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異界の海征く現代艦隊  作者: ブルーラグーン
第一章 異界に破邪の霹靂は落ちて
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第2話 ここは異界の海原

「…………う、うん…………?」


 傍らの舷窓らしき穴から、明朝らしき穏やかな陽光に優しく照らされているのを感じた海咲は、自身が電源の落ちたパソコンにもたれ掛かりながら、机に突っ伏して眠っていた事に気付きつつ再び目を覚ました。


「……って、やだ! 私、何でいつの間に机なんかに……!?」


 淑女らしからぬ些かはしたない姿を自覚して、がばっと勢い良く机から上体を起こした海咲がまず辺りを見渡すと、そこは彼女の自宅の自室に似て非なる部屋であった。


 元の海咲の自室には無かった、上品なソファーや洒落たランプを始めとした様々な豪華絢爛な調度品。壁に掛けられた、海咲が「シーパワーズ・ストライク」内で魔改造の末に生み出した艦に酷似する、巨大な超弩級戦艦を描いた絵画。如何にも高級そうな木目調の棚の上に置かれた、その絵画の超弩級戦艦と同一の艦らしき精巧な模型。


 そして何よりも、明るい陽光の差す窓の外には――――見渡す限り広大な海原が広がっていたばかりか、そこに浮かぶ大小様々な艦艇の姿も確認出来たのだ。


「えっ……? ここって、まさか……!?」


 気を失う直前に半ば無意識に発してしまった言葉を思い出し、そのまさかである事を漠然とながらも悟った海咲は、直ぐに自身の今の出で立ちにも気付く。


「しかも今、私が着ているこれって…………軍服!?」


 今度はすっと勢い良く椅子から立ち上がると、部屋にある鏡の前に歩み寄ってそこに映った自身の姿に――――海咲は些か赤面した。


 上は海咲の身体にぴったりと合う、元帥らしき階級章と金モールがあしらわれた純白のブレザーで、濃紺のネクタイがそれをきりっとまとめ上げている。下はブレザーと同じく純白のミニタイトスカートに、黒のストッキングとハイヒールが軍服らしからぬ美脚を醸し出していて、後は机の上にあったCF女性将官用の制帽を被れば、自身の長い黒髪と相俟ってそれら全てがスタイル良く決まって見えた。


「…………でもよく見たら、我ながらこの服も中々似合っているかも。……あっ、ロドニーもおはよう」


 カッコ可愛い、或いはカッコ美しい、とも表現すべきその軍服の着心地と動き心地を、海咲が手足を運動させつつ確かめていると、部屋の床にそのまま伏して眠っていたロドニーも目を覚まし彼女の足元に歩み寄って来る。そして海咲がしゃがんでロドニーの頭を優しく撫でていた時――窓の外から微かにヘリコプターのローター音が聴こえ、今度は窓を開けて再び外を見た。


「海兵隊の主力汎用ヘリ、UH‐1Yヴェノム……それに、あの強襲揚陸艦は麗華のマキン・アイランド……」


 ローター音が徐々に大きくなり、高度を慎重に下げつつ右側からこちらに接近してくるUH‐1Yヴェノム――アメリカ海兵隊仕様のUH‐1Nツインヒューイを、最早別物とすら言える程までに近代化改修した、UH‐1ヒューイ系汎用ヘリコプターの最新モデル――を見上げる。その同じ方向から一隻のワスプ級強襲揚陸艦も、同時にゆっくりと接近しつつあった。


 そんな光景を眺めつつ心地良い潮風に当たり、自然な潮の香りを存分に嗅ぎながら自身が海の上――即ち“船内”に居るのだという事を、気を失う前の荒天がまるで幻だったかの如き快晴の青空を仰ぎ見ながら実感していると、不意に背後からドアを軽くノックする音が響く。


「……突然失礼致します、天霧総帥閣下。もう既に御目覚めでしょうか? 閣下を御迎えに上がりました」


 微塵の下心も感じさせない、丁寧な青年の声。


 その声音にほんの一瞬だけ戸惑いながらも何故か、この身を預けても大丈夫だという根拠の無いものの全幅の信頼感を感じた海咲は、急いで髪を櫛で梳かしながら二つ返事で入室を許可した。


