2-3 実りの季節はあたまを大事に
「ふふふ、キノコをこんなにして。卑しい人」
「うぅ……は、恥ずかしい」
「あぁ、硬くて、大きくて、滑らかで、開いた傘が素敵。ゾクゾクするわ……さぁ、放ちなさい。私が手伝ってあげるから」
「も、もう……」
「……何してるんだよお前ら」
待ち合わせの場所に着いたカイは呆れてミリーナとルーを見つめていた。
来てみればいきなり妙な会話をしている二人。
妖しい会話にときめいてしまったのも、二人の姿を見たとたんに勘違いに気付き恥ずかしくも悔しい気分になるのも男の性なのだろう。
こんな奴らに悔しい、でも……である。
カイの視線の先で、ミリーナが四つんばいになったルーの背中のペネレイを採取していた。
「呪いを広げるための練習えう」
「恥ずかしい。齢二百三十にしてこの屈辱……恥ずかしい」
ミリーナがささやかな胸を張り、ルーがたわわな胸を屈ませる。
「あぁ、それでミリーナはえうを封印してたんだな。台無しだし」
「えうっ!」
何してるんだよ百十五歳と二百三十歳ピチピチエルフ少女。
と、呆れるカイの前で二人はいつもの言葉を口にした。
「「ところでご飯はまだですか?」」
「まだだよ。それよりまだ呪いを広げるつもりなのかよ」
「当然えう。チャンスがあればマッハで、いえマッパで誘惑えう」
「でもカイはもう誘惑しない。あったかご飯の人だから」
「ありがとう。でもランデル近くではやらないでくれよ?」
カイは自分が二人の呪いの対象から外れた事に安堵した。
まあ当然ではある。
ミリーナは呪いを広げれば弱くなると考えているようだが終わりの見えない呪いよりも今のご飯。
数億年単位の恨みなどエルフの寿命をもってしても長すぎる。死ぬまで解放されないのはまず確実なのだから。
「むふん、練習がんばる」
「いや、ルーは今でも破壊力十分だから」
キノコに精を吸われたルーがふんぬと気合を入れる姿にカイは慌てて止める。
これ以上説明し辛い前屈みは勘弁して下さいお願いしますである。ただでさえ悩殺ボディー&コスチュームなのに意識的にやられたらカイのキノコが暴走待ったなしだ。
すげえ恥ずかしいのでやめてほしい。
カイは切実に願った。
それにしても……
と、カイは二人から少し離れた場所にある袋に目をやった。
エルフの影響が減る場所に積まれたペネレイ袋はすでに十を数える。
すべてルーが生やし、ミリーナが採集したものだ。
「ミリーナ、食べ物なのに採集して大丈夫だったのか?」
「これはご飯の対価えう! ご飯じゃないえう!」
「どういう呪いだよ……」
本人の意識の問題らしい。
さすが世界樹、よくわからん呪い方である。
しかしこれだけあると待っている間にずいぶん採取したものだなと感心すると同時に体調は大丈夫なのかと心配になってくる。
ルーは寡黙で無理をするので目が離せない。
カイは積まれた袋を前に、ここまでは要らないから少しは還元してやるかとペネレイの袋二つを煮る事に決めご飯の準備を始めた。
かまどを作り、これまでよりも大きい五人前の鍋を据え付ける。
「水よ」
ルーが魔法を使い、鍋を水で満たした。
あぁルー素晴らしいよルー。二人目のダークエルフは駄犬では無かった。
と、ルーのお役立ち度に感激するカイである。
水魔法を使いキノコの苗床でもあるルーがいれば水を運ぶ手間が無くなり食生活も豊かになる。
体力があればより高級な食用キノコも生やせるらしいがこのままでも十分です元気でいてください、であった。
「ミリーナとルーは薬草を採ってくるえう」
「ごはん」
「行くえうよルー。ご飯には対価が必要えう」
待てミリーナ、ルーは既に必要以上の対価を払っているぞ。
カイは心の中で呟く。
一袋銀貨五枚を十袋だからミリーナの薬草よりもはるかに高価だ。
だからと言ってエメリ草とかラナー草とか絶対採ってこないで下さいお願いします。
「ごはん……」
「ミリーナ達がいると火が使えないえう。あったかご飯は火が不可欠えう」
ミリーナがルーの手を引きその場から引きずっていく。
離れたことを確認してカイはかまどに炭を入れ、道すがら集めた枯れ枝を入れ、魔炎石にマナを込めて火を点けた。
水を張った鍋に食材を無造作にぶっこむ。
ペネレイの袋二つに銅貨三枚携帯食料二つ、そろそろ食べないと心配な狩った獣の干し肉を少し。
ペネレイは煮ても焼いても美味しいので嵩を増やすのに重宝する万能キノコ。ルーに感謝である。
