第3話 初戦闘、邂逅の為に
クラッシス・フュルミニス旗艦「八洲」のSMC――個艦の指揮中枢であるCICに艦隊の指揮中枢であるFICの機能を包括した、その二層構造の薄暗い空間には八洲個艦のあらゆる現況と共に八洲が現在指揮下に置くあらゆる戦力の情報が、大小様々なディスプレイに集約されリアルタイムで表示されている。それらのディスプレイ類が主な光源となっているこの空間と先程まで軍議をしていた多目的区画こそが、まさにCFの有する全戦力を統括・指揮する統合司令部施設なのである。
そこに共に詰めている八洲の個艦要員達と司令部要員達が、先程MQ‐4Cトライトンからの情報を元に発せられた命令を受理し整然と行動を始める中、その命令を発した当人達が重厚な扉を開けてSMCに入室して来る。
「天霧総帥閣下方、入られます!」
そんな声がオペレーターの一人から上がるや――――先ず八洲艦長の幸司に続き、総帥の海咲、副総帥の汐里、海兵隊司令官の麗華、航空隊司令官の彩菜に加えて、海兵隊副司令のウェイン、航空隊副司令のケイティーといった、CF最高首脳部の錚々たる顔ぶれが揃ってSMCに足を踏み入れる。すると作業中の者も含めた全ての要員達が一斉に起立し、直立不動の海軍式敬礼で一行を迎えた。
海咲はそんな要員達に敬礼を返し、幸司にエスコートされつつSMCに設えられた総帥専用席に腰掛けると、先ずはトライトンからの映像と睨めっこを続けるオペレーターから順に現況を問うて行く。
「――――今の状況は?」
「はっ、総帥閣下! 現在、救出対象船団・敵船団共に、距離119海里、方位2‐0‐5、進路0‐8‐8、速度12ノットで東進中。ですが、救出対象は多数の櫂を漕いでその速度を維持している様ですので、その大勢の漕ぎ手達が疲労すれば忽ち追い付かれてしまうかと。そして御覧の通り敵船団は、既に救出対象に対し、艦首の備砲を用いて砲撃を加え始めている様です」
最早このままでは、彼女達が更に甚大な被害を受けるのは時間の問題であった。
だがそれでも海咲は、そんな心の焦りを抑え努めて冷静に、次に各艦との連絡を担当する通信士に問う。
「……了解。次に通信士、ソヴレメンヌイ級とウダロイⅡ級各艦の、モスキートの残弾は確認出来ましたか?」
「はっ! 本艦隊のソヴレメンヌイ級四隻、ウダロイⅡ級二隻のモスキート残弾数は、ナストーイチヴイが二発を残している以外、いずれも一発ずつ合計七発です!」
「宜しい。では、直ちに各艦にモスキートを発射させなさい! 各艦は、恐らく金属製部品を多用している汽走戦列艦を優先して攻撃! 但し、救出対象と敵船団との距離がかなり近いから、少し無茶だけど“諸元入力を寸分たりとも間違えるな”と伝えて!」
「了解しました!!」
続いて、彩菜とケイティーが間髪入れずに、自身等の座乗艦であるジェラルド・R・フォードに向けて指示を飛ばす。
「――――こちら航空隊司令の鷲崎! 第三戦闘攻撃飛行隊“フォッグスウィーパーズ”は、後どの位で全機発艦出来る?」
『――――はっ、こちら“ジェラルド・R・フォード”CDC! 飛行隊全機の発艦準備完了まで、約三分であります!』
「副司令のストリームだ! もうすぐ、この艦隊のソヴレメンヌイ級とウダロイⅡ級の各艦から、敵船団に向けてモスキートが合計で七発発射される! だからそいつらがモスキートを全弾撃ち終わり次第、直ぐに飛行隊を全機上げさせるんだよ!」
『了解しました! ストリーム副司令! 要するに、先ず残ったSSMで先制攻撃を仕掛けてから、後はフォードの飛行隊で止めを刺す作戦ですね?』
