08.剣鬼様、依頼を受ける
あれから冒険者ギルドを出た俺たちは、一旦休もうと宿に帰り夕飯を食べて寝た。
ちなみに夕飯はパンと肉とシチューのようなスープだったが、どれも思ってたより美味しかった。
特に肉が良かった。調味料と言えば塩胡椒くらいだったが、それらが素材の味を引き出し、箸(正確にはフォーク)が進む進む。
今思えば元の世界ではあんまりステーキのようなガッツリした飯はあんまり食べてなかったから新鮮なのもあったな。
寝る前に歯を磨こうと思ったらシルフィに何人も並べるような洗面所に連れていかれ、木製のコップに何やら粉を入れた物を渡された時は頭に?マークが浮かんだが、この世界ではこの粉を混ぜた水で口を濯ぐことで口内を綺麗にするらしい。
歯医者なんか居ないこの世界で最も恐れられている物の一つが虫歯であり、その予防に研究され続けた末の結果がこれだという。
なんと驚くべきことに、これさえ毎日寝る前にしっかりやっておけば虫歯になることは無いという。
水は普通、井戸から汲んできた物を使うか蛇口のような機械に魔石をセットすると水が出てくるらしいが、その日はシルフィが魔法で水を出してくれた。
魔法を使える者はこういう時などとにかく便利なので、生きるだけなら困らないというのもその時教えてくれた。
ちなみに俺は魔法、というより魔術はあまり使わない。
元の世界にも魔法や魔術はあったが、俺の場合は魔力を体の外に放出して操るより剣で斬る方が速かったので、主に使うのは足場が崩れても戦えるように魔力で足場を足の裏に作る魔術と剣圧を飛ばす魔術くらいだった。俺の持つ魔力量があまり多くないので、できるだけ使わないようにしている。
一応元の世界では『魔術』は魔力を持つ者が〝学べば〟誰でも使える学問、『魔法』は魔力を使って発動する超能力のような異能、『超能力』が魔力に頼らない異能と区別されていたが、この世界ではそういう諸々は全て『魔法』と呼ばれているらしかった。わかりやすくて大変よろしい。
次の日、起きてから洗面所で顔を洗った俺は宿の食事スペースの一角でシルフィが来るのを待っていた。
金が無いので何も注文できず気まずい思いをしていたが、宿で働く方々はそんな俺にも笑顔を向けてくれている。
……ますます気まずい。今は空いてるからいいが、少しでも混んできたらシルフィを起こしにいくか。
なんてことを考えているとシルフィが階段で降りてきた。
「おはようカミヤ、もう起きていたのか」
「おはよう、朝は早起きな方でな」
ついでに言えば夜寝るのは遅い時間になることが多かったので、睡眠時間が普段から少ないだけだ。
久しぶりにぐっすり寝れるかと思ったが、見知らぬ場所でリラックスしきれるほど俺の体は平和ボケしちゃいないらしい。
シルフィが席に着くなり宿の人に朝食を注文する。
俺が水を頼むと、シルフィが眉根を寄せて追加の朝食を注文した。
「俺の分か? いいよ金もないし」
「金ぐらいすぐ稼げるだろう、今更だし、ここはおとなしく私から借りておけ。だいたい私の身になってみろ、向かいの男が何も食ってないのに気まずいだろう?」
「まあ、そういうことなら。ありがとう」
あまり金の貸し借りは好きじゃないんだが、この程度なら討伐系の依頼を一つこなすだけでチャラにできるというので素直に借りておくことにした。
朝食が来るまでの間に、この世界のお金についても質問したが、半銅貨・銅貨・銀貨・金貨・魔鋼貨というのでやり取りするらしい。
これは対魔族同盟の国家全てで統一されているのだとか。
今から来る朝食が、宿に宿泊する際のサービスとして銅貨三枚ほどとお得な価格設定らしいので、食事処で別に豪華でもなんでもない普通の食事を済ますと一食銅貨五枚ほどだとか。
それを聞いて銅貨一枚百円くらいかな、と覚えておく。
通貨はそれぞれ十枚で両替できるらしいので、半銅貨が十円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいか。
魔鋼貨は大きな額を動かす大商人などが使う特別なお金で、籠めた魔力によって額が決まるらしく、さながら小切手のように使うらしい。
ま、我々冒険者には縁のない金だとも言われた。
そんな話を聞いていると朝食が運ばれてきたのでシルフィと二人で食べつつ、今日の予定を相談する。
「なあ、今日、というかこれからの予定なんだが、とりあえず旅……というか次のギルドに向かう前にある程度資金を貯めたいんだが」
「私の懐は暖かいのだが?」
「俺が寒いんだよ、分かってて言ってるだろ?」
そう言うとシルフィは笑って、
