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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
9.そのエルフさんは世界樹に祝われています
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9-9 ボルクは寡黙なちゃっかりさん(2)

『おはようございます』

「おはようございます」「おはようえう」「おはよう」「おはようございます」


 次の日。

 朝日が森を照らす頃、カイ達は活動を開始した。


 今日はどうでしたか?

 たぶん、無理でしょうね。

 ……あの方にも困ったものですね。


 瞳で問う幼竜マリーナにカイが態度で示すと、マリーナが残念そうに肩を落とす。


 世界の仕組みを知るカイ達は、原因が自分達以外にも存在する事を知っている。

 世界主神ベルティア・オー・ニヴルヘイム。

 この世界の最高神だ。


 この一年励みに励んだカイ達が今も子を授からないのはまさにこの神が原因であり、以前イグドラに聞いた所『すまぬ』とひたすら謝罪される有様であった。


 この困った女神様、イグドラのお礼にと厳選に厳選を重ねているらしい。

 普通で良いのにこの始末。

 神の都合は本当に迷惑だなと呆れ半端無いカイである。


 世界がどうであろうが人は必死に生きるしかない。

 神の都合など生き抜いた後で気にすれば良い事だ。そんな都合や基準を生きている今押し付けられても迷惑でしかないのだ。


 基準が違えば善意も迷惑。

 ここまで来ると呪いに近い。

 イグドラに早めに解決してくれよと念を押し、妻達には妙な神に目を付けられてしまったと土下座するカイである。


 妙な神(最高神)。

 ミリーナ、ルー、メリッサはさすがにエルフ。百年待っても大丈夫と言ってくれた。

 まあ二百年は勘弁なと、エルトラネのような事も言われてしまったが。


『さぁカイ、朝食の準備は出来ておりますよ』

「……朝食を”作る”準備な」

『あらそんな細かい事ホホホ』


 かまどの上には熱湯沸き立つ鍋があり、食器も食材も準備万端。

 さすが食への執着半端無いエルフが転生した幼竜だ。人間用に作られた様々な道具も器用に扱いあとは食材を投入するばかり。


 しかし決して作らない。それはカイの仕事と思っているからだ。

 そして妻達は食材を作っても食事を作る事はない。カイのご飯が好きだからだ。


 カイは昨夜作った肥料で芋を作る妻達を横目に無造作に材料を鍋に入れる。

 料理は非常に単純明快。材料と調味料を入れてしこたま煮込むだけ。

 灰汁を取る事すらしない。

 呪いが祝福に変わったからとカイがご飯に手を込ませようとした事はある。

 しかし妻達はそれを嫌い、変わらぬ料理を切望した。


「カイの料理はあれがいいえう」

「む、カイの煮込み過ぎ最高」

「あの料理こそがカイ様の素晴らしき想いなのですわ」


 妻達にこうせがまれてしまっては仕方ない。

 今日もカイはぐつぐつとひたすら鍋を煮込み妻達とマリーナにふるまい、妻達はうまいえう最高美味しいですわとにんまり笑って食べ、マリーナはすこし微妙な顔でしこたま食べる。


