09.剣鬼様、狼を退治する
そして馬車で揺られること数時間、やって来たのはそこそこ大きな村で、柵で囲まれた中ではたくさんの村人や子供たちが畑を耕したり、遊んだりしていた。
ガルムを先頭に列をなし、村人に訊いて村長のところへ行く。
周りの家より少し大きい家の中に年老いたお爺さんがいた。
話を聞けば数日前、森に狩りに出かけた若者達が獲物を仕留めた際、五匹のシャドーウルフに襲われたそうな。
若者達は獲物を諦め防戦しながら撤退し、シャドーウルフも獲物が狙いだったのか、襲撃もそこそこに去っていったという。
幸い死者は出なかったが、若者達の半数以上が怪我を負ってしまって、もし近いうちに村にシャドーウルフ共が襲いかかってきたらとかなり怯えた様子だった。
シャドーウルフと遭遇したという場所を聞き、俺たちで向かうこと数十分、シルフィが痕跡を発見。
痕跡を辿ると奥深くまで続いていそうな洞窟に続いていた。
「ふむ、奴らはこの中か」
「ああ、足跡は狼のものだけだな」
さすがに慣れてるな。俺は基本的に対人ばかりでこういうハンターみたいな事は(出来なくもないが)不得意なので助かる。
ガルムが自ら先頭に立つと提案したが、進む時も逃げる時も最も接敵し続ける一番危険な先頭は俺が立つことにした。
二番目に警戒すべき背後からの奇襲を想定してガルムが殿、万能型のシルフィを間に挟む形で洞窟の中に侵入していく。
暗い洞窟の中をシルフィの魔法の明かりを頼りに進んでいく道中、ガルムが話しかけてきた。
「にしてもここは狭いなぁ。俺は素手でも戦えるし、シルフィは魔法があるからいいとして、お前さんは剣以外何か戦闘方はあるのか?」
「素手でも戦えないことはないが、剣を持ってる時とは比べるべくもないな」
「そんじゃここは戦いづらいんじゃないか? 剣を振るにはここは狭いだろう?」
確かにこの洞窟の広さはガルムより一回り広い程度しかなく、腕を九十度曲げた程度で剣が天井に付いてしまう。
真上にジャンプすれば頭がぶつかりそうになるくらいだ。
それでも俺は――
「問題ないな。突きを主体にするなり壁にぶつからないように振りをコンパクトに収めればいいだけだ。威力は出ないが急所を突けば生き物は死ぬ」
「急所の無いゴーレムなんかが出た時は?」
「ゴーレムってなんだ?」
俺がそう言うとガルムはポカーンと口を開けてシルフィを見、シルフィは首を振ることで応える。
どうやら(そんなことも知らないのか)と思われたらしい。
俺が冗談で言っているわけではないと分かると、ガルムは説明してくれた。
「ゴーレムってのは簡単に言うと人形だな。多くは土とか鉄とかで出来てるが、たまに水で出来たゴーレムなんて物も出てきやがる。いやあ、あれは苦労させられたな。あの頃のパーティじゃ結局逃げるしか出来なかったんだが、ゴーレムらしくねえ速さで追ってくるわ、足を潰してもすぐ再生するわで死ぬかと思った」
話の最後は追跡範囲外まで逃げ延びたというオチで終わった。
途中からだいぶ脱線したが、まあゴーレムっていうのがどういうものかは理解した。
頭の中で軽くシュミレートして、結論を言う。
「水とか斬っても再生するのは少しキツいな……、いや、ちゃんと剣が振るえれば斬れなかろうが斬るんだが、ここで遭遇したらシルフィに迎撃を任せて俺は防御しつつ撤退って感じになるな」
「ほう、まあ、ちゃんとプランがあるなら良いんだ。お節介言って悪かったな」
「いや、気にせずにどんどん言ってくれ。故郷の言葉だが、報告、連絡、相談は仕事をする上で欠かせないからな」
「そりゃいいな! 俺も覚えておこう」
ガルムがいい笑顔で答えた矢先、シルフィが口に指を立てて俺たちを黙らせる。
俺の感覚だと敵はまだ先なんだが、とりあえず止まってシルフィに小声で訊いてみた。
「どうした?」
「十歩先の地面と壁を見てみろ、左だ」
言われるがまま先を確認すると、暗くて見えづらいが何やら模様が描かれている地面と、言われてみると不自然にデコボコしている壁が見えた。
罠、だろうか?