「まあ、つまりそういう事! それじゃあ、宜しくお願いね!!」
『了解です! 鷲崎司令!!』
そんな航空隊のやり取りがなされた直後、担当の各艦からモスキート発射準備完了の報告が上げられると、オペレーター達がコンソールを操作しつつ各艦に攻撃目標の割り振りを指示し始める。
「ソヴレメンヌイ級、ウダロイⅡ級各艦、モスキートへの諸元入力完了!」
「以後、最優先攻撃目標の敵汽走戦列艦五隻を、それぞれA、B、C、D、Eと呼称!」
「各艦、攻撃目標配分完了! 敵汽走戦列艦A~Eを、駆逐艦ベスストラーシュヌイ、ヴヌシーテリヌイ、ラストロープヌイ、アドミラル・チャバネンコ、アドミラル・クチェロフが各一隻ずつ攻撃! 二発を残すナストーイチヴイは、近傍の敵木造帆船二隻を攻撃!」
「各艦、モスキート攻撃用意良し!!」
因みに八洲のSMCからこの様な指揮が行えるのは、CFが運用する全ての旧ソ連/ロシア製艦艇には例外無く、艦隊戦力の多数を占める西側諸国製艦艇との相互データリンクの為に、アメリカ製C4IシステムであるNTDS――海軍戦術情報システム――を半ば強引に搭載させているが故である。
そしてSMCの正面モニターに、NTDSに完全対応させたソヴレメンヌイ級、ウダロイⅡ級の各艦が狙う目標の配分が表示され、全艦の照準が完了する。それはこの異世界の敵艦にとって、彼等の知らぬ所で一方的に下された死刑宣告にも等しかった。
「――――では閣下、攻撃命令を」
無言で正面モニターをじっと見つめつつ、腕を固く組みながら座る海咲の側に控えていた幸司が、改めて総帥たる海咲からの発射指示を請う。
この時、海咲は深く自覚していた。自身が今執り行っている作戦によって、エルフとダークエルフ達の艦隊に乗り組む将兵達の命を救う代償に、彼女達を追撃している大艦隊に乗り組む大勢の将兵達の命は消えるのだ、という事を。そして、殆ど自身等の直感だけで異世界の勢力同士の戦闘行為に対し、一方的にエルフとダークエルフ達の側に付いて武力介入しようとしているのだ、という事を。
それでも、海咲は自身の決断を信じる。それが、正しき決断であると信じる。だから、身勝手な介入行為である事は承知の上で、見殺しにせずに何としてでも助けると決めた彼女達の為に、海咲はきっと姿勢を正すと些かも躊躇わず――――命じた。
「各艦、モスキート攻撃始め!!」
海咲が命じた直後――――ソヴレメンヌイ級とウダロイⅡ級各艦の両舷にある四連装キャニスターから、各艦に残された計七発のP‐270モスキート対艦ミサイルが後部から爆炎を噴きつつ放たれる。
「モスキート全弾着弾まで、約5分」
モスキートは先ず固体ロケットに点火した後、燃料を消費して空になった燃焼室をラムジェットエンジンの燃焼室に切り替えるIRR――固体ロケット・ラムジェット統合推進――と呼ばれる推進方式によりマッハ2以上の超音速まで加速すると、この世界の如何なる艦も逃れられない必中の矢となって、一直線に敵艦隊へと向かった。
◇◆◇◆◇
CVN‐78「ジェラルド・R・フォード」の飛行甲板上で、各々の所属と役割を示す様々なカラーの作業着を着用した通称「レインボー・ギャング」と呼ばれる甲板員達が、一見バラバラに作業している様に見えて実は統制された動きを見せる中――――計一二機のF/A‐18Fスーパーホーネット艦上戦闘攻撃機が、整然と発艦準備を完了させつつあった。
