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02.剣鬼様、状況を説明される

 

 そんなこんなでやってきたのはとある森の中。


 廃墟の様な建物を有刺鉄線付きのフェンスでぐるりと囲んでいる。

 出入口についている南京錠を貰った鍵で外して後ろの局員に渡す。


 今日は俺の見送りと名奈さんに会いたいとのことで俺の他にもう一人だけついて来ていた。

 長い黒髪にクリッとした大きい瞳、背は180ほどある俺に迫るくらい高く胸も大きい。

 普段の若干筋肉質に見える体はジーパンと着ているのが珍しい幹部局員用のコートに隠されている。

 そいつの名は千黒優美ちぐろゆうみ

 苗字で分かる通り本局長の家族、妹だ。

 ちなみに俺の格好は黒のズボンに長袖のTシャツ、丈の長さの割に軽いコートを着ている。


「初めて来たけどなんか警備ザルじゃない?」


「ただでさえ人が来ない森の中だってのにそんな人がたくさんいる方が怪しいだろ。それに今は詩音さんが居るし、なんなら真理さんも警戒してるだろうし……そう考えると逆に警備過剰に思えてきたな」



 俺の答えに納得した様子で歩を進める優美の後について行く。

 お互い初めて来たといえど廃墟のような建物のどこら辺が入口かは大体検討がついている。

 まあ外れても建物の周りをぐるりと一周すればいいだけの話だ、気楽に進んで行く。


 ちなみに俺はこいつの事を優美と下の名前で呼んでいるが、別に特別な関係とかそういうのではない、断じてない。

 ただ単純に分かりづらいからだ。

 俺も一応組織の幹部である為、二人とよく顔を合わせる。

 そこでいちいち千黒妹とか言うのが面倒になっただけ。

 言い忘れたが、優美も死神局が管理する危険人物等の収容所、通称【地獄】の管理人。立派な死神局の幹部である。


 そんなことを考えている内に入口に到着する。

 俺が一応扉をノックしてみたが、反応はない。

 このノックは半ば癖のようなものだ。

 死神局ではこのノックをするかしないかで命に関わる。

 冗談だと思うだろ? ハハハ……。


 と、そんなことは今はどうでもよくて、俺はゆっくりと扉を開ける。

 中は教室くらいの広さの部屋で、余計なものはほとんど無く、奥には輪郭があやふやなひび割れが走っていた。

 おそらくあの亀裂が異世界へと通じる門とやらだろう。


 そして視界の右側にはパイプ椅子に座って足を組み、のんびりと読書に耽っているおばさん――名奈詩音さんの姿。



「あら、きたきた。待ってたわよ〜」


「どうもです」


「久しぶりー! 詩音おばちゃん!」



 優美が元気よく駆け寄って抱き着くと、少し呆れながらも嬉しそうに抱き返す。

 というとただの微笑ましい光景なのだが……【超人】の証名を持つフルパワータイプの優美のダイビングハグを一歩もよろめくことなく、なおかつフンワリと抱きとめる詩音さんの実力の高さに俺は気を引き締めた。


 ――この人が仕留め損ねる相手、か。


 俺は頃合いを見計らって詩音さんに話しかける。



「詩音さん、そろそろ標的について教えてもらってもいいですか?」


「ええ、そうね。それじゃあまず、相手は隠密や生存に特化してるっていうのは知ってるわね? これは具体的にいうと直接的な戦闘能力はほぼなかったという事。当然よね、だって芋虫だったんだもの」


「は? 芋虫?」


「そう、少なくとも見た目はそうだったわ。こう『世界』の壁に隙間を作ってそこに居座ってた感じね。自分が動くんじゃなくて自分の居る場所そのものを動かしてるって感じかしら」



 それはおそらく世界に寄生して栄養を摂取したり操ったりと、間接的に攻撃してくるタイプだと予想する。

 俺は質問を続けた。



「何もない空間にポッカリ穴が開いてて、穴に正確に攻撃しないと標的に当たらず、穴は常に動き続けている、そんな感じですかね?」


「それに加えて少し目を離すと遠くに転移していたり、どうやら標的周辺の『世界』は相手の支配領域として扱われるみたいでね、何もないところから毒ガスが出てきたり急に足元に穴が開いたと思ったらマグマが噴き出してきたりして小賢しかったわね〜」



