丘の向こうの出会い
防寒具を身につけたものの、私はそもそも感覚が無い為、意味が無い。
それでも身につけたのは〈レギーネ〉らしくある為だ。
彼女は紛れもない人間だった。寒さも暑さも感じたのだ。そして、彼女が着古した、60年以上前のコートだが彼女が流行に疎かったのもあり、今でも着られるものだった。
丘を登りきった所で、ランクが息をつく。
「ふぅ、少し、休もうか」
「うん。ぼくもくたくただよ」
たった十五分ほど歩いただけだが、彼はかなりの歳だ。細い白髪が、風になびく。
彼の鼻が赤くなっているから、かなりの寒さなのだろう。
「長居すると、風邪をひくよ」
「しかし、腰が痛いんだ。もう少しだけなら、大丈夫だよ」
「しょうがないなぁ、もう少しだけだよ?」
私がそう言うと彼は、薄く笑って遠くを眺める。
この丘の頂上は、【魔女と英雄伝説】が誕生した場所だ。
60年ほど前、この頂上でふたりは戦い、死んでいった。
彼の眺める先に、女達人の墓だけが、そこにあった。
魔女の墓は、作れなかったに違いない。墓に納まっているはずの遺骨が、私の体になっている。しかも彼女は魔女だから。
「やっぱり寒いな、先を急ごうか」
物思いにふけていると、彼がコートの襟を直しながら言った。
「そうだね」
私も同意する。〈記憶〉のサーキーと、現在のサーキーとの差を埋めたい。
いや、〈記憶〉と現在の差を無くしたいのだ。〈レギーネの記憶〉ではなく、私の記憶として〈記憶〉を上書きしたい。
そう思うのは、厚かましいのだろうか。
「よいしょ、っと」
辛そうに息を吐きながら、彼は立ち上がった。
「腹が膨れたら、杖を買いに行こう」
「うん、ぼくが選んであげるよ」
「そうかい? それじゃ、頼もうかな」
目にシワを寄せ、彼が歩き出す。
その後を追った。女達人の墓を横目で流しながら。