03.剣鬼様、虎を虐める。
降り立ったのは密林。
木々が鬱蒼と生い茂るジャングルのような場所。
しかし風景とは裏腹に意外と暑くはない。
季節のせいだろうか。
ちなみにこっちに来る前、つまり日本の方は秋だった。
「……よし、とりあえず進むか」
周囲に気を配り安全を確かめてから独り言を洩らす。
現在地は森の中ということしか分からないが、こういう時はなんとなく歩けば道に出たり人里に出たりするものだ。
少なくとも俺の場合はそうしてなんとかして来た。
〝勘〟のおかげだろうか。
まるで自分が操り人形かなにかになったような気分になるのであまり頼りたくはない〝勘〟ではあるが、命に関わる状態になればしのごの言ってはいられない。
よく分からない場所で遭難という恐怖に負けないよう無意識に頼っている、なんてこともあるかもな。
実際この〝勘〟に数えきれないほど助けられているからか、あまり嫌いとかいう感情は無いんだが……。
頼り切っては剣士としてどうなのかっていう。
それにもし頼りきった末裏切られて死んだりなんかしたら……うん、やっぱ自身の感覚も捨ててはいけないなっと。
(ん? なんか来てんな)
いくらか歩を進めた俺の耳に微かに聞こえる木々や葉が激しく動く音。
今いる森は風も吹いているが、この音の乱雑さは風では出せないだろう。
典型的なガサガサという音だ。
しばらく音の鳴る方を注視していると、やがて音の正体が見えてきた。
(あれは……虎か?)
見た目はよく虎に似ているが体の模様が禍々しい色になっていたり、額に刃のような角があったりと明らかに虎とは違う生き物のようだが、全体的なイメージとして一番近いのが虎だった。
その虎もどきがこっちに向かってがむしゃらに走ってきている。
一瞬俺を狙って来ているのかと思ったが、その瞳を見据えれば違うということが感じられた。
その瞳に映るのは怯え。
その怯えを読み取った瞬間俺は理解した。
あの虎は何かに追われているのだと。
(さて、どうすっかなぁ……)
迎撃するのは簡単だ。
何かに怯えて逃げているという状況で進行方向に自分より小さい生き物が居たら轢くなり吹き飛ばしたりしようとするだろう。
しかし虎からはそのようなプレッシャーを感じない。
その瞳は俺を避けようと右往左往している。
これは虎が命の危機を感じているというのもあるが、もっと簡単に俺が殺気を放っているからだ。
要するにこの虎は俺よりも弱い。
まあ、まず結構な戦闘経験のある俺は、見たり立ち会ったりしただけでだいたい相手の強さはわかるけどな。
じゃあ助ける選択肢、無しだ。
知らん森の知らん動物相手にそんな義理はない。
そんな風に思考を高速で回していたら、虎を追っている何かが姿を現した。
(これは予想外だな……)
それは人型の女性だった。
弓を背負い、剣を右手に構えたままするすると木々の間をすり抜けて虎を追う。
俺の予想ではてっきり恐竜みたいなデカいやつが追ってるもんだと思ったんだが。
なにせ虎の強さはパッと見でもそこそこ強い。
俺よりは弱いってだけでそんじょそこらの野生動物じゃ相手にならんだろうってレベルだ。
……この異世界の野生動物がどのレベルかは知らないんだがな。
あくまで地球の野生動物基準での話だ。
そうこうしているうちに虎との距離もいよいよ縮まって来た。
虎も俺を躱すルートを探したが見つからず、結局俺を退かして進む覚悟を決めたようだ。
俺も退いてやるつもりはない。
俺は女性の姿を確認した時点で方針を決めていた。
(仕留める……のはもしもの時を考えてやめておくか? なら足止めくらいなら文句も言われないだろう。第一俺被害者だし)
全力の被害者面で文句を言われるかもしれないという不安をねじ伏せると、俺は左手で右腰に下げている白い剣を抜く。
俺の剣に鞘は無い。
黒い方は特殊な布で包んであるが、白い方は抜き身のままだ。
危なくないかって? それが意外と大丈夫。
白い方は見た目だけならほぼ木刀であり、俺が斬る意思を持って振らなければ切れ味など無いに等しいから。
ついでに言うなら〝何でも〟斬れる黒い方に負けず劣らず特殊な白い方は、黒い方と同じく汚れない。
まあ汚れていないからって綺麗かと言われると微妙なところなんだけどな。
京都の土産屋さんにあるような綺麗な木刀ではなく、そのまま木の枝から、いや、質感なんかを加味すると石から削り出したような無骨な剣だ。
「無茶だ! 逃げろ!」
女性が大きな声で警告しているがこれを無視。
……ていうか日本語に聞こえるな、どういうことだ?
思考は一旦保留し、いよいよ俺を退かそうと飛びかかって来た虎の頭を峰打ちで強く叩きつけた。
ガアアァァァアア!!
気絶させるつもりで叩き込んだんだが、意外にも虎は大きな鳴き声を上げるだけで崩れた体勢を立て直し、再度俺に飛びかかって来た。
俺は警戒度を少し上げ、今度は虎の角を横からはたく。
虎は軽く仰け反りながらもがむしゃらに爪を伸ばしてくる。
俺はあえてその爪を剣で受け、未だ空中に居て踏ん張りの効かない虎を押し返した。
後方に飛んでいく虎、その瞳からは怯えが薄れ代わりに戦意が溢れていたが、あいにく虎に〝次〟は無かった。
銀色の一閃。
ただの一撃で虎の首は飛んだ。