「ええ……既に目は覚めているから、どうぞ」


「それでは森峰、入室致します」


 そう聞こえると徐にドアが開かれ――――准将らしき階級章を付けた純白のCF男性将官用の軍服をハンサムに着こなした、日系人の姿をした一人の青年が入室してくる。


 彼は制帽を脱ぐや海咲の前で、肘を張らない所謂“海軍式敬礼”をして名乗った。


「自己紹介が申し遅れました。自分は、CF旗艦である本艦――“八洲”艦長を務めさせて頂きます、森峰幸司(もりみねこうじ)准将であります! 先の仮想空間での頃よりの御付き合いでありますが、今後とも改めて宜しく御願い申し上げます!」


「了解です。こちらこそ、改めて宜しく頼むね。森峰准将」


「はっ! 全ては、総帥閣下の為に! ……それと、自分の事は気軽に“幸司”とでも御呼び下さい」


 そう、彼――森峰幸司は、海咲が「シーパワーズ・ストライク」でチュートリアルの頃に予め設定していた、副官役のキャラクターそのものだったのだ。ゲームに出ていた時のイメージを些かも裏切らない非常に端正な青年で、一つ一つの所作も丁寧な中に軍人らしい力強さを秘めていた。


 海咲はそれを悟ると、幸司に対していつの間にか自然と上官口調になる。


「ついさっき小窓から見えた、UH‐1Yとマキン・アイランド……要するに私を呼びに来たのは、これから現状整理の軍議を始める為ね?」


「はっ、御話が早くて助かります。いきなり閣下を艦内電話で御呼出しするのも失礼かと思いまして、こうして直に総帥公室まで御迎えに上がった次第であります」


「わざわざお気遣いありがとう。……という事は、麗華だけじゃなくて彩菜もジェラルド・R・フォードと一緒に、MH‐60S汎用ヘリ辺りでこの八洲に来ている感じ?」


「はっ、左様であります。白川副総帥閣下の御意向により、これより本艦の多目的区画にて軍議を執り行う予定なのですが、石神海兵隊司令官と鷲崎航空隊司令官の御二方も直に出席されたいとの事でしたので、今回は艦長の自分が公室まで総帥閣下を、代わって副長が艦尾のヘリ甲板まで両司令官を御迎えに伺っている次第であります」


 そこまで幸司から説明を受ければ、残る汐里が何処で目覚めたのか、海咲が直ぐに見当を付ける事は造作も無かった。


「となると……汐里は文字通り、副総帥としてこの艦に居るのね」


「……流石は総帥閣下。それでしたらもう、特に自分から御説明する事はありません。既に副総帥閣下以下、主要な司令部幕僚の面々は概ね集まっております。……それでは、参りましょうか」


「ええ。では、案内をお願い」


「はっ!」


 そして海咲は制帽を再び深く被り直しながら、幸司にエスコートされつつ皆が集まる八洲艦内の多目的区画へ向かう。その道中、海咲は艦内ですれ違った八洲のクルー達から敬礼を受ける度に、優しく微笑みながら敬礼を返す事を欠かさなかった。



◇◆◇◆◇



 だだっ広い地球上ではない洋上で、多数のイージス艦に加えて、少数のソヴレメンヌイ級ミサイル駆逐艦や、ウダロイⅡ級大型対潜艦等が周囲を固める中――海兵隊司令官である麗華の座乗艦、ワスプ級強襲揚陸艦八番艦のLHD‐8「マキン・アイランド」と、航空隊司令官である彩菜の座乗艦、ジェラルド・R・フォード級原子力航空母艦一番艦のCVN‐78「ジェラルド・R・フォード」が、総帥の海咲と副総帥の汐里が座乗するCF旗艦、BB‐15「八洲」の両側に仲良く三隻並んで停泊している。


