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異界の海征く現代艦隊  作者: ブルーラグーン
第一章 異界に破邪の霹靂は落ちて
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第5話 もてなしと射撃試験

今回は唯一、架空の武器システムが登場します。

 時は夕刻。


 誰もが様々な事態に見舞われた一日の終わりを告げる夕陽が、空を紅に染めながら地球と同じく西の水平線に沈まんとしている。


 そんな異世界の夕陽に紅く照らし出された、CF旗艦「八洲」の両舷をびっしりと固める様に、アトランス帝国海軍近衛艦隊第一・第二戦隊の全残存艦が接舷し、水兵達が航海と激戦とで疲れ切った身体を休める最中――――八洲艦内の女性士官用浴室に、その指揮官であるラクティとルーナの姿があった。


「――――はぁ……」


「――――ふぅ……」


 二人はまさか航海中に――しかも船の中で――ありつけるとは思いもしなかった、極めて上品な香りのする石鹸で身体と長い髪をしっかりと洗いながら、この配管だらけで殺風景ながらも非常に清潔な浴室に至るまでの、驚愕に満ちた出来事の数々を回想する。


 先ずは、全長303メーティオ、全幅41.2メーティオ、基準排水量85000クーパ――「メーティオ」「クーパ」はそれぞれ、地球の「メートル」「トン」に相当する単位――などという、この冗談の様な超巨大戦艦そのものだ。


 ムーリア側が運用する汽走戦列艦の骨組みやマストが鉄で造られており、加えてイルミア諸島からの撤退時に交戦した謎の巨大母艦に至っては、船体そのものが鉄製との情報すら友軍の決死の諜報活動によりもたらされていた。しかし――――この艦がムーリア側のそれらよりも、遥かに高度な技術で建造された鋼鉄艦なのは火を見るよりも明らかであったし、更にはそんな艦に今自分達が乗っているという事さえ信じ難い。


 いざそんな艦内に、立ち話も何ですからと「ミサキ・アマギリ」と名乗ったこの艦隊の女指揮官に促されるままに入ってみれば、自分達エルフやダークエルフが使う光魔法を封じ込めたランプに似た――但し、魔力は一切感じられなかった――照明具で煌々と照らされた明るい通路に驚く。それだけではなく「空調」とかいう機能によって、艦内は気温や湿度までもが極めて快適に保たれている。ここは本当に……だだっ広い洋上に浮かぶ船の中なのだろうか?


 最早何から質問すれば良いかすら判らなくなる程に、次から次へとこの艦についての疑問が数珠繋ぎに湧き上がってくる中、気品に満ちた応接室に通されたラクティ達は先ず相互の自己紹介からCF側との会談に臨む。その結果明らかになった事柄を一々挙げると膨大な量になるので今は割愛するが、例えばアトランス側とCF側の使用する単位が全く同一の概念に基づくもので、実質的な差は発音と一部の表記のみであると判った時には双方が驚愕した。偶然にも程があると思わずツッコみそうになったのは余談である。


 そして会談の最後に、損傷した近衛第一・第二戦隊の全残存艦を「ソーリス・オータス泊地」なるCFの本拠地まで曳航して修理する事を提案されたラクティ達は、二つ返事でそれを承諾。更に、CF側の曳航準備が整う翌朝までの一晩の間、この艦内の施設を使っての休息を勧められた事に甘んじる形で、現在こうして浴室に居る次第である。


 因みに従者のアリーナ、ミレイユ、ウィオラ、カリーニャの四人は、ラクティとルーナが入浴している間の見張りを申し出て更衣所の外に待機しており、二人が上がった後に入浴する事になっている。尚、ルキウスやサレイユスといったその他の将兵達も、男性士官用と一般乗員用の浴室を交代で利用しつつ、長い航海と戦闘の疲れを癒していた。


「しかし……この“シャワー”とやらは、中々どうして便利な代物だな……」


「そうね……こんなに澄んだ真水のお湯を、幾らでも浴びられるなんて……」


 それも大海原の只中に浮かぶ艦の中で、蛇口を捻れば貴重な筈の真水をまるで無尽蔵に使えるこの浴室の設備は驚異的だった。


 聞いた所によれば「逆浸透膜」なるカラクリを備えた「海水淡水化装置」――但し、元々この艦には装備されておらず、設備の改修をした時に増設されたものらしい――という夢物語の様な名の機械で、文字通り海水中の塩分を除去して真水を造っているとの事であった。しかし航海中の真水が如何に貴重かという船乗りの常識を弁えているラクティとルーナは、言葉とは裏腹に必要最小限の湯量で器用に身体の泡を流していく。