 小賢しいなどと簡単に言ってのけるが並の人間ならポックリと死んでるような攻撃ばかりじゃねえか。

 俺ならどうするか……うん、捕捉されないように走って斬るだけだな。

 結局俺にはそれしかできない。

 それに――



「たとえ『世界』そのものや、何を隠れ蓑にしたとしても、俺には関係ない。と」


「ま、そういうこと。今回は攻撃能力より索敵能力を重視した人選ね。正直アレを一から〝普通に〟探すのは無理よ。だから、ごめんなさいね。今回ばかりはその〝勘〟フルに使ってもらうことになるわ」


「仕事ですし、アイツの命令でもあります。ならやりますよ俺は。ついでに言うなら相手が相手ですしね、全力で始末します」


「期待してるわね」



 詩音さんは微笑みながらそう言い、優美との会話に移った。

 俺はここに来る前に読んだ指令書を懐から出してもう一度確認する。



 1.世界を跨いだ通信はできない。連絡があればその都度こっちに戻って来るように。

 こちらから連絡する場合は人を向かわせる。


 2.食料を含む物資は渡した物だけ、後は現地調達。


 3.手負いの標的は異世界側で傷を治しながら自身を傷つけることができる天敵が居ないか警戒していると予想される。よってその〝特殊過ぎる〟黒い方の剣の使用は標的と接敵した場合のみ許可する。


 4.現地住民との交戦はお前の(良識ある)判断に任せる。ただしあまり目立つと標的に見つかるだろうから気を付けろよ。



 読み返した俺は改めて溜息をつく。


 ――めんどくさ過ぎる……。


 仕事である以上やる気はあるのだが、こうも縛りが多いとは思っていなかった。

 特に3が厳しい。

 俺は白い木刀のような剣と黒い極薄の刃を持つ剣の二本を扱う剣士だ。

 別に片方が使えないからといってそんじょそこらの奴に負けるほど弱くはないという自信はあるのだが、命を懸けて戦う以上いつでも全力を出せる状態でありたい。

 いや、正確には向こうでも全力は出せる。

 出発に際して特に能力的に縛りを加えられたわけではない。

 だが3を破ってしまえば絶対に追いつかないイタチごっこの始まりだ。


 ――標的は転移できるとかいう話だしな。


 脚が、速度が違うのだ。


 そこまで考えてふと思い浮かんだことがあった。

 俺はダメ元で優美と楽しそうに話している詩音さんに訊いてみた。



「冗談として聞いてもらいたいんですけど、今回の標的ってもうこのまま放っておいてもいいんじゃ?」


「ダメダメ。相手は世界の外に住む怪物よ? 一度侵入された以上『世界』の匂いだったり座標を覚えているはず。あの芋虫が成長して匂いを辿って来たり、別の、そう例えば、世界を丸呑みするような怪物があの芋虫を食べたりしてその記憶を奪ったりしたら大変でしょ、外の怪物に対して『世界』は身を隠すしか出来ない――知られたら、殺さなきゃ」


「詩音おばちゃん! ご飯行こう、ご飯〜!」


「あらあら、しょうがないわねぇ。ちょっと待っててね〜罠を仕掛けておいてっと……」



 最後だけ昔の戦闘狂と呼ばれていた頃の詩音さんが顔を出したので思わず緊張してしまったが、直後に優美がその腕を引っ張って連れて行ってしまった。

 緊張が緩んだのもつかの間……罠として特殊な糸を部屋中に一瞬で張り巡らされた時は内心かなりビックリした。

 絶対わざとだろあの人。



 まあ、そうして一人になった俺はいよいよ覚悟を決め、空間の亀裂へと足を踏み出す。

 おっとっと、荷物の入ったバッグも忘れずにな。

 この亀裂の向こうはいったいどうなっているのか、何があるのやら。

 恐怖はない。

 あるのは仕事に対しての義務感と少しの面倒くささ、ついでにあまり言いたくはないが、その……期待感。

 唯一の家族である妹も大きくなり、自衛が出来るくらいには強くなって、俺もそんなに頑張る必要が無くなってきたかもしれないと最近は思い始めていたが、どうやら俺はもう根っこから剣士として染まってしまったらしい。



 俺は一人不敵に微笑み亀裂の中へと飛び込んだ。




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