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異界の海征く現代艦隊  作者: ブルーラグーン
第一章 異界に破邪の霹靂は落ちて
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第4話 常識外れの大艦隊

「――――敵汽走戦列艦(アルファ)(ブラボー)(チャーリー)(デルタ)(エコー)並びに、敵木造帆船全ての撃沈を確認。尚、救出対象船団は全て健在の模様」


「現在、本艦隊及び現場海域周辺に新たな敵影無し。引き続き、対空・対水上警戒態勢を維持します」


 八洲のSMCでオペレーター達の報告が飛び交う中、正面の大型モニターに映し出された、現場海域上空で監視を続けるトライトンから送信される敵船団の無残な映像を前に、海咲、汐里、麗華、彩菜の四人は暫く言葉が出なかった。


「「「「………………」」」」


 無理もない。


 敵と見定めた存在のとは言え、今、四人の眼前に広がる惨状は――――他でもない、自分達自身の命令によるものなのだから。


「……私達の命令で……あの船団が、一隻残らず沈んだ……」


 最早仮想(ヴァーチャル)のゲームなどではなく、海咲達は現実(リアル)に初めて自身等の指揮する戦力に数多の命を奪う事を命じたのだ。


 先程の映像の中では、先ず海咲の読み通り竜骨(キール)やマスト、蒸気機関等に金属を多用していた敵汽走戦列艦五隻が、モスキートの終末誘導装置であるARH――アクティブ・レーダーホーミング――シーカーに捉えられ正確無比にその餌食となった後、フォッグスウィーパーズの投下したLJDAMによって一方的に、かつ効率的に残った敵木造帆船が屠られていく光景が繰り広げられていた。


 自らはその手を血に染める事無く、部下達に“殺戮”を命じる。そんな“指揮官”という立場の意味を、海咲達四人はこの時初めて実感していた。


「……海咲。もし、さっきの判断が大きな間違いだったとしても、私もその罪を海咲と一緒に背負うから。だから、今は目を背けずにこの光景を焼き付けましょう」


「……うん。今後は、私達の判断一つ一つに対して、どんなに重い責任でも背負う覚悟を持たなきゃ……」


「アタシも、今になってやっと実感した。アタシ達がつい昨日までゲームの中でしてきた事を、こうしてリアルにやってみたらこういう事なんだな……って」


「今後は、しっかりと自覚していかなきゃね。あたし達の置かれたこの立場を。あたし達の判断とこの手に、敵味方の多くの命が委ねられてるって事実を」


 それに対し海咲達の副官三人は、それでこそCFを率いる司令官足りえる、といった感じで優しく、かつ力強く言葉を返す。


「……総帥閣下。やはり、貴女は我等が総帥に相応しい御方です」


「クレイトン司令、自分は安心しました。今、その責任の重さを心から感じて頂けた司令になら、自分は何処までも、地獄の果てまででもついて行きます」


「まさにその通りです、鷲崎司令。我々が今手にしている強大な力には、必ず相応の責任が伴っているのですよ」


 そして一同は正面モニターに再び向き直ると、自身等の攻撃により散った敵船団に対し各々で数秒間だけ敬礼を手向けた。


「……敬礼!」


 それが、例え偽善だったとしても。それが、CFの司令官として振る舞う彼女達に今出来る、精一杯の儀節であったから。


「――――さて、これからどうしますか閣下? 次の御指示をお願いします」


「……ええ。勿論、進路・速度共にそのまま、本艦隊は現場海域に向かいます。そこで救出対象船団と合流、彼女達と接触した上で、もし敵側に生存者がいた場合は当然救助して。この世界の情報を双方から聞き出すべく、捕虜を取るのも兼ねてね」


「まあ、あの状況で五体満足の生存者が居たらある意味凄いけど……了解、海咲。全艦に通達、進路・速度そのまま」


「了解しました。……SMCより艦橋、進路・船速そのまま!」


『――――こちら艦橋、了解。進路・船速そのまま、ヨーソロー!』


 副総帥の汐里が艦隊の全艦にすぐさま海咲の命令を伝達すると同時に、艦長の幸司がSMCとは別に八洲の操艦を担当する艦橋に指示を伝える。そんな一行は尚も正面モニターを注視しつつ、異世界人とのファーストコンタクトに対する期待と不安とが相半ばする複雑な心地で、現場海域への進路を取り続けた。