 周囲の他の艦艇とは大きく違い、四基の巨大な三連装主砲塔が圧倒的な威圧感を放つ八洲では、隣接しているSMC――Ship’s Mission Center――と同様に厚く装甲化された多目的区画――元々大和型戦艦タイプの艦橋には、連合艦隊旗艦としての運用を想定して作戦室を備えているのだが、CFの陸・海・空に及ぶ多様な戦力の統合指揮中枢となる事を求めた結果、船体内に新設された――で海咲達四人の他にも、統合司令部の幕僚達や海兵隊と航空隊からそれぞれ出向いた幕僚達が、一堂に会して軍議を開いていた。


「二人共ごめんね。総帥なのにヘリ甲板まで迎えに行けなくて」


 海咲が幸司と共に八洲の多目的区画に入り、自身が着ているのと概ね似たCF女性将官用軍服姿の汐里、麗華、彩菜の三人と再会を果たすや、発した第一声はそれだった。


「まあそれについては、私がこの艦の副長と一緒にヘリ甲板まで迎えに上がったから問題無いよ。そもそも、この軍議を八洲でやると最初に言い出したのは私なのだし……」


「うん、だから別に良いって! 海咲は総帥公室で一番最後に目覚めたみたいだし、それにこの艦って結構あちこち迷路みたいに通路が入り組んでるし、そうなると多分誰よりも真っ先に目覚めてた汐里の方が、どうしても一番早く動けちゃうのは仕方無いよ~」


「最もこの機会に、アタシの海兵隊自慢のM134ミニガンとハイドラロケット弾ポッドで武装したヴェノムの勇姿を、間近から御覧頂けなかったのは確かにちょっと残念だったけど! うん、後は甲板に降りて直ぐにハグとチューが出来なかった事位かな」


 この場に少し遅れた自分を、三人が些かも責めていない事は無論承知だった。だが三人の話を要約すれば、海咲が目覚めたのは四人の中でも最後だったという事であり、それが故に麗華の海兵隊自慢の装備を軍議の前にじっくり見学出来なかった事等――但し、麗華からの熱烈過ぎるハグとキスの洗礼は除く――は、実に惜しい所であった。


「……それじゃあ、麗華達のヴェノムの装備は軍議が終わった後でじっくり見せて貰おうかな。では取り敢えず、全員着席!」


 しかしそれでも、海咲が今優先すべきは総帥としてこの臨時の軍議を取りまとめる事であったので、その件については一旦棚に上げて皆に着席を促し、軍議を始めた。


「それでは幸司、まず単刀直入に一見馬鹿げた質問をするけれど――私達は今、地球上ではない未知の“異世界”の洋上に居る、という事で間違いない?」


「はい、総帥閣下。少なくともそれは間違いないと言えるでしょう」


 そんな事を念の為に問うてみた海咲であったが、それを幸司から当然の如く二つ返事で肯定された所で、最早その心には些かの動揺も感じなかった。それは他の三人を始め、この軍議に出席している全員――更に言えば、CFに所属する全ての将兵達――も同様に何故か自然と察して受け入れていた事態を、改めて追認しただけであった故にそれで軍議が紛糾する事は無く、参加している誰もが冷静な反応を見せる。


「やはり、そうだったか……」


「う~む……」


「まあそんな所だろうと、覚悟はしていたよ……」


「左様……」


 最も“ゲームの中で創り上げていたに過ぎない艦隊や、それを運用する将兵達が目の前に実体化している”などという、余りにも現実離れした珍妙な現象を目の当たりにして“自分達はCFの戦力丸ごと異世界転移した”との結論を各々で直感的に導き出していた海咲達四人にとっては、家族や他の親しい友人達とは最悪の場合、もう二度と会えない事も覚悟しなければならない事態であったが――――それさえもまた何故か、四人は非情なまでにすんなりと受け入れる事が出来ていた。


 そんな中で海咲の口から淡々と発せられた返事は一言、他の幕僚達が口々に出した反応と何ら変わらぬものであった。


「やっぱりね……了解です」


「それでは、現在我々が地球とは別の異世界に居ると断定出来る理由を、まず自分から御説明させて頂きます」


 幸司がそう言って自身の手元の機器を操作すると、多目的区画の主だった照明が落ちて薄暗くなる。更にパソコンを操作して、正面の大型ディスプレイにCFの現況に関する各種情報を表示させると、汐里と幸司、麗華のスポーツ刈りの黒人男性の姿の副官、彩菜の赤毛セミロングの白人女性の姿の副官の四人が席から立ち、まず幸司から説明を始めた。