 そして真水の温かいシャワーで泡を流し終えた二人は、濛々と湯気の立ち上る澄んだ海水の湯を湛えた湯船へと足を運び、爪先から恐る恐るゆっくりと湯の中に身体を預ける――――――


「………………っ!」


 ――――――温かい。


 真水を新たに造る装置があるにも拘らず、敢えて湯船のみ単に濾過しただけの海水を使っている点などは、入浴の習慣を持つアトランス人であるラクティ達にとって身体が温まる、含まれるミネラルが肌にも良いといったこの艦の乗員達から聞いた特徴を前にしては、寧ろ目から鱗な要素ですらあった。


 最も、戦闘で深い傷を負った者にだけは特別に真水風呂が用意されていたものの、そもそも艦内で風呂に入れる事自体が前代未聞だった一行から、海水風呂に対しても端から文句の一つ出る道理は無かったのだが。


「……実に良い湯だ。湯加減も全く申し分ない……」


「ええ。まさか海水で身体を温められるなんて……」


「…………そうだな。だが、この湯船と同じ海水の中で……先の撤退戦で散った同胞達も大勢眠っているのか。生きて祖国へ帰る事も叶わず……暗く冷たいイルミア沖の海底で…………」


「――――ッ!!」


 それは、非情な現実であった。


 明るい浴室で温かい湯に浸かり活き返る自分達と、暗い水底(みなぞこ)の冷たい水の中で朽ちていく同胞達の亡骸。先の戦いでは、近衛第一・第二戦隊に属する誰も彼もが友軍の殿、祖国の盾として、ムーリアの大艦隊を相手に勇戦した。だが……皆同じく果敢に艦を駆り戦ったにも拘らず、生き延びた者と死んでいった者とではこんなにも、こんなにも、今浸かっている海水は正反対なのか。


「私達は……生き残ってしまった…………」


 そう考えていると――――いつしか二人の瞳からは、海水とは違う塩味の水が頬を流れ落ちていた。


 暗く沈んでいた心をそっと解きほぐす様な温かさの湯に身体を包まれ、自らの指揮下で懸命に戦ってイルミア沖に散った同胞達の事を想いながら、二人は溜まった心の澱みを洗い流すかの様に静かに涙し続けるのであった。



◇◆◇◆◇



 ラクティとルーナが再び真水のシャワーで塩分を流して浴室から上がり、予め用意してあった着替えに身を通して更衣所から出てくると、ミレイユとカリーニャが見るからに凄まじい冷気を放った、何かの飲み物らしきガラス製の小瓶を二人に差し出した。


「……ミレイユ、これは? 凄い冷気ね……」


「こちら……実はつい先程、アマギリ総帥が自らラクティ様とルーナ様にと持って来られまして。わたくしも、こんなに冷たい飲み物は初めてです」


「どうやら“ラムネ”という名の飲み物らしいですにゃ。それと……アマギリ総帥曰く、実はこのラムネは艦の中で造ったのだとか……」


「ええっ!? こ、この飲み物を!?」


「な、何と……!! 航海中の艦内で冷えた飲み物まで造れるとは……この巨大艦は何から何まで一体どうなっているのだ…………!?」


 大和型戦艦を始めとする旧大日本帝国海軍の様々な艦艇に、本来は火災消火用として設置されていた炭酸ガス発生装置。それを転用したラムネ製造機が「超大和型戦艦・51センチ連装砲塔4基8門案」を改修ベースとした八洲にも例に漏れず搭載されていた。


 そのラムネ製造機を用いて八洲艦内で造られたラムネが、文字通り「八洲ラムネ」として艦内の酒保で取り扱われており、海咲はそれを知るや初戦闘の直前に開いていた軍議の続きに赴くついでに、自ら浴室前までクーラーボックスに入れた八洲ラムネを差し入れに来ていたのであった。


「…………何というか、ここが海に浮かぶ艦の中だという感覚が狂いそうね……」


「はい……わたくしも、今の状況がにわかには信じられない気分です! 何せ今わたくし達が乗っているこの巨大艦こそ、フュルギオン聖堂の伝承に記された“ヤシマ”なのですから……! まるで夢でも見ているかの様でございますっ!!」


「全くですわね。魔族たるワタクシの目にも、このヤシマは全てが新鮮に映りますわ。……って御二人共、せっかくの冷えたラムネが(ぬる)くなってしまいますわよ! アマギリ総帥から教わったラムネ瓶の開け方を説明致しますわね」


 そんなウィオラが説明する通りに、二人が飲み口に付いている玉押しを押してビー玉を瓶の中に落とした瞬間――――しゅわっ、という炭酸の泡が爆ぜる音と共に清涼感のある爽やかな香りが広がる。