◇◆◇◆◇



『…………助かった、のか……我々は? だがしかし……全く以って理解が追い付かないぞ! ラクティ……!』


「…………私にも判らない、ルーナ。あれは……さっきは一体、敵に何が起きていたというの……!?」


 アトランス帝国近衛艦隊第一・第二戦隊の残存艦計一二隻を率いる、エルフとダークエルフの女指揮官――ラクテア・ウィア・アニマとルーナ・ルブラ・ネビュラの二人は、互いの乗艦「ディエス」と「ノクテス」からテレウィス石で交信しつつ、つい先程まで自身等をストーカーの如く追撃していたムーリア皇国艦隊を、瞬く間に一隻残らず沈めた余りにも常識外れな攻撃に対して戦慄を覚えていた。


 それらが結果的に、窮地の自身等を救ったにも関わらず。


 あの圧倒的な暴力の数々が、もし自身等にも無差別に振り下ろされていたら――と想像するだけで、もう気が気では無かったのだ。


「ラクティ様……! ただでさえ強靭なあのムーリアの戦列艦を、一撃で粉々にしてしまう武器など……このわたくし、今まで見た事もございません!」


「空からもたった一撃で……幾らラプテールでも、とても無理な芸当ですっ! あれじゃあ、まるで……まるで、フュルギオン聖堂の伝承の一節にある“機械仕掛けの飛竜”じゃないですか……っ!」


 ラクティの乗艦、近衛第一戦隊旗艦ディエスの艦上では、彼女の従者であるアリーナ・セレーネウスとミレイユ・ニンバスの二人もまた、驚愕の表情を隠せずにいた。アリーナは貴族のセレーネウス辺境伯家出身のヒト族、ミレイユは平民出身の白い兎耳を持つ亜人「兎耳族」で、前者は地球では自然発生し得ない水色の長髪と同じ色の瞳、後者はセミロングの明るい銀髪とエメラルド色の瞳が特徴の、それぞれ一九歳と一七歳の少女である。


 ラクティもそんな従者達から、本来は周囲からの愛称である“ラクティ”にそのまま敬称を付けて呼ばれる辺り、この二人との主従関係が極めて良好である証左と言えよう。


「……機械仕掛けの飛竜? 確かに、フュルギオン聖堂の伝承自体はわたくしも存じ上げているけれど、流石にそれは考え過ぎでは? ミレイユ」


「……いえ。今、ミレイユが“機械仕掛けの飛竜”と言ってくれたお陰で、やっと思い出した。実は以前……私とルーナとオパルス提督だけに、ユリウス殿下が仰っていたの。ムーリアとの戦況が芳しくない今、かくなる上は聖堂に記された伝承の艦隊の――召喚の儀式を執り行う事も考えている、と」


「ま、まさか……ユリウス殿下は、あの伝承の“霹靂の艦隊”を本当に召喚なさられたと……!? いえ……それでもあり得ません! よしんば伝承の艦隊だったとして、この大海原の真っ只中に居るわたくし達を都合良く見つけて、助けに来てくれるなど……余りにも御伽話に過ぎます!」


 彼女達の常識で考えれば確かにそうであろう。


 だが、数多の衛星と航空戦力を24時間体制で運用し、艦隊から半径数百海里の洋上をそれらとの戦域ネットワークを通じて、リアルタイムに隈なく捜索出来るCFにとっては、その広大な結界内に入り込んだあらゆる目標を速やかに探知・捕捉・追尾するなど造作もない事であった。


 そしてラクティとルーナがそれぞれの乗艦からふと青空を見上げると、程なくしてそんなCFの哨戒網の一端――MQ‐4Cトライトンが自身等の頭上を悠々と舞っているのを、エルフとダークエルフの眼ではっきりと見つけ出す。


「……見つけた。恐らく、ムーリア艦隊を滅した何者かは、あれでさっきからずっと私達を監視していたのだと思う。今も強い視線が私達に向けられているのを感じるわ」


『……嗚呼。さっき追われていた時から薄々感じていた、遠くから別の誰かに視られている様な違和感の正体……十中八九、あれで間違いないだろう――――撃ち落とすか?』


 そう言ったルーナが乗るノクテスの艦上にラクティが目をやると――――ルーナが上空をきっと睨みながら、得物の大鎌を構えている様子が見えた。ラクティはそれを見るや冷静にルーナを諭す。


