


 歩きながらルーキッドはため息をつく。


 銀貨。


 そう、銀貨である。

 千エンの額面を持つ王国の貨幣だ。

 エルフ達はそれをハラヘリと呼んで崇め、食事の交換単位にしているのだ。


 エルフの金銭感覚は子供のおままごとの領域にようやく入ったばかり。

 そして銀貨以外の価値はいまだに認めていない。

 理由を聞けば皆にこやかに、口を揃えてこう言うのだ。


 あったかご飯の人の生活費が一日銀貨四枚だからです。


 これである。

 もしカイが生活費は銅貨四十枚と言っていたら銅貨が不足していただろう。

 これまで自給自足だった彼らには、金などその程度の認識なのである。


 聖銀貨も白金貨も総じてパチモン。

 そして銀貨を貯め込むばかり。


 王国からの要求の矢面に立っているルーキッドには頭の痛い事である。

 銀貨の額面は千エンとそこまで高額では無い。

 しかしルーキッドに貨幣を鋳造する権限などある訳もない。

 王都に両替を申請しては小言を言われ、遅々として進まない交易に文句を言われ、他国に先を越される前に何とかしろと念押しされて銀貨がランデルまで運ばれて来るのだ。


 銀貨を調達するたびにこれだ。ものすごく面倒臭い。

 あまりに面倒なのでバルナゥで王都に乗り込んでやろうかと思ったくらいだ。


 だが、これも仕方がない。

 ルーキッドの領主としての立場は先祖の愚行のせいでかなり低い。

 アレクとシスティの後見人でなければ色々と横取りされていただろう。

 頭も痛いし胃も痛い、何とも切ない立場なのであった。


 しかし、今の現状はどうしようもないだろうな……


 大通りを抜け、城の区画へと続く新築の橋を渡りながらルーキッドは再びため息をつく。


 人間側に欲しいものは色々あるが、エルフに欲しいものはほとんど無い。

 祝福で食べ物を手に入れられる彼らが欲しがるのは料理とそのレシピくらい。

 肉は不足気味だがエルネではそこそこの規模の畜産が始まっている。家畜の餌には事欠かない彼らはやがて肉も自由に作れるようになるだろう。


 食べ物の他にも興味を持ってくれれば、私も楽なのだが……


 と、王国とエルフの板挟みとなったルーキッドは願わずにはいられない。

 交易とは相互に物をやりとりしなければ成立しない。

 双方に欲しいものがあるから価値をすり合わせ、取引が成立する。


 そこで意味が出てくるのが金だ。

 価値の数値化というのは取引する者にとっては非常に解りやすいのだ。


 ある品物一つを得るのにある品物は二つ必要だが、別の品物では三つ必要。

 こんな事をいちいち勘定する必要を無くしたのが金という価値だ。

 全てに共通する価値を設定する事で交易が容易になり拡大する……

 人間同士ならそうなったであろう。


 しかし相手はエルフ。

 神の祝福により糧を得られる森の強者だ。

 無ければ作れば良いをホホイと出来る相手と交易するのは本当に難しい。

 王国は矢の催促だが、もっと長い時間をかけて価値観を合わせていかなければ破局するとルーキッドは考えていた。


 ルーキッドはため息をつきながら歩き、ようやく式場に到着する。


「……樹の教会か」


 幻想的な光景に息を呑む。

 廃墟となったオルトランデル教会を飲み込むように巨樹がそびえ、天へと枝葉を広げていた。 


 その姿は聖典にあった世界樹を連想させる見事なものだ。

 巨樹には洞があるのだろう、ルーキッドが立つ参道の先に根差す巨樹の幹にはバルナゥも入れそうな穴がぽっかりと口を開けている。


 巨樹の周囲は石畳の広場。 

 そして広場を囲むように並ぶ大樹が天で中心の巨樹と絡み合い、この広場全体を巨大な堂に変えている。

 生きた樹木が作り出す素晴らしい建築物にルーキッドはただ感嘆し、しばらく天を仰ぎ続ける。


 ふふん。余の力作じゃ。


 神の呟きは祝福を持たないルーキッドには聞こえない。

 やがてぽかんと見上げるルーキッドの元に、神ならぬ者が声をかけた。


「わふんっ、やっと来たねルーキッド」


 ちゃっかちゃっかと石畳を鳴らし走り寄ってくるのは竜の祝福を受けた犬、エヴァンジェリンだ。


「……素晴らしいな。ここは」

「わふん……?」


 呟くルーキッドにエヴァンジェリンは首を傾げ、フンフンと鼻を鳴らしながらすり寄ってきた。


「ルーキッド元気ないわふん? 舐める? 撫でる?」

「ありがとう。色々と考え事をしていたのでな」

「わふんっ」


 ルーキッドは膝をつき、エヴァンジェリンの頭を撫でる。

 今は苦しいが、そのうち何とかなるだろう。

 かつてはカイを癒した犬に今はルーキッドが癒される。

 何とも奇妙な縁である。


『おおーふっ、ルーキッド来たかルーキッド』