 まあ、こいつらが好きならいいか。


 と、カイは納得するしかない。

 カイはいつものご飯を皆で食べ、テントを畳んで出発した。

 ランデルの森はカイ達にとって安全な森。

 カイと皆は談笑して歩き、時折すれ違うランデルの冒険者達に挨拶しながら奥へと向かう。

 ランデルの冒険者も慣れたもの。エルフの妻達とマリーナに手を振り笑う。

 全てを食らう暴食という名も今は昔だ。

 談笑しながら歩いているうちに森の様がじわりと変わり、湿り気のある歩きやすい森へと変化する。


「む、ここからはボルクの縄張り」

「そうだな」


 枯れ枝や草が適度に排除された、食用キノコにあふれる森。

 これがボルクの森である。

 が、しかし……


「なになに、ペネレイ一袋につき焼き菓子一袋。盗めば呪う」

「こちらはクッキーなら半袋でおっけーだそうですわ」

「さすがダークエルフ、露骨えう」

「む、森の手入れもしないエルネに言われたくない。明朗物々交換素晴らしい」

『あらあら』


 呪いがかかっていた頃は焼き菓子との交換がひっそり行われていた森であったが、今はとてもわかりやすい。

 台に袋入りのペネレイが無造作に置かれ、札に交換レートが書かれていた。

 これまでは背から樹木に移植していたのに今やあっさり袋入り。

 もはやただの露店である。


「……いるな」「いるえう」「む。期待マナ半端無い」「ですわ」


 マナで見れば周囲にちらほらボルクのエルフが潜み、購買客を待ち構えている。

 これでは盗む事など出来ないだろう。

 カイがしばらく見ていると顔見知りの冒険者が一人、菓子の袋を手にやってきた。


「よう」

「ようカイ。久しぶりだが今日は携帯食料はいらんぞ」

「すまん。今は手持ちが無い」「なんだよカイの分際で」「ぬかせ」


 号令ひとつでエルフを暴走させる男も人間世界ではしがない青銅級冒険者。

 顔見知りの冒険者はカイと会話しながら菓子の袋を十個置き、ペネレイの袋を十個取る。

 さすがに相手がエルフではズルは出来ないようである。

 ルーの言う通り明朗物々交換であった。


「今はこれが儲かるのか」

「オイルバグより楽で儲かる。これを薬師ギルドにもっていけば銀貨四枚」

「今は四千エンか。買取価格はやっぱり下がるよなぁ」

「ランデル界隈ではペネレイは余り気味だからな。今は禁止されているがエルフとの商取引が解禁されれば俺らの出番は無くなるだろう。つまり今が稼ぎ時だ」


 今は領主であるルーキッドが見逃しているグレーゾーンな取引だ。

 エルフ達の価値感覚がある程度育てば商人との直接取引が解禁され、エルフも商人も納得できる取引が行われる事だろう。


「で、菓子は一袋いくらした?」「銅貨四枚」「四百エンかよ。ボロ儲けだな」


 四千エンのペネレイ一袋が菓子一袋四百エン。

 ボロ儲けだ。

 しかしカイがマナで見れば買ってもらったエルフはとても喜んでいる。

 今のエルフはこんな価値感覚なのである。


 こんな状態で商取引したらエルフは人間に搾取され、やがては人を恨むだろう。

 そしてエルフの後ろには竜がいる。

 今はランデルの町で遊ぶ大竜バルナゥもエルフの肩を持つだろう。

 人間では倒せない存在に戻った竜が敵対するのはシャレにならない。

 

 カイは顔見知りの冒険者に言った。


「運んでるだけなんだから買取価格の八割くらいはかけてやれ」

「呪われてないんだからエルフは満足してるんじゃないか?」

「それは今だけの事だ。互いを理解した頃に評価がどうなるかわからんぞ?」

「う……」

「逆に今それをすれば相対的にエルフの信用がうなぎ登りだ」

「な、なるほど。信用を作っておけば後々の取引にも応じてもらえる、と」

「そういう事だ」


 冒険者など危険で不安定な職業だ。

 そうそう長く続けられるものではない。

 この冒険者も体の衰えを感じ始めているのだろう。少し考えてさらに十個、菓子の袋を台に追加した。


「今はこれしか手持ちは無いが、今後はもっと袋を持ってこよう」


 あぁ、喜んでる喜んでる。


 喜びにマナが激しく踊る様が何とも切ないカイである。

 そしてこれもルーキッドから戻ってきたエルフ問題かと頭を抱えるカイである。

 ランデルの森にある心のエルフ店での惨状を聞いてはいたが聞きしに勝るこの格差。


 どうするんだこんなの。

 そもそも祝福を持つエルフと持たない人間で価値のすり合わせができるのか?