「無駄よ、ルーナ。あれは私達の精霊魔法でも届かない高度を飛んでいる事位、一目見れば判るでしょう?」


『だが、しかし……!』


「それに……仮にあれを撃ち落とせたとしても、そんな真似をすれば私達まで彼等から敵と見做されかねないわ」


『――――ッ!! ……済まない、悔しいが確かにその通りだ。我ながら軽薄だった』


 ルーナの脳裏に、先程ムーリア艦隊を屠った凄まじい攻撃の数々がフラッシュバックする。あの様な攻撃――今の我々に到底抗う術など無い。それを改めて自覚した今、誇り高きダークエルフの女戦士である筈のルーナは力なく大鎌を下ろすと、表情では歯を食い縛りつつも内心では跪いて平伏したい気分になっていた。


『……それで、これからどうする? ラクティ』


「敵は一応壊滅したのだから、このまま直ぐにでも本国に帰りたい所だけど……マストに砲撃を受けて帆を張れなくなった艦が多いわ。あれに見張られているのが明らかな状況で本来なら好ましくないけど、マストを損傷した艦の応急修理が終わるまではこの海域で小休止ね。……疲れ切っている漕ぎ手達の休息と手当を兼ねて」


 マストを損壊して帆走不能になった艦を置き去りに出来ないのは言うまでも無く、そうでなくとも実際に漕ぎ手達の疲労はピークに達していた。中には櫂を力一杯漕ぎ過ぎた為に、必死のアドレナリンが切れた途端激痛に襲われ、腕を()るか脱臼していた事に気付き手当てを受けている者さえいる。ラクティはそんな彼等への気遣いを決して欠かす事は無かった。


『優しいのだな、ラクティは……判った。では、我が第二戦隊も暫しの間それに甘えるとしよう。今の状況では、最早動きたくても動き様が無いからな』


「アリーナ、ミレイユ。貴女達もそれで良いわね?」


「はい、ラクティ様。わたくしは特に異存ありません。上空を飛ぶ物体に関しても、あちらから攻撃の素振りを見せない限りは静観するのが賢明かと」


「ええ、わたくしも同じく。それに……あの飛行物体からは、何故かわたくし達への敵意が感じられません。寧ろわたくし達を、温かく見守ってくれている様な気さえ致します」


「そう……判ったわ。ルキウス、貴方は?」


 次いでラクティは自身等が興奮を交えて会話していた間も、表面上は冷静沈着を貫き無言で傍らに侍っていたディエスの艦長、ルキウス・アエストゥスにも賛否を問う。ルキウスは美青年の姿をしているフォーンの中でも珍しく精悍な顔付きで、その特徴である艶のある毛並みと鹿に似た耳と脚は、美しいというよりは逞しい印象を与えている。


「……はっ、自分もラクティ様の決定に異存はありません。それと、いつも本艦の乗員達への気遣い、誠に恐縮の極みです」


「どうも。……では、これより我が第一戦隊は第二戦隊と共に、マストに損傷を受けた艦の応急修理が完了するまで暫くこの海域に留まります! 但し、見張り員は上空の飛行機械の動向から片時も目を逸らさないで下さい!」


「「「「「――――メア・ノストゥルム!!」」」」」


 こうして近衛第一・第二戦隊の各艦は、マストを損壊した艦の補修が終わるまでの間、やむなくこの海域で羽を休める事となる。しかし――――彼女達のこれまでの常識を悉く打ち破る驚愕の連続はこの時、まだまだ序の口に過ぎなかった。



◇◆◇◆◇



 天気晴朗なれども既に日は西に傾き、時は昼下がりといった頃。



「…………ッ!!」



 未だに羽を休めるアトランス艦隊から地球の距離単位にして約2キロ後方、CFの奇襲攻撃によって全滅したムーリア艦隊の夥しい数の残骸が漂う中、奇跡的に浮いていた小型ボートの上でこのムーリア艦隊を率いていた男――――ドーレク・リヒトファングは意識を取り戻した。


