表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の海征く現代艦隊  作者: ブルーラグーン
第一章 異界に破邪の霹靂は落ちて
4/10

第1話 日常からの出航

「……変な夢」



 天霧海咲あまぎりみさきは、春の朝の麗らかな陽光が差し込む自宅の自室で目を覚ました。


 だけど……今まで見ていた夢は、一体何?


 如何にもファンタジー系のアニメやゲームに出て来そうな、所謂エルフとダークエルフらしき種族が率いる五段櫂船らしき艦隊。その艦隊が、倍以上の汽船の艦隊や更に大型の船、それにドラゴンの様な生物に乗る騎兵と戦った挙句、ほぼ一方的に叩きのめされ。殺られていく水兵達の叫び声や、水面に浮かぶその多くの死体等も、やたらとリアルに感じられて。


 そして夢は、聖堂らしき場所でかなり高貴そうな容姿の青年が、その従者や神官らしき人々を従えて何かの儀式を執り行っている場面で終わった。


 それに――“クラッシス・フュルミニス”? “ヤシマ”? そんな聞き慣れた言葉が最後に聴こえてきた様な気がした、夢が終わる直前のあの歌は……一体…………!?


 …………御世辞にも、決して気持ちの良い目覚めとは言えない。


 海咲には、夢の中の人々が喋っていた言葉は殆ど理解出来なかったが、この際それは些細な問題でしか無かった。それ以上に、凡そ単なる夢とは思えぬ程に臨場感に溢れ、あたかも自分自身がその場に立ち会っているかの様な鮮烈な情景の一つ一つが、彼女の脳裏にこびり付いて離れない――――


「う~ん……って、もう起きなきゃ! 朝の8時だし! ……おはよう、ロドニー」


 海咲は自身のスマートフォンの画面を見て、まさに春眠暁を覚えずと言わんばかりに寝坊していた事に気付き、慌ててベッドから起き上がる。


『ワオォン! ワォン!』


 そんな傍らで元気良く吠えたのは、海咲の愛犬のロドニー。彼女が中学生の時からの相棒で、現在は六歳になる。


 人間ならば概ね中年男性に相当する雄のビーグルだが、今でも十分に溢れんばかりの元気を見せ、運動力も食欲も些かも衰える気配を見せていない。尻尾を左右に振りながら利口にお座りしつつ、愛らしい目でじっと海咲を見つめて朝の散歩を催促するそんなロドニーの仕草に促されて、先程の夢は一旦思考から棚上げする事にした。


「……まあ、考え過ぎか。あんなゲームばかりやっているから、よね……多分」


『――ワオオオオォォン! ワォオオン!』


「はいはい、お散歩ね……ササミチーズジャーキーあげるからちょっと待っててね、ロドニー」


 そうして用を足し、洗顔と歯磨きと朝シャンプーを済ませてパジャマから着替えると、海咲は濡れ羽色の長髪をふわりと揺らしながら、ロドニーを連れて朝の日差しの中へと歩み出す。そんな明るく穏やかな陽光の中に出れば、彼女の思考は先程の暗く陰惨な夢の事から――――


 ――――いつの間にか、三人の友人達とチームを組みながらプレイしている、とあるミリタリー系MMORPGの事へとシフトしていったのだった。



◇◆◇◆◇



 その日の暖かな晴れた午後、海咲は市内のとあるショッピングモールのエントランス付近に佇んでいた。


 上は白いブラウスと仄かに透け感のあるカーディガンに、下はライトブルーの膝丈フレアスカートとハイヒールという上品かつフェミニンな装いが、グラマラス過ぎず大人し過ぎないバランスの取れたスタイルと相俟って――丁度腰の辺りまである長く流麗な黒髪、澄んだ褐色の瞳、きりっと凛々しさを湛えつつも可憐な顔立ち、すらっと伸びたスレンダーな脚――それらに代表される清楚な容貌を一層引き立てている。