 のっしのっし……

 エヴァンジェリンに続いて現れたのは新郎の一人、大竜バルナゥ。


 バルナゥの銀の鱗はこの日のためにピカピカに磨き上げられている。

 嫁に恥はかかせられないとエルトラネに頼み込み、ピーの道具で鱗を磨いてもらったのだ。

 無理難題に悩んだエルトラネの皆が不貞寝すると次の朝には出来ている。

 ピーは素敵な小人さん達だ。


 ちなみに磨いた削りカスはシスティが王都の研究機関に売り払い、今回の費用の一部に充てている。

 竜は世界のぶっちぎり最強生物。

 そんなものでも価値はしこたま高かった。


「それにしてもバルナゥ、お前はなぜ私を咥えて飛ぶのだ」

『だってルーキッドは友……』

「友なら何をしても良い訳ではないぞ?」

『そ、そうなのか? では飲み込むのか? 食べるのか?」

「妻は背に乗せておいて私は腹の中なのか!」

『だってソフィアは怒るから……』

「ついでに高い所から落とすのをいい加減やめてくれ。貰った魔道具があっても心臓に悪い」

『おおーふっ! 我が心の友ルーキッド怒らないでー』

「せっかく磨いた鱗が汚れるからやめろ」


 ごろーん、ごろーん……


 駄々をこねるバルナゥにルーキッドは深く息を吐き出した。

 二億年余の時を生きたバルナゥは孤高ゆえか思いのほか甘えん坊だ。

 ソフィアという妻を得てタガが外れた感も否めない。

 気心が知れた相手にはとことん甘い竜であった。


「まあいい。お前の涎はよく分からんが高く売れるからな」

『む、それはこれからも咥えて良いという事だな?』

「違うぞ」

「わふんっ」


 普段と変わらぬ会話をしながら人と犬と竜が参道を歩く。

 涎べっちゃりの服は先行していた家臣達が回収済み。

 エルフ相手の銀貨の調達に充てる予定だ。

 貧乏領主であるルーキッドもしたたかであった。


 ルーキッドのこれからの予定は目白押しだ。

 式の後は集まった王国の者とエルフ関連の会議を行い、駄目出し吊るし上げ説教の予定だ。他国ではエルフの話がちらほら聞かれるのに王国では一年経ってもおままごとな現状に焦りを感じ始めているのだ。


 まあ、怒られるのも領主の仕事か……


 バルナゥと歩きながらルーキッドは笑う。

 他国が先んじる心配などルーキッドは全くしていない。

 カイのいるランデルですらこの有様なのだ。他国に出来る訳が無い。


 他国のエルフ交易は餌で釣った搾取だろう。

 すぐに仲違いしてカイがランデルに連れてくるはずだ。

 そうならなければ地が痩せて、異界に全てが飲まれるだろう。


 相手は全てを食らう暴食、エルフ。

 かつては呪いで、今は祝福で世界を食らう暴食だ。

 欲望を追求すれば心が失われ、やがて全てを失う。


 相手が自分達と違う価値観だからと言って自らの欲望を押し付けてはならない。

 エルフは呪いに苦しんでいただけであり、人間よりもはるかに賢く強いのだ。


 しかしそれを理解していても、欲望とは止められないもの。

 そしてその暴走を止めるのは領主であるルーキッドの役目。

 立場というものは厄介なのである。


「大竜バルナゥ、この度はおめでとうございます」

「おめでとうございます」


 洞の入り口にバルナゥとルーキッドが着くと国王が側近と共に祝いの言葉をかけてきた。


 グリンローエン王国国王グラハム・グリンローエン。

 しかし建国竜アーテルベと名乗り建国に手を貸した大竜バルナゥは首を傾げる。


『おぉ、グラ……グラ……?』

「グラハムです」

『なるほどグラハムか。それじゃルーキッド式で会おうなー』

「……」


 ののっし、ののっし……

 バルナゥがスキップしながら去っていく。


 王都ガーネットから背に乗せ運んでも名前は全く憶えない。

 バルナゥにとって人間などこんなものである。恨みはあっても恩は無いのだ。


 エルフと人間もこれと同じだな……


 国王のスルーされっぷりを見てルーキッドは思う。

 自分だけが熱烈でも空回りするだけだ。

 共に歩もうと思うなら、一度落ち着いて相手に合わせる必要がある。

 

 森のオルトランデルでは見事な調和を見せたのだ。

 決して出来ない事ではないだろう。


 ルーキッドがそう思っていると、スルーされたグラハムが言う。


「……ルーキッドよ」

「はい」

「お前、本当にアーテルベ様と親しいのだな……」

「……はい」


 国王の羨望の視線が、痛い。

 ルーキッドは深く、本当に深くため息をつくのだった。

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世界樹エルフ
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