とある前世を思い出してしまった侯爵令嬢と、彼女が幸せになるまでのアレコレ
しあわせの定義
「お母ぁ様~~~!!!聞いてください~~~!!!!」
今日は天気が良く風がほとんどないので、侯爵家自慢の庭のあずまやで刺繍などをしてくつろいでいた時のこと。
伯爵家へ嫁に行ったキャロが今日も家に遊びに来てくれる。
そして今日も庭を走ってくる。
20を過ぎて、子供の頃の様にお転婆に戻ってしまい思わず苦笑してしまう。
何事にも一生懸命な良い子だけれども、貴族としては注意しないわけにもいけない。
「キャロ、何事です?走ってはいけないと毎日言ってるでしょう?」
困った子ねぇと言いながらも、怒られ慌てているキャロの態度に思わず笑ってしまう。
こんな迂闊な娘でも、外面はそれなりによいので社交界ではそれなりにやっていけている。
あの頃では考えられない未来なのです。
「大変申し訳ございません・・・・ハッ!そんなことよりも、聞いてください!!お母様。リリーが家庭教師の先生とまた喧嘩をして、お暇乞いされてしまったのです・・・。これでもう3人目!いくら私の血を引いているとはいえ、さすがにお転婆すぎやしませんか?私もうどうしていいのか・・・アレクとジオンと違ってどうしてリリーだけこうなのかです・・・!!!」
と涙ながらに訴えてくる。
こんなことは慣れたもので、給仕のメイドが全く動じずお茶とお菓子を用意してくれる。
今日のこの香りは、ベローナ諸島の山岳部一等地夏摘みのお茶かしら?
「しかも!旦那様はリリーは元気が一番!!ってリリーを可愛いがってばかり!止められそうな師匠・・・お義父様も可愛がってばかり!・・・確かにリリーはかわいいけれど、私一人で鬼ばああみたいな扱いで納得がいきません!」
と、紅茶を飲みながら我が娘ながら器用に嘆いている。
このお茶おいしいものね~。心を落ち着かせると思うの。
「そうねぇ~キャロちゃん。確かにリリーちゃんはお転婆ねぇ。でもねぇ、家庭教師の件はお母様もキャロちゃんで大変苦労したわ~。」
思い出すあの頃。
キャロに嫌われ、反抗されていると思ってた頃。
毎日夜中に旦那様と涙ぐみながら新しい家庭教師を探したり、貴族や商人の伝手を探したり、新しい使用人について話したり、今思い返せば笑い話で済むけれど、夕食後ほぼ毎日行われ本当に大変な毎日だったのです。
「う・・・・そうですよね。その節は大変ご迷惑をおかけして・・・」
と、キャロちゃんが目を逸らす。
家庭教師が頻繁に変わったという自覚くらいはあるのでしょうが。
「54人よ。」
「は?」
「まず3歳までに7人の先生方が貴方のお転婆でやめられているわ。1人目の先生はキャロちゃんが頭部が不自然だって気になってしまってカツラをむしっちゃったの。」
「うっ」
と、胸を押さえるキャロちゃん。
「2人目の方はオールドミスの方でちょっと強引なところがあるからキャロちゃん大反発しちゃって。鞭を振り上げた先生に負けじとお尻にかみついたのよ~」
あの時は本当に大変だったわ~。お手当随分多く積んだのよ~。あの方は3日は椅子に座れなくて大変だったそうだけど、キャロちゃんを隠れて鞭なんかでぶとうとしたから、そこはざまぁみろよね~まぁその件で脅しましたけど。
「ぐ・・・!」
「3人目は気の弱そうな方にしたの。そうしたら貴方関係ない疑問ばかりその方に投げかけて、1週間で円形脱毛症になってしまわれて暇乞いを止められなかったの。」
口をパクパクさせてるキャロちゃん。まだまだあるのよ~?
「そんな感じで7人辞めてしまって、さぁどうしようって思ってたらあなたが変わってしまったでしょう?そうしたら逆方向に上手くいかなくなってしまって。1人目の方は自信がないと辞めてしまわれたし、2人目の方は面接の段階で帰ってしまわれたわ。3人目の方は理解しているのに答えないと激怒してしまって、4人目は・・・。」
「お母様、お母様もうそのくらいで・・・・」
あらあら、キャロちゃんが真っ青になって涙目で震えてるわ。
私のライフポイントはもう0ですって言ってるけど、ライフポイントってなにかしら?
