姫神-2
「池から見た世界は、あまり変わっていない様子だったのに…。」
和美は、神社の周りがこんなに変わり果てているとは御思わずたまげていた。
この場所に連れてこられたときは、周りには畑か田んぼが拡がっていて、藁葺き屋根の家が数軒有るだけだったのに…。
所狭しと、カラフルな家が建ち並び。地面は土が見えない黒い塊が覆っている。
石で出来た杭ににひもが沢山伸びている。
異様な光景だった、光るモノまである…。
別の世界に来たのだろうか。
浦島太郎も同じ気分だったのだろうか?
いや、浦島太郎の方がまだましだろう…。
今の人の常識が解らないけど、今は助けることだけを考えよう。
よっぽど心配なのか、紗也はすごい勢いで走っている。
道路に出て、タクシーを拾い、病院を伝えて向かって貰う。
日が沈みはじめ、空が夕焼けに染まっていく。
病院に着くと昼間と何かが違う。
「結界が張られている?」
誰がこんな大規模な結界を張ったのだろう。
『結界が張られているのか…。
眼の連中も封印が破れたときの対策だろう。』
美菜恵は、監視されている可能性があるのか。
『約束は、約束だから行こう。』
和美が進める。
「気づかれたらどうするの?」
『その時は、その時だろう。』
和美が何かを唱えると、結界が揺らぐ。
『これで術者に気づかれずに通れる。』
結界をくぐり抜け、受付を済ませて病室へ向かう。
病室に近づくにつれて悪寒が走る、気持ち悪い…。
瞳の力を使っていないのに、何かが病室から流れ出しているように見える。
それは、普通の人には見えないのだろう。
『瞳が泣いているのね…。』
和美は、封印された瞳が泣いていると言う。
扉を開けて中に入ると、何人か眼をあけたまま人が倒れている。
これは、ちょっと怖い…
目の色が朱色に見えることから、眼の連中だろう。
密室で、瞳の涙に溺れているといったところか?。
どうしてこう厄介な事が起こるんだ。
手短に済ませて退散しよう。
「和美頼む。」
『任せて!、紗也、少し体を借りるね。』
そう言うと、体が勝手に動き始める。
美菜恵の胸を見ると、半分透けた小太刀が刺さっている様に見える。
無造作にそれをつかみ、握りつぶす。
ガラスの割れる様な音と共に、小太刀が砕け散る。
和美が呪文の詠唱を始める。
「新しい瞳の中に…」
長くて覚えられない。
呪文が進むにつれて、胸の鼓動は熱くそして悲しくなっていった。
『後天的な瞳は閉じた。
流れ出した瞳の涙をどう処理するか・・・。』
『紗也の眼を借りる。』
視界が赤く染まる。
きっと、今鏡で目を見ると朱色に染まっているのだろうなと想像しながら和美の行いを見守る。
「赤い涙で染まるように…。」
長い呪文の果てに、小太刀を作り出す。
小太刀を床に突き立てた。
あふれていた涙が、小太刀に吸い込まれていく。
最後の一滴が小太刀に吸い込まれたと同時に、小太刀が空気に溶けていった。
「これで良し、後は意識が戻れば問題無い。」
体を返して貰う。
『走って…。』
見張られて居いる可能性も有るので、そうそうに逃げるか。
和美は小太刀で力の殆どを使ったみたいで、少し元気が無い。
病院の中を走る、いつもなら危ないからと滅茶苦茶怒られた後、病院に来られなくなる可能性が高い。
今は動く人は誰も居ない、それはそれで非常に不気味だ。
病院のロビーに付くと、人が一杯いる。
みんな赤い眼で武器を持っている。
これってヤバいよな。
結界を破壊して混乱に乗じて逃げるのはどうだろう、
この程度の結界なら、結界内の人間の記憶は消えるだけだろうし。
「おい!」
後ろから声をかけられる。
吃驚して、両手を挙げてゆっくり後ろを振り返る。
「何だ、次郎か。」
「何だ次郎かじゃない。」
「紗也、どうしてこんな場所に居る?」
「美菜恵のお見舞いに来た帰りなんだが、あの様子で外に出られなくて…。」
「見舞いだと!今、あの部屋はとても危険なんだ!」
「危険!?、美菜恵に何かあったのか?」
次郎の、一応話を合わせてみる。
「いや、何でも無い。
それより、何時頃来たんだ?」
「夕方少し前だな。
