丘の向こうの出会い 3
一度目の休憩から、二度目の休憩をせずに、目的地の〈エスポワール〉に着いた。
丘の頂上まで歩くと、残りは緩やかな下り坂だけで早いのだ。
寒い寒い、と連呼する彼を連れ、ドアを開けて店の敷居をまたいだ。
すると、心地良い音で来店を知らせる鈴が鳴る。
「おっ、紳士と淑女のおふたりさん、いらっしゃい!」
その瞬間、明るい声が飛んできた。店の奥には、客と談笑しているウェイターらしき短髪の少女がいる。目が合うと、もう一度「いらっしゃい!」と言った。
店にサーキーの姿は見つからない。それもそうか、と思い直す。
この〈記憶〉と今は60年の差があるのだ。それでも、ここはそんな事を忘れさせてくれるような気がする。
それ程この店は、60年前と全く変わらなかった。
奥にキッチンがあって、ラジオと机と椅子しかない、殺風景な店。だが、サーキーの優しさと温もりがあった。
「久しぶりだな、ここに来るのも」と彼が私に微笑む。私も彼に、微笑み返す。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらベルを鳴らしてください」
いつまでも入口に立っている私達に、横からさっきとは違う、少女の声が聞こえた。
声の主を見ると、雰囲気は違うものの、サーキーにとてもよく似ていた。
「サーキー?」
懐かしい、と思った。サーキーは、彼女の親友だから〈記憶〉を持っている私の親友でもある。もっとも、これは一方的な親愛だ。
しかし、当のサーキーは小首を傾げ、怪訝な顔をしている。その表情を見て、冷静になった。
サーキーの親友だったのは、60年前。60年も経てば、当たり前に容姿は変わる。
故に、目の前に居るサーキーは、サーキーではない。
なら、彼女はもしかして娘だろうか?
「いえ、私はノーラン。サーキーは祖母です。ちなみに奥でお喋りしているのは妹のクウです。ほらクウ! 仕事!」
やはり目の前の少女はサーキーとは別人だった。しかもサーキーの娘と思しきノーランは、サーキーの孫だったのだ。
驚きを隠すように、私は言葉を紡ぐ。