 そんな彼女が、今はロドニーを連れずに一人でエントランス付近に居るのは、自身と趣味を同じくする三人の友人達との待ち合わせの為であった。


 そうしてスマホの時計がほぼ待ち合わせの時刻を示した時、その友人の一人が遂に姿を見せる。


「直に会うのは久しぶりね。海咲」


 そう言って海咲に歩み寄って来た彼女は、白川汐里しらかわしおり


 セミロングとロングの中間程の焦げ茶色の髪を二つ結びにして、海咲と比べてやや控えめなスタイルに気取らないカジュアルなワンピースという出で立ちは、彼女の落ち着いた冷静な性格をそのまま表しているかの様だった。


「うん、こっちも汐里の元気そうな顔をまた見れて良かった! 高校生の時から進路が別々で、中々都合が合わなくてそんなに会えなかったし……小学生や中学生の頃までしょっちゅう私の家で遊んでいたのが懐かしい……」


「でも、同じ大学に入ってまた一緒になれるでしょ? 学部こそ違うけど」


「あはは……まあそうよね」


 そう――この海咲と汐里の二人は小・中学生以来の幼馴染なのだが、一旦別々の高校に進学した為に会う機会が希薄になってしまっていたのだ。それでもスマホの無料通話アプリで頻繁に連絡を取り合う事位は造作もなかったが、やはり直に会って互いの顔を見る時の安心感には及ばない。


 海咲の残り二人の友人が揃って姿を見せたのは、それから間もなくの事であった。


「よっ、ミ~サキっ! おひさー!!」


「あっ、麗華――って、ひゃああっ!?」


 そうして駆け寄って来るや、公衆の面前にも関わらず堂々と海咲に熱烈なハグを仕掛けた彼女は、石神麗華いしがみれいか。米国名、レイカ・J・クレイトン。


 クレイトン姓の米国人の父と、石神姓の日本人の母との間に生まれたハーフである故なのか――疑いなくグラマラスな抜群のスタイルに相応しい、きゅっとした身体のラインと豊満なバストをより女らしく魅せるふわりとしたトップスと、下半身にぴったりとフィットしたハイウエストスキニージーンズという出で立ちが、波打つ様な長い栗毛と相俟って並々ならぬセクシーさを醸し出している。


「ふ、ふむむむむぎゅうううう~!!」


 見ての通り麗華も海咲の親友の一人であるが、彼女が海咲と会った時の挨拶は概ねハグだった。海咲はそんな麗華のアメリカンハグに、今では何とか慣れつつあったのだが――今回は久しぶりだったのに加えて完全に不意討ち的に抱き付かれ、全く身構えが取れていなかった次第である。


「アハハッ!! 海咲の素っ頓狂な声もベリー・キュート!!」


「ふぇえぇえぇえ!? くぁwせdrftgyふじこlp!?」


 ……因みにここで断言しておくが、麗華は決して同性愛者ではない。


 ただ単に、長期のアメリカ暮らしで身に付いたハグの習慣が今も忘れられないでいるだけなのだが、ハグされている海咲の方は清楚な印象が半ば台無しな状態になっていた。


「…………はあ、はあ……またびっくりしちゃった…………」


「ア~、ゴメンゴメン。卒業式以来、直に会うのは久しぶりだからついつい……エヘヘ」


 そうして麗華が程々の所で海咲をハグから解放すると、ミディアムヘアーの明るい茶髪のもう一人の友人――鷲崎彩菜わしざきあやなが苦笑しつつやっと口を開く機会を得た。


「ははは……それじゃあまあ、予定通りみんな揃った事だしそろそろ行こっか! 大学が始まる前に、一度みんなで顔合わせが出来てほんと良かった~!」


 彩菜も汐里同様に控えめなスタイルであり、カジュアルなTシャツにショートパンツという至ってシンプルな服装が、非常にさっぱりとした印象を醸し出している。そんな印象通りの明るく軽快な口調も、また大いに好感の持てるものであった。


「今回は特に、ここに入ってるスイーツカフェが楽しみ~!」


「彩菜が行きたいスイーツカフェは、もうちょっと後で寄る予定なんだけど……まあ取り敢えず、みんな入りましょう!」


「了解!」


「アイ・マム!」


「りょ~かいっ!」


 そう三者三様に海咲に応えて意気揚々とショッピングモールに入った四人は、店内で当然の如くショッピング自体を大いに楽しみ、ゲームセンターでワイワイと様々なゲームやプリクラに興じた後で、彩菜イチ推しのスイーツカフェに足を運んだのであった。