そんな各機の翼下パイロンには、GBU‐55(V)2/B LJDAMキットを装備しSALH/GPS/INS複合精密誘導爆弾と化した、Mk.83 1000ポンド爆弾が一機につき六発ずつ搭載され、その威力を無慈悲に解き放つ時を待っている。
そして既に各々の愛機への搭乗を終えたパイロット達が、自機のコクピットで機体の最終チェックを行っていた。
エンジン出力・回転数良好。主翼フラップ、垂直尾翼、水平尾翼等の動作確認に続き、各種アビオニクスの正常動作を確認――――
「――――無線チェック。スウィーパー01より各機、聞こえるか?」
彩菜の航空隊隷下の第三戦闘攻撃飛行隊“フォッグスウィーパーズ”隊長、コールサイン“スウィーパー01”ことエリック・ストーン少佐は、愛機のチェックの最後に無線の正常確認の為、そうコクピットから飛行隊の全機に呼び掛けた。
『スウィーパー02より01、問題無く聞こえています』
『03、無線に異常無し』
『04、全く異常無し』
『05、問題ありません』
『06、ばっちりです』
――――その後もスウィーパー07から12まで、飛行隊に所属する一二機全機から無線が正常な旨の応答が入る。
それを聞いて、バイザーを下ろしたヘルメットと酸素マスクの中でエリックは表情を引き締めると、続いてジェラルド・R・フォードのCDC――コンバット・ダイレクション・センター――に無線を繋ぎ、管制官と交信する。
「スウィーパー01よりCDC、発艦許可を求む」
『――――CDCよりスウィーパー01、発艦を許可する。本艦より発艦後、方位2‐0‐5、高度1‐8‐0まで上昇し、無線をチャンネルA7に切り替えCF旗艦“八洲”SMCと直接交信せよ』
「スウィーパー01、了解」
黄色の上着と緑色のヘルメットのカタパルト・オフィサーの的確な誘導によって、F/A‐18Fが電磁カタパルトに据え付けられ、緑色の上着とヘルメットのフック要員が、機体を電磁カタパルトに確実に固定する。エリックと機体の後席に搭乗するWSO――兵装システム士官――のウィルソン・マッケイン中尉は、そんな彼等の働きに対し感謝を込めてキャノピー越しに敬礼を送った後、自動制御による発艦の為に操縦桿とスロットルレバーから一旦手を放し、自身等の両脇にある取っ手をしっかりと掴んだ。
ここに、元々は仮想空間のキャラクター達の一人に過ぎない彼等の、生きた肉体を得て異世界で実体化してから初の実戦任務が始まる。
我が赴くは異界の空。そして、異界の海。
この世界に本来存在する筈の無い兵器が、遂に異世界の戦いに介入する時が来たのであった。
「スウィーパー01、発艦する!!」
そして双発のF414‐GE‐400ターボファンエンジンが、甲高い唸りと共に出力を上げてアフターバーナーに点火。
エリックとウィルソンのF/A‐18Fは電磁カタパルトによって一気に加速し、二人がその全身に激しいGを体感しながら、機体が僅か2秒強で甲板上を滑走した刹那――――機体が機首からぐいと持ち上がると同時に、甲板に脚を着けて走る感覚に代わり俺達は風に乗った、と感じられる浮遊感。
今、二人が駆るF/A‐18Fは母艦の飛行甲板から飛び出し、完全に空と一体の存在と化していた。
「スウィーパー01、発艦完了」
エリックが着陸脚を機内に格納し発艦を終えて間も無く、後から次々と僚機達が射出されて上がって来るのが彼の視界に見えた。
そしてフォッグスウィーパーズの各機は、高度18000フィート――約5940メートル――まで一気に上昇しつつ、一路南南西へと進路を取る。