 辛うじて五体満足ながらもその全身は傷だらけで、体裁だけは煌びやかだった筈の軍服もボロボロであり、黒い煤と傷口から滲む自身の血とですっかり汚れ切っている。



「……ぬッ、ぐぐうう――――ッ!!」



 ボートに積もった木片を掻き分け、傷の痛みを堪えつつその上体を起こす。



「な、何と……何という事だ…………」



 そんな唯一人無事なドーレクの周囲に、浮いている健在な艦は一隻も無く。



 皇国の最新技術を集めて造られた旗艦アルゴルを始めとする汽走戦列艦から、低価格で調達が容易く数を補完していた通常の帆走戦列艦まで、今やその全てがそれらに乗り組んでいたヒト族やオークの水兵諸共、ただ粗大なだけの破片へと帰していた。最早これらの残骸が、かつて六〇隻近い大艦隊であった面影は無い。


「…………我輩の他に……生きている者は……?」


 周囲を幾ら見渡せども大量の木片に交じって浮いているのは、首や四肢を激しく欠損した水兵達の骸やその一部だらけだ。生きているドーレクと同じく五体満足に原形を留めた骸であっても、その屈強な筈の胴体を巨大な金属片が深々と貫き、目と口をカッと大きく見開きながら吐血しつつ息絶えている者も少なくない。


 そんな無残極まりない状態のドーレクの艦隊に対して、後一歩という所まで追い詰めていた筈のラクティとルーナ率いる残存艦隊は――――ドーレクから約2キロ先で、追い詰められていた証拠に各艦とも大なり小なり傷付きながらも、のうのうと難を逃れて未だ一二隻全てが健在であった。


「ぐッ……!! わ、我輩はウェンドゥ様や本国に一体何と申し開きをすれば……? 突如神速の巨大な矢の群れに襲われ艦隊も兵も喪い、今や弱小に過ぎぬ彼奴等を後一息で仕留め損ねたなど……一体誰がそんな御伽話を信じるッ!?」


 だが、非情にも全ては御伽話などではなく、事実である。


 最も、実際にモスキートの直撃を受けて沈んだ艦は旗艦アルゴルを含めた七隻のみであり、残りは全てフォッグスウィーパーズのF/A‐18Fから投下されたLJDAMによって全滅させられたのだが、その間気絶していたドーレクにとっては知る由もない事実であった。


「……だが……報告するにしても、テレウィス石が無くては何も出来ん。この我輩まで、こんな大海原の只中で野垂れ死ぬ訳には…………む、あれは!」


 ドーレクが改めてきょろきょろと辺りを見渡し、自身から見て斜め後方に視線を巡らせてみると――――あった。木製の浅いボウル状の台座に乗ったテレウィス石が波間に漂っている。


「フッ……そういえば今日は“轟炎”のフラメル様が率いる、アトランス本土攻略艦隊がイルミアを発つ日だったか? 実に悔しいが、最早こうなっては彼等に救助を求めるより他にあるまい……」


 そう言ってドーレクが木片の積もったボートの中から櫂を取り出し、自力でテレウィス石が浮かぶ所まで漕いでそれを拾い上げた時――――



 ――――遠くから微かに、聞き慣れない低い羽音が響いてきたのだ。



「……むッ? こ、今度は何が来たというのだ……?」


 続いてボートから小さな望遠鏡を、自身のポケットからコンパスを取り出して羽音が聴こえる北の水平線を見つめる。そして望遠鏡を通して見えた羽音を奏でる物の正体は――表面に幾つもある大きな窓、上部と尾部にある大小の羽根車が高速で回転している白い飛行物体――八洲から発艦したSH‐60Kシーホーク対潜哨戒ヘリコプターであった。


 更に、その白い飛行物体(SH‐60K)の背後から真っ直ぐこちらに向かって驀進して来るのは――――――ドーレクの常識を嘲笑うかの様に途轍もなく巨大で、その一隻一隻が島と見紛う程の大きさの、灰色一色の巨大艦の群れ。しかも、それでいてムーリア海軍の持つどんな汽走戦列艦よりも明らかに速い。