「お、おおっと……!」


 そして玉押しを数秒だけ飲み口から離さず強く押さえ、噴き出す炭酸の泡が落ち着いた所で玉押しを離して瓶を持ち上げ、クイッと一口ラッパ飲みする――――――


「――――――これは……!!」


「――――――~~~~っ!!」


 突き抜ける様な刺激の強炭酸と絶妙に調和する、淡くすっきりとした甘酸っぱさと香りが二人の口腔を満たす。それらがまるで雪の様な冷たさと共に、風呂上がりの火照った身体に染み渡る感覚は最高の贅沢であった。


「……御味は如何でしょうか? ラクティ様」


「ふぅ……とても爽やかな飲み物ね。アリーナも、是非お風呂上がりに飲んでみると良いわ」


「そ、それが……じ、実は念の為の毒味で、既に一本飲んでしまいまして…………」


「わざわざ毒味までしてくれたのか、アリーナ。しかし、このラムネとやら――とても艦内で造られた飲み物とは思えない美味だな」


「最も、アリーナが真っ先に一本飲み干したのは毒味の為というより、毒味を兼ねて(・・・)と表現した方が良いかもしれませんわね」


「――――んなッ!? なっ、何を、ウィオラ!?」


「やっぱり図星だったにゃ~! アリーナが目を恍惚とキラキラさせながら、冷えっ冷えのラムネを見つめてたのはアタシも知ってるにゃ!」


「カリーニャ!? わっ、わわ、わたくしがそんなはしたない目つきで、たかだか艦内で造られた飲み物如きを見つめていた筈は……ッ!!」


 ……最早ツンデレキャラ全開で顔を紅潮させるアリーナ。本来は風呂上がり用として差し入れられていたラムネを毒味の為とはいえ、先に一本飲み干してしまった事をしどろもどろ弁明する段階で既に紅潮しかかっていた所を、ウィオラとカリーニャにずばり真意を突かれて一気にテンパった次第である。


「はははははっ! そういう事だったか! しかし……皆に心からの笑顔が戻りつつある様で何よりだ」


「……ッ! は、はい……!」


「そうね……生きていれば、またこうして笑い合える。こんな飲み物だって味わえる。ゆっくりと温かい湯に浸かって、溜まった疲れをすっきりと洗い流して……何だか吹っ切れた気分だわ」


 ラクティは自他共に認める根っからの風呂好きであった。いつも長い航海から帰った後は決まって帝都メアポリスの公衆浴場に足を運び、狭い五段櫂船の中で半ば無意識の内に溜めたストレスを広々とした湯船に浸かり解き放つ事を、彼女は帰港後の最大の楽しみとしていたのだ。


 それだけにメアポリスの公衆浴場に比べれば、狭く質素ながらも極めて快適な浴室で存分に心のリフレッシュを遂げた今、次第に自身がこうして生き延びている現状を何とか割り切って受け入れつつあった。


「だから、アリーナとミレイユも今はゆっくり湯船に浸かって来なさい。但し、アマギリ総帥から説明された通り二人共、湯に浸かる前にはしっかり身体を洗ってね」


「はい、ラクティ様。お気遣いありがとうございます」


「では、わたくしもお言葉に甘えさせて頂きますっ!」


「フフッ……それじゃあウィオラとカリーニャも、今日は思う存分久方ぶりの風呂を楽しんでくれ。メアポリスを出航してから、精々水浴びが関の山だったからな」


「了解ですわ! まだ航海の途中とは言え、本当に久しぶりのお風呂ですわね」


「ただ、ルーナ様……アタシは湯加減があまり熱過ぎないか少し心配にゃ……」


 こうしてアリーナを筆頭とする四人の従者達も、八洲の清潔な浴室でイルミア諸島へ向け祖国を発って以来の入浴を、各々の心行くまで満喫するのであった。


 但し――――入浴前にただ一人ラムネを試飲してしまったアリーナだけは、風呂上がりの冷え切ったラムネを堪能する事が出来ず、夢見心地の三人を後目に単なる冷水で喉を潤すしかなかった顛末を記しておく…………



◇◆◇◆◇



 翌日の午前中。


 再び快晴の青空が広がる海原で、八洲、ジェラルド・R・フォード、マキン・アイランドの大型艦三隻がソーリス・オータス泊地に向け艦隊を率いつつ、近衛第一・第二戦隊の残存艦計一二隻を、それぞれ四隻ずつ速力15ノットで曳航している。その最中に海咲達は、艦隊がSO泊地に帰港するまでの間に行うデモンストレーションの為に、ラクティ達一行を八洲の第一艦橋に招き入れていた。