◇◆◇◆◇



「このマロンと紫芋クリームのパフェ……う~ん、絶品っ! 素材を活かした優しい甘さに癒される~って感じね!」


「私の蜂蜜パンケーキも凄く紅茶に合うけど、彩菜、ちょっと味見してみる?」


「良いの!? じゃあ、一口だけ貰おうかな……どれどれ――うん! 海咲のパンケーキもふわっとしてる上に、エレガントな感じで美味しいっ!!」


 海咲達四人は、各々が注文した色とりどりのスイーツや飲み物を囲みながら、改めてガールズトークに花を咲かせていた。


 特に四人の中でもやや細身な印象の彩菜が、意外な食欲を見せているが――普段は我慢しがちな華やぐ上品な甘味を思う存分堪能し、それを温かい紅茶や冷えたドリンクで流し込む事は、ゲームセンターで高揚した遊び心を更に補完してくれた。そんな幸せな気分で心を満タンにすれば、自然と会話も明るい方向に弾む。


 だがしかし――幾ら幸せな気分で高揚しているからと言って、公衆の面前での余りにも行き過ぎた行為は慎まなければならない。


「このスイーツカフェ……何もかもサイコー!! 海咲も彩菜も、こんな良い店見つけてくれてホントにサンキュー!! 二人共マジでもう一回ハグして、それからチューもしまくって良い!?」


「「……えっ……!?」」


「麗華――この店では流石にストップ! 見た所カップルも結構いるみたいだし、そんな中での女子同士の熱烈キス&ハグは男子達の目に毒です」


「むむむぅぅ~、確かにそれもそっか……」


(あはは……この場合は助かったかも……)


(麗華……ここじゃ流石に不味いって……)


 クリーム餡蜜を黙々と食していた汐里が、余りにもはしゃぎ過ぎな麗華を冷静に制してくれた事に内心安堵した海咲と彩菜であったが、それ故に場の空気が些か沈んでしまった事をふと察した彩菜は、話題を麗華のハグ習慣の由来に絡めて高校時代の思い出話に移していく。


「……まあ麗華ってさ、如何にも中学生の頃までアメリカで暮らしてたって感じよね~」


「そうそう! アタシのパパが海兵隊を辞めて、パパがアタシの幼稚園の頃まで在日米軍配属だった時のツテを頼ってさ……今度はママとアタシの生まれ故郷の日本で、基地の軍属として働くって言い出して家族で日本に帰って来たんだけど、高校じゃ最初はクラスメートにも先生にもあまり馴染めなくって……アハハ」


「あ~、確かにそんな時だったかな! あたし達が麗華と初めて会ったのって」


「うん。あの頃は私も汐里と一旦離れ離れの進路になったどころか、周りが初対面だらけで殆どそれまでの知り合いが居なくて。今思い出せば私達が出会ったのって、丁度そんなタイミングだったっけ……」


 麗華は日米のハーフであるのみならず、日本では概ね小~中学生に相当する約九年間近くを、正真正銘の米海兵隊員であった父親の米本土の部隊への配属変更に伴い、実際にアメリカで暮らしていた帰国子女でもあった。


 帰国子女の為の優遇措置が最も希薄と言われる高校受験の時期に、大尉で海兵隊を退役した父の願望にそのまま付き合う形で日本に帰国。だが、アメリカ現地の友人達との交流を通じて得た英語力も生かして受験を乗り切り、入学した先は――制服着用を始めとした厳格な校則、全く見ず知らずのクラスメート達、常にクラス単位かつ大人数での授業――かつて麗華はそんな日本での高校生活に、これまで慣れ親しんで来たアメリカの学校との深いギャップとカルチャーショック、そして得も言われぬ孤独感を感じていた。


 それに加えて、時折国内で起こる在日米軍絡みの事件や事故が新聞やニュース等で報じられる度に、麗華の出自を知る人々の一部からは冷ややかな扱いも受けた。


 しかしそれでも――麗華は海咲や彩菜といった趣味の合う友人達を得た事を機に、持ち前の陽気な性格も手伝って、そんな時期を上手く乗り越えていったのであった。


「……まあ思い出せば高校じゃ色々あったけど、それでもアタシは白人のアメリカンなのに日本が好きになって、アタシやママと一緒にまた日本で暮らすのを選んだパパを悪く思った事は一度も無いよ。だって……パパと一緒に日本に帰国したからこそ、今こうして海咲や彩菜や汐里とも出会えているんだし!」