おなか壊してトイレに籠もってたから。」
「なるほど、それなら納得がいく。」
納得しちゃうのか…。
「今ここは、厳戒態勢がひかれていて普通の人は入ってこられない。」
「美菜恵は大丈夫なの?」
「・・・。」
「いい、確かめに行く。」
そう言って階段に向かおうとする。
首の後ろに衝撃が走る。
「い、ぁ・・・。」
意識が遠くなる。
朦朧とする意識のなか、回復するまでじっとする判断をする。
「紗也に何するの!」
聞き覚えのある声がする。
久子なんでこんな場所に居るんだ。
しかも、後ろ手で縛られてるし。
「黙れ!」
久子を殴る次郎。
女の子に手を上げるとか、紗也の中で次郎の評価がどんどん下がっていく。
「痛い、痛いから…やめて。」
泣く久子、そうだろうなーさすがに。
「知ってることを全部話せ。
そうしたら考えて遣らんでもない。
久子に迫る次郎。」
「久子が知っている瞳のことをすべて次郎に話しだす。」
ああ、久子たいしたこと知ってない。
それ、一般に知られてることだけじゃん。
しかも大半間違ってる。
あちゃーと言う感じだが逆に助かったのか?
悩ましいところである。
しかも、敵に内情を話してしまっている。
重大な裏切り行為とも言える。
「すべて喋ったから解放して。」
解放してくれるわけ無いじゃん。
解放されても、悲惨な目が待ってることぐらい分かれよ。
「誰が、解放すると言った?」
次郎が、笑いながら言う。
取りあえず二人を閉じ込めておけ。
そう言うと、部下らしき人によって手足を縛られて、
一室に閉じ込められる。
さて、人の目が無くなったところで、
「久子、どうしてこんな場所に居るんだ?」
聞いてみると実に馬鹿な答えが返ってきた。
「眼の次郎を捕まえて、言うことを聞かせようと思ったの。」
「それで捕まった訳か。」
「ええ。そうよ。」
「ふーん」
結界の基点を探る。
このレベルの結界は基点があるはず。
御札か儀式用の何かを使っているはず…。
大まかな方向は分かった。
次郎が入ってきた。
久子が怯える。
トラウマにでもなったのかなぁ。
メンタルが弱いなあと思う。
「聞き忘れた事があった。」
「なに?」
「お前と紗也はどういう関係だ?」
「従姉妹…。」
「紗也、やはり騙していたのか?」
「は?」
なんかよく分からない。
何を騙したと言うのだろう。
「紗也は瞳じゃ無いの。
次郎、紗也は見逃してあげて。」
珍しい、多少ましなことを言う。
「紗也が秘密を話したことにした方が、お前にとって都合が良いからか?」
「そうよ。」
自信満々に答える久子、人として駄目だな。
面倒になってきた。
『なら、そなたがこの二人に対して瞳と眼の両方の力を使えば直ぐ解決するんじゃ無いのか?』
力押しするならそうだろう。
でも、力を使わない約束があるんだ。
『だったら結界をさっさと壊せば良い。
結界の中に居たときの記憶も前後から壊れるから。
ちょうど良いだろう?』
前後の記憶も壊れるのは、きっと記憶の整合性を保つためだろう。
「わかった、それで行く。」
小さく呟く。
瞳の力で、結界の基点と終点を探す。
この結界では、同じ場所に存在している。
靴に仕込んである、結界の御札を起動する。
基点と終点に逆向きに結界が働きかける。
弱い結界の式なら直ぐに矛盾が発生するだろう。
そうすれば、結界が破壊されると思う。
思った通り、酷い音を立てて結界が破壊された。
この間数秒。
『そなたの記憶は、妾が護ろう。』
何か暖かいものに包まれ護られている。
次郎と久子は結界破壊の圧力に耐えられず気絶してしまっている。
手足を縛っているロープを外す。
そう言えば、祖母に縄抜けも練習させられたっけ。
そう思うと、悲しくなってきた。
久子を抱えて、外にでる。
病院から少し離れた公園まで移動する。
夜な事もあって、誰も見ていない。
監視役も病院の結界の中に居た様だ。
公園のベンチに久子を下ろして、揺する。
「おーい」
「んー。あれ、ここ何処?」
「公園のベンチだよ。」
「どうしてこんな場所に?」
