9-12 エルネの里、定住はじめました(2)
「カイ殿!」「ようこそエルネへ!」「芋煮。今日は芋煮ですね?」
「これこれ静かにするのだ。カイ殿は我らに用があって来られたのだからな」
背後で騒ぐエルネの者を静め、長老はカイに深く礼をした。
「話は聞いておりますぞ。改めて婚礼の儀をされるとか」
「さすが心のエルフ店に入り浸りな長老だな」
「ほっほ。ハンバーグが食べ放題ですからな。材木万歳でございます」
「……他の奴らにも譲ってやれよ?」
そのうち追放されるぞ。
長老の背後に渦巻く欲望視線に危うさを感じるカイである。
今度マオにハンバーグ教室でも開いてもらおうと考えているとカイの心を読んだのか、長老の天敵幼竜がひょっこり口を挟んできた。
『その歳で後進にご飯を譲らないとは相変わらずのガキですねぇ』
「げっ、マリ姐……」
髭もたわわな長老が露骨にうろたえる。
マリーナ・ヴァン・アー。
今は幼竜マリーナと呼ばれているがかつてはエルネの里の一員であり、エルネ最速伝説を鼻で笑う土下座のプロフェッショナルだ。
「マリーナ様!」「姐さん!」「お帰りなさいませ!」
おぉおおおおおおめしめしめしめし……
エルフ達がマリーナの姿に歓声を上げ、見事な土下座を披露する。
聞けば土下座のプロであるマリーナはエルフ時代、他の飢えたエルフに出世払いで食料を分け与えていたらしい。
彼女に土下座の教えを乞う者も多く、長老も弟子の一人。
カイの財布を軽くする暴食幼竜は食わざる者の救いの女神であったのだ。
「姐さん仕込みの土下座で子供も飢えずに済みました」「姐さん、うちの竜牛をお召し上がり下さい」「いやいやうちの果物を」「姐さん!」「後で芋煮を捧げさせていただきます」「うちの粥も」「こうしちゃいられねぇ、うちも煮込むぞ!」
『あらあらありがとう。不肖の弟子が迷惑かけるわねぇ』
マリーナは皆の貢物を平らげながら無料ハンバーグの割り当てをちゃちゃっと決め、長老にそれを承認させて「さすが姐さん」と皆の喝采を獲得した。
「くうっ、マリ姐の人気が、マリ姐の人望がうらやましい!」
「まあまあ、今度マオに頼んで料理教室開いてもらうから」
「はんばーぐぅーっ!」
髭もたわわな爺が子供のように叫んでいるが、いつも子供なので誰も気にしない。
それにしてもさすがはエルフ。ハンバーグひとつでこの騒ぎだ。
しかしそれも今だけの事だろう。
彼らはもう火を自由に扱うことが出来るのだ。焼き菓子を作れるようになったボルクのように人から学び、ハンバーグでも何でも作れるようになるだろう。
寂しくなるな……
家々の煙突からたなびく煙を見てカイは思う。
エルフはもう呪われてはいない。
カイのあったかご飯はもう役目を終えているのだ。
今は芋煮芋煮と言ってはいるが、やがては他の料理に埋もれて消えていく。
そんなものである。
カイはハンバーグと叫ぶ長老が落ち着くのを待ち、食材の調達を依頼する。
長老は快く応じてくれた。
「我らエルネもカイ殿とミリーナの婚礼に全面協力いたします。果物、そして肉。肉はもちろん竜牛ですな。パーっと使いましょう」
「いや……竜牛はやめておこう。あれは人間の世界ではものすごく高値で扱われるから後が面倒臭そうだ」
「では猪や鹿、そして牛などに致しましょう」
「ありがとう」
量など細かい話は日程が決まってから決める事にして、カイ達は長老の案内で里の中を見て回る事にした。
以前はバルナゥが狩りの際に森を焼き払ってもらっていたエルネだが今は自ら森を切り拓き、家族ごとに家を建てて暮らしている。
ある家は背が高く、ある家は平べったい。
人が建てた家の構造は目的により似たような形になるものだがエルネの家は個性的な家で面白い。
「昔の樹木に追われた暮らしが嘘みたいえう」
「む、樹木便利超便利。キノコではこうはいかない」
「エルトラネでも難しいですわ。土台はガッチリしているのですが……」
「さすがエルネだ。木に強い」
「皆、心のエルフ店の素晴らしさに感銘を受けて建てたものです」
「……全部違う形に見えるんだが」
どうやら真似しているらしい。まさかの没個性が失敗した結果であった。
「我らの心の中にある心のエルフ店を家主が自ら表現しておるのですよ」
「え? 自分で作ってるの?」
「はい。家畜や果樹の世話の合間に」
そして自作らしい。いわゆるDIYという奴だ。
世界樹の守りであらゆる害を排除できるエルフ。建物などいい加減でも大丈夫。
そしていい加減に建てても木材ならば後でいくらでも増減が可能だ。
皆、隙間だらけの家を建てた後で木材の形を調整して形を整えたとの事。
まったくもって祝福とは便利なものである。
「中では心のエルフ店のように食事を注文する事が出来ますよ」
「営業しているのか」
「はい。最近ボルクから腹減り算なるものが伝来しましたので」
「へー」「さぁ、どうぞ」
腹減り算で営業できるのか?
