丘の向こうの機械 2
しかし、彼女は確かに私の中に存在している。人格としての彼女は居ないが〈記憶〉と〈感情〉は人格を形成する上で切っても切り離せないもので、もはや、ひとつの人格と言っても過言ではないだろう。
そして、それは間違いなく、この体のせいだ。
夜が明けるまで、時間はまだたっぷりある。彼の寝顔を眺めながら、ひたすらに太陽が昇るのを待つ。
睡眠が不必要な私にとって、この時間は退屈極まりないものでしかなく、ただ彼の寝顔を眺めていた。
気がつくと、そこは家の地下だった。胴体の鉄の塊が露になっている。人間味が無くなり、頭や胸、手足から大小の無数の管が生えていた。
無機質な鉄の塊の中には、白骨が混ざっている。魔女〈レギーネ〉のものだ。
それを見つめていると、またかとため息を溢したくなった。彼は、私をより<レギーネ>に近づかせる為、時々こうして私の了承無く、体をいじくりまわすのだ。
ふと、小さな物音がした。音がした方を見ると、彼がたくさんの紙――多分私の設計図だろう――を広げていた。
「ランク」
彼の背中に声をかけると、服の袖で顔の目の当たりを擦り、私に顔を向けた。
「起きていたのか。……違和感は無いかい?」
泣いていたのか、彼のシワには少し涙が溜まっている。声も震えていたが、私は素直に言った。
「昨夜の深夜から今にかけての記憶がない」
そう言うと、彼の眉間にシワがより、溜まっている涙が今にも溢れ出しそうになる。
彼はまた眼鏡をずらして袖で目を擦った。
「そうか。すまないね、もう少しらしくしてやろうと思ったけど……、老いぼれには難しくてね」
悔しそうに笑いながら、彼は言った。何故そんなに泣いているのか、何がそんなに悔しいのか、私には分からない。
だが、彼にこんな表情は似合わないと感じる。この感覚も彼女のものなのか、自分のものなのか、分からない。
「ランク、私は彼女になれない。レギーネにはなれない。彼女は――」
――刹那、地下に鈍い音が響いた。
彼が私の頬を叩いたのだ。彼は肩で息をしながら、私を叩いた手を震わせていた。その手は赤くなっている。