あとは薬草と塩を混ぜてしこたま煮る。
とにかく食中毒防止であるカイの料理は熱を通すのが第一。味は二の次だ。
エルフに食のこだわりが無くて助かった。
と、カイが道すがら採ってきた薬草の一次加工を始めようとした途端、いきなり火が消えた。
「ごはん」
「……まだだよ」
「だめえうよルー! 近づいたらそれだけご飯が遅くなるえう!」
「むむそれは一大事。でもごはん……」
役に立ってもやっぱり駄犬だったな。
カイはミリーナと同じようにルーにも『取ってこい』を教える事にする。
『待て』? ムリムリ。
カイはミリーナにルーの監督をぶん投げ再び煮込みを始め、作業を再開する。
ご飯ができる頃には日は高く昇り、昼になっていた。
「そういえばミリーナはルーみたいに体から生えてこないんだな」
「ダーの族はキノコやカビ等の菌が強い呪い。だから体が苗床になる」
「アーの族の呪いは樹木が強い呪いえう。ダーの族のように体から生やすのはとても無理えうよ」
「そりゃそうか」
大木が背中から生えたらさすがに怖い。
「むふん。ダーの族すごい」
「ミリーナも実のなる樹木を生やせば採れるえう。時間もかかるしムダも多いえうが」
「ペネレイは全部食べられる。ダーの族超すごい」
「えうっ!」
そして出来た部分をまるっと食べられるキノコと違って樹木は食べられない部分が多く、実が出来るまでの期間も長い。
ルーのように身ひとつで出来ないのも仕方ない。
しかしルーに自慢されっぱなしなミリーナではない。
樹木があればその実りは半端ない。
旬の季節ならなおさらだ。
「ですがようやく実りの季節えう。アーの族のボーナスタイム、樹木の恵みは今が旬えう。何がいいえうかカイ? 今こそエルネがあったかご飯の恩を返すえう!」
自信満々なミリーナを前にカイはふむと考える。
実りの季節にありふれたそこそこ高い樹木の恵み。
しばらく考えたカイは一つの実りを口にした。
「ランデルだと、栗がそこそこ高いかな」
「えう……く、栗えうか?」
悪魔を見るような目で見つめるミリーナにカイは少し考えて、ミリーナの表情の理由を理解した。
呪いによりエルフは頭で食物を受ける種族となっている。
そして栗の実りは棘々しいイガに包まれ人肌程度なら簡単に刺さる。
それをエルフに要求するのはさすがに酷な話だった。
「いや、実らせるだけでいいから、あとは木に登れば取れるから」
「世界樹がそれで許す訳無いえう。絶対刺すえうスカッと刺すに決まっているえう……カイ」
「何?」
ミリーナがカイに土下座する。
「ミリーナが栗に刺された後のエルネをお願いしますえう」
「やめて下さいお願いします。というかイガ栗くらいで俺の人生を縛らないで下さいホント。あ、待て、今の嫌な笑みは何だミリーナおい!」
「えうー、エルネの未来をお願いしますえうーっ!」
ごちそうさまと椀に土下座して、跳ねるようにミリーナが駆けていく。
やばい、あれは本気だ。
カイは慌てて立ち上がる。
イガ栗ごときでエルネの里を押し付けられてはたまらない。
どうせ何があっても付きまとって来るくせに負い目まで擦り付けられたら泥沼である。
たとえ手の内バレバレでもスカッと刺さった姿を見れば負い目を感じずにはいられないのがカイである。
良く言えば優しく、悪く言えば小心者なのだ。
「む、冬虫夏草を生やせばボルクの未来も安泰。焼き菓子補償はじまるウフフ」
そんなカイを見てルーがボソリと呟いた。
冬虫夏草は虫などの動物を苗床にして育つキノコである。
動物を糧に育ちやがては殺害する脅威のキノコで薬の材料として使われる。
が、しかし……
「あぁ、それは高値取引だからいらねぇ」
「ぬぐぅ……!」
カイとの付き合いの差だろう、ルーの作戦はあっけなく失敗した。
「こら待てミリーナ!」
「待たないえうーっ!」
カイはミリーナを追い駆けていく。
運動能力に優れたミリーナに追いつくのは難しく、姿を見失わないようにするのも一苦労だ。
しかしエルフが食を得るにはひとつの手続きが必要だ。
樹木を前に土下座しなければならないのである。
そこが狙い目だ……
と、カイはミリーナが土下座するチャンスを虎視眈々と狙っていた。
しかし、ミリーナもそんな事はお見通しだ。
駆けながら栗の木を探し彼方にそれを発見するとミリーナの瞳が輝く。
魔法の発動前兆だ。
「風よ、飛ばせ!」
魔法と共に跳躍する。
ズバン!