「言われてみれば確かにそうよね。私もあのお爺ちゃんの影響で――高校生になるまでには海軍マニア化していたんだけど、そんな話題に乗ってくれる子なんて全然いないだろうと思っていた時にまさかの同志出現で、しかもお父さんが元本職の軍人さんって凄い奇遇だったなって今でも思うよ!」


「海咲のお爺さんもただの軍事評論家じゃなくて、確か元海上自衛官だったでしょ? 普通に水上艦勤務で、米海軍との合同演習にもよく参加したとかいう……」


 高校では三人とは別進路だった汐里も会話に加わり、話題は単なる思い出話から――――凡そ年頃の女子達によるガールズトークらしからぬ、ミリタリー談議にころころ変わっていき次第に白熱していく。


「うん、その時の体験も聞けばしょっちゅう話してくれるよ! 海上自衛官を退役する前に参加したリムパックで、あのミズーリの砲撃デモンストレーションを直に見たって言っていたけど、流石は16インチ砲搭載の戦艦なだけあって物凄い迫力だったって」


「パパもアイオワ級戦艦を退役させたのは、個人的に非常に惜しかったと思うって言ってたよ! お陰様で海兵隊は頼もしい支援火力だけじゃなく、合衆国の力の象徴だった美しい艦をむざむざ手放す羽目になったってさ!」


「でも、自軍が制空権確保してないとフル活躍が難しくて、単艦じゃ運用し辛い上に人数も結構掛かる兵器ってのは、上層部からしたらやっぱり考え物だったんじゃない? 艦艇自衛システム(SSDS)でも積んでたならいざ知らず、実際は対空火器がファランクスCIWS四基だけってのはちょっとね……運用コストも相当掛かってて、船体や機関の老朽化も進んでたみたいだし」


「最も――あの海咲の旗艦並みに現代化していたなら、戦艦は航空攻撃に対して脆弱というイメージ位は覆せたかもしれないけど」


 そう――――四人は軍事マニア、所謂ミリタリー女子達であった。


 特に海咲と麗華に関しては、それぞれ元本職の祖父と父の影響によってそうなった事は言うまでも無かろう。そして海咲は現在でも軍事評論家として名を馳せる祖父の著書の一つ「海洋安全保障と現代海軍の役割」などという、如何にも専門家向けの書物を女子高生の頃から常に肌身離さず持ち歩く程にのめり込んでいたのだが、そんな彼女と汐里、麗華、彩菜が現在最もよくプレイしているミリタリーMMORPGがあった。


「嗚呼……“シースト”で私達の旗艦にしている“八洲”ね! まああれは……言っちゃえば私個人のロマンの塊みたいなものだけど、確かに今は対空も対水上も元が第二次大戦式の艦とは思えない程の戦闘力になっているよね。後、旗艦としての指揮通信能力も」


 “シースト”の略称こと「シーパワーズ・ストライク」――――この海上戦力を中心として戦いを進めていくMMORPGに、海咲達四人はハマっていた。


 まずプレイヤーはゲームを始める際に、四種類のプレイモードを選択する必要がある。海軍の各種艦艇と艦隊を直接操作・指揮して戦うモード、海兵隊として上陸戦力を率いて陸上で戦うモード、戦闘機や攻撃機といった各種航空機や空母機動艦隊と航空戦力を操作・指揮するモード、そして海兵隊と同じく陸上戦闘が主体ながらも特殊部隊を率いるモードの内、いずれか一つを選んでそこからゲームを進めていく。


 プレイヤーのレベルが上がれば上がる程、戦力として使用出来る兵器や艦艇の年代制限が解除されていき種類も豊富になっていくのだが、そんな異なるモードを選択したプレイヤー同士が同盟を組んで「軍団」を結成し、軍団同士の対戦やイベント戦を協力し合って制していく事も可能である。


 そうして海咲達四人が結成し、数多の対戦を勝ち抜いて今や上位の常連にまで成長を遂げた強豪軍団の一つが――――ラテン語で“霹靂の艦隊”を意味する名の「クラッシス・フュルミニス」であった。