「でもね」
そっと優しくキャロちゃんの藍色の髪をなでてあげる。
私の髪は金髪で、大好きな旦那様の素敵な藍色を引き継いだキャロちゃん。
夜空の様にさらさら流れる髪が我が子ながらに愛おしい。
嫌われていようが、いまいが、お腹を痛めて産んだ子。
今も昔もキャロちゃんに対する愛おしさは変わらないけれど、彼女と触れ合えるこの時間が、分かり合えたこの時間が大変に愛おしく感じるのです。
「今はね、とっても嬉しいの。」
「嬉しい?のですか・・・?」
キャロちゃんはきょとんとしてる。
「そう、ビックリするようなことばかりで、ホント大変だったのよ。うちの子は二人も死にかけて帰ってくるし。でも、その日々がね、その苦労した時間が今はとても懐かしくて愛おしいのかしら・・・?」
「お母様は、聖女すぎます・・・」
と、不満そうに零すキャロちゃん。
わたしにはそうは思えないとか考えてそうですね。
「聖女なんかじゃないのよ。」
わたくしの、一番の後悔。
「キャロ、あの時はぶってしまってごめんなさい。」
あの時の事を考えると今でも涙ぐんでしまう。
後でローランドの乳母が、キャロは何もしていないと教えてくれたが、ではどうして私にそれを言ってくれないのか。どうして、母が間違ってると責めてくれないのか。そんなに母は信用できないのか。
色々考えて、考えすぎてどう話しかけていいかもわからなくなってしまった、溺れてしまいそうなあの辛い日々――――
それも、今のこのキャロちゃんやローランド、旦那様と穏やかに過ごせる日々からするとなんて事のない気持ちになる。あの時旦那様と離縁して実家に帰ろうかとも思ったのですが、帰らなくて本当に良かったと今なら思うのです。
「お母様・・・それは・・・」
意外とキャロちゃんはあの時の事を気にしていないことは知っている。
でも、キャロちゃんに私と同じ道を歩ませたくはないのです。
「私を許さないで、キャロ?」
そして――――
「そして、あなたはリリーと同じような失敗をしちゃだめよ?」
娘をぶった記憶は、今も忘れることはできない。
そんな思いを娘にはしてほしくない。
娘と孫はお互い似たところがあるから、何か失敗をするかもしれない。
「お母様・・・ありがとうございます。」
とキャロちゃんが涙ぐむ。
もし、何かとんでもないことがあって頭に血が上った時でも、今日のこの言葉を思い出して踏みとどまってくれるといいのだけれど・・・。
「キャロちゃん?キャロ。あなたなら、きっと大丈夫よ。」
貴方は大事な娘のほかに、素敵なあなたの旦那様と、息子が二人もいるじゃない、と言うと嬉しそうに笑う。
優しく髪をなでると、目を細めて喜んでくれる。
この子はいつも家族を好きでいてくれる。
お転婆だけど、本当に優しい子なのです。
何かあっても、きっと家族で助け合って生きていってくれるでしょう。
わたしももう今年で42になる。
人生50年と言われてるから、いつ儚くなってもおかしくはない。
最近少し体が弱ってきた事を感じる。
わたくしは何処まで家族と歩めるのでしょう。
わたくしは何処まで子供たちの幸せを見届けられるのでしょう。
わたくしは何時まで愛した旦那様と寄り添っていけるのでしょう。
わたくしはもう十分に幸せにしてもらったから、
後はできるだけあの子たちが幸せになれる様に、何を残してあげられるのでしょうか。
かみさま――――
かみさま、願わくばどうか、私の愛した家族をお見守りくださいませ―――――――。
――――でも、わたくしやっぱり、ローランドが結婚するまではまだ死ねない。
ママン「早く可愛いお嫁さんをローランドに探さなければ・・・・!!!」
ローランド「ゾクッ!?」
パパン「(義理の娘もかわいいといいなぁ・・・・)」
のん気一家