ミリーナの周囲に風が起こり、跳んだミリーナをそのまま彼方に吹き飛ばす。
距離を稼いだミリーナは飛びながら姿勢を変えていく……土下座姿勢へと。
「見たえうかこの流れるような姿勢制御! エルネ伝統ジャンピングスライディング土下座えう!」
「なにそのムダに高度な技術!」
「では私も……水よ、流せ!」
背後から乳をぶるんぶるん揺らして走るルーが瞳を輝かせて魔法を発動する。
ザバン!
水がルーを押し流してカイをぶっちぎっていく。
ルーは水に流されながら姿勢を変え、やがて地面をツイーッと滑る安定姿勢に変化した。
「ボルク直伝ハイドロプレーニング土下座です」
「それ恐い! めっさ恐い!」
「ウフフフついーっとな」
エルフには必須かもしれないが人にはまったく意味の無い技術にカイは戦慄し、すでに栗の木の前で土下座を始めている二人を彼方に必死に走る。
……まだだ、まだチャンスはある!
絶望的な距離の差に、しかしカイはまだ諦めていなかった。
二人の頭に落ちてくるイガ栗は自由落下。
矢のように高速で飛んでくるわけではない。カイでも対処できる速度だ。
当たる前に弾いてしまえば俺の勝ちだ……
走りながら手近な枯れ木を手に取りカイはラストスパートをかける。
すでにゴール直前の二人は土下座の真っ最中。
間に合うかどうかはきわどいところ。カイは息を切らせながら栗の動向を注視する。
揺れる視界の先、茂った葉の影から複数の丸い何かが落下しているのが見えた。
イガ栗だ。
あれが二人の頭に当たったときカイの敗北が確定する。
極限まで集中しているからだろう、やけにゆっくりと落ちていくそれにカイは歩調と姿勢を合わせ、手にした枯れ木を振りかぶる。
着弾はミリーナの方がわずかに早く、次にルー、そこからミルルミルミルミミと続く。
脳裏に描かれた剣筋のまま、カイは枯れ木を振り下ろす。
体の動きは完璧だ。目標への軌道も修正可能。
いける!
ゆっくりと毬栗に迫る枯れ木にカイは勝利を確信する。
今まさにカイの冒険者人生の集大成が結実したのである……
なんて事はまるでなく、振るった枯れ木は虚空から生えた枝葉にあっさりガードされた。
世界樹ーっ!
カイは心の中で絶叫する。
エルフだけでなく俺までも呪うつもりか負けるかこのやろう!
