9-13 エルネの里、定住はじめました(3)
「姐さん」「姐さん!」「五十年前のお礼です姐さん」「私は二百年前」「俺は五百年前だ」「わしなんて七百年前だ」
皆が鍋を叩きながら食べて食べてとマリーナを呼ぶ。
マリーナはクルルと鳴きながらカイを見る。マリーナでもさすがに食べるのに時間がかかるからだ。
「俺はミリーナの家に行って、挨拶がてら芋煮でも作っていますよ」
『ありがとうございます』
おぉおおおおめしめしめしめし……
マリーナは長い首を下げ、歓声を上げて待つエルネの皆へと歩いていく。
「まず私の柿煮をお召し上がり下さい」
『ありがとうございますもっしゃもっしゃ美味しいですよ』
「ありがとうございます!」
鍋に首を突っ込むマリーナに土下座で感謝のエルフである。
マリーナは五分程度で鍋ひとつを平らげ、次の鍋に首を突っ込んだ。
そしてエルフは土下座感謝。
明らかに長老より人望があるなとカイは思い、長老を探すも広場から消えている。
「長老は?」
「慌てて家に戻ったえうよ」
「そうか。じゃあ義父さん義母さんに挨拶に行こうか」「えう!」
する事があるのだろう……色々と。
カイはマリーナに鍋まで食べるなよと言い残し、ミリーナの実家へ歩き出す。
ミリーナとマリーナの存在もあって一家の立場はかなり高く、家は広場に面した位置にどどんと建っていた。
「まっさら新築の心のエルフ店えうよ。隣はばあちゃん家えう」
「む、蔵の近くとはうらやましい」
「食べ物の近くに家を建てられるのは信頼の証ですわね。素晴らしい事ですわ」
「一家は蔵の管理もしてるえうよ」
「信頼されているんだな」「えう。おかあさんただいまえう!」
「あらあらミリーナおかえりなさい」「カイ殿も皆もよく戻られた」
「お久しぶりです」「む」「お久しぶりですわ」
挨拶しながらミリーナの実家の扉をくぐると両親はお昼ご飯の真っ最中。
何とも間の悪い訪問にカイは苦笑いだがミリーナの両親は気にせずカイ達の来訪を喜び、皆に席を勧めて煮物をよそう。
「今日は栗煮ですわ。一杯一ハラヘリです」
「……金貨で何とかなりませんか?」「なりません」
銀貨は手持ちが無いので金貨で釣りをもらおうと思えば義母の冷たい返事。
銀貨十枚で金貨一枚でも十ハラヘリではない。
完全に独自の通貨であった。
「すみません。今は銀貨がないんです」
「払えないなら仕方ないですね」
「すみません。ホントすみません」
カイは義母に微笑まれ、何とも複雑な心境で栗煮を食べる。
先ほど食べたからだろう、椀の半分程度で腹は満たされ残りはミリーナが平らげた。
「最近は人間との付き合いでやる事が増えて大変ですわ」
「材木をランデルに出荷しているからですね」
「ええ。マオさんが代金だと色々持ってくるのですが使い道が無いんですよね」
そう言って笑う義母は金銭の管理も行っているらしい。
見ればとなりのテーブルには金貨や白金貨が山積みである。
その中には数枚の聖銀貨も転がっている。意識的に稼いでいないとはいえカイには目の毒であった。
「これでも腹減り算が導入されてから減ったんですよ」
「銀貨が、ですよね」
「はい。貨幣も色々ありますが他は皆パチモンと嫌ってますね」
「パチモン……一枚で銀貨一万枚と交換できるお金もありますよ」
「でしたらカイさん交換してきてくださいな。ここでは使い道がありませんから」
「白金貨の両替で勘弁してください」
聖銀貨の額面は一千万エン。
日常では滅多に使う事は無い。
義母に頼まれたカイは貨幣の山から白金貨十枚を自分の財布に入れ、残りを種類別に持っていた袋に入れる。
「整理しておきました」
「ありがとうございます。蔵にしまっておきますね」
義母は笑顔でカイに頭を下げ、銅貨、金貨、白金貨、聖銀貨がそれぞれ入った袋に一言『パチモン』と記す。
エルネの里では銀貨が絶対。
所変われば品変わる。何とも切ないカイである。
まあ、食べ物以外の諸々も欲しくなる時が来るだろう。
その時に役に立つはずだと悩みは未来にぶん投げて、カイは芋煮を作ることにした。
「厨房をお借りします」
「まぁ、カイさん直々のあったかご飯は久しぶりです」
「そうだな。久しぶりのあの味、楽しみにしております」
ミリーナの両親、大喜び。
そして妻達、胸を張る。
「毎食カイのあったかご飯えう」「む」「ですわ」
「……ミリーナ、たまにはご飯を作らないとダメよ?」「えう?」
首を傾げるミリーナに義母は呆れ顔だ。
「あなたねぇ、まさか一度も手料理を振る舞っていないのですか?」
「だってご飯が、カイの芋煮が……」
「マリーナお婆様を見習いなさい。お婆様はあの見事な土下座でお爺様の心を射止めたのですよ? 土下座するお婆様を射抜かんと飛ぶ数々の恵みを受け取るお婆様の見事なヘッドキャッチ、そして跳飯と称えられた皆への食のヘッドパス。あの絶技がエルネをどれだけ救った事か。思い出しても惚れ惚れします」
「それは料理じゃないえう」
「だまらっしゃい。ミリーナ、だいたいあなたは……」「えうーっ!」
それ、イグドラの嫌がらせですよね?
