丘の向こうの出会い 4
「ごめんね、人違いしてしまったみたいで」
「いえいえ、よく若かりし祖母に似ていると言われるので。メニューは各テーブルにありますので、お好きな席でごゆっくりなさってください」
微笑みながら、ノーランは言った。長髪のポニーテールがよく似合っている。
軽く頭を下げると、注意してもお喋りを続けているクウの所に、早足で行ってしまった。
ふと隣を見れば、クスクスと笑っている彼。何となくだが、笑っているのではなく、笑われている気がする。
彼女なら、こういう場合は少しむくれるだろう。
私は彼を少し睨んでみる。
「ふふ、ごめんよ。ノーランとサーキーを間違えるなんて、レギーネもおっちょこちょいだね。ははっ」
彼は謝罪の言葉を口にしたが、軽く流されてしまった。何がそんなに可笑しいのか、涙を浮かべながら笑い続けた。
馬鹿にされるのは好きではない彼女なら、短気だから怒鳴ってしまうだろう。
だがここはお食事処で、ちらほらと私達以外のお客も居る。控えめに怒鳴った。
「もう、笑いすぎだ」
ポンポンと頭を撫でられる。いや、とても優しく叩かれたという方が正しい。
それは暖かく、どこか切ないような気もした。
「ごめん。そんなに怒らないでくれ」
だけど、声色は普段と同じだった。頭を触られたせいで、髪飾りが乱れ、彼の顔は確認出来ない。
それが嫌で、彼の手を叩くと感覚で髪飾りを直す。
顔を上げると、彼は入口から少し離れたテーブルに、腰を降ろしていた。
いつの間に移動したのだろうか。
「早くこっちにおいで」
彼が隣の椅子を引いた。
「はいはい」
大人しく彼の隣に座る。直後、ノーランの説教が終わったのか、クウがお冷を持ってきた。
「お決まりですか? 暑苦しくてむさ苦しい野郎が作ってるけど、味はいけるんですよ」
ケラケラと笑いながら、流暢に喋るクウ。淡々と話すノーランとは反対の性格なのかもしれない。
斜め上からクスクスと彼の声が聞こえる。私もそれに合わせる。
クウはこれがおすすめだとか、あれはノーランが好きだとか、それが一番人気だとか、聞いてもいないのに喋り続ける。それを制止したのはノーランだった。
「すみません、妹がお邪魔してしまって。どうぞ、お好きなのをご注文してくださいね。ほら、クウ!」
「うぅ、分かったよもう。お邪魔しち奴てすみませんでした」
少し納得がいかないようで、無愛想に頭を下げた。ノーランはその無愛想さが気に食わない様でやり直しを言いつける。まるで姉妹漫才を見ているようで、可笑しかった。
「いいよ、面白かったし。気にしないで」
「ありがとうございます」と、苦笑をするノーラン。
「こっちも楽しませてもらったからね。そろそろ注文をしても?」
彼がそういうとノーランは「ええ、大丈夫です」とエプロンのポケットから伝票を取り出す。
その隙にクウは、店の奥に逃げて行った。ノーランも気づいただろうが、特に気にとめない様子だ。日常的に行われているのだろう。
「それじゃ、エールとラザニアを頼むよ」
「エールとラザニア……ですね。おふたつずつですか?」
「ひとつずつで」
「失礼しました。少々お待ちください」
ノーランは私の方をちらっと見ると、クウと同じような納得のいかない顔を下げた。
ふたりで来ているのに、ひとり分の食事で不審なのだろう。
私はこんな身体だ。外見だけでは分からないが、私は鉄の塊だ。その為、食事は出来ない。身体が機能しなくなるのだ。
故に、食物は私にとって、異物でしかない。もちろん、飲料もだ。