「白川副総帥閣下が目覚められる凡そ30分程前に、我々の運用する各種衛星とのリンクが全て回復致しまして、衛星から送られて来る画像データを分析した所……今御覧の通り海洋も地形も、明らかに地球上のいずれとも全く照合しない未知のものでした」


「……ちょっと待って。という事は、私達が宇宙空間に打ち上げた衛星も漏れなく一緒について来たという事?」


「はっ、それがどうやらその様なのです……これはまさしく、幸運と言って良いかと」


「ええ、確かに! 少し心配していたけれど、これならGPSやレゲンダ・システムも問題なく使えるわね。……つまり、私達が今居るこの異世界――もとい惑星は、少なくとも重力に関しては地球と全く同じという事?」


「自分も私見ですが、閣下と同じ見解であります。衛星の軌道が一切乱れたり落下したりしていないのと、何より我々が今体感している重力が地球と変わりないのは、現状それ以外には考え難いかと。いずれ、より正確なデータが判る事でしょう」


「「「「「おお……!!」」」」」


 詳細なデータはまだ暫く待たなければならないにしろ、これには海咲を始め軍議に出席している全員が安堵した。


 この異世界でも衛星が問題なく使えるという事は、未知の海洋や土地の探査をよりスムーズに進められるという事であるからだ。今やGPS等の恩恵を存分に受けながら数々のミッションをこなしていたCFにとって、そんなこれまで通りの手法で異世界の調査が出来るありがたさは、何物にも代え難かった。


「この他に、観測される天体とその動きが共に全く未知のものである事も、我々が異世界に居る根拠として挙げられますが……その辺りはまた後程、時間に余裕があれば追々解説する事と致しまして、次は白川副総帥閣下に我々の艦隊と“SO泊地”の現状について御説明を賜りたいと思います」


 すると汐里が、冷静沈着を通り越した様な如何にも将官らしい声で、ほぼ無表情に淡々と説明を始める。


「……そうね。強いて今、諸君らに説明する事があるとすれば、まず艦隊に関しては現状連絡の取れない行方不明艦はゼロ。既にCF所属の全艦には、私から“ソーリス・オータス泊地”への帰投命令を出した上に、泊地との通信も問題なく行えている。森峰艦長が今出している衛星画像を見ても、我々のSO泊地だけはそのまま変わらず存在していて、GPSで測ってもこの艦隊の現在位置から()に約80海里離れているだけね。……何? 海咲」


 ここまで汐里の説明を聞いていて、ふとある事に気が付いた海咲が手で制し、またしても質問する側に回る。


「話を遮ってごめん。今、汐里は“東”と言ったけれど、なぜこの未知の異世界で方角までも既に判っているの?」


「良い質問ね。……と言うより、ただ単にGPSが回復した時から、何故かこの惑星上での方角も正確に表示しているみたいなの。今の所、特に著しい誤差は確認されていない。……嗚呼、もう私からの説明は一通り終わっているから、別に気にしなくて良いよ」


「ええ。総帥閣下には御説明が遅れましたが、全く変わった話でしたよ……それでは、次に海兵隊副司令のリザード中将、御願い致します」


「海兵隊副司令のウェイン・リザード中将であります、総帥閣下! 先の島嶼奪回作戦に参加した、私が直卒する第一海兵遠征部隊も占領任務中に転移に巻き込まれ、気が付いた時には隊員達も保有する各種装備も全て、一人の欠員、一つの欠品も無くマキン・アイランド艦内に居ました。その流れで、SO泊地に待機している第二、第四、第五、第六の各海兵遠征部隊とも連絡を取り合いましたが、それらからも転移による異常は現時点で特に報告されておりません。……最も、この転移自体が異常事態だと言えば、それまでなのですが」