シルフィに訊いてみる。
「罠か?」
「ああ、あの魔法陣を踏むと左からゴーレムが遅い掛かってくる仕組みだ。正直いまお前たちがゴーレムの話をしていなかったら気付かなかったかもしれない。なんせただの洞窟だと思っていたからな。ゴーレムなんてダンジョンや遺跡で出てくるものだろうに」
なんて不機嫌そうに呟くシルフィは、指先に魔力を込めてから撃ち出し、魔法陣を掻き消した。
これで気兼ねなく通れるらしい。
しかし、遺跡やダンジョンくらいにしか出てこない物がここにある、ということはおそらくそういうことであって……俺たちは相談タイムに入る。
始めに口を開いたのはガルムだ。
「さて、こんなもんがある以上、十中八九ここはダンジョンか遺跡ってことになる訳だが……続けるか?」
「私は行けるぞ」
「俺も行けなくはないが、もしこの先が長いのなら食料とかが心許ないな」
「ここが遺跡にしろダンジョンにしろ、出入口からここまであそこまで狭いのなら底はすぐだろう。規模が大きくなると出入口や道もどんどん大きくなるのが一般的だからな。そういう考えもあって私は続行したい」
俺の心配をシルフィが払拭する。
確かに相手は危険度Cのシャドーウルフが最低五匹程度。
この三人の誰か一人でも何とかなってしまうレベルだし、俺以外の安全を度外視すれば俺が倒せない相手はいないだろう(自信過剰みたいで恥ずかしい)。
ただ、命が掛かっている以上、多数決ではなく全会一致で決めるべきだ。
俺はガルムに問う。
「戦力は十分、目標までは遠くない。ただし万が一の保険なんかも無い。俺とシルフィは続行派だがどうする? ガルムが撤退で通すなら引き返して適当に魔物でも狩って帰るが」
「……正直、怖くねえと言ったら嘘になるが、冒険者に保険なんてもんねえのは百も承知でやってんだ。たまには博打も打たねえと上には上がれねえよなぁ! それにこいつぁ分の良い賭けだ、乗らねえのはアホだろ?」
その言葉はまるで自分を叱咤しているようで、俺は思わず笑みが零れた。
勇気を持って笑う奴が俺は好きだ。
そういう奴はピンチもチャンスに変える力がある。
さっきは自分以外の安全を度外視すれば云々なんて考えたが、やめだ。
誰も死なさねえ、全員生きて目標を仕留めて帰る。決まりだ。
ふと横を見ればシルフィも一見凶悪な笑みを浮かべてガルムと笑い合っていた。
「ガルム、少し見直したぞ。総合力の高いパーティでありながら比較的安全な依頼ばかりをこなす腰抜けだと思っていたが、案外男らしい部分もあるじゃないか」
「そりゃ強そうな相手には誰から構わず襲いかかって、しかも大抵ボコボコにしちまうお前さんと比べられちゃ、ほとんどの奴は腰抜けに見えるだろうよ。お前さん【暴風】って呼ばれてる影で狂犬呼ばわりされてるのは知ってるのか?」
「なに? 誰だ?」
「それはさすがに言えねえよ。俺のせいで死者は出したくねえ」
まだシルフィはガルムに絡む気だったが、俺が肩を引っ張って話を終わらせる。
結論が出たならさっさと先へ進みたかった。
ガルムの勇気に当てられたせいだろうか、ちょっとばかしテンションの上がった俺はさっきまでよりも気合いを入れて慎重に進んでいく。
いや、こういう時に調子に乗らないように体に刻み込まれたんだよ……。
修行時代の嫌な記憶を思い出しながらシルフィに罠を消してもらいつつ進んでいくと、やがて開けた場所に出た。
そこは洞窟を進んだ先だと言うのにまるで森の中としか言いようのない場所で、木の上の方に実ってる実が薄く光を放っていた。
真っ暗ではないが視界が通らない薄暗い森のような場所。
そこをあえてシルフィの魔法の光を消さずに、音を出しつつ突き進む。
俺の、いや、俺たちの予想では……おら来た!
茂みの中から襲いかかって来たのは背後の闇に溶け込むような黒い毛皮の狼。
素早く反応し、脳天から叩き斬る。
シルフィやガルムの方にも同様に襲いかかってきていたが、問題なく対応したようだ。
ただ、そこで一つ別に問題が発生した。
「ああん!? 手応えがねえぞ! 幻が混ざってやがる!」
声を上げたのはガルム。
内容が簡潔で分かりやすいのが実にいい。
素早くシルフィに問う。
「シルフィ、シャドーウルフってのはそういう芸当もできるのか?」
「いや、シャドーウルフはただ黒い狼の魔獣だ、魔法を使ったりはしない」
「魔法を使う何かがいるってことだな」
そうして話し合いながらもシャドーウルフの襲撃は収まらない。
幻を除いて十は斬り殺しているが、まだまだ足音や草が擦れる音は聞こえてくる。
あるいはこれも魔法のうちなのかもしれない。
焦れったくなってきた俺は、シルフィに提案する。
そんなに魔法が自慢したいならこっちも自慢させてもらおうか!
「シルフィ! 思いっきりやれ!」
「【暴風】の名に恥じぬ風をくれてやる、受けるがいい! はあああああ!!」
シルフィを俺とガルムで挟んだ一箇所を除き、辺り一帯に凄まじい竜巻が巻き起こる。
木々をへし折り、ズタズタに切り裂き、実もバラバラに砕けたせいで灯りも失われる。
ひたすら風の音が響く暗闇の中、ガルムがおっかなびっくりオロオロしている反対側で、俺は警戒度を最大限に引き上げて竜巻が収まるのを待つ。
やがてシルフィが魔力を抑え、竜巻が勢いを無くし、ただそよ風だけが吹いている、そんな空間の中、それはシルフィの足元、闇の中から襲いかかってきた!