「スウィーパー01よりCDC。高度1‐8‐0まで上昇完了」
『CDC、了解。所定通り無線をチャンネルA7に切り替え、以降は八洲SMCと交信しその指示に従え。健闘を祈る!』
「スウィーパー01、了解。これよりチャンネルA7に切り替える。感謝する!」
ここで無線を八洲SMCに切り替えると同時にアフターバーナーを切り、機体を安定巡航に移す。
「……もうそろそろ、さっき発射されたモスキートが着弾する頃ですね。何だか、あの大質量かつ超音速のミサイルの餌食になる運命が確定した敵艦が哀れです」
「そうだな、ワイルド。確かにあれは威力も巡航速度も、ハープーンなんか全く目じゃないからな……」
不意に指摘してきた後席のウィルソンに対し、エリックは彼をTACネームで呼びながらそう応えると、飛行隊の全機に通信を繋いで檄を飛ばす。
「……よし、スウィーパー01より全機! そのモスキートをいきなり喰らって大混乱の敵さんに、この俺達が確実に止めを刺す! CFのファーストコンタクトを邪魔する濃霧を、今からLJDAMの爆撃で吹っ飛ばしに行くぞ!!」
『『『『『応ッ!!』』』』』
斯くしてフォッグスウィーパーズは、エルフとダークエルフの率いる艦隊を一隻でも多く救出すべく、一路現場海域へ向け蒼穹を駆けるのであった。
◇◆◇◆◇
「ふっ……アトランス帝国の近衛艦隊とやらも、今となっては何と無様な事よ。この海域で一思いに、旋風のウェンドゥ様旗下の我等が引導を渡してくれるわ」
アトランス帝国海軍近衛艦隊第一・第二戦隊の残存艦を追う、ムーリア皇国海軍の追撃艦隊を率いる指揮官ドーレク・リヒトファングは、旗艦「アルゴル」の艦上から自分達が砲撃を加えながら追っている事もあって、既にボロボロになりながらも未だ足掻く様に逃走を続ける残存艦隊を見てそう呟いた。ドーレクが率いる追撃艦隊は、ヒト族の水兵達が操る汽走戦列艦五隻が、オークの水兵達が操る多数の木造帆船を従える形で編成されている。
「ドーレク様、あの残存艦隊を率いているエルフとダークエルフの女……もし生きたまま捕らえられれば、尋問さえ終われば後は我が水兵達の好きにさせますか?」
アルゴルの艦長を兼務するドーレクの副官が、横から卑しい笑みを浮かべながらそうドーレクに具申した。
自分達ヒト族以外に人権があるなどとは些かも考えない者の、性根の腐り切った畜生以下の笑みだった。ドーレクがそんな副官の申し出を二つ返事で了承して見せたのは、一見すると彼もまたその程度の人間である証左の様に思われた。
「良かろう。長い航海と戦闘で、我が水兵達は飢え切っている……但し、判っているとは思うが、彼奴等の精霊魔法を完全に封じてからだぞ。無駄に足掻かれては厄介だ」
「ははっ!! それでもそんな水兵達にとっては、神秘的な美貌のエルフとダークエルフに加えて、付きの女兵士達など正に御馳走でありましょうなぁ。グッフッフッフッフッ……!!」
「ヒッヒッヒッヒッヒッ……!!」
「グヘヘヘヘヘヘヘヘッ……!!」
更に周りの要員達もエルフとダークエルフがヒト族のみならず、オークの水兵達によって心身共に凌辱される様を想像して卑猥な笑い声を上げた矢先、その彼女達が率いる残存艦隊の船足が遂に目に見えて落ち始めた。
多数のオールの漕ぎ手達が体力の限界に達しつつあったのだ。残存艦隊を捕捉して追撃を始めてから既に相当な時間が経過していた事に加えて、砲撃による損傷の拡大と迫り来るプレッシャーとが、残存艦隊側の疲弊をより早めていたのである。