「ラクティさん、ルーナさん、それに従者の皆さんもおはようございます。昨夜はゆっくりとお休みになられましたか?」


「ええ、アマギリ総帥。とても艦の中とは思えない位、本当に快適な休息だったわ。それにしても……この“第一艦橋”という場所は凄い眺めね……!」


「はい! 何しろここは本艦の操艦を司る場所ですので、前後左右の良好な視界は当然必須になります。但し、各種火器管制と主機関の細かい制御は、こことは別のSMCと呼ばれる区画から行っているのですが……」


「そうなのか? しかし……昨日はそちらに言わせれば見ず知らずの我々を、忌まわしいムーリアの追っ手共から数々の超兵器で救ってくれたばかりか、末の兵卒に至るまでこうも手厚くもてなして頂けるとは……! そして更には我々の艦の修理まで、もう何と礼を申せば良いか…………!! 我ながら、誠にかたじけない」


「いっ、いえ……!! 私達は現状で出来る精一杯の事をしただけですから」


 海咲はCFの全戦力を率いる総帥という立場でありながら、まるで威厳を感じさせない案内嬢の様な口調でラクティとルーナに接していた。そんな彼女の柔和かつ礼儀正しい態度を反映したかの如く、近衛第一・第二戦隊の面々が入浴以外に受けた歓待の数々を、ラクティ達は改めて思い出さずにはいられない。


「昨夜の夕食も今朝の朝食も、まるで陸で出される食事みたいに……いえ、今思えばそれ以上に素晴らしい味だったわ! でしょ? アリーナ、ミレイユ?」


「はい、ラクティ様。この艦で出される料理は誠に世辞抜きで、わたくしの一族が雇う料理人の作るそれにも比肩し得ると思われます!」


「元は平民の身であるわたくしに至っては、艦に居ながらあの様な美味しい料理の数々を頂いた事自体、誠に初めてでございますっ!」


 異世界人であるラクティ達に八洲の食事を供するに当たり、海咲達は昨日の彼女達との初会談の際に日常的な食生活や船に積まれている主な食糧について、極めて詳細に聞き取りや臨検隊を動員しての調査を行っていた。


 地球の大航海時代に船で常食されていた物と言えば、乾パンに塩漬け肉、そして鮮度の低い野菜に時々釣れる魚が加わる程度であった為に、特にビタミン類が不足し壊血病等に罹る船員が続出していた事で知られる。その頃と概ね同水準の船で航海するラクティ達が所持していた食糧も、ビタミンCを含むザワークラウトに相当する物があった以外はほぼ同様であり、従ってこの世界の人間がCF側の食品を口にしても特に問題は無いと判断されていた。だがそれでも、八洲で出される食事が彼女達の味覚に合うかは栄養とは別問題であり、海咲はその点に関して内心戦々恐々としていたのだ。


 しかし――――そんなラクティ達が見るからに興奮を抑え切れない様子で、八洲の食事を明らかに大絶賛する様子を見て、海咲はやっと心から安堵する。


「よかった~! 実はラクティさん達のお口に八洲の食事が合うかどうか、正直かなり心配していたのですが……皆さんにそう言って頂けて何よりです!」


「ありがとうございます! 八洲艦長の自分からも、厨房で働く飯田いいだ給養員長に是非とも皆さんの言葉を伝えさせて頂きます。きっと喜ぶと思いますよ!」


 これには海咲のみならず、その傍らで粛々淡々と艦の全体指揮を執っていた艦長の幸司までも、思わず表情を綻ばせながら会話に加わった。


 八洲の前身に相当する大和型戦艦には最初から冷蔵庫が常備され、備蓄食料も他の旧日本海軍艦艇に比べて多彩かつ豊富だっただけでなく、艦内で羊羹やアイスクリーム等を含む様々な食品を製造していた事でも知られている。加えて一番艦「大和」や二番艦「武蔵」では連合艦隊旗艦として、厨房には何と料亭や高級レストラン等で働いていた板前やコックが軍属として雇われていたのだが、海咲が「シーパワーズ・ストライク」で手に入れた超大和型戦艦の八洲では、ゲーム補正によって現代の海上自衛隊の艦艇乗組員の職種である「給養員」がその役割を担っていた。


 有り体に言えば八洲の専属給養員とは、大和型にかつて配属されていた板前やコック出身者達の能力を、ほぼそのままフィードバックされて実体化した乗員達だったのだ。ラクティ達が八洲の士官食堂で食した夕食と朝食はまさに、そんなスペシャリスト達が腕に縒りを掛けて調理したものに他ならなかった。


