9-10 ボルクは寡黙なちゃっかりさん(3)
勇者級冒険者マオ・ラース。
身長二メートルの巨漢の戦士である。
戦いにおいては王国から貸与された国宝級の装備に身を固めて怪物の攻撃を一身に受け、力を溜めに溜めた巨大な両手斧の一撃で相手を屠りマナに還す豪傑。
しかし心のエルフ店を任せてみれば料理の腕を磨いてエルネ長老以下エルフの皆の絶賛を獲得し、今やシスティをして「やるわね」と言わしめるだけの技術を獲得した細やかな男でもある。
そして心のエルフ店の店主という立場上ルーキッドともよく顔を合わせ、ルーキッドが抱える様々な諸問題の解決もマオの仕事。エルフと勝手に取り引きしてうまい汁を吸おうとする者達をしょっぴくのもマオの仕事。ルーキッドの愚痴を聞いてアレクやシスティ、ソフィアやバルナゥに文句を言うのもマオの仕事だ。
なんでもかんでもマオの仕事。
放浪エルフを探す旅に出たカイがルーキッドにぶん投げた厄介事のほとんどはマオも背負っているのであった。
「やるねぇハーレム男。さすがだわ」
「相変わらずだなマオ」
相変わらず歯に衣着せぬ男である。マオはニカッと笑うと長老に土産を渡すカイの肩をばしばし叩いた。
カイの祝福である世界樹の守りが発動してカイの肩を打撃から守る。
それだけの力で叩くのは親愛なのか、それとも仕事をぶん投げた仕返しだろうか……
「ちっ。てめえがぶん投げた分をこれでチャラにしてやろうと思ったのに」
「その節はとんだご迷惑をお掛けしました」
どうやら仕返しのようである。
悪態をつくマオに素直に謝るカイである。
叩いた程度でチャラにしてくれた方が間違い無く楽なのだ。
「知らん。お前にも苦労してもらうぞ」
「えーっ!」
「何がえーっ、だ。元々お前が広げた風呂敷だろうが。畳め、責任持って畳め!」
「おのれイグドラ!」
『なんで余が!』
打撃から守ってやったのに文句を言われて心外なイグドラである。
まあ仕方ない。元々は自分が広げた風呂敷だ。
カイは引き受ける事に決め、マオの話を聞いてみる。
「で、何でここに?」
「ルーキッドに泣き付かれてな……王国からは矢の催促なのにエルフの金銭感覚はまだ幼子以下。どうしようマオ……と」
ルーキッド様ごめんなさい。
心で謝るカイである。
国とエルフの板挟みは弱小貴族にはきついだろう。
しかしエルフの金銭感覚がそんな短期間で身に付く訳も無い。
自給自足のエルフは金など不要。
比較的人間社会と接するカイの妻達ですら金銭感覚は適当なのだ。
「バルナゥに王国と交渉してもらえばどうだ? あれでも建国竜だし」
「なんつー壊滅的提案を……それは俺が止めた」「止めたのか」
「『我が友ルーキッドを悩ます王め、名は忘れたが我が直々に説教してやろう』とそれはもうご立腹だったぞ」「王様……」
国王グラハム・グリンローエン。
相変わらずバルナゥからどうでも良い扱いをされている王である。
「しかしエルフ側と人間の価値を合わせるのは短期間では無理だぞ。俺の妻達ですら無理なんだから。な?」
「えう!」「む!」「自慢ではありませんが私達は食べられない物の価値はさーっぱりでございますわ!」
「胸を張って言う事か!」
自慢げに語るミリーナ、ルー、メリッサに悪態をつくマオである。
まあ、確かに胸を張って答える事ではないな……
と、カイも若干しょんぼりだ。
しかしカイも金の無い世界で生きていたら意味がわからないだろう。
金とは様々な人と物が行き交う社会の潤滑油のようなもの。
自給自足の村社会では必要すら無いものを理解するのは難しい。
しかし呪いが祝福に変わった今、エルフの数も増えていく。
今後は否応なく人間社会と交わっていく事になるのだ。
しかし、いきなり金では無理がある。
もっとエルフに理解できる何かにしないと。
カイは考え、一つの答えを見出した。
「……手間か」
「ん?」
「あぁ、直接金の話をするから解らないんだと思ってさ。手間ならエルフにも理解できるだろ」
「手間賃、いや子供の駄賃か。なるほど」
「ああ、しかしまあ問題もある」
「何だ?」
首を傾げるマオにカイは言った。
「こいつら、ご飯以外には全く興味が無い」
「うっ……確かに、俺の店もご飯以外は見向きもされん。なんでこいつらご飯にそこまで全力投球なんだよ」
「イグドラのせいだな」
『悪かったのぅ!』
まったく暇な神である。
「そしてさらに問題なのは、唯一興味を引くご飯の材料をこいつらはホホイと作れてしまう」
「ううっ!」
「植物なら祝福でがっつりえう!」「キノコはおまかせ」「草系何でも来いですわ!」
「「……くそぉ」」
胸を張る妻達にガクリと屈するカイとマオである。
祝福の前には手間も無力。魔法万能ならぬ祝福万能であった。
「いやまあ、マナが失われるからそこまで話を広ければ……」