 ウェインは、如何にも歴戦の(つわもの)と言わんばかりの巨漢であった。立場が上の海咲に対して当然丁寧な言葉遣いで説明をしながらも、鋭い眼光と立派に着こなした将官用軍服の上からでも判る屈強な筋肉質の身体が、真の武人たる者だけが持つ強烈なプレッシャーを周囲に放っている。それに半ば気圧されてか、他の幕僚達はウェインが発言している最中、ほぼ完全な沈黙を強いられていた。


 だが――――今や全将兵の上に立つ総帥としての立場を自然と自覚していた海咲が、そのプレッシャーから感じたのは寧ろ頼もしさであった。それ故、海咲は転移直前の戦闘で犠牲になった三〇名近い海兵隊員の事を内心で想いつつも、貴婦人が自身に忠誠を尽くす騎士に接するかの様に、ウェインを前に些かも臆さず天使の様な微笑みを浮かべながら、任務を完遂して無事に生還した彼等に心から労いの言葉を贈った。


「了解です、リザード中将。それと何はともあれ、島嶼奪回作戦の任、実に良くやってくれました。本当に皆、御苦労様でした」


「ハッ……! 総帥閣下直々の御言葉、誠に光栄でありますッ! 我が部下の隊員達もさぞ喜ぶでしょう!」


 前線帰りに対する総帥直々の労い言葉は、それだけでも純粋に嬉しかった。


 屈強なる大漢、ウェインは頬を仄かに赤らめつつ、改めて海咲に対しピシッと直立不動の敬礼を決める。そんな海咲とウェインのやり取りに、自身の発言する幕を悉く奪われた思いの麗華が突っ込む。


「チョッ!? 海咲……そ、それ、本来アタシが言うべきセ・リ・フ……ッ!!」


「「「「「ハッハッハッハッハ……」」」」」


 ここで先程まで沈黙状態だった幕僚達からも、一転して思わず笑いが漏れる。転移による大きな問題も全体として特に起きていない事から、元より悲観的とは言えない雰囲気で進んでいたこの軍議であったが、麗華の言うべき台詞を海咲が総帥の立場からいとも容易く掻っ攫ってしまった事には、遂に周囲も破顔一笑した次第であった。


「……え~、では最後に、航空隊副司令のストリーム中将、御願い致します」


「航空隊副司令のケイティー・ストリーム中将です、総帥閣下。航空戦力に関しても空母から戦闘空中哨戒(CAP)の為に上げていた機体を含めて、現在行方不明となっている航空機は一機もありません。又、SO泊地の滑走路を利用する泊地防空隊の戦闘機、P‐1とTu‐142MZ対潜哨戒機、US‐2救難飛行艇、他に各種の戦術・戦略輸送機、戦略爆撃機、早期警戒管制機、空中給油機、ガンシップ、特殊作戦支援機といった陸上固定翼機に関しても、転移に伴って行方不明又は何らかのトラブルが発生している機体があるとの報告は、現時点ではいずれの部隊からも皆無です」


 元々、海上戦力中心のミリタリーMMORPGの中で創られたCFが、対潜哨戒機や救難飛行艇といった機体はともかくとして、本来ならば空軍が運用する様な航空機までも多数保有しているのは一見奇妙に思えるかもしれない。


 しかし、海咲達がプレイしていた「シーパワーズ・ストライク」においては陸上固定翼機であっても、JTF戦の時に限り航空隊の管轄で運用出来るゲームシステムになっていたのだ。これは現代の先進各国の軍が、陸・海・空の各戦力を統合運用するドクトリンを採りつつある事に基づいたシステムであった。


「尚、転移後の周辺状況をより詳細に調査する為、衛星とのリンク回復を機に鷲崎司令の判断で今から約70分前に、MQ‐4Cトライトン無人偵察機を泊地から発進させています。もう暫くすれば、そちらからも新たな情報が入るでしょう」


 ケイティーは、炎の様に鮮やかな赤毛と、芯の強そうな瞳を合わせ持つ女性であった。こちらも海咲を前にしてはやはり丁寧な言葉遣いに終始しているものの、常に何処か姉御肌な雰囲気を纏ったケイティーはウェインとはまた別のベクトルで、しかしウェインにも些かの引けを取らない頼もしさを、海咲や彩菜に感じさせてくれた。