「――――――ッ!! な、な、何なのだ、あれは……!! この我輩の眼が、狂っているとでもいうのか…………ッ!!」


 だが、その眼もまた決して狂ってなどいない。


 全ては、ドーレクの見たそのままであった。


「……ぐッ!! こ、このまま訳の判らぬ奴等に捕らえられるなど……ム、ムーリア軍人の末代までの恥であるわ…………ッ!!」


 CFに捕らえられるのが末代までの恥であるなら、ラクティやルーナを水兵達の慰み者にしようと目論んだ部下達を容認したのは、一体何だというのだろうか……


 ……曲がりなりにも武人としての本能で身の危険を感じ取ったドーレクは、再び戦慄する余り震えが止まらない身体にも関わらず櫂をさっと引っ込めると、積もっていた木片を素早く被りつつ拾い上げたテレウィス石と共に身を伏せる。ドーレクが完全にその身を隠した時、迫っていた白い飛行物体(SH‐60K)は実際には生存者を捜索していたのであり、しかもそこから呼び掛けられる拡声魔法らしき大音量の声の言語は――――何故か自身等が話すムーリア皇国の標準語に聞こえたのだ。


『――――こちらは、クラッシス・フュルミニスである! 先刻、貴艦隊への攻撃を行ったのは我々だ。よって無駄な抵抗を試みず、武装を解除し速やかに投降する者には、その全員に対して命の安全を保障する! 繰り返す――――』


 だがその呼び掛けに対して、既に友軍への連絡手段を確保していたドーレクは身を隠し続ける事を選び、その後にやって来た救助のゴムボートにも最後まで発見される事は無かった。呼び掛けが何度も繰り返される中、自身等を一方的に叩きのめしておきながら「命の安全を保障する」などと宣う者達に対する、歪んだ憎悪をブツブツと呟きながら。


「我輩の邪魔立てをしておきながら、今更何をほざくか……ッ! “クラッシス・フュルミニス”……貴様等のその名、確かに覚えたぞ!! 次に会った時は、せいぜい首を洗って待っておれエエェェ…………ッッ!!」


 その恨み節は完全に、負け犬の遠吠えでしかなかった。



◇◆◇◆◇



 見よ。波涛を切り裂き、悠々と迫り来る鋼鉄の巨艦を!


 それは何者をも等しく平伏させる、威風堂々たる艨艟!


「なッ……!? な、何という大きさだ…………!! 船……なのか、あれは…………ッ!?」


 ルーナは自身の乗艦である「ノクテス」の艦上から、北の水平線から鐵の大艦隊を率いて現れたその巨大な超弩級戦艦――――クラッシス・フュルミニス旗艦「八洲」を、驚愕という言葉すらも遥かに超越した眼差しで見つめていた。


 近衛艦隊でも最大級のディエスとノクテスが、まるで玩具の小舟にしか見えない巨大過ぎる船体。


 その上部に天高く聳え立つ、まるで城の様な艦橋構造物。


 重厚な四基の砲塔から突き出た、冗談の様な大口径の主砲――――九四式45口径46センチ三連装砲。


 ルーナは自身のこれまでの常識が、呆気なく砕け散るのを感じる。それ程までに、眼前に現れた八洲はルーナにとって、その全てが余りにも常軌を逸した存在であった。


「ルーナ様……! あれがもし本当に大砲だとすれば、ワタクシ達の艦など一発当たっただけで木っ端微塵ですわ! 間違いなく!!」


「に、にゃああああ……!! ふ、ふ、船の化け物にゃ……! た、た、立ち上がれないですにゃ、ルーナ様ぁぁ…………っ!!」


 八洲を前にした驚愕と戦慄はルーナだけのものではない。彼女の従者であるウィオラ・アルケーネスとカリーニャ・リンクス、そしてノクテス艦長のサレイユス・アーゲントゥムのものでもあった。ウィオラはアトランス帝国内に住む魔族の代表であるアルケーネス辺境伯家出身の魔族、カリーニャは平民出身の猫耳を持つ亜人「猫耳族」で、前者は縦ロールの紫色の長髪と同じ色の瞳に魔族らしい二本の角、後者はセミショートの茶髪に右目が赤色・左目が金色のオッドアイが特徴の、共に一八歳の少女である。


