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07.剣鬼様、冒険者になる(後半)

 

 訓練所は一言で言えば体育館といった感じだった。

 入ってきた俺達以外に人は居ない。

 街の通路からは見えなかったが、冒険者ギルドというのはかなり敷地が広いんだなぁ、なんて思いながら俺とシルフィで待つこと数分。

 出入口からやって来たのは、先程の男性職員と軽装に身を包んだ中肉中背の男性。

 職員が俺の方を向いたあと訓練所の中央を指差す。

 さっそく始めるという事だろう。

 職員は次に後ろの男性に振り向き、なにやら急かしているご様子。

 軽装の男はダルそうに反応を返すとトボトボとこちらへ歩いてきた。まるでやる気が感じられない。

 職員からの説明が始まる。



「それじゃ試験を始めるぞ。こいつとの模擬戦だ、実力を見せてもらう。武器は壁に備えられてる物から好きに選べ。多少の怪我なら治してやれるが、さすがに死なれちゃどうにもならん、殺さないように。万が一相手を殺しちまった場合は――分かってるな?」



 職員が俺たち二人に鋭い視線を向けてくる。

 その場合は衛兵に突き出されるなり、最悪その場で〝処理〟されるのだろう。ここは冒険者ギルド、戦力なら十分あるしな。

 意識を切り替えて俺は壁を見る。

 小さな短剣から大きな戦斧まで様々な物があったが、どれも刃が潰してあったり、木製の物があったりとバラエティに富んでいる。

 俺は壁から適当な木刀を取って中央に戻ると、相手は二本の短剣を逆手に持って戻ってきた。


 相手が構える。

 自己紹介とかはしないらしい、なら俺も別にしなくていいか。

 俺は特に構えたりせず視線だけを相手に向け適度に力を抜く。

 いつでもどんな時でも瞬時に戦えるように鍛えられてるし、そっちの方が慣れている。

 それを相手は舐められていると感じたのだろうか、やや視線が鋭くなった。

 やがて職員が開始の宣言をすると同時、相手が動き出した。

 逆手に握った短剣をそのままに、まるでボクシングのように顔の前に拳を構え、低い体勢で走ってくる……のだが――



「遅い」



 一言残して空いた距離をこちらから詰め、瞬時に二本の短剣を叩き落とす。

 普段なら相手にしばらく攻撃させて、観察し、出しきらせた後に倒すのが俺の〝勉強方〟なんだが、やる気のない相手から得るものなど今更何もないし、さっさと終わらせてシルフィの相手をした方がよっぽど有意義だ。

 相手は突然の出来事にただ驚いているようで、その隙に首筋に木刀を添えて試合は終了。

 ただ、最後に一言だけ言わせてくれ。



「やる気がねえなら武器を取るな」



 言いたい事を言った俺は職員に視線を向ける。

 職員は驚いていたようだが、俺の視線を受けて気を取り直し――



「そこまで! いやはや、そこまで速いとは……。しかし、これはこれで困ったな、ランクはEで確定として、速いだけでは等級がな……」



 どうやらまだ実力を測りきれていないらしいので、俺はシルフィにダメ元でアイコンタクトを試してみる。

 シルフィは俺の視線に気付くと、ニヤリと笑みを浮かべ、細剣を抜き放つや否や俺に突貫してきた。


 ――って、おいおいおいおい! 気が早すぎるだろ!


 俺は目の前の男を掴んで後ろに投げ、シルフィの一撃を正面から受け止める。

 ふと職員の方を確認してみれば、驚きすぎて尻餅をついていた。

 俺は続くシルフィの連撃を捌きながら――



「職員さんよ! こっちの都合で悪いんだが、試験官はシルフィに変えてもらっていいか!?」


「わ、分かった! 分かったからこっちにくるな! 俺はまだ死にたくない!」



 別に職員の方に寄ってはいなかったんだが、まあ安全かと言われれば微妙な距離だったので、職員とは逆の方にシルフィを弾き飛ばす。

 するとシルフィは魔力によって風を巻き起こし空中で姿勢を整えると、壁を踏みしめ力を溜めて再度突っ込んでくる。

 最初に手合わせした時はかなり手加減していたのだろう、今は魔力を思い切り滾らせ意気揚々と剣を振るってくる。

 俺はしばらくその相手をしていたが、シルフィが疲れにより僅かに剣先がブレたところで攻めに転じ、出会った時と同じのように地面に倒した。

 倒れた直後に起き上がろうとするシルフィの喉元に切っ先を添えて諦めさせる。



「今回はこんなもんだろう。本来ならもう少し動けるんだろうが力みすぎだ。どっちみち戦士としては体力がなによりモノを言う訳だし、技を磨いたりするのと並行して体力も鍛えていかないとな」