 誰かにぶん投げられないかなぁ……無理だろうなぁ……


 と、考えながらカイはボルクの森を進み、やがてボルクの里に到着した。


「カイ、ボルクにようこそ」


 ルーが皆の前に立ち歩き出す。


「……キノコだ」「キノコえう」「えぇ、キノコですわ」『キノコ』


 キノコを見上げてあんぐりのカイ、ミリーナ、メリッサ、マリーナ。

 見上げる程のキノコである。

 手入れされた木々が覆う天の下、背丈の三倍はある巨大なキノコが乱立しているのである。

 カイは手近な一つに近づき、その柄に触れて撫でてみる。


「……ペネレイだ」

「えうっ?」「本当ですか?」


 ミリーナとメリッサが驚き、キノコに流れるマナを見る。


「た、確かにマナの流れはペネレイえうが、こんなに大きくなるえうか? 何食分になるえう?」

「驚きですわ。こんなに大きいペネレイ……一体何食分なのでしょうか」

『食べごたえがありそうですね』


 結局そこかい。


「む、ここのはあんまりおいしくない。小ぶりが食べごろ」


 ルーも結局そこかい。


 飯への執着半端無い妻達とマリーナに呆れながらもカイはキノコの森へと足を踏み入れる。


「体に生えたペネレイを里に移植するとこうなる。毒キノコがあると色々大変」

「いや、こんなに大きくなるなんて聞いた事がない」

「えう」「はい」『ですねぇ』


 他の場所ではここまで育つことはない。

 呪いを持ったダークエルフが住んでいたからこそだろう。里の姿を見るに祝福に変わった今も大して変わっていないらしい。

 と、見れば一人のダークエルフがペネレイの一つにナイフを突きたて、抱えるほどの大きさに切り取っている。

 カイはダークエルフに聞いてみた。


「あの、何をしているんですか?」

「背から生やすと疲れるから、時々こうやって食べている」

「なるほど」

「あまりおいしくないが面倒な時便利。皆様もいかが?」

「えう」「む」「はい」『いただきます』


 保存食みたいな扱いである。

 あまりおいしくなくても食べるのねとカイは呆れ、いやいや俺も変わらんぞと首を振って反省する。

 カイの料理は安全第一。ひたすら煮込んだだけのご飯だ。


「後で鍋にしようえう」「味付け次第でそれなり」

「煮込めばきっと美味しいですわ」『あらあら』

「……」


 俺があの時まともに料理をしていれば……!


 ダークエルフのお裾分けを手に笑う妻達を前に、ほろり涙のカイである。

 そうすればもっと美味いご飯を振舞えたのにと後悔するも後の祭りだ。

 呪われ時代のあったかご飯インパクトはそれだけ絶大なのである。


「すまん。本当にすまん」

「えう?」「む?」「カイ様、何を謝っているのですか?」

「いや、お前達にうまいご飯をだな……」

「今も美味しいあったかご飯えうよ」

「む。今でも美味」

「私もとても美味しく頂いておりますわ」

「……ありがとな」


 カイは本気で言ってくれる妻達に感謝し前を向く。

 ご飯はもうどうしようもないが素晴らしい妻達に恥じない夫でいよう。

 そう決意したカイは前を見て……


「ん?」


 カイの三択キノコ鑑定眼がペネレイの森に一つ、違う何かを発見した。

 近づいてよく観察する。

 間違いなくペネレイ。

 しかし、回りのものとは違う。これは……


「このペネレイ、ルーか」

「せいかい」


 ルーが嬉しそうに微笑み、カイにぺとりと抱きついた。


「ルー?」

「自分のペネレイを言い当てた人と結ばれると幸せになる。ボルクの伝承」

「……そうか」


 カイはルーを抱きしめる。 


「なんて素晴らしい。エルトラネの婚礼のような伝承があるのですね」

「エ、エルネにもあるえう。ひいばあちゃん!」

『本物の土下座のプロは土下座と同時に食を得ているものなのです』

「それ、伝承なんですの?」『違いますねぇ』「えうぅ……」


 しょんぼりなミリーナであるが呪いの重さの違いだろう。

 体からキノコが生えるダーの族、尻から生える植物の麻薬成分で常時狂気のハーの族。

 二つの族に比べればアーの族の呪いはだいぶ軽い。

 伝承に希望を求めるほどには呪いに抑圧されてはいなかったのだろう。それだけエルフの中では幸せな族だったのだ。


「しあわせ」

「俺もだ」


 カイとルーは抱き合い、ミリーナとメリッサとマリーナは二人を祝福する。

 そんな二人を迎える者達がいた。


「カイ殿、お見事!」

「な。俺の言う通りになっただろ」


 現れたのはボルクの里の長老と、カイも良く知る多芸勇者だ。


「マオ」

「よう、ハーレム男」


 勇者級冒険者マオ・ラース。

 今は心のエルフの店の店主もしているマオがボルクの里まで出向いていたのであった。


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