「それにしても、海咲をリーダーに軍団を結成してからかれこれ一年半か……もし仮にあたしがリーダーだったら迷わず正規空母を旗艦にしていた所だけど、海咲の八洲も現代兵器相手に単艦でも問題なく戦えてるどころかちょっと無双してる位だし、指揮能力はブルー・リッジ級並みだし、あたし達の力の象徴として全く申し分ないんじゃない?」


「ありがとう、彩菜」


「あっ……べ、別にあたしの空母航空団だけでも、やれる時はやれるんだからね!」


「最も、上陸戦で最終的に止めを刺すのは、アタシの海兵隊の役目なんだけどね!」


「でもそれは、あたしの航空隊のきちんとしたエアカバーもあってこそじゃない!」


「空爆だけじゃ屈服させられないから、地上戦力が敵に決定打を与えるんでしょ!」


「はいはい、二人共落ち着いて。今の地位は、私達みんなが的確に役割分担しつつ、互いに協力し合って築いてきた……普通にそういう事で良いんじゃない?」


 ゲーム内での活躍を巡って思わずヒートアップしかけていた、麗華と彩菜の双方を海咲が的確に諫めた所で――汐里が自身の活躍も静かにアピールしつつ、この辺りでそろそろ会話を肝心な方向に切り替えるべく海咲に促す。


「となると、私の特殊部隊“MARECATs(メアキャッツ)”が今まで挙げた戦果もお忘れなく。……と言いたい所だけど総帥閣下、そろそろこの辺で今夜の作戦会議にしない?」


「そうね、副総帥……それじゃあみんな、ここからは今夜のJTF戦に関する軍議にしたいと思います!」


「アイ・アイ・マム! ……いきなりツッコんで悪かった、航空隊司令官」


「りょ~かいですっ! ……あたしこそ熱くなってごめん、海兵隊司令官」


 そうして四人は互いをゲーム内での役職で呼びつつ、改めて座る姿勢を正し今夜の軍団戦に関して軍議を始める。


 その後、空が少しずつ曇り始めた夕方に軍議を終えて一先ずお開きとしたのだが――――このゲームを今までプレイし続けていたが為に、今宵四人の身に起きるであろう事態を想像出来た者は、当然ながらこの場には誰一人としていなかった。



◇◆◇◆◇



「はあ~、やっと敵増援艦隊を撃破! ……状況終了、みんな御疲れ様っと」


 その悪天候になりつつあった夜、海咲は風呂上がりにいつもの如く自室でパソコンに向き合い「シーパワーズ・ストライク」に興じていた。


 昼間にスイーツカフェで汐里、麗華、彩菜と、予め入念に作戦を練った上で挑んだ今夜の軍団戦の結果は――――些かイレギュラーが発生したものの、海咲達CFの大勝利であった。


 今回のミッションは、敵軍に奪われた島嶼部の奪回作戦。


 まず敵に一番槍を突き入れたのは、彩菜の原子力空母「ジェラルド・R・フォード」等から発艦した空母航空団。劈頭に「F‐14Dスーパートムキャット」艦上戦闘機の戦闘飛行隊が一斉に放った、AIM‐54C+フェニックス長距離空対空ミサイルの大群が、アウトレンジからほぼ一方的に敵航空戦力の約六割を屠った後のドッグファイトの結果、敵は制空権を完全喪失。


 次に海咲の艦隊の水上艦・潜水艦から雨霰と発射された、計一〇〇発超の「RGM/UGM‐109E/Hタクティカル・トマホーク」巡航ミサイルが――発射した内の約三割が敵に迎撃されたものの――島内の敵指揮所や敵補給拠点等を悉くピンポイントに破壊し尽くすと、麗華の海兵隊がアイオワ級戦艦等からの艦砲射撃に援護されつつ上陸を敢行。瞬く間に各上陸ポイントに橋頭堡を築くと、島内の制圧を順調に進めていった。