「嗚呼、既に風呂から料理まで至れり尽くせりもてなされた気分だが……このヤシマはそれだけに留まらず、まさか我々や兵卒にまで釣床ではなく寝台(レクトゥス)で眠る事が許されるとは……! それも全てが清潔で、気温も湿度も快適な部屋で!」


「あの羽毛みたいに柔らかい寝床……二段式とはいえ横になってみた時は、もうここが艦の中だという事を忘れてしまいそうな寝心地でしたわ!」


「ホントにゃ~! ふっかふかで、艦も全然揺れなくて……二段の寝台でも元平民のアタシには、生まれてから今までで最高の寝床だったにゃ!」


「そういえばカリーニャは今朝、先にワタクシが起きて見たら恍惚とした寝顔で完全に丸くくるまっていましたわね。ワタクシが揺すっても暫く寝惚け眼でしたし」


「にゃはは~。だってホントに心地良かったんだにゃん! 最後にこんなに良く眠れたのはいつだったかにゃ?」


 素でも旧日本海軍艦艇で最良と評される大和型の居住性を、超大和型として些かそれ以上の形で受け継いでいた八洲であったが、海咲が趣味の赴くまま幾度にも渡って施した魔改修に次ぐ魔改修の結果、艦の性能や兵装システムのみならず元から良かった居住性までも劇的に向上させていた。


 艦隊旗艦としての指揮統制能力や対空能力を強化すべく載せた、膨大な数の電子機器や高出力レーダー類の稼働電力の確保に加え、艦の高速化と航続距離の延伸も狙って機関を艦本式ボイラーと艦本式タービンによる蒸気推進から、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦を参考に組み上げた統合電機推進方式に換装。これによって飛躍的に向上した発電能力をフルに活かして、真水造水装置の追加装備や艦内の全区画を冷暖房完備――大和型も士官居住区画等には主砲弾薬庫の冷却装置を流用した冷房があったのだが――とする事に成功していた。


 加えて枚挙に暇が無い程の規模で施された一連の近代化改修は、操艦の大幅なオートメーション化にも大きく貢献しており、改修前であれば約三〇〇〇人近く必要であった乗員は艦隊司令部要員込でも最大一五〇〇人程度にまで減少。これは即ち乗員一人当たりの居住スペースを拡大する事にも繋がっており、CFが運用する他の純粋な現代艦と比べても遜色無いどころか、それ以上の居住性を八洲が有する大きな理由の一つとなっていた。


 ラクティ達はそんな魔改修の恩恵を存分に受けた士官用個室を貸し与えられ、洋上に居る事を忘れさせてくれるかの様な一晩を過ごしていた次第である。


「……しかし、アマギリ総帥にモリミネ艦長。何故貴殿等はヤシマの乗員一人一人や、昨日出会ったばかりの我々にまで、この様な好待遇を用意しているのだ?」


 ルーナはここに至りそんな疑問を率直に述べる。彼女達にとって自身等が昨日から今までこの八洲で受けた待遇の数々は、この世界の王侯貴族でさえもそう受けられるものでは無い様に思えたからだ。


 その疑問に対して海咲と幸司は、かつて地球で一九世紀初頭のヨーロッパを席巻したとある人物の言葉を持ち出して説明する。


「はい、ルーナさん。私達の世界で約二世紀前に活躍したナポレオンという人物は“軍隊は胃袋で動く”という言葉を遺しています。常に過酷な任務をこなす兵士の士気が、日々供される食事の質や待遇の良し悪しに大きく左右されるのは、騎士であるルーナさんにも恐らく思い当たる節があるのではないでしょうか」


「うむ……否定はしない」


「それと本艦自体、場合によっては数ヶ月の洋上任務となる事も度々ありますからね……なので自分の様な艦長職であっても、乗員達の士気を維持する為の待遇には常に腐心しているのですよ」


「成程な……現在我が帝国は幸いにして、まだ本土に敵の侵攻を許していない。だから、今は厳しい戦況とは言えそれなりに質の良い兵糧を、何とか帝国軍全体に隈なく行き渡らせられているが…………」


 そんな時、SMCに詰めている八洲の副長、清沢将吾きよさわしょうご中佐から幸司に対して、デモンストレーションの準備完了を知らせる艦内通信が入る。


『――――SMCより第一艦橋! 艦長、本艦の射撃試験準備、只今完了しました。いつでも実行に移せます!』


「そうか副長、了解! 天霧総帥にお伝えする! ……閣下。只今SMCの方で、射撃試験の準備が完了しました」


「ええ、承知しているわ。……ルーナさん、ラクティさん。たった今――皆さんに本日披露させて頂く、デモンストレーションの準備が整った様です」


「ほう……いよいよ、この巨艦の戦闘力の一端を垣間見られるのか」


「判りました、アマギリ総帥。是非じっくりと拝見させて頂きます」


「はい。今からお見せする私達の一撃――どうか心して、その眼に焼き付けて下さい」


 遂に――――この八洲が大艦巨砲主義の精髄、正真正銘の超弩級戦艦たる所以を示す時が来た。その瞬間を前に、今まで第一艦橋からの眺めを無言で楽しんでいた、航空隊司令官の彩菜と海兵隊司令官の麗華も興奮を隠せない。