「ふふ、すまんすまん。私はそれで構わないぞ。あ、毎日きちんと相手をしてもらうからな?」
「はいはい、って毎日? 俺は構わないが、潰れないか? 無理はよくないぞ」
「うっ、そんなに厳しいのか? てっきり昨日レベルかと思ってたんだが」
「いやまあ、状況によりけりだな。休みも適宜様子見て入れていく感じで」
そんな感じで話していると出入口の方から妙な視線を感じた。
横目を向けてみれば受付で昨日案内してくれた少女が真っ赤になっている。
何故そんな顔でこっちをチラチラ見てるのか少しの間分からなかったが、今までの会話を思い出してすぐに思い当たった。
いや、部屋別じゃん……。
とツッコミつつ、ちょっと想像してしまい俺も少し恥ずかしくなってしまったので、少し大きな声で、
「シルフィが強くなるためにやっぱりビシバシ鍛えるかな!」
などと言ったところ、少女は一瞬驚いてから納得したような顔をして、今度は先程とは少し違う様子で顔を赤らめていた。
これで変な噂が広まったりする可能性は抑えられたかな、と安心して食事に目を戻したその先には、驚愕と絶望の表情を浮かべたシルフィが居た。
シルフィを落ち着けてから朝食を食べ終え、(主にシルフィの)装備を整えギルドにやってきた俺たちを出迎えたのは、昨日とは打って変わって騒々しい喧騒だった。
時刻は午前九時頃、この時間は多くの冒険者達が依頼を探しに来て混み合うのだという。
そんな中をズンズンと臆する様子もなく進んでいくシルフィの後をついて行くと、シルフィに話しかける者が現れた。
「よう、【暴風】。調子はどうだい」
声を掛けたのはムキムキで髭を生やした短髪の大男だった。
金髪でスラッとしたシルフィと並んでいる所を見て不意に頭に〝美女と野獣〟なんて言葉が思い浮かんだが、さすがにいきなり野獣呼ばわりは失礼なので頭からイメージをかき消す。
声を掛けられたシルフィは、
「ああ、【城壁】か、こちらは上々だな。お前は?」
「ああ、こっちも上々さ。昨日もパーティの連中とグランドオーガを何とか始末してな。俺以外みんなへばっちまったから今日は休みにしたんだが、どうにも暇でな、小銭でも稼ごうかと一人で来てみたんだが……珍しいな、連れか?」
そう言い俺を見る大男。
しばし観察するような目向けてから、
「……おっかねぇな、どこで見つけたんだよ」
「それが聞いて驚け、なんと魔女の森だ。辺境で暮らして居たのが旅に出て早々転移の罠を踏んだそうだ」
「おぉ、そいつぁ運が悪かったな。でもまぁ、こうして生きてるだけ不幸中の幸いってな。俺はBランク下級のガルム・ガーランド。ここしばらくは【城壁】なんて呼ばれたりもするがガルムでいいぜ」
「俺はカミヤ・カンザキ、よろしく」
ガルムが手を出してくるのに合わせて前に出て、握手と自己紹介を済ます。
ガルムは「あっちで話そうぜ」とギルド左側の休憩スペースらしき場所に俺たちを誘うと、背中の大きなハンマーをテーブルに立てかけてイスにどかっと座った。
俺たちも適当な席に座って雑談を続ける。
「お前らも依頼目当てか?」
「ああ、次に行く前に資金を貯めたくてな」
「金なら山ほどあるだろう?」
「カミヤが、な」
俺は黙ってたが恥ずかしくなって頬を掻く。
ガルムが少し同情の目を向けてきたが、すぐに切り替えて話を切り出した。
「それじゃあちょうどいい、今日は俺たちでパーティを組まないか?」
「私は構わないが、カミヤは?」
「俺も別にいいぞ」
「よしきた! それじゃあちょっと待っててくれ……よし、こいつ行こうぜ」
そう言ってガルムが取ってきたのは討伐依頼が書かれた依頼書だった。
討伐対象は危険度Cのシャドーウルフ。
近くの村の村人が犠牲になったという。
「ほう、なかなか大きくでたな」
「この面子ならいけるだろ?」
「ま、余裕だな」
ほいほい話が進んでいくが、俺としては別に稼げれば何でもいいのでひたすら頷くのみだ。
その後、俺のランクがE上級ということで依頼を受ける際に一悶着あったが、Bランクの二人と昨日対応してくれた職員が保証してくれたのでなんとか依頼を受けることができた。
本来Bランク二人が付いていたとしてもEランク冒険者がCランクの討伐依頼を受けることは出来ないということだったが、今回は三名の推奨で成功すればDランクに上がれる代わりに失敗すればFランクに降格という特例が許された。
もし討伐対象が見つからなかったりした場合は数日様子を見てから戻り、ランクはそのままということになる。
その場合は帰り道で適当に魔物を狩って資金の足しに、という流れだ。
その後はガルムが武器以外の装備を取りに一度宿屋に戻った後合流し、三人で目的の村へ出発した。