とカイは首を傾げながら長老の後に続いて入店するとお盆を持った幼エルフがちょこちょことカイの前に現れ、気だるげにカイを見上げて顎をしゃくる。
「おう、らっしゃい」
「……マオの口調と態度は真似しなくていいんだぞ?」
「え? しなくていいんですか?」
「そのあたりはマオの悪い所だから」
「そっかぁ……」
しょんぼりの幼エルフである。
「え! あれは悪い所なのですかカイ殿?」
「赤の他人にあんな態度を取られたらあまり気分は良くないだろ」
「だってマオ殿ですよ? ご飯美味しいし」
「ご飯だけ真似しておけ」「わかりました」
そしてカウンターの向こう、厨房にて驚愕に叫ぶ幼エルフの親である。
ご飯が絡むと全てを敬ってしまうのはカイの頃から変わらない。
カイもご飯を煮込んでいただけなのに異界討伐で命まで預けられてしまったものだ。
カイは昔を懐かしみながら幼エルフの案内でテーブルにつく。
さすがは心のエルフ店を元にした家屋である。エルフ店のようにテーブルと椅子が並び、厨房には家族では大きすぎる鍋がどどんと置いてある。
鍋は当然ミスリル製。バルナゥにも困ったものだ。
しかし日用品などが陳列してある部屋は無く、ドアは枠だけ残して壁だ。
「日用品とか売ってる部屋はどうなった?」
「なぜそんな無駄なものを?」
デスヨネー。
ご飯以外は祝福で大抵ケリが付くエルフはどこの里でもそんなもの。
まだまだ発展途上なエルネの里。メニューは芋煮だけである。
カイは幼エルフに芋煮を注文すると皆と共に料理を待つ。
隣のテーブルで芋煮を食べていたエルフが席を立ち、椀を深く拝んで厨房へと持っていく。
「ごちそうさま」「お代は一ハラヘリです」
「はいどうぞ」「毎度」
チャリン。
エルフが財布から銀貨を支払う。
何か妙な単位に変わっているが一応貨幣経済である。
長老が得意げにカイに語りはじめた。
「以前ミリーナから「カイは一日銀貨四枚で生活しているえう」と聞きましてな。つまり銀貨四枚で三ハラヘリ。面倒なので銀貨一枚一ハラヘリとなりました」
「銀貨四枚は生活費だからな? 食費は半分くらいだぞ?」
「え? つまり銀貨一枚二ハラヘリ? ルーキッド殿から頂いた貨幣を苦労して使ってみればこの有様、カイ殿さっぱりわかりません!」
「一ハラヘリでいいよもう、金貨とかはどうしてるんだ?」
「銀貨だけで事足りるではありませんか」
「銀貨十枚で金貨一枚だからな?」
「カイ殿さっぱりわかりません!」
「……」
……貨幣なんて食べられない物を無理して使ってくれている事を評価しよう。
ルーキッド様ごめんなさい。
と、カイは心でペコリ謝り幼エルフが持ってきた芋煮を堪能する。
芋煮はマオの指導のおかげだろう、カイのそれより美味かった。
『美味しいですねもっしゃもっしゃ』
「ありがとうございますマリ姐さん」
マリーナは丸ごと鍋ひとつ。これが出世払いなのだろう。
一行はご飯を食べハラヘリを支払い店を後にした。
四人で銀貨四枚。
あまり稼いでいないカイにはなかなかに痛い出費である。
しかし払わないとエルフは金を捨ててしまうだろう。
言葉ひとつでエルフが暴走するあったかご飯の人の辛い所であった。
「他の家も心のエルフ店のように開いております」
「何があるんだ?」
「栗煮、柿煮、林檎煮、桃煮などなど選り取り見取りですぞ」「……」
全て煮物だ。
そういうのを選り取り見取りと言うのだろうかと首を傾げるカイである。
長老は心のエルフ店家屋が立ち並ぶ通りをにこやかに歩き、里の中心へとカイを導く。
中心には広場があり、その広場の真ん中には大きな建物が建っていた。
「ここが食料を蓄える蔵でございます」
「……えらくがっちり作ったな」
「それはもう、大事な大事な食べ物ですから」
集会所かと思ってみれば蔵である。
心のエルフ店家屋の適当さに比べて恐ろしいほどがっちりだ。
エルフの食への執着半端無さが現れていた。
「防腐、保存、虫避け、防犯の魔力刻印がふんだんに盛り込まれた我らエルネの鉄壁の蔵。エルトラネの技術も一部導入されております」
「やりすぎだ」
「我らの命のご飯ですからな。中をご覧になりますか?」
「いや……いい」
エルトラネのやる事は半端無さすぎて怖い。食材扱いされそうだ。
この蔵には絶対近づくまいと心に決めるカイである。
所々に魔力刻印が輝く恐怖の蔵は眺めるだけに留めておき、広場の裏手に回る。
すると……
「「「姐さん! 我らの出世払いをお受け取りください!」」」
『あらあら』
鍋を並べたエルネの皆がマリーナを今や遅しと待っていた。
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