「よぉ~し……! 幾ら航空主兵論者のあたしでも、責めて一度位はぶっ放す所をこの目で見たいと思ってた……!!」


「アタシの遠征打撃群(ESG)に随伴させてる、アイオワ級戦艦の50口径16インチ砲Mk.7よりも更に大口径の主砲……! ギネスブックにも公式認定された、実用化された中で史上最大の艦載砲…………ッ!!」


 海咲の目つきが再び昨日の初戦闘時と同じく、CFの全戦力を預かる総帥としてのものに豹変していく。今の状況に海咲自身も静かな高揚感を覚えずにはいられなかった。


「では閣下。号令をお願いします」


 そう促す幸司と一瞬だけ顔を合わせ、互いに無言で頷き合った直後――――――海咲はキッと水平線の彼方を見つめると、凛と澄み渡る様な声音ではっきりと号令を発する。



「――――――九四式45口径46センチ砲、全門斉射試験始め!!」



 そんな海咲の一声を合図に、全ての状況が動き出す。


「主砲、レーダー射撃試験! 教練対水上戦闘用意! 砲管制員配置に着け!」


『教練、対水上戦闘よ~い! 砲管制員配置に着け!』


 幸司がSMCに艦内通信ですぐさま命令を伝え、そこで指揮を執る清沢副長が命令を復唱する。その直後、艦内に総員戦闘配置を告げるブザー音がけたたましく鳴り響く。


「通信士、曳航中のアトランス艦に居る本艦の臨検隊員に連絡。“これより主砲斉射試験を実施する”と」


「了解です、艦長!」


 この連絡は今回の射撃試験実施に欠かせないものだった。八洲が計12門もの46センチ砲を斉射する際に発生する爆風と衝撃波は並大抵ではないからだ。


 それは実際に46センチ砲9門の武蔵が公試中に行った主砲射撃試験で、生きたモルモットを入れた籠を甲板に複数置いて射撃した所、半数以上の籠は跡形もなく粉砕され残った籠のモルモットも、衝撃波を受けて原形を留めぬ肉片と化していた事からも想像に難くないだろう。そこで甲板から本艦の乗員が退避するのは勿論の事、曳航中のアトランス艦に連絡要員として派遣している臨検隊員にも連絡し、アトランス艦の乗員達が甲板に出ない様に注意を促して貰う手筈となっていた。


「森峰艦長。今回の砲撃目標は、先刻からトライトンの高高度観測で捉えていた、本艦進路より2時の方向、前方25キロ先にある岩礁で間違いないわね? もうとっくに対水上捜索レーダーも捉えているみたいだけれど」


「はい、副総帥閣下。今回はその岩礁を標的に砲撃テストを行います。恐らくあの岩礁は地球のロッコール島の様な海食柱状の孤島が、長い年月を掛けて更に風化し単なる岩礁になったものかと」


 副総帥の汐里が指摘した先には、ひゅうが型護衛艦とほぼ同サイズの岩礁がぽつりと海面に姿を見せていた。勿論、その岩礁が無人である事は、既に弾着観測機として派遣していたSH‐60Kシーホーク対潜ヘリと、MQ‐8Bファイヤスカウト無人ヘリによって確認済みである。岩礁の周囲には今は海鳥すら飛び交っていない。


 そんな時、艦橋直下にある独自に装甲化されたSMCでは、砲雷長の九鬼龍斗くきりゅうと少佐が清沢副長の元、砲管制員達をまとめ上げて指揮を執っていた。九鬼砲雷長は常に淡々と冷静沈着な清沢副長とは対照的に、まさに荒ぶる熱血漢そのものといった感じの士官であったが、その豪放磊落な人柄は多くの砲雷科員達から慕われていた。


『副長ッ! 測的員、主砲、各所配置良ぉし!!』


『了解、砲雷長。主砲、レーダー射撃試験始め!』


 艦橋と後楼の最上部にある本来の射撃指揮所――今の八洲では主砲も含め、火器管制は全てSMCから行われている――の頂部に、元々存在した方位盤観測鏡に代わり砲対水上射撃指揮用として搭載されている、高い走査速度と捜索中追尾能力を併せ持つAN/SPQ‐9Bレーダーが、岩礁を水上目標と見做しXバンドのレーダー波で正確無比に捕捉する。勿論この高性能な現代式レーダーは搭載時に主砲ブラスト圧対策済みであった。