「それだけじゃないッスよ、ルーナ様! よ~く周りを見て下せぇ……あのデカブツ野郎が率いる随伴艦まで、どいつもこいつもハチャメチャなデカさッスよ!!」


 単に外見通り若くイケメンなだけならいざ知らず、まるで酒場で働く兄ちゃんといった感じの軽く砕けた口調のこのヒト族の男が、近衛第二戦隊旗艦の艦長を務めていると聞けば一見不相応にも思えるが――これでもサレイユスは、卓越した個艦指揮能力で知られる近衛艦隊の猛者にして騎士の位の持ち主でもあった。加えて高度な闇属性魔法の使い手らしからぬ陽気な性格ながらも、ルーナはそんな彼に全幅の信頼を置き、ノクテス個艦の指揮を任せていたのだ。


 そんなサレイユスの指摘通り、八洲が引き連れている艦もこの世界の常識からすれば余りにも巨大であり、旗艦の八洲以下、アイオワ級戦艦一隻、キーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦一隻、ジェラルド・R・フォード級航空母艦一隻、ワスプ級強襲揚陸艦一隻、サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦一隻、ハーパーズ・フェリー級ドック型揚陸艦一隻、あたご型護衛艦二隻、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦三隻、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦フライトⅡA一〇隻、ソヴレメンヌイ級ミサイル駆逐艦四隻、ウダロイⅡ級大型対潜艦二隻、その他にもサプライ級高速戦闘支援艦やルイス・アンド・クラーク級貨物弾薬補給艦、ましゅう型補給艦やマーシー級病院船等の現代艦艇から成る、総勢三〇隻超の大艦隊が大挙してこちらに向け押し寄せて来る光景は、アトランス帝国近衛艦隊第一・第二戦隊の残存艦に乗る全ての将兵達の度肝を抜いていた。


「ひ……ひ、ひぇぇええええええええええええ!!」


「何という巨艦……未だに我が目が信じられん!!」


 更にそんな将兵達の全く知らぬ事ではあるが、海中にも後期型ロサンゼルス級やヴァージニア級に加えてヤーセン級といった攻撃型原子力潜水艦数隻が、艦隊の周囲を隈なく哨戒する様に潜んでいる事も記しておこう。


「皆が驚くのも当然……どれもこれも巨艦ばかりだ……! しかも、どの船も鋼鉄製……だと!? だが、あの巨砲を積んだ旗艦らしき船はまだ解らないでもないとして、その両側から来る二隻の平坦な甲板の船は、一体……? 両舷に何段もの砲甲板と大量の備砲でも隠し持っているのか……!?」


「その可能性も十分あるッスけど、俺っちの私見だとあの平たい甲板の艦……さっきムーリアのクソ野郎共を空からフルボッコにした連中、多分あれから飛び発ったんじゃないッスかね? ほら――甲板の上にびっしり載ってるアレ、俺達が追われてる時に飛んで来たのと何とな~く似てません?」


「なッ――――!? ま、まさか…………!?」


 このチャラ男――失礼、サレイユスはルーナも驚く程の鋭い洞察力と観察眼の持ち主でもあった。これまでのムーリア艦隊との戦闘でも、常に周囲の状況を隈なく見渡しつつその都度適切な判断を下せる非凡さによって、自艦のみならず第二戦隊全体の窮地を幾度となく救った事もある。


「…………いやはや、貴様は本当に細かい所までよく見ているな……確かに先程飛来していたのは、あの平坦な船の上にずらりと載っている物体かもしれん。見た所、今は翼を折り畳んでいる様だが」


「この前のムーリア艦みたいに飛行戦力を載せてるとしたら、ワタシもあの平たい船以外には考え難いにゃ。それにしても……どれもこれも、島みたいな船にゃ…………!!」


「全くだ……あの平たい船の役割もひょっとしたら解るかもだが、それでもバケモンみてえな馬鹿デカさだぜ…………!!」


 八洲と共に悠然と現れた、フォード級原子力空母「ジェラルド・R・フォード」と、ワスプ級強襲揚陸艦「マキン・アイランド」の二隻もまた、戦艦に負けず劣らずその存在だけで見る者の度肝を圧倒するのに十分過ぎる威容を誇っていた。そんな中、カリーニャは未だ立ち上がれぬままそれに見惚れていたが故に、ここで思わぬ指摘をされる羽目になる。