「ふっ、あれだけ私の攻撃を捌き続けておいて汗一つ流してないとはな……。自信が無くなってきたよ」



 冗談混じりに笑うシルフィに手を貸して起こし職員の方を見ると、職員は呆れ顔でこちらに歩いてきて――



「ほんとに驚いた、文句なしでEの上級からだなこりゃ。シルフィさんより強いとなるとAランクからと決めてやりてえところではあるが、さすがに何の実績もない新人をいきなり高ランクにするわけにはいかねえんでな、我慢してくれ」



 我慢も何も別に俺はどのランクでも不満はない。

 移動しながら(出来れば適度に戦闘もしつつ)金が稼げればいいだけだからな。


 俺は職員に頷きを返すと職員は「それじゃ次はシルフィさんの素材を見ましょうかね」と言ってシルフィの持ってきた袋から素材を並べて鑑定し始めた。

 さほど時間を掛けずに行われた鑑定はすぐに終わり、シルフィと職員とで話し合いが行われ、結果全て売却という結論に落ち着いたようだ。

 最後に職員は俺達に受付に来るように言って、隅で震えていた俺の試験官だった男を連れて戻っていった。


 俺はシルフィと一緒に歩きながらいくつか質問をする。



「なぁ、そういえばEの上級とかいってたけど、冒険者ランクってどうなってるんだ?」


「冒険者ランクは主にFからAまである、一般の人々は主にこれだけで相手がどのくらいの強さか判断するんだが、ギルドではもう少し正確にその人物の〝有用性〟を測るために各ランクに下級・中級・上級と付けるんだ」


「なるほど……ん? Aが一番高いのか? 聞いた話じゃAの上にSがあるって……」



 誰から聞いた話かと言えば、優美だ。

 優美曰く今時ランクといえばSが最高で、物によってはSSSやEXなんてものがあるんだと。

 俺は異世界(こっち)に来る前に話したそんな話を思い出して軽い気持ちで訊いたんだが、シルフィから返事が返ってこない。

 シルフィは俺に背を向ける形になっているが、よく見ればその肩が震えていた。

 声を掛けようとしたその時、シルフィがその肩と同じように震える声で応える。



「……い、いるぞ。Sランクだろう? ふ、ふふ……、この世界にSランクは4体いる。そう、なんと4体もだ。圧倒的な4体、これらに比べれば人間など吹けば飛ぶような存在だ……」



 振り返ったシルフィの顔には絶望が張り付いていた。

 俺は驚きつつもシルフィの肩に手を置き、毅然とした眼差しを向け落ち着かせる。

 するとシルフィの瞳には再び微かながらも希望の光(というのは大げさか?)が宿り、そして次に頬を赤くして顔を逸らされてしまった。

 俺もなんだか気恥ずかしくなってしまったが、それよりも情報が欲しかったので問いを投げかける。



「話を続けるが、なんで人類にSランクがいないんだ?」


「……単純な話さ、人類にはSランクに値する強さの者が存在しない。ああ、言っておくがこの〝人類〟とは人間種だけのことではなく、亜人種を含めた全ての魔族の敵対種族達のことだぞ」


「それもだ、人間種、亜人種、魔族って前に言ってたが、具体的にどう違うんだ?」


「人間種というのはその名の通り、カミヤ、お前と同じ人間を指す。亜人種というのは私のようなエルフやドワーフ、獣と人間が混ざったような獣人種などを指す。それらは対魔族同盟を結んでいて、一応友好的な関係を築いている。最後に魔族だが、これは今説明した人類の敵対種族全般のことだ。魔物や魔獣が強くなり我らと同等以上の知能を獲得した種だとも言われている」



 説明を聞きながら歩いていたらロビーに着いてしまったので、一旦説明は中断してカウンターへ向かう。

 カウンターでは先程の職員がこちらに気付いて手招きしてきた。

 呼んでいるのはどうやら俺の方らしい、シルフィとはいったん別れて職員の方へ向かう。シルフィも別のカウンターへ素材の代金を受け取りに行った。

 職員の待つカウンターの前に立つと、職員が用意してあった冒険者証を手渡してきて、説明が始まった。



「そいつがお前さんの冒険者証だ。今はまだお前さんの個人情報を刻印しただけだから仮登録だがな。このまま本登録するだろ? ならこの針で冒険者証にお前さんの血を付けてくれ、そうすりゃ本登録が完了する」



 俺は言われるままに針を親指に刺して血を付けると、冒険者証は一瞬だけ淡い光を発した。

 それ以上は特に変化も無かったが、職員の方を見ると頷きながら説明が続けられる。

 どうやら問題なく完了したようだ。



「それがありゃほぼ自由に街の行き来ができるし、身分証明もできる。本登録が終わったそいつは、もし無くしてもギルドで召喚陣を借りれば自分の下に戻ってくるから心配すんな、ま、有料だけどな。あと、生半可なことでは壊れねえような作りにはなってるんだが、もし壊れたら直すのも有料だから気を付けろよ……ざっとだが説明はこんなもんか。よし、そんじゃ頑張れよ! あ、あと体にも気を付けてな。冒険者は体が資本ってな!」