SPQ(スプーク)レーダー、目標捕捉。SMC指示の目標、方位(ヒト)(サン)(マル)、距離25000(フタマンゴセン)の岩礁!』


 AN/SPQ‐9Bが捉えた目標情報は、魔改修の末に八洲を生み出した張本人である海咲が「シーパワーズ・ストライク」の中で、全く独自に組み上げた八洲とCF所属の大和型戦艦専用の統合武器システム――――「IBACS(アイバックス)」即ち“統合戦艦戦闘システム”を意味する“Integrated BAttleship Combat System”の頭文字から、彼女が名付けたこの管制システムに移管される。


 そしてIBACSはレーダーから得られた情報を始め、リアルタイムで収集された砲弾の弾道に影響を及ぼし得る様々な諸元――自艦の針路、自艦の速度、気温、湿度、風向、風速、船体の動揺、装薬の状態、惑星の自転が生むコリオリの力、自艦の惑星上での緯度――を元に、イージスシステム用の物を流用したセントラルコンピューターが全自動で瞬時に最適な弾道計算を行う。尚、本艦が存在するこの異世界、即ちこの惑星に関する諸元はGPSから得られた値を元にしていたり、惑星の大きさと重力加速度を地球と同一と仮定しての計算値であったりする。


 但し、これらは今回の様な静止目標に対する射撃に必要な諸元に過ぎない。水上艦艇といった移動目標に対して射撃する際には、最低でも敵艦の針路と敵艦の速度が先述の諸元に加わる事になり、その分だけ弾道計算もより複雑化する。


『全主砲、右砲戦ッ! 標的、SMC指示の目標ォ! 主砲塔第一から第四の各砲、零式弾いっぱ~つ装填!!』


 八洲には現在、三種類の主砲弾が搭載されていた。九一式徹甲弾の改良型である一式徹甲弾と、多量の炸薬を積んだ榴弾に分類される零式通常弾、そして多数の焼夷弾子を積んだ榴散弾に分類される三式通常弾である。今回の主砲射撃で九鬼砲雷長が選んだ主砲弾は、八洲では主に非装甲艦艇や陸上目標への攻撃に用いる零式通常弾であった。


『了解! 主砲塔第一から第四の各砲、零式弾一発装填!!』


 そんな九鬼砲雷長の指示を管制員が復唱し各所に伝達すると、主砲塔内では46センチ零式弾と装薬の装填作業が行われる。


 主砲塔バーベット下部の給弾室から砲弾がほぼ垂直のまま揚弾筒を通って砲室に送られ、換装筒で装填角度の3度まで横倒した砲弾を弾丸装填機のランマーで砲身内に装填。続いて薬嚢方式の装薬が給弾室より更に下部の給薬室から、今回は最大威力を発揮する六個が揚薬筒に載せられて砲室まで送られると、今度は装薬装填機のランマーで慎重に砲身内へ込められていく。


『主砲一斉撃ち方、各砲自動照準始めッ!!』


 そして砲の尾栓が閉められロックが掛かり、主砲塔要員が制御する中で行われた一連の装填作業が終わると――――砲塔重量2510トンもの巨大な四基の三連装砲が、一斉に毎秒2度の旋回速度でゆっくり右舷側へと指向していく。前盾と側面を厚さ650mmと250mmのVH鋼板、天蓋を厚さ270mmのMNC鋼板に覆われた鋼鉄の塊そのものと言える巨大砲塔が、低く重厚な旋回音を唸らせつつ蠢く光景はラクティ達に一種の恐怖感すら与えていた。


「ええっ――――!? あ、あの主砲……可動式だったの!?」


「あんな重砲が自力で旋回……し、信じられん…………ッ!!」


 IBACSによる完全な自動照準で岩礁へと狙いを定め、長大な46センチ砲身が鎌首をもたげる様に仰角を取り、岩礁(ターゲット)を確実に主砲散布界の中央に捉えて外さない。又、システムと連動する砲身は艦の動揺をアクティブに相殺し、些かもぶれる事無く岩礁(ターゲット)を捕捉し続けていた。照準の誤差修正もばっちり完了済みである。