「――――んで、カリーニャちゃん。いつまでそんなトコで腰抜かしてんだ? しかも、思いっ切り股を開きながら……」


「……みゃあっ!? お、乙女の何処を覗いてるんだにゃ!? このド変態艦長っ! これでも喰らうにゃ……!!」


 下はスカートでありながら、極めて恥ずかしい姿勢で甲板に座り込んでいた事を男であるサレイユスに指摘されたカリーニャは、顔を真っ赤に紅潮させつつ飛び跳ねる様に立ち上がるや――――その両手に大きな火球を出現させた。


「ちょッ……ちょっと待て! そ、それはお前が堂々とそんな姿勢で腰抜かしてたからだろうがッ! まあ、ちと言い難いが……確かに見えちまった事は認めよう! で……でも、今のは不可抗力だったんだ!! 俺っちが振り向いた時にこっち向かって脚広げてたら、そりゃあ見えちまっても仕方ないぜ……ッ!!」


「……つまり、結局は変態さんですわね。カリーニャ、やっておしまいなさい♪」


「きしゃあああああ!! 覚悟するにゃああああああああああ!! ラディオ――――」


「オイオイオイオイこれでも俺っち艦長なんですけどォ!? せ、せっかくクソ野郎共の追撃から命辛々生き延びたのに、よせぇぇぇええええええッッッ!!」


 口ではそう絶叫しつつも即座に闇魔法の障壁を張り、ウィオラに油を注がれたカリーニャの攻撃に備えるサレイユスであったが――――その時、停船した八洲から大音量の呼び掛けが始まったのを聞き取ったルーナが双方を制する。


「――――そこまでだ、貴様等。あの旗艦らしき船が何か呼び掛けている」


「「えっ!?」」


『――――我々は、クラッシス・フュルミニス。先刻そちらを追撃していたと思われる艦隊を攻撃した者です。我々にそちらと敵対する意思はありません。直ちにそちらの代表指揮官との会談を希望します。繰り返します――――』


「こ、これは……ワタクシ達の言葉!?」


「ど、どういう事にゃ……!?」


「マジかよ……色んな意味で」


 その最中、ディエスに乗るラクティもテレウィス石を通じてルーナ達の会話に加わる。


『……何故か言葉は通じそうね。私も彼等の言葉通り、敵意は感じないわ』


「嗚呼、私も同感だ。どうやら本当に、彼等は我々を助けてくれた様だな」


『どうする? 現に彼等は、私達との接触と会談を望んでいる様だけれど』


「愚問だな。最早この状況で、それに応ずる以外の選択肢があるか? よしんば会談の求めが罠だったとして、既に我々の計り知れぬ強大な力を持つ艦隊に包囲されているも同然な上に、やっと各艦の応急修理を終えたばかりの我々が逃げ果せられる道理は無い」


『そうね。ここは素直に彼等を信じて、歓待に応えましょう。寧ろ、助けて貰った事に礼を言わなきゃ……まさにこの状況で聞くまでも無かったわ』


「そうか。ならば決まりだな」


『ええ。私から拡声魔法で直ぐに返答するわね』


「了解した。そっちは任せたぞ。……では、ウィオラ、カリーニャ、彼等との会談の準備にかかろう。サレイユス、本艦をあの旗艦らしき船に接舷させろ」


「「「――――メア・ノストゥルム!!」」」


 こうしてルーナの尤もな指摘もあり、第一戦隊・第二戦隊共に誰からも全く異論が出ない中、一同の総意としてラクティが会談に応じる旨の返答を拡声魔法で行うと、ラクティ達とルーナ達が乗るディエスとノクテスは八洲の右舷へゆっくりと接舷を始める。その右舷甲板の上では、彼女達の見知らぬ銃火器で武装した臨検隊員達や、据え置きの連装型ブローニングM2やGAU‐19等の重機関銃を操作する乗組員達が、常に両艦の動きに目を光らせていた。



◇◆◇◆◇



「救出対象船団、こちらの呼び掛けに応じた模様! ……どうやら、彼等との言語によるコミュニケーションに支障は無い様です。意外でしたが……」


「……へえ。これが、あのフュルギオンとかいう人が言ってた“言語の加護”って奴かなぁ?」


「まあ、そんな所みたいね。何はともあれ、便利なスキルだから良いでしょう」


 オペレーターからの意外な報告に、彩菜と汐里は事も無げにそう言葉を交わす。「フュルギオン」と名乗る存在が、海咲達四人を異世界転移させる時に言っていた“言語の加護”――これが四人を含むCFの全将兵に施されている限り、目下最大の懸案であった異世界人との言語の壁は、実質的に無いも同然である事を悟った海咲達は一先ず安堵している次第であった。


