丘の向こうの教会 4
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レギーネと女達人が倒れてから数時間が経ち、朝日がキラキラと固まったふたりの血液に反射する。
そこに人影がひとつ、歩み寄ってくる。
「ああぁ……そんな……」
人影はぽつりぽつりと「違う、レギーネじゃない、そんな、嘘だ」と言いながらゆっくり近付いてくる。――ランクだ。
頬に川を作りながら、奴と、レギーネの亡き骸まで歩んできた。
滲む視界の中、ぴくりともしないレギーネを抱きしめる。酷く冷たい。その冷たさで、どこか幻想的な状況が、現実のものになっていく。
彼は胸にレギーネを抱きながら、嘆くような事はしなかった。清流の様に流れる涙を拭おうともせず、ただ最愛の人の死を受け入れなかった。
この時期、彼は少数の研究者と共に義足や、人口心臓の研究を始めていた。そして彼は他の研究者と違い、野望があった。
――この世から死を無くす。
死は、新たな死を呼ぶ。その連鎖が続き、ある一族が滅んだと聞いた時、彼は産まれた意味を知ったのだ。
元々、機械にも強い彼は、止まってしまった心臓を人口的な心臓と入れ替える事で、死は防げるのではないかと思いついた矢先の事だった。
生きる理由を失った彼に残されたのは、レギーネの蘇生だけだった。
家を捨て、研究所に篭もり、様々な実験や、数々の失敗を繰り返し、何とか理論上、心臓の入れ替えが出来るようになった。
しかし、時間がかかり過ぎた。防腐液に付けていたが、この時の技術で腐敗は免れず、レギーネの遺体は腐敗が進んでしまっていた。
研究所の空気が重力を思い出したように、重々しく沈みこむ。そしてひとりの研究者が、人の体が腐敗のない鉄の体だったら、と、呟いた。それは彼を、人の道から外す最後の一押しには充分過ぎた。
彼は研究者の中から信頼できる者を片手ほど残し、ほとんどを追放した。彼に問いかける者、罵声を浴びせる者、嘆き喚く者を感情の無い声で追放し、死を冒涜する彼に貼られたのは、悪魔のレッテル。
それから彼は、類稀なる才能を開花させ、人体のような鉄の塊の生み出してしまった。基礎となるのは、鉄と無数の銅線、それからレギーネの遺骨だった。
電流を流すと、バチバチと体から火花が散り、低音の爆発音に似た音が響く。全員がまた失敗を覚悟した時、鉄の塊に魂が宿ってしまった。
幾度のメンテナンスを重ね、ただの鉄の塊はレギーネになり、また、もうひとつの魂を生み出してしまったのを誰も気づかなかった……。
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