「マナ? マナまで話を広げんといかんのか? マナの価値なんぞ俺は知らんぞ」
「俺にもわからん」
「枯渇したら異界が顕現して損害云々とかそこまで考えんといかんのか? 姫さんにも出来んわそんな事」
「国土の価値はプライスレスだからなぁ……祝福に関わりの無い食べ物、ある?」
「ねぇよ。肉だって草食わせるんだから祝福がっつりだわ」
『フフン、さすが余の祝福じゃ』
くそぉイグドラめ。
ベルティアといいお前といい面倒臭い事ばかりしやがって。
と、悪態を付きながら打開策を探すカイとマオである。
こんな奴らに金の価値を理解させる都合の良いものなど……
と、唸りながら考える二人の前に、ボルクの皆が集まって来る。
カイに土産の礼に来たのだ。
「カイ殿、素晴らしい焼き菓子感謝。皆で美味しく頂いた」
「あぁ……そうだ」
いきなりマオに巻き込まれ、肝心の用件を忘れていた。
カイは立ち上がり、ルーを呼び寄せ抱き寄せる。
「今度ルーとの結婚式を挙げる事になった」「むふん」
「婚礼の儀式。素晴らしい」
「ありがとう。皆も招待するから祝ってくれると嬉しい」
「もちろん祝福。我らに出来る事は何でもする」
「式に出す料理の食材を頼みたい。お礼は料理人と菓子職人が腕を振るった料理と菓子だ。焼き菓子も作ってもらおう」
「焼き菓子、素晴らしい!」
おおおぉおおおおめしめしめしめし……
ボルクの皆が焼き菓子に歓声を上げる。
そんな中、膝をついていたマオがフフフと笑い、ゆらりと立ち上がった。
「フフフ……そうか。菓子、菓子か!」
マオが叫ぶ。
「加工食品! これなら手間は同じはず!」
そうかなぁ……
エルトラネを見た今となっては何とも疑わしいカイである。
しかしここはボルクである。
あんなイッちゃった里とは違う素朴な里だ。
マオはボルクの皆の前で轟然と叫んだ。
「てめぇら、俺がクッキーの作り方を教えてやる!」
「ええっ!」「クッキーって作れるの?」「人に与えられた祝福では?」
「んな訳あるか! 努力と試行錯誤の結晶だ」
「ではエルフにも作れる?」
「当然!」
「ダークエルフでも作れる?」
「当たり前だ!」
「「「「おぉ、我らの新たな焼き菓子様!」」」」
「おうよ! 俺について来い!」
ふんぬと立つマオに土下座するボルクの里の皆である。
土下座踊るボルクの里に降臨した新たな焼き菓子様は皆を見下ろしたまま、背後のカイに声をかけた。
「カイ」
「……なんだ?」
「材料の代金はお前持ちな」
「ぐうっ!」
俺がまともに料理をしていれば……!
と、心で泣くカイである。
当然だがカイに料理の腕は無い。煮込むだけなのだから当然である。
そんなカイに菓子作りの経験などある訳もない。
マオに代われと言えない以上、金を出すしかないのであった。
「ミリーナががっつり稼ぐえう!」「ルーも、ルーも!」「稼ぎまくりですわ!」
「……気持ちだけ受け取っておくよ」
伝説の植物とか出してきたら後始末が大変だからという本音は隠し、カイはランデルをかけずり回る。
道具を準備し、食材を調達し、薪を買い、荷車を借りてそれらを乗せる。
そしてボルクの地に戻った後はエプロン武装のマオの手伝いである。
混ぜ、焼き、食べ、混ぜ、焼き、食べ……
マオとカイは三日間、ボルクの皆に手間の価値を叩き込んだのである。
その結果は数日後、何とも奇妙な形で現れた。
「おいエルネ。頼んだの出来てる?」
「おうボルク。小麦粉なら出来てるよ」
ぐおんぐおん……
風魔法で小麦を粉にしながらエルネのエルフが袋を渡す。
「いくら?」
「腹減り一回だ」
「では焼き菓子腹減り一回分」
「相変わらず少ないなぁ」
「材料と薪の腹減り代と作った腹減り代の合計が焼き菓子の腹減り代。次はこの小麦を頼む」
「おうよ」
腹が減る度合いで対価を要求する。
腹減り算である。
実はこれ、魔法にもある程度応用が利く。
魔法はマナを消費する。
それを補うのはやはり食事。つまり魔法も腹が減るのだ。
「この薪をこれだけ作るのに腹が一回減ったから」
「これだけの麦を収穫するのに腹が二回減ったから」
「この果物を……」「この砂糖を……」「この水を……」
ランデル界隈の三つの里で繰り広げられる腹減り交易である。
手間 = 腹が減る。
食べ物にしか興味の無いエルフは腹が減る事に基準を見出したのである。
「なんてガバガバな……いいのかこれ?」
「……ま、まあご飯には正直だから」
人との取引の道はまだまだ遠い。
青銅級冒険者カイ・ウェルス。
勇者級冒険者マオ・ラース。
二人は何とも奇妙なエルフの取引に首を傾げるのであった。
なおこの取引、焼き菓子は連続して作る事で余熱が使えるため薪の節約が可能だ。
ボルクは寡黙なちゃっかりさんなのであった。
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