カイは跳ねた。そして体をひねった。
二人の頭上を横向きに越えるように姿勢を変える。
カイの眼下に驚きの瞳で見つめる二人が見えた。
だがもう遅い。
カイは今度こそ勝利を確信する。
横向きに回転しながら飛翔するカイの体は大多数のイガ栗を弾き、それ以外のイガ栗を衣服の繊維で絡め取った。
そして、落下。
「んぐあ痛いっ! 痛いっ!」
着地のインパクトと同時にイガ栗がサクッと刺さる。
カイの鎧は軽装皮鎧、それも部分的に皮と鋼を使っているだけで残りは厚手の布である。
それは刺さった。しこたま刺さった。
血をダラダラ流しながらカイは地面を転がり、栗の木に激突し、振動で落ちるイガ栗の追加攻撃を受けてさらにのたうち回った。
阿鼻叫喚のイガ栗地獄の後、やがて立ち上がったカイは唖然とする二人を前に叫ぶ。
「俺の、勝ちだーっ!」
「アホえう」
「アホ……」
「お前らにだけは言われたくねえっ!」
しかしこれが限界だった。
極度の疲労、精神の異常興奮、そして出血……薬草採りでのんびり過ごす青銅級冒険者であるカイにこの状況はいささか厳しいものだったのだ。
カイはフラリとよろめき、倒れた。
「えうっ! ミリーナのあったかご飯がえうーっ!」
「もとの場所まで運ぶ。そして脱がして傷の洗浄。薬草は?」
「荷物の中えう。こういう時の世界樹の葉なのに何でキノコ回復に使っちゃうえう?」
うるせえよ。あんな貴重品持ってたら不安で夜も眠れんわ。
回復魔法は二人とも使えないらしい。
慌てふためく二人のエルフに担がれながらカイは心の中で悪態を付き、そのまま意識を失った。
「う……」
次にカイが目覚めたのは、夜も更けた頃だった。
魔光石が輝き周囲を淡く照らす中、カイは周囲を観察する。
荷物から取り出したのだろう、毛布が体にかけてある。
薄手の毛布なのに妙に温かいと思って横を向いたらルーがぺっとり抱き付いて眠り、カイの体を温めていた。
「うわっ」
驚いたカイが起きるとひんやりとした森の夜風がカイの体温を奪っていく。
手当てしたからだろう、上半身は裸だった。
「め、目覚めましたかえう?」
「ミリーナか」
カイはブルリと震え、毛布の上にかけてある上着を羽織る。
カイが動いた事で目覚めたのだろう、ルーがむくりと起きておはようと告げてきた。
「二人ともありがとう。そしてすまん、ガラにもなく熱くなった」
「えう、私もえう」
「私も、ごめんなさい」
カイは二人に感謝し、そしてアホな争いに謝罪した。
二人もやや顔を赤くして頭を下げる。
そして顔を上げても意味ありげにチラチラと視線を走らせるだけで黙っている二人にカイは首をかしげ、一つの結論を導き出した。
「あぁ、そういえばご飯がまだだったか。すまん」
カイは作れなくてすまないともう一度頭を下げ立ち上がった。
二人が顔を赤くして明後日の方向を向く。
エルフと言えばご飯。
その先入観がカイをその行為に走らせたのだが二人の表情の意味は全く違っていた。
夜風がカイの下半身を直接撫でていく……
「すいません、お見苦しいものを」
「い、いえぅ」
「大層、立派なキノコをお持ちで」
なにこの会話。
切ない気持ちを抑えて下着を付け、上着と鎧を身に付ける。
余裕の無いミリーナは練習をまったく活かせず、ルーは眼前にあるキノコとまったく違う肉から必死に目を背けていた。
カイは二人の様子にたまらず吹き出した。
こいつら、よくこれで人とヤろうと思ったな……
呪いを広げようとしていたミリーナと焼き菓子の対価を体で払おうとしていたルーに思う。
討伐対象種族エルフ。
滑稽で愉快な奴等だ。
「な、なんで笑うえう?」
「いや、まあ、な。それよりご飯にしよう。暗いけど何か狩ろうぜミリーナ」
「肉! 肉えうね。スパッと狩ります行くえうよルー」
「む」
二人のエルフが立ち上がる。
樹木のエルフ、ミリーナ・ヴァン・アー。
菌のダークエルフ、ルー・アーガス・ダー。
「樹木、菌、あとは草か。穀物とか野菜とかあったら一気に豊かになるなぁ、薬草も」
「「エルトラネとは関わりたくありません」」
「そんなにひどいのかよ……」
二人の散々な評価にげんなりしたカイはまだ見ぬエルトラネの里のエルフを思い、関わりませんようにと世界樹に祈った。
関わったら大サービスのハッピーライフをお約束しちゃいますよ。と……