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丘の向こうの魔女  作者: ひぐらしあや
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丘の向こうの出会い 2

*   *   *


 ぼくの娘が殺された。

 隣町へ買い物に行き、帰って来たら娘と夫が居なかった。

 初めは、散歩に行ったのだと思い込んでいた。しかし、生気を失った夫だけが帰り、奴と自体の把握が出来たのだ。


「俺が居たのに、すまない。本当に、すまない。ハンターが居るなんて思わなくて、あの子を守れなかった! 俺を呪わないで、嫌わないでくれ……」


 床に座り込み、頭を下げる彼の髪を出来るだけ、優しく撫でた。大粒の涙で、彼が溺れてしまいそうに思えた。


「ランクだけでも、無事で良かったよ」


 そう微笑んでみせる。泣きじゃくる彼を見ていると、何故か頭がクリアになったのだ。多分、彼は悪くない

 悪いのは、すべてを壊したハンターだ。ぼくの幸せも、家族も、宝も、壊された。

 ただ、魔女であるだけで。ただ、魔女として生まれただけで、殺される。壊される。

 許せない、この世の中が許せない。

 服の上から、ポケットに護身用のナイフがある事を確認し、すっと立ち上がる。


「少し、外に出てくるよ」


「待ってくれ、馬鹿な事はしないでくれ。レギーネまで失ったら、俺は耐えられない!」


 彼は、ぼくの服の裾を掴み、訴えた。


「黙ってよ。このまま、泣き寝入りはごめんなんだ」


 力強くかつ冷静に、その手を払うと家を飛び出した。短気で、浅はかな行動力が、涙を止めてくれている気がする。

 娘を殺されて、黙ったままで居るわけにはいかなかった。娘はぼくのかけがえのない宝だ。それを壊されて、黙ってなどいられるものか。

 どうしても、ハンターのその体をナイフで八つ裂きにしたい。そうでもしないと、発狂してしまいそうだ。

 辺りは暗闇で、月明かりだけが頼りの、丘を歩く。丘を半分ほど歩くと、声が聞こえ、咄嗟に腰を屈めた。


「うんうん、立派に張れたテントだこと。流石だね、あたしは凄いわ」


 テントの前で、大股を開き腕を組み、何やら満足そうな女が立っていた。その腰には、剣がぶら下がっている。


――間違いない、あいつだ。


 こんな時間に、こんな丘の上でテントを張り、腰に剣まである。ハンターだということは明らかだった。……いや、きっと誰であろうと、今のぼくにはハンターに見えたに違いない。

 幸い、今日のぼくのお気に入りの服は、全身が黒い。

 真っ向勝負では、確実に負けてしまう。しかし、この黒さを活かし、奇襲をかければ、勝率は少なくともう。

 娘の無念を晴らすために、ぼくは今だけ、悪魔に魂を売ろう。


「ママさ、頑張るからね。ちょっとだけ、隠れていてね」


 近くに娘が居るような気がして、小さく呟いた。

 そして、また小さく深呼吸をする。

 冷たく、肌を切るような風を微かに感じた。

 ぼくは、意を決して草むらから、奴の背後に近づく。しかし、そこは達人級のハンターだと言えるだろう行動を起こす。

 ぼくがたった二歩、踏み出しただけで奴は素早く振り向いた。目を凝らし、暗闇にぼくが居ると分かると、更に眉間にしわを寄せる。


「あんた、誰?」


 そのふてぶてしい態度から、ぼくが何者か分かっているのだろう。だから、答える必要など無かった。

 場数は奴の足元にも及ばないだろう。奴の超えた修羅場が、築き上げた茨がぼくを苛む。

 痛いと、泣き出してしまいたい。しかし、それは出来ない。何故ならば、奴に殺された娘の方が痛かったに違いないからだ。

 この程度の痛みなど、痛みではない。ぼくも負けじと、睨み返す。

 睨み合うぼく達に、言葉は必要なかった。ただ、本能が告げている。――殺される前に殺せと。

 あぁ、分かっている。娘のために、娘の無念を晴らすために、ナイフを構えた。

 その時、奴が動き出す。蹴った芝が、地に着く前に奴はぼくの目の前に居た。この暗闇でも、目の色が分かるほどの眼前に。

 呆気に取られていると、奴の右脚がぼくの横腹に食いこむ。その勢いで、芝の上を身体ごと滑った。


*   *   *


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