「ほんと、流石ケイティーは何でも用意が良いんだから! 第一あたしが偵察にトライトンを上げさせたのだって、そもそも最初はケイティーの意見具申だったし」


「いえいえ、司令の御褒めに預かり恐縮です!」


 因みに先の作戦に於いて航空隊は、劈頭に行われた戦闘機同士の空中戦でF/A‐18E、MiG‐29Kが二機ずつと、F‐14D、F‐35C、Su‐33が一機ずつの合計七機が敵機に撃墜され喪われたものの、その内五機のパイロットは緊急脱出(ベイルアウト)して無事であった。一方、その後に島を制圧する海兵隊に対して行った近接航空支援(CAS)中には、事前にタクティカル・トマホークによって敵の対空陣地が殆ど破壊されていた為に、ヘリコプターも含めて特に目立った損害は無かった。


「航空隊も重大な任務、御苦労様でした。……それじゃあ、取り敢えず報告が一通りまとまった所で、次に、私達CFのこの異世界での今後の行動方針について――――」



 ――――議題を移そうと思います、と海咲が言おうとしたその時。



『……SMCより多目的区画! 軍議中、大変失礼致します! ですが大至急、総帥閣下方の判断を直に伺いたい案件が発生しまして……』


 八洲のSMCに勤務する、司令部オペレーターからの焦った声が突然響いた。


「何があったの? 状況を詳しく説明しなさい」


 オペレーターからの通信に、当然の様に海咲が応じる。


『はっ、報告します! 軍議を始められる前に、航空隊がSO泊地から偵察に上げたトライトンが――本艦隊より南南西に約120海里の海域に、この異世界のものと思われる二つの船団を発見致しました!』


「ええっ!?」


「オオッ!!」


「マジですか……!!」


 汐里、麗華、彩菜が口々に反応する中、その報告から何かを感じ取った海咲は、冷静に次の指示をオペレーターに出す。


「――――直ちにトライトンからの映像を、こちらにも回して」


『りょ、了解しました! 少々お待ち下さい……トライトンからの映像、多目的区画正面モニターに回します!』


 正面モニターに映し出された映像に、多目的区画がざわつく。


 機首を南西に向けて飛ぶトライトンの進行方向から見て右奥、西から驀進してくる汽走戦列艦の様な五隻の黒船が率いるガレオン船らしき五〇隻超の船団が左手前、東に向かって逃げる様に航行している五段櫂船らしき僅か一〇隻余りの船団を、どうやら追撃している様に見える。現在二つの船団の距離は、概ね3~4キロ程度と思われた。

 

 その映像に一瞬釘付けになった海咲は、直感のままに続けて指示を出す。


「映像を、追われているらしい船団側に最大望遠! 今直ぐッ!」


『はっ!』


 そうして最大望遠で映し出された、追われている船団側の映像をはっきり視認した海咲が第一に思った事は、こうだった。



(嗚呼、やっぱり間違いない……! 地球で最後に見たあの夢の中で、必死に戦っていたあの人達だ……!!)



 その船団の船に乗っていたのは確実に、地球で最後に見た夢に出てきたあのエルフとダークエルフの二人と、その部下と思しき水兵達であった。



 だが、やはり――――CFの全軍を預かる総帥として、海咲は迷う。逡巡する。



 傍から見れば、笑われるだろう。自分個人の見た夢の為に、指揮下の戦力を付き合わせる将帥など、本来ならナンセンス極まりない。幼子ですら、聞けばポカンと呆れる様な行為でしかなかろう。



 それでも、彼女達を――――このまま放っては置けない。助けなければならない!


 そして、今の私達には――――彼女達を救える力がある!!