そうして残存艦隊が最早虫の息になりつつある様を見て、ドーレクが慈悲を与える事は無かった。
「エルフにダークエルフよ……貴様等は女ながらよく戦った。だがそれ故に我等にとっては、覇道完遂の邪魔でしかない。ここで恥辱に苛まれながら藻屑と消えろ……!」
一度はアトランスの近衛艦隊を見逃す事にしたムーリア側であったが、イルミア諸島攻略戦で殿として立ちはだかった時の戦いぶりから、彼女達をこのまま生かしておいては今後のアトランス本土攻略において、それなりの脅威に成り得ると再考していた。そこで“旋風”の二つ名を持つ若きイルミア諸島占領軍司令官ウェンドゥは、何としてでも残存艦隊を本土に帰り着かれる前に殲滅すべく、ドーレク率いる艦隊を追撃に差し向けたのであった。
そんな残存艦隊に止めを刺し自身等の任務を果たすべく、ドーレクはニヤリとどす黒い笑みを浮かべると、浅いボウル状の台座に置かれたテレウィス石から指揮下の全艦に向けて命じた。
「よし! アルゴル以下の汽走戦列艦は機関一杯、最大船速で追い詰めよ! 他の艦はひたすら撃ちまくれ! 敵兵は女以外、一人残らず皆殺しにせよッ!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」」」
「「「「「グオオオオオオオオオオ!!」」」」」
そんな欲望にまみれた雄叫びが、ドーレクの命令が伝わった各艦のヒト族とオークの水兵達から木霊したその時――――
『――――ハハハ。汝等の艦隊は、既に滅されている』
「「「「「ぬうう――――ッッ!?」」」」」
静かに笑いつつも力強く威厳に満ちた、それでいて澄み渡る様に神々しく無垢な青年の声が、追撃艦隊のドーレク以下の全ての水兵達の脳内にはっきりと響き渡る。
「……ド、ドーレク様……い、今の頭に響く様な声は、一体……ッ!?」
「むうう……いきなり聞かれても、我輩にも解らぬわ……」
ドーレクとその副官は他の水兵達と同様に頭を抱え、耳を抑えつつ未だに響く謎の声の残響に狼狽えていた。だが――――この声こそが、生け捕りにした敵側の女を慰み者にしようと考える彼等に対する、一方的な処刑の始まりを告げる声であったと彼等が悟るのは、その直後の事であった。
「……ッ!? ありゃあ……何だアァ!?」
「どうした!? 見張りの者よ」
自身の理解、その人智を遥かに超えた何かがこちらに向かって来る様を見て、思わず頓狂な声を上げたマスト上の望遠鏡を覗く見張り員にドーレクが問うも、見張り員が半ば動転しつつ返した答えはドーレクの予想の遥か斜め上を行くものであった。
「ハッ、ドーレク様……ッ! ほ、本艦から10時の方向より……矢ですッ!! な、謎の巨大な矢が合計七発、真っ直ぐ我が艦隊に向け急速接近中でありますッッ!!」
「ほざけ、貴様ァ! この様な時にドーレク様に向かって何の冗談――――ッ!? いや待て、あれは……あれは…………うぉおおおおおおおおおお!?」
そう。今、追撃艦隊の進行方向から見て左側から、彼等の眼前まであっという間に迫りつつある神速の飛翔体こそが、この海域に急行しているCFから約5分前に放たれし凶悪な七発の必中の矢――――P‐270モスキート対艦ミサイルであった。
「ぜ、ぜぜ全艦、直ちに回避ィィィイイイィィィイイイッッッ!!」
「駄目ですッ! 間に合いませええええええええええんッッッ!!」
「う……あ、あ、うわあああああああああああああああッッッ!!」
一艦の艦長に過ぎない立場にも拘らず、堂々と越権命令を発する程に狂乱した副官。