「病院へ見舞いに行った帰りに、眠いって言って急に寝始めたじゃ無いか。」
ザ・嘘記憶である。
「そうだっけ、そんな気がするかも?」
記憶の再構成中で、すんなり本当と思い込む。
「取りあえず遅いから、帰ろう。」
「うん」
たぶん明日には、今日の事も忘れているだろう。
おじさんの家に着く。
「ありがとう、和美」
「まあ、約束だからな。」
素っ気ない返事。
「取りあえず、母さんと祖母に連絡しなければ…。」
携帯を取り出す。
『紗也、出来れば妾の事は伏せておいてくれ。』
事情があるのだろう、断る理由もないので了承する。
「わかった。」
そう答えて電話をする。
一応伝えたが、色々面倒な事になりそうだ。
結界を破壊したのが不味かったらしい。
でも他に良い手段が無かったのだから仕方が無い。
あの結界は、ここら一帯を縄張りにしている瞳と眼が共同で問題対処のために張ったらしい。
紛争状態のなか良く張れたなーと思う。
どちらも、凄い緊張感の中で行われたわけで、問題は起きなかった。
しかし、それが一日も立たずして破壊されれば問題にもなる。
幸い結界の基点と終点が同じ場所だったので、壊したモノの位置の特定は出来ないそうだ。
また、今回の結界は、非常にアンバランスなモノらしい、ちょっとした弾みで壊れる可能性がある。
そんな不完全なモノを張るなと言いたい。
祖母が持たせてくれた御守りと、基点か終点のどちらかが反応して壊れたと言うことにするそうだ。
たまたま居合わせた無能力者に責任をなすりつけるのが一番被害が少ないんだとか、それはそれで釈然としない。
処分については、此方を縄張りにしている瞳と母さんの話し合いで決まる事になる。
私は逃げられないように、同席することになるらしい。
後日、母さんと先輩の家に行く。
屋敷に着くと母さんは直ぐに目隠しをされた。
たぶん相当脅威に感じているのだろう。
でも、なんでシングルキャリアの母の目を隠さないと行けないのか分からない。
ダブルキャリアと聞いているのだが…。
母さんは、少しイライラしているようだ。
当主に挨拶してお詫びを申し上げる。
すると、当主がここぞとばかりに、攻撃を仕掛けてきた。
何かしらの因縁でもあるのだろうな。
母さんは、目隠し状態で難なく攻撃をいなす。
「この程度か…」
目隠しをした状態で、瞳の能力を使い相手の動きを封じてしまった。
格の違いを見せつけている。
「正式に謝罪に来たのに、話そっちのけで攻撃とは落ちたモノよ。」
めんどくさそうに言う。
「面倒だ、紗也お前、感動と破門。
二度と、姫塚の家に足を付けることを揺るさん。
あと、眼の家も同じだ。
二度と顔を見せるな。
何処へなりと行ってしまえ。」
カンドウ…勘当、ハモン…破門、、、何で、話し合いはどうしたのママン。
実の母親だったはずのこの人は非常に冷たかった。
それに、どうも成り行きで勘当と破門をされたっぽい。
詰まるところ、おじさんの家に居られなくなったということ。
今回の結界に関係する、瞳や眼の家に行かなければ良いのだろうが…。
母さんと無言のまま屋敷を出る。
母さんが最後に、これはお前のだと通帳を渡してくれた。
大学の学費ぴったり分しかない。
大学を続けるならバイトするしか無さそうだ。
居住費と食費か…。
『紗也、よかったな。』
澄むところが無くなったのに良いわけが無い。
「良くは無い。」
『モノは考えようだろうに…』
荷造りをするために、おじさんの家に行く。
必要なモノを取るだけならと、何とか入れてくれた。
来れもギリギリの所だろう。
講義で使う教科書やノート、衣服など。
最低限のモノを旅行鞄に詰める。
その時、和美が思いがけない事を言ってきた。
『紗也に折り入って頼みがある。』
「なに?」
「しばらくの間、瞳と眼を貸してくれないか?」
「まあ、いいけど」
気分を楽にして、力のコントロールを解放する。
それと同時に、和美が何かを唱えている。
唱え終わった瞬間に視界が真っ暗になった。
ブラックアウトか?でも意識はあるな。
目が見えなくなったわけじゃないが、神経が働いていない様な感じか?