 そして島嶼奪回作戦自体は、空母から発艦した「F/A‐18E/Fスーパーホーネット」艦上戦闘攻撃機や「F‐35CライトニングⅡ」艦上多用途戦闘機、強襲揚陸艦から発艦した「AV‐8B+ハリアーⅡ」垂直離着陸(VTOL)攻撃機や「AH‐1Zヴァイパー」戦闘ヘリコプター、ひゅうが型護衛艦やいずも型護衛艦から発艦した「AH‐64Dアパッチ・ロングボウ」戦闘ヘリコプター等からの、的確な航空支援も手伝ってほぼ完了しつつあった矢先――――


 ――――ここで責めて一矢報いんとばかりに、敵の増援艦隊が戦闘海域に乱入してきたのだ。


 その敵増援艦隊の中核を成していた、キエフ級重航空巡洋艦やスラヴァ級ミサイル巡洋艦から放たれた「P‐500バザーリト」対艦ミサイルの飽和攻撃を、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦やアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、こんごう型護衛艦やあたご型護衛艦といったイージス艦に加えて、あきづき型護衛艦等による全力の防空戦闘によって何とか一隻の喪失も出さずに凌ぎ切った後、即座にこちら側のキーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦と、オスカーⅡ型巡航ミサイル原子力潜水艦が「P‐700グラニート」対艦ミサイルで反撃。


 斯くしてCFは、敵増援艦隊が怨讐を込めて放った最後の猛打を退け、最終的には敵増援艦隊を撃滅し今に至る。


 余談であるが、今回交戦した敵艦の内スラヴァ級は、CFも戦力として保有している事をここで申し添えておこう。


「それにしても……ロシア艦同士を戦わせてしまうなんて、第五空母打撃群には少し酷な事をさせてしまったかな。……ごめんなさいね」


 敵側から躊躇なくバザーリトで攻撃してきたとは言え、咄嗟に指揮下の旧ソ連/ロシア製艦艇にグラニートでの反撃を命じてしまった海咲は、自身の命令で反撃を実行したキーロフ級やオスカーⅡ型を憐れんでいた。彼女は例えゲーム内――即ち単なるフィクションの世界で起きているに過ぎない出来事であっても、そこで戦っているであろう数多の無名の将兵達や、或いは“艦自身”の心情に思いを馳せずにはいられない人間なのだ。


 そして敵艦隊は必死に、「S‐300Fフォールト」や「M‐11シュトゥルム」等の艦隊防空ミサイル、「4K33オサーM」等の個艦防空ミサイルに、「AK‐130」70口径130mm連装速射砲や「AK‐726」59口径76mm連装速射砲、他にも「AK‐630」や「コールチク」等のCIWSを全力で駆使して迎撃していたが――――いずれの艦も最期には迎撃を掻い潜ったグラニートの直撃を受け、瞬く間にHPをゼロにして轟沈していった。


 最もこれは、CFと敵艦隊との練度の差が大きく顕れた結果でもあったのだが、海咲は圧倒的なCFに対し最期まで決死の抵抗を試みて海に散った敵艦隊に、海軍式敬礼を手向ける事を欠かさなかった。


「……でもまあ何はともあれ、作戦が無事に成功した事自体は良しとしましょう! 私の艦隊が素早く迎え撃たなかったら、上陸している麗華の海兵隊が更に被害を受けていたかもしれないし」


『クゥゥウウウウ~ン』


 そうして海咲が複雑な心境をふっと割り切った事を察したかの様に、ロドニーがその脇に歩み寄りつつおやつをねだる時の様な(・・)仕草を始めた。


 口を大きく開けて整然と並んだ白い牙と健康そうな紅い舌を見せ、ハッハッハッ……とリズミカルに息を吐きながら海咲を真っ直ぐに見つめている。その表情は、一見すると彼女を和ませようとにっこり笑っているかの様にも見えたが、その一方で何処かそわそわと落ち着きが無い様にも見えた。