 職員は笑顔でそう言うとこちらに少し身を乗り出して肩を叩いてきた。

 俺も笑顔で返事をしてからシルフィの下へ戻る。

 シルフィは壁にある一枚の大きな絵を見上げていた。

 俺も絵を見てみる。

 どうやら地図のようだ。

 シルフィが俺の気配を察してゆっくりと喋り始める。



「先ほどの続きだ。これが分かるか? そう、この世界の地図だ、我々人類が生きる世界のな。そしてこれが、私が集めた情報を元に作ったこの星の地図だ。作るのに苦労したんだぞ。稀に会えるAランクの冒険者や同等の力を持つとされる巡礼者に運良く当たれば訊いてみたり、各地に眠る遺跡を調査して情報を集めたんだ」



 そう言って懐の小物入れから取り出した紙には、大雑把ながらも地形と文字が書かれていた。

 真ん中に〝龍〟と書かれた大きな丸を中心に、北に〝炎〟、東に〝海〟、南に〝魔〟、西に〝人〟と書かれている。

 そしてそれぞれは決して均等ではなく、〝龍〟の領域を4とするなら〝海〟の領域が3、〝炎〟の領域が2、残りの1のうち0.7ほどが〝魔〟の領域で残りが人の領域といった具合だ。

 これを見て俺はなるほど、と納得する。

 この情報を集めるのに苦労したということはあまり多くの人はこの事を知らないんだろうが、知ってしまったが最後、生きる気力を失ってしまうかもしれない。

 それくらいこれは絶望的な状況だろう。

 俺はシルフィに率直に訊いてみた。



「一応確認なんだが、この〝人〟の領域以外全て敵なのか?」


「……いや、正直詳しいところはまだ分かっていない。古より存在すると言われ、広大な領域を支配している〝神龍〟は一応Sランクとされているが、伝説的すぎて存在感がない。海を司ると言われる〝海竜・リヴァイアサン〟と炎の具現と呼ばれる〝炎帝・イフリート〟は龍に挑むため日々飽くなき戦いに明け暮れているという。それらに比べれば我ら人類も、現状人類が戦っているこの〝魔〟の領域に住む者共も小物の小物だということだな……」


「なるほど、神龍を頂点に海竜と炎帝は上しか見てないので人類や魔族など無視ってことか。じゃあ目下の敵は魔の領域の魔族達のみと」


「そうだ。どうやら魔族達は我ら人類を傘下に置き、他のSランクとぶつかりたいらしい。だが分かるだろう? 頂点はもちろん、上しか見てなかったSランク達がこちらに目を向けた時どうなるかなど。魔族も人類も個の力不足を数で補っているようなものだ、だが海に住む者、炎の中に生きる者は違う。いくら数を揃えようが吹けば飛ぶ。魔族の王たるSランク〝魔王・デーモンロード〟がいる魔族はともかく、我ら人類など……」



 シルフィはそこまで言うと俯いてしまった。

 うーん、個人的な意見を言わせてもらえば、ぶっちゃけ気にしすぎと言いたい。

 だって人は死ぬ。

 天寿を全うする、他者の恨みを買って殺される、事故に遭う、様々な要因で人は突然死ぬ。

 それと同じだ。

 どうせ詰んでると諦めるのならもっと楽観的になってしまえばいい。

 伝説や遺跡が残ってるということは、それらと共に人類も脈々と生き続けてるということだ。

 ならこれから先も上手いこと生き続けるのだろうよ。

 まあもしシルフィが心配しているような事態になれば、それはもう〝しょうがない〟。

 星に隕石が衝突して絶滅するようなものだろう。

 心配するだけ無駄だろうさ。

 けどそれをこれだけ絶望している人間(正確にはエルフだが)に真正面からぶっこむほど無神経ではないので、俺は先ほどと同じようにシルフィの肩に触れ、笑いかけた。



「じゃあシルフィはなんで強くなりたいんだ?」


「私は……」



 シルフィはこちらを向くが、続く言葉が出てこない。

 少し待ったが焦れったくなってしまったので俺から言うことにした。



「シルフィ、お前は諦めたく無いんだよ。万に一つの可能性なれど、Sランクに到達してみせると、お前の奥底が叫んでるんだ」


「わ、私は……!」


「安心しろって、俺が保証してやるよ。お前はまだまだ強くなる。俺が強くしてやる。取り敢えずはそうだな……その魔王・デーモンロードだったか? それよりかは強くなれるように鍛えてやるよ」


「お前は……正気か?」


「ひっでえなぁ、これでも一応根拠はあるんだぜ? 言えないけど」



 俺は気まずそうに笑みを浮かべた。

 だってそうだろう。

 ――その〝神龍〟さん、いま日本でバカンスしてます。試しに手合わせしたらギリギリ勝てそうでした。

 とか言えないだろう?



 

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