と、思わず苦笑のカイである。
食べ物で頭を殴られるのはイグドラがエルフをいびる気晴らしだが、見事なヘッドキャッチという言葉からマリーナは食殴りを上手に利用していたのだろう。
あっさり食を得るマリーナに一泡吹かせようとイグドラは食をぶん投げ続けたが、マリーナはそれすら利用し皆にご飯を分け与えたという訳だ。
侮れないエルフである。
いや、今は竜か……
カイはいつもの芋煮を作ってミリーナの両親に振る舞い、芋煮を持って蔵を訪れ祖父母に振る舞い、力仕事ならまかせるえうと義母の説教から逃げたミリーナに鍋を持たせて広場に戻る。
「見よ! マオ殿の一番弟子となった我の渾身のハンバーグを!」
『うまいもっしゃもっしゃ』
「「「「長老! 一生付いて行きます!」」」」
広場では長老が山盛りのハンバーグをマリーナに振る舞っていた。
長老、作れたのね……
そして一番弟子なのね。
と、感心するカイである。
伊達に心のエルフ店に通っていない。
子供っぽいだけではない所はさすが長老であった。
「次はマオ殿から習ったオムレツ!」
『これもうまいもっしゃもっしゃ』
「「「「長老! 私めにも一口お恵みを!」」」」
「肉や卵は里にはまだ少ない故、皆には与えたくないのぉ」
「牧場を増やしましょう!」「卵といえばニワトリ、ニワトリですね長老!」「よぉし皆の者、森を切り拓けぇぃ!」「樹木は人間にぶん投げればハラヘリが手に入るぞ!」「でもあいつら白金とか聖銀とかパチモンよこすしなぁ」「マオ殿に頼んでハラヘリ払いにしてもらおうぜ」
「「「まあそれはそれとして、カイ殿の芋煮を頂こう」」」
「……」
ご飯の事にはハイテンション。
相変わらずのエルネにカイは笑うしかない。
定住しても初遭遇から変わらぬ姿に、カイは昔を懐かしみながら芋煮をよそう。
「どうだマリ姐、うまいか? うまいだろう」
『本当においしいですねぇもっしゃもっしゃ』
カイの前では長老がひたすらマリーナに料理を振る舞い続けていた。
「これは六百年前の分、これは五百年前の分、それからこれは……」
『貴方にはご飯をしこたまヘッドパスしましたからねぇ』
「八百年前の栗は痛かったぞマリ姐」
『それは貴方の受け方が下手だからです。触れた瞬間に頭を動かし打撃をいなす。それこそが土下座のプロフェッショナルなのです』
「そんな事ができたのはマリ姐だけだ……」
『まあ振り返ってみれば神をも恐れぬ所業でしたねぇ。素直に痛みにのたうち回っていればあと二百年は長生きできたかもしれません』
まったくその通りじゃな。
カイの心に声が響く。
何はともあれ、もう過ぎた事である。
二人にとっては今さらどうでも良いだろう。その紆余曲折があればこその再会なのだから。
「そんなマリ姐が柿で頭をかち割られるとはなぁ」
『老いとはそういうものです』
「だって熟れた柿だぞ? グジュグジュだぞ?」
『誰もが老いれば衰える。貴方も骨身に沁みているでしょう?』
「確かに。我も老いたなぁ……気持ちばかりが若いままだ」
『歳相応に生きないと、若い者に嫌われますよ?』
「ほほっ、肝に銘じよう」
『私は若いですけどねもっしゃもっしゃ』
「マリ姐はさすがだなぁ……」
長老はマリーナに料理を振る舞い、カイは皆に芋煮を振る舞う。
カイはしばらくエルネで過ごし、芋煮を振る舞い、ランデルに運ばれて白金貨をハラヘリに両替し、ルーキッドに支払いの一部を銀貨払いにしてくれと頼んで小言を言われ、マオに料理教室を頼んでぶん投げるなと呆れられた。
オルトランデルの整備に打ち合わせに食材の発注に衣装合わせにと、日々はあっと言う間に過ぎていく。
カイと妻達はエルフと共に食材を育て、システィは各地から料理人と菓子職人と招待客を集め、アレクとマオが職人達とエルフの間をとり持ち、バルナゥとソフィアが人を運び、ルーキッドが領館で客をもてなし、ミルトが一張羅を繕い、皆が準備のためにランデルとビルヒルトを走り回り…・・・
いよいよその日がやってきた。
「カイ、花嫁を迎えに行こう」
「ああ」
いよいよ結婚式である。
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