 つい昨日までの平和な生活の中で育まれた(さが)が、敵に追われている彼女達をこのまま見殺しには出来ない衝動に、自身を駆り立てている事は明らかだった。それでも、大いなる力を持っているが故のエゴも承知の上で、海咲は決断する。



「全艦、戦闘配置」



 その決断に対して、余りにも意外な答えを以って真っ先に応じたのは、汐里、麗華、彩菜の三人であった。



「……海咲、実は私も見たよ。あの人達が出てきた夢なら」


「えっ……!?」


「うん、アタシも確かに見た。戦って、戦って、身も心もボロボロに傷ついてた、あの子達や水兵達を。仲間を大勢失って絶望に沈んでた、あの子達の顔を」


「麗華も……!?」


「見ていて……もの凄く悲しかった。あたし達の戦闘機だったら、あんなドラゴンみたいな奴等だって蹴散らせるのに……って。なのに、自分はただ見ているだけで、何も出来ないのがもどかしかった」


「彩菜まで…………という事は、全員あの夢を!?」


 三人は頷いた。そして、多目的区画に居た他の幕僚達も。


「閣下。自分も何故か感じます……我々は、あの者達を見捨ててはならないと」


「幸司……」


「確かに……助けに行けるのに何もしないで見捨てるのは、多くの海兵隊員達の命を預かる自分としても、気分が悪いどころか非常に辛い事であります。総帥閣下」


「ええ……それは私もです。それに楽観論かもしれませんが、あの者達を我々が危機から救ったとなれば、好意的にこの世界に関しての情報を我々にもたらしてくれるかもしれません。……だから、やりましょう! 天霧総帥!」


「リザード中将、ストリーム中将、みんな…………ッ!!」


 私は、孤独ではなかった。


 一瞬、海咲は熱いものが込み上げて来るかと思ったが――――それを汐里の一喝が総帥としての自分に引き戻す。


「海咲ッ!! あの人達を助けるのでしょう!? もう時間がない……早くみんなに具体的な指示を出して!!」


「…………あっ、ごめん汐里。それじゃあまず、本艦とイージス艦が積んでいる90式SSMやハープーンだと射程が少し足りないから、ソヴレメンヌイ級とウダロイⅡ級の各艦にP‐270モスキートの残弾を確認させて! 多分先の海戦で大分消費してしまって、各艦合計で一〇発も残っていない筈なので、ここで思い切って全弾使用します!」


「了解! 直ぐに確認させる!!」


「それから彩菜! そういう訳なので、ジェラルド・R・フォードからF/A‐18Fの一個飛行隊を出来る限り早く、向上型ペイブウェイかLJDAMで爆装の上で現場海域に向かわせて!」


「りょーかい! そう来なくっちゃ! ケイティー、直ちにフォードの第三戦闘攻撃飛行隊を、たった今総帥が言った誘導爆弾で爆装の上で可及的速やかに発進させて!! 攻撃目標は、本艦隊より南南西約120海里を航行中の、黒船率いるガレオン船の船団!!」


「アイ・マムッ!!」


『ですが総帥閣下……F/A‐18Fにはハープーンを装備させる事も可能です。僭越ながら意見具申させて頂きますと、射程内まで接近してからハープーンによるスタンドオフ攻撃を仕掛ける方が、パイロット達にとっても無難ではないかと……』


 ここで先程から通話していたSMCのオペレーターが、今の命令にふと疑問点を感じたのか自身の意見を述べた。


「……その手もリスクの面から一瞬考えたけれど、転移早々の状況で高価な対艦ミサイルを大量に消費するのは、あまり望ましくないと思ったの。それに、戦果確認はトライトンだけでなく有人機からも目視でさせた方がより確実だし、兵装システム士官(WSO)がレーザー照準ポッドで誘導すれば、より正確に敵の船団だけを狙い撃ちに出来るでしょう? 僅かに残った超音速のモスキートを撃つのは、あくまでもF/A‐18Fの攻撃隊が着くまでに一隻でも敵艦の数を減らす為よ」


『成程……確かに、仰る通りですね。失礼致しました』


「ええ、判れば宜しい――それでは幸司、これから私もSMCに移って指揮を執ります。みんな、軍議の続きは戦闘が終わった後で改めてしましょう!!」


「「「「「了解!!」」」」」


 こうして、CFにとって異世界に実体化してからの初の戦闘が幕を開ける。

 

 海咲達が八洲のSMCに入った後、艦隊の各艦は機関を再始動させると異世界人とのファーストコンタクトの目的も兼ねて、一路南南西へと進路を取るのであった。

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