幾ら優秀な操舵士がどう足掻いても、もう避け様がない距離まで迫っている飛翔体。
凄まじい速度の飛翔体を見てただひたすら、絶望のままに絶叫するだけの見張り員。
「何なのだ……!! あの様な速さで、海面すれすれを……ッ!!」
他の汽走戦列艦の上からも、自身等の乗るアルゴルと同様に水兵達の怒号や悲鳴が響いてくる中、ドーレクはそれらの叫び声が遠退いていく様な錯覚を覚えながら、余りにも常識外れな速度で各艦に突っ込んでくるその飛翔体を直視する。否――――その飛翔体からとても目を逸らせずにいた。
「馬鹿……な。一体……一体、我々は何にイィィ…………ッッ!!」
そして驚愕と戦慄と絶望とでカッと目を見開いたまま、もう逃げられないと解りつつドーレクが後退りし、ぶつかった小型ボートの縁を無意識に掴んだ瞬間――――――
――――――他の汽走戦列艦に次々とモスキートが着弾し、理論上は大和型戦艦の46センチ主砲弾を上回る運動エネルギーと300キログラムの徹甲弾頭と、更にはミサイルの残存燃料によって被弾した各艦が大爆発に呑まれ粉々に四散する中、ドーレク等のアルゴルもまた各艦と同じ運命を辿る。ドーレクは巨大な破片が副官の身体を裂き、その四肢がバラバラに吹き飛ぶ様を横目に、自身も猛烈な爆風によって小型ボート諸共海へと投げ出され、そこで一旦意識を手放すのであった。
◇◆◇◆◇
それから暫くの後、計一二機のF/A‐18Fから成るフォッグスウィーパーズが現場海域に到着するや、上空から救出対象と敵艦隊双方を目視ではっきりと確認した。
「スウィーパー01、目標視認!」
「……あちゃ~。敵艦隊、案の定盛大に混乱してますね。敵汽走戦列艦五隻及び敵木造帆船二隻、見事モスキートの直撃を喰らって木っ端微塵に沈んだ模様」
機体のWSO席に座るウィルソンはいち早く、最優先攻撃目標の汽走戦列艦五隻全てにモスキートが命中し撃沈された事を確認する。敵は自分達がどんな攻撃を受けているのかすら全く理解出来ないまま、阿鼻叫喚の最期を迎える羽目になったであろうと想像するのは容易であった。
「だな。あれだと、生存者なんか殆ど居ないだろうな。もし仮に、海に投げ出されたか何かで辛うじて生きてる奴が居ても、重症はほぼ確定か……」
エリックは当然の結果だな、という風にそれを肯定する。だが――だからといって混乱の極みにある敵に対して、今から情けをかけるつもりは些かも無い。ただ、やるべき事をやるだけだった。
「……それじゃあ、スウィーパー01より全機ッ! 当初の予定通り、恐れ多くもエルフとダークエルフの美女二人に手ェ出そうとしてやがる、残りの帆船に乗った豚共を全部まとめて吹っ飛ばすぞ!! ローストポークの時間だッ!!」
『02、コピー!!』
『03、コピー!!』
フォッグスウィーパーズ――霧を掃う者達――の掃除が始まった。
各機は高度4000フィート――約1220メートル――まで降下すると、データリンクを介して目標が重複しない様にしつつ、各機に乗るWSOの操作により機体下部に装着したAN/ASQ‐228 ATFLIRポッドから、敵艦に向け誘導レーザーを照射する。
「目標マーク」
誘導レーザーがしっかりと敵艦を捕捉すると、各機から満を持して202キログラムのトリトナール高性能炸薬を詰めた、1000ポンドLJDAMが投下された。
「スウィーパー01、爆弾投下!!」
「投下!!」
スウィーパー01を皮切りに、他機からも続々と投下されていくLJDAM。
『02、爆弾投下!!』
『03、爆弾投下!!』
