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丘の向こうの魔女  作者: ひぐらしあや
12/29

丘の向こうの世界 3


 私とランクは、また丘の上で一休みしていた。新しく買った杖が、まだ身体に馴染んでないのだろう。


「ふぅ、やっぱり杖があると、楽だね」


「ぼくも、ランクとお揃いの買えば良かったなあ」


 ふいに出た言葉だった。〈レギーネ〉としてではなく、私としての本心だった。

 だから、しまったと思った。彼女ならこんなことは言わないのではないかと、焦ったのだ。


「ははっ、レギーネには早いよ」


 だが、それは私の気の所為だった。彼は穏やかに笑う。私も安堵の笑みが零れる。

 澄みきった冬の夜空のような、ロマンチックな時間だと思った。

 ふと、天を仰ぐと、太陽は少し傾き始めている。家を出たのが昼前だから、ほぼ半日、町に居た事になる。

 私達は、町が好きではないから、こんな日は本当に珍しい。けれど、たまにはいいかもしれない。

 機会があったら、また行きたい。そう思い始めた頃になって、ようやくルノとの約束を思い出した。

 深夜、彼に気づかれないように表に出るのは、容易だ。しかし、あまり感心すべき事ではないとも思う。

 近いうちに行くとは言ったが、別に今日だとは言っていないのだ。また、町に行った時にでも寄ればいいか。

 そんな面倒くさがり屋な〈レギーネ〉譲りの思考が、私を怠惰にさせるのだった。


「さて、そろそろ帰ろうか。冷えてきてしまったし」


「そうだね。暖かいスープを作るよ」


「それは楽しみだ。ささ、早く帰ってしまおうか!」


 杖に体重をかけ「よっ……と!」と言いながら立ち上がる彼。

 ただ立っているだけなのに、背伸びをしているわけでもないのに、ごく自然に私の頭より上にある彼の顔が、もの凄く遠く感じた。

 私に、心が宿っている事を彼は知っているが、真の意味で理解していないだろう。

 彼女の遺骨に宿った、彼女の〈記憶〉や〈感情〉が私に宿っている。それは心であり、彼女自身と言えるのではないだろうか。


「ほら、レギーネ。いつまでコートを着ているんだ?」


 そんな、とても馬鹿な思考に取り憑かれている内に、家に着いたようだ。

 彼が自らのコートを脱ぎながら、いたずらっぽく笑う。


「うるさいなぁ、今脱ごうと思ってたんだよ」


 粗雑にコートを脱ぎ捨てると、私は一直線にキッチンに向かう。

 水を鍋に入れて、火にかけて、野菜と調味料を入れて、混ぜて、混ぜて。どれくらい混ぜればいいのか、それは〈記憶〉が教えてくれる。

 慣れた手つきで、いつものように作るスープの味なんて、私は知らない。

 きっと、香ばしい匂いが漂い始めたのだろう。背後から、彼の足音が聞こえる。



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