『測的良し、照準良し!』


 SMCで測的員が主砲の照準完了を告げると、主砲射撃コンソールで各種のディスプレイを凝視する射撃員が、主砲発射トリガーに指を掛けて斉射命令を待つ。


『主砲、射撃用意良し!』


 今や合計12門の46センチ砲全てが、斉射命令と共にその威力を存分に解き放つ時を待っていた。甲板上からの乗員退避も既に完了している。


「では閣下方、アトランス帝国の方々。今から非常に大きな音と衝撃が来ます。全員しっかりと身構えていて下さい」


 その幸司の言葉に海咲達とラクティ達は表情を引き締めつつ無言で頷く。全ての準備が完了した今、幸司は再び通話機を手に取ると――――艦長として躊躇い無くSMCに発砲を命じた。


「撃ち方始め!!」


 SMCで清沢副長が再び復唱し、九鬼砲雷長が裂帛の気合を籠めて号令を飛ばす。


『撃ちぃ~方始め!!』


『用ォ――――意ッ! 撃てェ――――ッッ!!』



 そして――――――斉射。



 迸る爆炎と熱波。鳴動する大気。



 轟く衝撃波が海面を抉り、雷鳴の如き咆哮が洋上を支配する。



 三連装砲特有の衝撃波の干渉で散布界が粗くなるのを防ぐ、九八式発砲遅延装置により左右の砲が撃った刹那、コンマ数秒置いて中央の中砲(なかほう)が発砲したのだ。


 各砲の発射間隔を僅かにずらしていたとは言え、46センチ砲12門の一斉射撃は海咲達とラクティ達が居る第一艦橋の中にも、窓ガラスをビリビリと震動させズンと腹に響く様な轟音をもたらしていた。


「な……何という、爆炎……ッ!!」


「すっ、凄過ぎます…………っ!!」


「凄まじい……砲ですわね……!!」


「にゃぁぁあああああ…………!!」


 密閉された艦橋内に居てもこれだけの爆音が響くという、アトランス側から見れば余りにも常識を凌駕する巨砲の凄まじい咆哮ぶりに、従者のアリーナ達は驚愕に目を大きく見開きながら何とか言葉を絞り出していた。そして彼女達が半ば呆然とする中で斉射から数十秒が過ぎ、遂に主砲弾が弾道飛翔の果てに目標に到達する時が来た。


『用ォ――――意ッ! ……弾~~~~着ッ!!』


 46センチ零式弾の群れが、ほぼ一斉に岩礁とその周囲の海に降り注ぐ。


 SMCと第一艦橋に設置されたモニターに映る、弾着観測機として岩礁の周囲を飛ぶSH‐60KとMQ‐8Bから別々の視点で送られてくる映像には、岩礁から立ち昇る四つの巨大な爆炎とその周りで発生する八つの巨大な水柱がはっきりと視認出来た。


『初弾夾叉(きょうさ)、並びに命中!! 遠弾三、近弾三、至近弾(ふた)、命中弾四!! 発射弾数、一二(じゅうふた)発!!』


「オオッ! 流石は超弩級戦艦のミサキカスタム! 中々やるじゃん!!」


「リアル……っと、違う。異世界でも海咲の八洲ってやっぱ最強よね~!」


「やはり私達CFの総旗艦は、この八洲でなくては駄目ね」


「あっはははは……みんなありがとう♪」


 麗華、彩菜、汐里の素直な誉め言葉に、海咲は再び目つきを何時もの状態に戻すと、照れながら屈託なく年相応の女子らしい笑顔を見せる。幸司も良好な射撃結果に少しだけ緊張を解いて満足そうに頷くと、SMCの清沢副長と九鬼砲雷長に射撃試験終了を命じた。


「うん、上々だな……よし、撃ち方止め!!」


 本来であれば戦艦の主砲射撃とは、最初に「試し撃ち方」と称する各砲塔一門ずつの射撃から始め、着弾の水柱の位置を見ながら何度も弾着修正を繰り返しつつ、やがて「夾叉(きょうさ)」と呼ばれる砲弾が標的を挟む様にして着弾する状況になるまで、修正射を延々と続けてからやっと全門斉射に当たる「一斉撃ち方」に移行するのが常識である。


 しかし、今回の試射はあくまで八洲がこの異世界で全門斉射を行った際の威力を改めて確認し、それをアトランス帝国側の面々にさりげなく誇示する事が目的だった。加えてそもそも標的が単なる岩礁という静止目標に過ぎなかった事もあって、IBACSの射撃管制能力を以ってすれば初弾から夾叉と命中をも期待出来ると踏み、敢えて試し撃ち方を経ずに最初から一斉撃ち方を実施したのであった。


「主砲、レーダー射撃試験終わり! 教練対水上戦闘用具収め! 引き続き各種警戒を厳と成せ」


 それから暫くして、着弾の爆炎と水柱がようやく収まった映像には――――四発の命中弾と二発の至近弾を受けて岩体を大きく削られ、完全崩壊までの時を一層早めた哀れな岩礁の姿が映っていた。

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