「30分ぐらいは、何も見えないかもしれない。すまない紗也」
「え?」
「瞳と眼の力を借りて実体化したんだ。」
そう言って、頬に手を当ててくる和美。
「今の紗也には、瞳も眼も無いけど妾の側に居れば力は同じように使えるから。」
「他の瞳とかに命令を強制されたりしないの?」
「その点は、妾より書くが上のモノが現れなければ問題無い。」
「紗也、服を借りるぞ。さすがに裸では不味いだろうから…。」
「確かに。」
服を着る音がする。見えないのが残念でならない。
目が見えない私の代わりに、荷造りをしてくれているが、大丈夫なのか心配になる。
めが少しずつぼんやりと見えてくる。
「あ、少し見えてきた。」
和美の姿を確認しようとキョロキョロする。
あれ、意外とスタイルが良い?
前見たときとちょっと違うような…。
「ああ、やっと見えてきたか。
どうだ? 紗也の好きなスタイルにしてみたんだが。」
「とっても良い!」
たったった…と言う音がして、急にドアが開いて久子が入ってきた。
「え!? あ?えーーー!!」
と若干パニックになっている。
「初めまして、和美です。紗也君とお付き合いすることになりました。」
和美が先制攻撃をしている。
「紗也、一体どういうことよ。勘当って。」
「いや、そのままだけど。」
「心配してきてみれば、彼女を連れ込んでお片付けとは、良い度胸しれるわ」
「で、和美さんは紗也のどの辺が好きになったの?」
「和美の手を握る。」
あ、本当に見える、能力を使ってるか使っていないか分かる!
「神社で動けなくなっていたところを助けて貰ったの。」
「そうなんだ。
あなたは、瞳でも眼でも無いわよね?」
「え?瞳、眼? 何のことですか?」
久子が瞳の力を使ってくる。
和美はと言うと、鏡を久子の目の前に持って行く。
え、こんなので防げるの?
これはある意味、衝撃的な現象だ。
・・・いや、普通は防げないハズ。
「あれ、私何か言いましたっけ?」
どうやら、殺気の質問を忘れろって命令を強制したかったようだ。
鏡で自分に跳ね返るなんて普通は無い。
よっぽど、拙い能力なのだろう。
取りあえず、荷造りも終わったので、出ることにする。
「おじさん、今までありがとうございました。」
「いえいえ」
「もう会うことも無いと思いますが、お体にお気を付けて。」
「そっちもね。」
「あと、余計な事だと思いますが、久子さんは瞳の力を使わせない方が良い。その方が安全で幸せになると思う。」
「ああ、だから教えなかったんだがなあ。」
「知ってしまったみたいなので、ちゃんと力の使い方を教えないと逆に危ないですよ?」
「ああ。」
悔しそうだった。
深くお辞儀をして、和美を連れて家を出る。
「久子。
瞳の綺麗さで優劣を判断することは本当に愚かなことだ。
それを覚えて置きなさい。
紗也君は、そのことをしっかり理解している。
ここいらに居る瞳よりより瞳らしい気質の持ち主だ。」
久子は、父親の紗也の評価が思ったより高い事に驚いていた。
「でも、一度も瞳の能力を使っていなかったじゃない。」
はあ、とため息をついてこういった。
「紗也君の目はとても綺麗だったぞ?
瞳そのものと言っても良いほどだった。
次期当主の娘や、お前には普通の目に見えたのか?
今は、確かに一般人のそれと同じモノだったが…。」
その事実に落胆を隠せない。
元本家当主のおばさんなら、瞳を普通の目にする方法も知っているかも知れ得ない。
問題を起こした紗也を普通の一般人にまで落として勘当・破門したのだ。
そう考えると、多少納得がいく。
「もう本当に会うことも無いかも知れないな。」
「久子、もし瞳で居たいのなら彼らあまり関わるな。
父親としては、関わって一般人に戻って欲しいんだが…。」
父親の心としては、複雑なようである。
「なにそれ…」
「とにかく関わらないようにしなさい。」
「はい。」
父親に念押しをされて、久子は紗也に関わるのを諦めた。
姫神-3に続きます。