各機から投下されたLJDAMは、投下前に入力された敵艦の未来位置に向けてGPS信号とINS――慣性誘導――を頼りに落下しつつ、投下母機から敵艦に向け照射された誘導レーザーの反射を爆弾先端のシーカーが捉え、逃げ惑う敵艦を嘲笑うかの如くそれらに向かって正確無比に吸い込まれていく。そして、最初に投下されたLJDAMが敵艦に着弾した刹那――――
――――爆弾は木製の甲板を容易く貫き、船体内部からぱっと猛烈な爆炎の華を咲かせ、やや遅れて轟音を周囲に轟かせる。
「グウゥワォオォオォオォオォオ!!」
モスキートが直撃した汽走戦列艦と同様に、そこかしこでオークの水兵達が乗った木造帆船が粉微塵に爆散し続け、断末魔の叫びと共に帆船の破片とオークの身体だったモノが宙を舞う。散発的に各艦から対空用のバリスタや魔法が撃ち上がるが、そんなものが上空を高速で飛び回るF/A‐18Fに対して当然敵う筈も無く、つい先程までアトランス帝国残存艦隊を圧倒的な形勢で追撃し、完全勝利を目前としていたムーリア皇国艦隊は――――
――――今はただ、LJDAMのSALH――セミ・アクティブ・レーザーホーミング――機能の単なる哀れな動く標的と化していた。
『エルフたんとダークエルフたんを虐める奴等は、御仕置き&粛清だァ!! 爆弾投下ッ!!』
『投下!! 投下!!』
業火が船と水兵達を呑み込み、衝撃波が船の竜骨をへし折り、そして海が四散した船を深淵の水底へと誘う。彼等に一切の抵抗手段を与える事無く。
「ほい、これで最後の一発っと……爆弾投下!!」
そしてスウィーパー01が最後のLJDAMを投下し、爆撃を終えた時――――汽走戦列艦五隻を除いても五〇隻以上は存在した木造帆船は、ただの一隻も残さず浮かぶ木片と化しているか、炎上し真っ二つになりながら轟沈しているかのいずれかであった。
その一方で、救出対象のエルフとダークエルフが率いる三段櫂船の船団には、追撃されている最中に受けた砲撃による損傷を除けば目立った被害は無く、それは海咲達がCFのファーストコンタクトの相手として選んだ彼女達を救うという、この作戦の目的が無事に達成された事を物語っていた。
「――――さて、終わったか。……にしても、こりゃあ文字通りの殲滅戦、パーフェクトなまでのワンサイドゲームだな」
「ええ。ただ、バリスタらしき武器を対空に撃ってきたり、魔法っぽいよく解らない何かを打ち上げてきたりしたのは、個人的に興味深かったですけどね」
「確かにな。まあとにかく、これで俺達の任務は終了だ。フォードに帰ってゆっくりシャワーでも浴びるぞ。……スウィーパー01より全機、RTB!」
「了解、RTB!」
まだ何機かが未だ翼下にLJDAMを残したままではあったが、それでも任務を完璧過ぎるどころか些かオーバーキル気味なまでに遂行し、戦果確認を十分に終えたフォッグスウィーパーズは、一路母艦のジェラルド・R・フォードへ向け悠々と帰投していく。
こうして、アトランス帝国海軍近衛艦隊第一・第二戦隊の残存艦を追撃・殲滅する任務を命じられ派遣された、ムーリア皇国海軍ドーレク艦隊は――――その任務をあと一歩の所で完遂する事無く、CFのソヴレメンヌイ級とウダロイⅡ級が放ったP‐270モスキート対艦ミサイルと、フォッグスウィーパーズのF/A‐18Fによる奇襲攻撃の末に、文字通り全滅した。
それが、あわよくばエルフとダークエルフの美女二人を生け捕りにし、犯そうとすら目論んでいたドーレク艦隊の殆どの将兵達の最期、或いは、下された裁きの結果であった。