04.剣鬼様、知り合う
高く飛んだ虎の頭がボトッと落ちて来た。
不思議なことに血はあまり出ていない。
普通首が飛ぶほどの勢いで切り飛ばせば、盛大に血をぶちまけてもおかしくはないのだが。
女性はそんなことも気にせず、まっすぐこちらを見据え、口を開いた。
「貴様、何者だ」
さて、ここで正直に「死神だ」などと答えたところで好意的は印象は持たれないだろう。
そう、俺はこの女性に好意的な印象を持ってもらいたい。
別に下心があるわけではなく、初めて見つけた現地人であり、つまり情報の塊だ。
それにさっきは危険が迫ってるこちらに向けて「逃げろ」と声を発してくれている。
それだけで全幅の信頼を置くほどチョロくはないが、それでもまあ悪い人ではないだろう。
ということで俺は答えた。
「見ての通りただの剣士だ」
「バカにしているのか?」
おっと、バッドコミュニケーションだ。
俺は慌てて言葉を続けた。
「いや、悪い、言葉が足りなかった。今の俺は旅人だな。世界を渡り歩いてるんだ」
「旅人……貴様も冒険者ということか?」
さっそく新情報ゲットだ。
冒険者――なんだか聞いたことがある響きだ。それに〝も〟ということは彼女は冒険者か。
俺はここぞとばかりにこの世界に来る前、優美に相談して決めていた、この世界での自分の〝設定〟を口に出す。
「冒険者? 悪いが俺は何も知らないんだ。生まれは人里離れた山の中の小さな村でな、そこで狩りを担当していた。ある日、村の長が亡くなって代替わりしてな、そろそろこの里も人里と交流を持ってみないかという声が高まって一番腕が立つ俺が送られたんだ。今の人里がどういう状況なのか調べてこいってな」
ざっとこんな感じだ。
記憶喪失は絶対にバレるし動きにくい。
なら今の自分の状況をその世界でおかしくない風に改変してやればいい。
これを聴いた彼女は、しかし警戒の色を増して――
「ここは街道から随分離れた魔女の森だぞ。人里のことを調べるというならまず立ち寄らないはず」
疑われてしまったが、場所に対しての答えなら俺にも切り札がある。
「それが変な洞窟を見つけて入ってみたら地面がいきなり光ってな、気づいたらここに居たんだ」
「なるほど、何も知らん者が興味本位でうっかりダンジョンに入り転移の罠を踏んだか。よりにもよって飛ばされたのがこことは……災難だったな」
彼女が勝手に納得して警戒の色が薄まった。
ナイス優美! と心の中でガッツポーズする。
実はこれ、優美がそう言えばいいと教えてくれた案だった。
どういうわけかというと、ある日、とある大物がこの世界から日本に召喚された。
その大物を倒すためにアホな本局長様が本気を出しすぎて今俺がここに立っているというわけだが、いまこの大物さん、日本でのんびりバカンスを楽しんでいる。曰く「前の世界では暇すぎてのぉ」と。
その大物の存在を元に、色々なマンガやらラノベやらに詳しい優美が「いける!」と判断してでっち上げたのがこの切り札だった。
あまり間をあけるとマズいと思い、俺は交渉に入った。
「それでだ、良ければあんた、俺に色々教えてくれないか?」
「……ふむ、構わんが一つ条件がある」
「なんだ?」
俺がそう言うや否や、彼女が剣をこちらに向け突進してきた。
俺はこれに慌てず対処する。
条件のあたりから殺気が滲み出してたからな。
まず顔面に鋭い突き。
左に逸れて躱す。
間髪入れずに突き込んできた細剣をこちらに振ってきた、判断が速い。
俺はこれを抜刀と同時に剣をかち上げて体勢を崩しに掛かるが手応えが軽い。
かち上げられるのを予想していたのだろうか、彼女はクルリと回ると今度は下から勢いのついた切り上げを繰り出してきた。
俺はあえて前に出て間を詰め、密着と言えるような状態を作る。
彼女が驚愕に目を見開いて後ろに下がろうとする、このままでは剣で斬れず、腕がぶつかる形になるからだ。
しかしそれは間違いであり、致命的な隙だ。
俺は下がろうとする彼女を癖で斬りつけそうになったが、命のやりとりをしているわけじゃないと思い直して、彼女の足を剣で払った。
彼女が体勢を崩して倒れそうになる。
その瞬間、彼女はこちらを睨みつけつつ悪あがきに一刀を振ってきた。
俺は驚いた、それがもう鋭いのなんのって。
俺は思わず払う剣に力を込めすぎてしまった。
「きゃっ!」
先程までとは違う可愛らしい悲鳴と共に彼女の剣が吹っ飛ぶ。
(やべっ、やっちまった)
呆然と倒れている彼女に手を差し出して起こす。
「悪い、加減を間違えた。大丈夫か?」
「い、いや、私の方こそすまなかった、いきなり斬りかかったりして」
彼女は頬を染め恥ずかしがっているようだ。
確かに目の前のクールそうな彼女からあんな声が出るとは思わなかったけどな。
触れるのも可哀想なので気にしない風を装って(というか実際どうでもいいが)話を続ける。
「いや、それはいい、慣れてるからな。それより剣を探しに行こう」
「慣れている、か……なるほど、わかった」
何を納得したのかは知らないが、彼女は背中の弓を手に取り頷いた。
その後、二人で剣の飛んでいった方向にしばらく進むと、大きな木に突き刺さった剣を見つけた、のだが……。
「なんだ、ありゃ」
「あれは、マキシマムアルマだな。ランクは……あの大きさならCと言ったところか」
その木の根元には大きなアルマジロのような獣がどっしりと腰を下ろし一心不乱に緑色の人の腕のような物を食べていた。
腕のような物、というか普通に腕だな。
ただ緑色だからか違和感がすごい。
その様子を見ていた彼女はふと弓を下ろしてこう言ってきた。
「すまないが私は今回役に立てそうもない。見れば分かる通りマキシマムアルマは体のほとんどが強固な外殻に覆われていて矢が通らない。関節を狙えば通せなくもないが奴は非常にタフでな、私の手持ちの矢数では動きを鈍らせることすら出来ないだろう。そもそもあれは二人で倒すような奴ではない。場所は覚えた、また日を改めよう」
確かに見て分かる通りアレは強そうだ。
遠距離攻撃手段は無さそうだが防御が硬く体力が多く、それにあのがたいなら筋力だって相当だろう。
だからこそ俺は決めた。
「いや、アレはここで殺る。ちょうどいい錆落としになりそうだ」
「本気か? 貴様が強いのはさっきの立会いで知ってはいるが、あれは本当に危険なんだぞ?」
「ああ、見りゃ分かる。けど大丈夫だから、あんたは周りを――余計な横槍が入らないか見張っててくれ」
「……分かった、だがその前に一つ聞かせろ。私はシルフィ=クラウソラス、シルフィでいい。貴様の名は?」
「あー、そういや自己紹介がまだだっけか。俺は……カミヤ=カンザキになるのか。俺もカミヤでいいぞ」
「カミヤ=カンザキ……よし覚えた。カミヤ、死ぬなよ?」
「任せろ」
俺は笑みを浮かべると白い剣を手に歩き出した。
やっぱり色々細かいところに気を使うと時間が掛かってしまいますね。
投稿間隔を短くしたいので次からもう少し(言い方はアレですけど)雑に書こうと思います。