「取り敢えず、言葉だけは何とかなりそうね……それじゃあ、今回は私と麗華であの人達を迎えに行って来るから汐里と、彩菜にもちょっとの間だけSMCの留守番をお願い!」


「了解! SMCの指揮を代行します」


「りょ~かい! まあ――あたしや麗華は、この艦隊がSO泊地に帰投して情勢が落ち着くまで八洲に居候する身だから、総帥らしく何でも命令してくれちゃって良いよ!」


 最も、麗華と彩菜が本来の乗艦を離れて八洲に留まっているこの理由は半ば建前であり、実際にはエルフやダークエルフに獣耳の亜人といった如何にもファンタジックな種族に対する好奇心から、そんな異世界人達の姿を直に拝みたいというのが偽らざる本音であった。


「それはどうも。ただ、あの人達をもてなす準備はやっぱり立場上、汐里に頼む事になるけれど良いかな?」


「判った。そっちは任せて。……それと、気を付けてね」


「もし万が一海咲に何かあったら、アタシも全力で守るから! さあ、行きましょ!」


「二人共、ありがとう。……それじゃあ、行って来るね」


 海咲はそう言うと、腰のホルスターに収めたCF主力拳銃のベレッタM92FSのチェックを入念に行う麗華と共に、事実上のボディーガードを兼ねて同行する幸司とウェインを始め、EOTeck553ホロサイトを装着したM4A1カービンをメインアームに武装した、八洲の臨検隊員数名を連れてSMCを後にした。



◇◆◇◆◇



 八洲の右舷にディエスとノクテスを接舷させた一行は、甲板から降ろされたタラップをそれぞれラクティとルーナを先頭に上がって行く。


 そして一行が甲板に上がるや、真っ先に目を惹かざるを得ないのは――――余りにも巨大な鋼鉄の砲塔と、我が目を疑う程に太く長大な三連装の砲身。只々、その重厚過ぎる存在にひたすら気圧される。これが実際に発砲すれば、どれだけの爆炎と衝撃波が出るのだろうか?


「………………!!」


 この艦自体もいざ乗ってみると、船上とは思えない位に広大かつ波浪で揺れない甲板に圧倒されてしまう。それに加えて、見た事も無い様な銃らしき武器を持ちながらも、こちらを興味津々に見つめている乗組員達。


(あれは……もしかして、銃か? しかし、銃とは本来連射が効かず、軍で扱うにはあらゆる効率で魔法に劣る武器の筈だが……?)


 ルーナは内心で、そんなこの世界の住人ならではの疑念を抱いていた。


 この大々的に魔法が存在する世界において銃は、地球で言う初期のフリントロック式マスケットに相当する類の武器であり、威力、速射性、射程、攻撃範囲のどれをとっても、魔導兵一人が放つ大威力の攻撃魔法には及ばない代物であった。それ故に、ヒト族の場合魔力の資質を持つ者は全体の三割程度と限られているにも拘らず、この世界の軍隊では一定以上の攻撃魔法を習得した魔導兵の方が有力とされており、銃は主に狩人達が魔力の資質を殆ど持たない場合に使う武器程度にしか普及していなかったのだ。より強力な精霊魔法を操るエルフやダークエルフともなれば尚更である。


 但しその反面、攻撃魔法を上回る威力を発揮し得る大砲は広く軍隊に採り入れられており、アトランス帝国では地球のフランキ砲相当の構造を独自に改良した後装砲を、ムーリア皇国に至ってはアームストロング砲相当のライフル式後装砲すら保有していたのだが。


 しかし結局、ルーナにとってはその疑念に対する答えが一向に出ないまま――――遂にこの艦隊のトップが、乗員達と同じ様な銃で武装した護衛と共に姿を現す。


(えっ……ええっ!?)


(ひ、ヒト族の女……だと!?)


 護衛の中から一歩だけラクティ達の前に歩み出た海咲は、穏やかな潮風に長く流麗な黒髪をひらりと靡かせると、優しく微笑みつつ丁寧に会釈しながら歓迎の言葉を述べる。


「ようこそ。私達の旗艦――――“八洲”へ」

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