「ロドニー、さっきササミチーズジャーキーを大量にあげたばかりでしょう? 御飯以外にあんまり食べ過ぎたらおブタになっちゃうよ~?」


『クゥゥウウ~ン、クゥウ~ン……ワォォオオン! ワォオン!』


 ……嗚呼、やっぱりロドニーは可愛い。


「……はあ……それじゃああげるけど、今度こそ今夜はこれでラストね? でもその前に、この辺でシーストは終わりにして、パソコンの電源を切らないと…………」


 そうして海咲は傍らの犬用ササミチーズジャーキーの袋を開ける前に、ゲームをログアウトしパソコンをシャットダウンするべく、再び画面に向き合ったものの――――



「…………あれっ?」



 ――――いつの間にかログアウトの表示が、ゲーム画面から消えていた。



「ちょっ、どうやってログアウトすれば……っ!?」



 そしてパソコンの画面から消えていたのは、それだけではなかった。



「えっ……? 画面の最小化も出来なくなっているし、シャットダウンする時に使う表示まで全部消えている……って……!?」



 海咲は突然の事態に思わずきょろきょろと辺りを見回すと、窓の外はまるで昼間の晴天が嘘であったかの様な豪雷雨になっていた事に今更ながら気付く。窓ガラスに打ち付ける滝の様な雨に見惚れていたその刹那、眼前を稲光が激しく迸った直後――――部屋の電気がプツンと落ち暗闇に包まれるも、パソコンの画面だけは何故か消えていなかった。



「こんな時に停電!? でも、何故パソコンだけ画面が消えていないの!?」



 次の瞬間――――海咲とロドニーを囲む様に、青白く光る魔法陣が床に現れ。


 更に――――部屋全体にも激しいスパークが迸り。


 極め付きに――――パソコンの画面も突然ホワイトアウトしたかと思えば、眩しく輝き始めたのであった。



「ふぇえぇえぇえぇえ!? ……って、あいたたたたた!! ロドニー、ワンワン吠えながら脚に抱き着かないでぇぇぇぇええええええええ――――!!」



 ロドニーの先程からの仕草がおやつをねだるものではなく、実は海咲に対して犬なりに感じ取った場の異変を伝える為だった――と彼女が悟った時には、既に部屋は停電前を遥かに凌ぐ明度の煌々たる光とスパークに満ち溢れていた。


 更に光とスパークに加えて、何処からかグレゴリオ聖歌の様な、今朝の夢で聴いたあの荘厳な響きの歌声までもがはっきりと聴こえてくる。


 そしてそれらが最高潮に達し、海咲がロドニーと共に床から足が離れ、ふわりと宙に浮く様な感覚を覚えた時――――彼女の頭の中に透き通る様な、それでいて神々しい威厳に満ちた青年らしき声が響いてきた。



『――――我が選びし、純朴にして気高き戦乙女よ』



「…………えっ…………私…………?」



『――――如何にも。汝……そう、汝等こそは我の与えし兵士達を、そして艦隊を真に率いるに相応しき者達なり』



「……はい!?」



『――――未だ埒が明かぬか。それも仕方あるまい……だが、我の与えし艦隊をその目でしかと観れば、直ぐにも汝は全てを理解しようぞ。そして、汝は必ずや来るのだ……汝のかけがえ無き友や同志達と共に、あらゆる試練を、あらゆる艱難辛苦を乗り越え、霹靂の艦隊クラッシス・フュルミニスを率いて我が許に辿り着いて見せよ…………』



 その次に、海咲の口から半ば無意識に発せられた言葉は――――彼女本人ですら、思わず耳を疑うものであった。





「…………御意。霹靂の艦隊クラッシス・フュルミニス総帥の務め、御身より謹んで拝命致します」





『――――良かろう。これで契約に必要な同意は全て揃った……皆で生きてその務めを完遂した暁には、いずれ汝等の世界への帰還を果たせる時も来ようぞ』



「はっ……!」



『――――では、汝等には予め言語の加護と、免疫の加護を授けよう。……さあ、いざ征くが良い……汝等の未だ見ぬ海原への航海に! そして、我が名は“フュルギオン”――――星雷を司りし龍にして、遍く幻獣の帝なり!』





「御意…………ッ!!」





 海咲がそう言った瞬間――――――彼女とロドニーの視界は、激しい雷鳴の轟と共に完全に目も眩む程の輝きに覆われ、その意識を手放す。



 この時外部からは、海咲、汐里、麗華、彩菜各々の四軒の自宅に、ほぼ同時に大規模な落雷が観測されたと言われている………………

ソ連/ロシア艦艇好きの皆さん……

ゲーム内での戦闘という設定とは言え、文字通り咄嗟に書き上げてしまったトンデモ戦闘描写……どうか党本部に強制出頭&シベリア送り&粛清だけはお見逃しをm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