まったく反応出来ていないガルムは標的になっていないからいいとして、標的になっているシルフィは――
「! くぅうあっ!」
ギリギリ反応して剣を振るも襲いかかってきたそれに力負けして剣を弾かれてしまった。
反応したのは合格だが剣を手放してしまうのはいただけない。俺と出会った時と合わせて二回目だぞ。
それはそれとして、俺は素早く自分の剣をそれの首筋に当てて斬り飛ばす……つもりが、何か硬い物に当たった手応えがして叩き飛ばす形になってしまった。
――内心で人に説教したばかりだというのに、これは恥ずかしい。
シルフィが即座に剣の下へ移動しつつ魔法で大きな明かりを頭上に浮かび上がらせると、それの姿が照らし出される。
剣が弾かれた辺りで反応したが、俺が手を出していたせいで半ば棒立ちになっていたガルムと、素早く剣を回収して戻ってきたシルフィと共にそれを見る。
それは、狼だった。
先ほどまで居たシャドーウルフよりも一回り大きく、さらにその体躯に纏わりつくモヤのようなものがさらに一回りその体を大きく見せている。
しかしその全身はすでに傷だらけであり、息も絶え絶えといった感じだ。
ただ、その眼に宿る殺意はまったく衰えていないどころか、血が流れ命がすり減るごとに増しているようである。
ガルムの唾を飲み込む音が聞こえた反対側で、シルフィが狼の正体を明かす。
「あれは、ファントムウルフ……か? いや、それにしてはなんだあの魔力量は」
驚いているシルフィを横目に俺はそっと前に出る。
見れば大体相手の強さは分かるが、ファントムウルフとやらはかなり強い。
俺が倒したマキシマムアルマよりさらに、だ。
魔力をだいぶ消費して疲労気味のシルフィと、緊張で体がガチガチになっているガルムでは荷が重いだろう、ということで当然あいつの相手は俺だ。
ファントムウルフと俺の視線が交錯する。
次の瞬間、ファントムウルフが忽然と消えた、ように見えた。
シルフィとガルムは慌てて周りを警戒し索敵し始めるが、俺は先ほどまでファントムウルフがいた場所まで一足飛びに接近し剣を振るう。
剣先で確かに斬ったが、所詮は剣先。大きなダメージにはなっていないようだ。
鳴き声一つ上げない点には少し驚いたが、間髪入れずに両脇から襲い掛かかってくる影。
それを体を捻りつつ前進することで躱し……きれずに少し引っ掻き傷を貰うが、この程度は無視。
〝勘〟を頼りにファントムウルフが居そうな場所に剣を突き込む。
いつも通り〝勘〟は当たり、剣からは手応えが返ってくるが、またもやそれは硬い。
距離が離れたファントムウルフは姿を消しても意味が無いと悟ったのか姿を現し、その分の魔力で自分そっくりの分身を五匹ほど作ったり薄い膜で体を覆った。
それはさながら装甲のようで、多分あの膜が硬い手応えの正体だろう。
ファントムウルフは分身と共に一斉に突っ込んでくると、目潰しと言わんばかりに黒いモヤをこちらの顔に放ってくる。
それを切り裂く頃には多数のファントムウルフは俺の周りを不規則にぐるぐる回って本体を絞らせないようにした。
――だが無意味だ。
俺は正確に本体に狙いを定めると瞬時に距離を詰め、下から斬り上げるようにして竜巻で積み上げられた木の残骸の方へ弾き飛ばす。
叩きつけられたファントムウルフは装甲のおかげでノーダメージだが、躱す間もなく追撃の突きが体の中心部分に突き込まれる。
装甲がギリギリの部分で守ってくれているが、それも時間の問題と言わんばかりに軋みをあげてジリジリと剣先が押し込まれていく。
ファントムウルフは唸りを上げてこちらを睨んでくるが、それが後ろから襲い掛かってくる分身達に注意を向けさせないための行為だと俺は分かっている。
分かっていて俺は動かない、動かずさらに右手に力を込める。
迫る分身達、動かない俺。ファントムウルフが(勝ちを確信したのだろう)笑みを浮かべた瞬間――
「だあああらっしゃああああ!!」
まさしくハンマー投げのようにブンブンとハンマーを振り回すガルムによって、五匹の分身達は纏めてぶっ飛ばされた。
分身達にも膜のような装甲が張ってあり、ガルムの強烈なスイングを食らっても消えることは無かったが、本体を捉えている俺と距離が離れたことで勝負は決まった。
驚きの表情を浮かべている(気がする)ファントムウルフに他の手が無い事を理解した俺は、勉強を終わらせて、さっきまでとは比較にならないほどの力を右手に込める。
呆気なく装甲を砕いた剣がファントムウルフの胴体、心臓も貫通した。
その瞬間、ファントムウルフの体から力が抜け、分身達も消え、辺りには剣から血が滴る音だけが響いていた。